ようこそ!ゲームセンター『ファンステージ』へ!   作:君脇玲

247 / 269
石村さんの一番長い日

原町中央店。

 

朝。

 

川原が出勤すると、カウンターの奥で茂田と石村が話していた。

 

「じゃあ、その件は今日みんなに話すニダ」

 

「そうだね」

 

「私から言うニダ?」

 

「お願いしようかな」

 

いつもの二人。

 

いつもの会話。

 

のはずなのだが。

 

どことなく空気が違う。

 

川原は少し離れたところから二人を見ていた。

 

「……何の話だろ」

 

しばらくして。

 

原町中央店のスタッフが集められた。

 

山神、日村、相馬、藤屋、大沼。

 

そして川原。

 

石村は茂田の隣に立っている。

 

「みんなに話があるニダ」

 

茂田が口を開いた。

 

急に改まった空気。

 

川原は姿勢を正した。

 

「石村さんのことなんだけど」

 

一瞬。

 

茂田が石村を見る。

 

石村も小さく頷く。

 

「石村さん、副店長を降りることになりました」

 

「えっ!?」

 

最初に声を上げたのは大沼だった。

 

川原も目を見開く。

 

「石村さん……」

 

藤屋も驚いた顔で石村を見る。

 

相馬が聞いた。

 

「いつまで?」

 

「えっと――」

 

石村が答えようとする。

 

「石村さん!」

 

大沼が遮った。

 

「辞めちゃうんですか!?」

 

「え?」

 

石村が止まる。

 

川原も慌てて続く。

 

「急すぎません!?」

 

「いや、あのね」

 

「そんな話、全然聞いてなかったよ」

 

藤屋まで困惑する。

 

「ちょっと待って」

 

石村が手を上げる。

 

しかし。

 

日村が真剣な顔で頷いた。

 

「石村さんが決めたことなら……」

 

「日村さん?」

 

山神も石村を見る。

 

「おぅ……そうか」

 

「山神さんまで何その顔」

 

誰も聞いていない。

 

相馬は少し寂しそうに笑った。

 

「長かったもんねぇ」

 

「何が?」

 

「石村さん、いなくなっちゃうんだ……」

 

川原が呟く。

 

「いなくならないよ?」

 

「寂しくなりますね……」

 

「川原ちゃん?」

 

「今までありがとうございました!」

 

大沼が頭を下げた。

 

「待って待って!」

 

石村が慌てた。

 

「なんでお別れみたいになってるの?」

 

茂田が横で笑い始める。

 

「みんな勘違いしてるニダ」

 

「茂田さん、早く説明して!」

 

「自分で言えニダ…」

 

「でも石村さん、副店長じゃなくなるんですよね?」

 

川原が聞く。

 

「うん」

 

「じゃあやっぱり……」

 

「だから辞めないって!」

 

石村の声が店内に響いた。

 

静かになった。

 

「……え?」

 

川原が瞬きをする。

 

石村はため息をついた。

 

「副店長を降りるだけ。ファンステは辞めないよ」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

大沼が茂田を見る。

 

「店員として残るニダ」

 

「えええ!?」

 

今度は全員が別の意味で声を上げた。

 

「じゃあ辞めないんですか!?」

 

「だからさっきからそう言ってるでしょ!」

 

「よかったぁ……!」

 

川原が胸を撫で下ろす。

 

藤屋も笑った。

 

「びっくりした!」

 

「こっちがびっくりしたよ」

 

石村が苦笑する。

 

「副店長じゃなくなるって言っただけなのに、なんで退職することになってるの」

 

相馬が笑った。

 

「だって言い方が意味深なんだもん」

 

「茂田さんの発表の仕方だよ」

 

「私ニダ!?」

 

「完全にそうでしょ」

 

日村が聞く。

 

「じゃあ、今まで通り出勤するんですか?」

 

「するよ」

 

「クレーンも?」

 

「やるよ」

 

「メダルも?」

 

「必要ならやるよ」

 

山神が頷いた。

 

「おぅ」

 

石村が山神を見る。

 

「山神さん、一番しんみりしてたよね?」

 

「おぅ?」

 

「とぼけないでよ」

 

ようやく。

 

原町中央店にいつもの空気が戻った。

 

しかし。

 

それで終わりではなかった。

 

その日。

 

石村が店内を歩いていると。

 

「石村さん!」

 

川原が呼び止める。

 

「ん?」

 

「本当に辞めないですよね?」

 

「辞めないよ」

 

数十分後。

 

「石村さん」

 

今度は藤屋。

 

「来月もいる?」

 

「いるよ」

 

さらに。

 

「石村さん!」

 

大沼。

 

「次のイベントの時もいます?」

 

「いるって!」

 

夕方。

 

相馬まで。

 

「石村さん」

 

「辞めないよ!」

 

「まだ何も言ってないけど」

 

「あ……」

 

相馬が笑う。

 

「勤務交代するだけ」

 

「もう!」

 

カウンターの向こうでは茂田が笑っていた。

 

「人気者ニダね」

 

「茂田さんのせいだからね?」

 

「私は副店長を降りるって言っただけニダ」

 

「言い方!」

 

日村が通りかかる。

 

石村が先に言った。

 

「辞めないからね」

 

「いや、メダルのエラーなんですけど」

 

「……」

 

日村が笑う。

 

山神も近くで。

 

「おぅ」

 

石村は大きく息を吐いた。

 

副店長ではなくなる。

 

役職は変わる。

 

けれど。

 

石村正和は。

 

これからも原町中央店にいる。

 

そんな簡単な話を理解してもらうだけで。

 

今日一日。

 

何度。

 

「辞めない」

 

と言ったのだろう。

 

閉店が近づく頃。

 

川原が笑いながら言った。

 

「石村さん、明日からもよろしくお願いします!」

 

石村は少し疲れた顔で。

 

それでも笑った。

 

「はい。明日もいます」

 

役職が変わるだけで。

 

いなくなるわけではない。

 

ただ。

 

その事実をみんなに分かってもらうまでの一日は。

 

石村にとって。

 

とてつもなく。

 

長い一日だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。