阿佐野店。
午後。
店内に突然、大きな泣き声が響いた。
「うわあああああん!!」
ベビーカーに乗った赤ちゃんが、全力で泣いている。
近くにいた細井が思わず振り返った。
「元気だねぇ」
茂田もその様子を見る。
「泣くのが仕事ニダ」
もちろん、泣いていること自体は何も問題ない。
母親があやしているものの、なかなか泣き止まなかった。
そこへ。
「あれ?どうしたの〜?」
通りかかった樋口が、ベビーカーを覗き込んだ。
赤ちゃんと目線を合わせるように少しかがむ。
「眠いのかな〜?」
樋口が笑いかける。
すると。
「…………」
泣き声が止まった。
細井が目を丸くする。
「えっ」
茂田も赤ちゃんを見る。
「黙ったニダ」
「たまたまですよ」
樋口は笑いながら立ち上がる。
赤ちゃんはじっと樋口を見ている。
そして。
ニコッ。
「あ、笑った!」
細井が驚く。
樋口も笑い返した。
「かわいい〜」
茂田が感心したように頷く。
「泣く子も黙る麗美ちゃんニダ」
「その言い方やめてください!」
「本当に黙りましたよ」
「細井ちゃんまで!」
細井と茂田が笑う。
樋口は「もう」と言いながら、その場を離れた。
しばらくして。
樋口が一人でクレーンゲームコーナーを歩いていると、男性客から声をかけられた。
「お姉さん」
「はい?」
「仕事終わったら暇?」
樋口は一瞬、固まった。
「…………」
「よかったら、このあとご飯でも行かない?」
ナンパだった。
樋口は男性を見る。
そして。
少しだけ表情を変えた。
「……あの」
「ん?」
樋口は静かな声で言った。
「私のことが見えるんですか?」
「え?」
男性の顔から笑顔が消えた。
「私……ずっと誰にも気づいてもらえなかったんです」
「…………」
男性が一歩下がる。
樋口はじっと見つめる。
「やっと……見つけてくれた」
「す、すみませんでした!」
男性は逃げるように去っていった。
樋口はその背中を見送る。
「…………よし」
そこへ。
「樋口さん」
背後から細井の声。
「うわっ!」
樋口が振り返る。
細井と茂田が立っていた。
「見てたの!?」
細井は笑いを堪えている。
「『私のことが見えるんですか?』」
「やめて!」
茂田が感心したように頷いた。
「泣く子も黙る麗美ちゃんニダ」
「今度は大人じゃないですか!」
「黙るどころか逃げましたよ」
「もう!」
その時。
少し離れた場所から。
「うわあああああん!!」
先ほどの赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。
三人が止まる。
細井が樋口を見る。
茂田も樋口を見る。
「…………」
「…………」
「…………」
樋口が二人を見る。
「なんで私を見るの?」
細井が笑顔で言った。
「樋口さん」
「何?」
「出番です」
「赤ちゃん係じゃないから!」
「頼んだニダ」
「茂田さんまで!」
そう言いながらも。
樋口は赤ちゃんのところへ歩いていく。
「もう……どうしたの〜?」
そして。
しばらくすると。
泣き声は聞こえなくなった。
泣く子も黙る樋口さん。
赤ちゃんには、とびきり優しく。
ナンパ男には、ちょっぴり怖く。
今日も阿佐野店には。
いろんな意味で。
泣く子も黙る樋口さんがいる。