原町中央店。
数日前。
石村が副店長を降りることが発表された。
原町中央店では一時。
「石村が辞める」
という、とんでもない勘違いが巻き起こった。
もちろん。
石村は辞めない。
副店長ではなくなっても。
これからも原町中央店で働く。
そして。
その騒動を。
一切知らない男がいた。
「おはようございまーす」
浜谷琉。
最近は阿佐野店への応援が多く。
この日は久しぶりの原町勤務だった。
「おぅ」
山神がいつものように答える。
「山神さん、おはようございます」
「おぅ」
「今日メダルどうです?」
「おぅ」
「どっちのおぅですか?」
山神が笑った。
カウンターには川原。
その奥には茂田。
いつもの原町中央店だった。
「浜谷さん、久しぶりですね」
「久しぶりですねぇ。川原さん元気でした?」
「元気ですよ」
「よかったです」
浜谷は荷物を置き。
仕事を始める。
何も知らずに。
しばらくして。
川原と浜谷が景品の整理をしていた。
「これ、どこ置きます?」
「それならバックヤードでいいと思います」
「了解です」
川原が箱を持ち上げる。
その時だった。
「そういえば石村さん、副店長じゃなくなりましたもんね」
「そうですね」
浜谷が答えた。
数秒。
「……え?」
川原が振り返る。
浜谷も振り返る。
「今、何て言いました?」
「え?」
「石村さんが?」
「副店長じゃなくなりました」
「……」
浜谷の手から箱が落ちそうになる。
「えええええ!?」
店内に声が響いた。
「ちょっ、浜谷さん!」
「石村さん辞めるんですか!?」
「辞めません!」
「え!?」
「副店長を降りただけです!」
「それどういうことですか!?」
「そのままです!」
そこへ。
本人がやってきた。
「何騒いでるの?」
「石村さん!」
浜谷が駆け寄る。
「辞めるんですか!?」
石村の顔が止まった。
「……」
「石村さん?」
石村はゆっくり目を閉じた。
「またか……」
「また?」
川原が笑いを堪えている。
「浜谷さん、私たちも同じ勘違いしたんですよ」
「え?」
「みんなで」
「みんな!?」
石村がため息をつく。
「副店長を降りるだけ。店員としては残るから」
「じゃあ辞めないんですか?」
「辞めないよ」
「本当に?」
「辞めない」
「来月も?」
「いるよ」
「原町に?」
「いるって!」
浜谷が胸を撫で下ろした。
「よかったぁ……」
「なんで二回目の退職発表みたいになってるの」
そこへ茂田がやってきた。
「何してるニダ?」
川原が笑う。
「浜谷さん、知らなかったみたいです」
「何をニダ?」
「石村さんが副店長を降りたことです」
「あー」
茂田が浜谷を見る。
「琉くん知らなかったニダ?」
「知らないですよ!」
「言ってなかったニダ?」
「聞いてません!」
「そうだったニダ」
「軽いな!」
浜谷は周囲を見る。
「いつ決まったんですか?」
川原が答える。
「この前です」
「僕、その日何してました?」
「阿佐野に行ってました」
「ですよね!」
最近。
浜谷の原町勤務は減っていた。
阿佐野へ行くことが増え。
原町で起きたことを。
後から知ることも増えた。
阿佐野の近況を原町のみんなに話すことはある。
けれど。
今度は自分が。
原町の出来事を知らない側になっていた。
「なんか寂しいなぁ……」
浜谷が呟く。
川原が見る。
「何がですか?」
「いや。僕、一応原町所属なのに」
「一応って自分で言ってるじゃないですか」
「そこ拾わないでくださいよ!」
茂田が笑う。
「阿佐野の人ニダ」
「原町です!」
山神が通りかかる。
「おぅ。阿佐野の琉くん」
「山神さんまで!」
「おぅ」
「僕の所属忘れないでくださいよ!」
石村が笑った。
「でも浜谷くん、ちゃんと戻ってくるでしょ」
「そりゃ戻ってきますよ」
「じゃあいいじゃない」
「……まあ、そうですけど」
浜谷は少しだけ笑った。
離れている時間が増えても。
知らない出来事が増えても。
戻ってくれば。
いつもの人たちがいる。
そして。
知らなかった話を。
こうして聞くこともできる。
「じゃあ石村さん」
「ん?」
「これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ」
石村が笑った。
「辞めないからね」
「もう分かりましたって!」
その日の午後。
浜谷は川原とカウンターにいた。
「でも本当にびっくりしましたよ」
「私たちもですよ」
「なんで誰も教えてくれなかったんですか?」
「浜谷さん、阿佐野にいたじゃないですか」
「連絡くださいよ!」
「そこまでします?」
「しますよ!石村さんですよ!?」
少し離れたところで。
石村が聞いていた。
「浜谷くん」
「はい?」
「辞めないよ?」
「だからもう分かってますって!」
茂田が笑う。
山神も。
「おぅ」
浜谷は知らなかった。
石村のことも。
あの日、原町で起きた大騒ぎも。
けれど。
知らなかったなら。
帰ってきた時に聞けばいい。
ここは。
浜谷だけが知らない原町。
そして。
浜谷が帰ってくる原町でもあった。