原町中央店。
朝。
川原が出勤すると、カウンターの奥で茂田と石村が話していた。
「じゃあ、その件は今日みんなに話すニダ」
「そうだね」
「私から言うニダ?」
「お願いしようかな」
いつもの二人。
いつもの会話。
のはずなのだが。
どことなく空気が違う。
川原は少し離れたところから二人を見ていた。
「……何の話だろ」
しばらくして。
原町中央店のスタッフが集められた。
山神、日村、相馬、藤屋、大沼。
そして川原。
石村は茂田の隣に立っている。
「みんなに話があるニダ」
茂田が口を開いた。
急に改まった空気。
川原は姿勢を正した。
「石村さんのことなんだけど」
一瞬。
茂田が石村を見る。
石村も小さく頷く。
「石村さん、副店長を降りることになりました」
「えっ!?」
最初に声を上げたのは大沼だった。
川原も目を見開く。
「石村さん……」
藤屋も驚いた顔で石村を見る。
相馬が聞いた。
「いつまで?」
「えっと――」
石村が答えようとする。
「石村さん!」
大沼が遮った。
「辞めちゃうんですか!?」
「え?」
石村が止まる。
川原も慌てて続く。
「急すぎません!?」
「いや、あのね」
「そんな話、全然聞いてなかったよ」
藤屋まで困惑する。
「ちょっと待って」
石村が手を上げる。
しかし。
日村が真剣な顔で頷いた。
「石村さんが決めたことなら……」
「日村さん?」
山神も石村を見る。
「おぅ……そうか」
「山神さんまで何その顔」
誰も聞いていない。
相馬は少し寂しそうに笑った。
「長かったもんねぇ」
「何が?」
「石村さん、いなくなっちゃうんだ……」
川原が呟く。
「いなくならないよ?」
「寂しくなりますね……」
「川原ちゃん?」
「今までありがとうございました!」
大沼が頭を下げた。
「待って待って!」
石村が慌てた。
「なんでお別れみたいになってるの?」
茂田が横で笑い始める。
「みんな勘違いしてるニダ」
「茂田さん、早く説明して!」
「自分で言えニダ…」
「でも石村さん、副店長じゃなくなるんですよね?」
川原が聞く。
「うん」
「じゃあやっぱり……」
「だから辞めないって!」
石村の声が店内に響いた。
静かになった。
「……え?」
川原が瞬きをする。
石村はため息をついた。
「副店長を降りるだけ。ファンステは辞めないよ」
「……」
「……」
「……」
大沼が茂田を見る。
「店員として残るニダ」
「えええ!?」
今度は全員が別の意味で声を上げた。
「じゃあ辞めないんですか!?」
「だからさっきからそう言ってるでしょ!」
「よかったぁ……!」
川原が胸を撫で下ろす。
藤屋も笑った。
「びっくりした!」
「こっちがびっくりしたよ」
石村が苦笑する。
「副店長じゃなくなるって言っただけなのに、なんで退職することになってるの」
相馬が笑った。
「だって言い方が意味深なんだもん」
「茂田さんの発表の仕方だよ」
「私ニダ!?」
「完全にそうでしょ」
日村が聞く。
「じゃあ、今まで通り出勤するんですか?」
「するよ」
「クレーンも?」
「やるよ」
「メダルも?」
「必要ならやるよ」
山神が頷いた。
「おぅ」
石村が山神を見る。
「山神さん、一番しんみりしてたよね?」
「おぅ?」
「とぼけないでよ」
ようやく。
原町中央店にいつもの空気が戻った。
しかし。
それで終わりではなかった。
その日。
石村が店内を歩いていると。
「石村さん!」
川原が呼び止める。
「ん?」
「本当に辞めないですよね?」
「辞めないよ」
数十分後。
「石村さん」
今度は藤屋。
「来月もいる?」
「いるよ」
さらに。
「石村さん!」
大沼。
「次のイベントの時もいます?」
「いるって!」
夕方。
相馬まで。
「石村さん」
「辞めないよ!」
「まだ何も言ってないけど」
「あ……」
相馬が笑う。
「勤務交代するだけ」
「もう!」
カウンターの向こうでは茂田が笑っていた。
「人気者ニダね」
「茂田さんのせいだからね?」
「私は副店長を降りるって言っただけニダ」
「言い方!」
日村が通りかかる。
石村が先に言った。
「辞めないからね」
「いや、メダルのエラーなんですけど」
「……」
日村が笑う。
山神も近くで。
「おぅ」
石村は大きく息を吐いた。
副店長ではなくなる。
役職は変わる。
けれど。
石村正和は。
これからも原町中央店にいる。
そんな簡単な話を理解してもらうだけで。
今日一日。
何度。
「辞めない」
と言ったのだろう。
閉店が近づく頃。
川原が笑いながら言った。
「石村さん、明日からもよろしくお願いします!」
石村は少し疲れた顔で。
それでも笑った。
「はい。明日もいます」
役職が変わるだけで。
いなくなるわけではない。
ただ。
その事実をみんなに分かってもらうまでの一日は。
石村にとって。
とてつもなく。
長い一日だった。