阿佐野店。
休憩中。
浜谷はバックヤードの隅で、スマートフォンを耳に当てていた。
「いや、せやからそれは分かっとんねん」
いつもより少し強い口調。
近くにいた高村が、ちらりと浜谷を見る。
大澤も気づいた。
「……なんか揉めてない?」
「電話だね」
二人は特に口を挟まず、それぞれの作業を続ける。
浜谷の電話は続いていた。
「別におかんに対して怒ってるわけちゃうねん」
どうやら相手は母親らしい。
「ワシが怒ってんのは親父やから」
少し前。
浜谷は実家へ帰省していた。
その際。
父親が浜谷のカバンを勝手に漁り、中に入っていたタバコを見つけた。
それだけならまだしも。
勝手に吸った。
一本。
それだけならよかったのに。
隠れて十本。
浜谷はそれに大激怒した。
タバコが惜しかったわけではない。
自分のカバンを勝手に漁られたこと。
そして、見つけたものを勝手に使われたこと。
そこが許せなかった。
「本数とか、そういう話ちゃうんやって。いくら息子でも、人のカバン勝手に漁ってええんか?っちゅう話しとるんやんけ」
電話の向こうで、母親が何か言っている。
「分かっとるよ。心配して電話してきてんやろ?」
少し間が空く。
「……おう」
浜谷の声が少しだけ落ち着いた。
しかし。
次の瞬間。
「いや、親父はもう知らんよ」
また頑なになった。
「連絡先もブロックしましたんで」
高村が顔を上げた。
大澤も浜谷を見る。
電話の向こうから何か言われたらしい。
「ええねん。しばらくこれで」
「ワシも冷静ならなあかんやろし」
さらに何か言われる。
「謝るなら本人から謝ってくればええやん」
「謝るまでワシ帰省せえへんから」
高村の眉が動いた。
浜谷は気づいていない。
「だからおかんが間に入らんくてええねん。これはワシと親父の話やから」
しばらく話したあと。
「……分かった。うん。ほな」
電話が切れた。
浜谷はスマートフォンをテーブルに置く。
「はぁ……」
高村が声をかけた。
「浜谷くん」
「はい?」
「お父さんの連絡先、ブロックしたの?」
「しました」
「で、お父さん本人から謝ってくるの待ってるの?」
「そうです」
「…………」
高村と大澤が顔を見合わせる。
大澤が聞いた。
「どうやって?」
「え?」
「ブロックしてるんでしょ?」
浜谷が止まった。
「…………」
高村が続ける。
「本人から連絡できないじゃん」
「……あ」
数秒の沈黙。
大澤が吹き出した。
「自分で連絡手段なくしてるじゃん!」
「いや、でも!」
浜谷が慌てる。
「電話以外にも方法はありますから!」
「例えば?」
「…………」
考える。
「母さん経由とか」
高村がすぐに言った。
「さっき『母さんが間に入らなくていい』って言ってなかった?」
「…………」
完全に詰んだ。
大澤が笑っている。
「拗らせてるねぇ」
「いや、僕だって別に意地張りたいわけじゃないですよ」
「張ってるじゃん」
「これは意地じゃないです。意思です」
「言い換えただけでしょ」
浜谷は腕を組む。
「でも、勝手にカバン漁られるのは嫌じゃないですか?」
「それは嫌だよ」
高村はあっさり答えた。
浜谷が少し驚く。
「そこは浜谷くんが怒るのも分かる。でもさ」
「はい」
「ずっと怒ってたいわけじゃないんでしょ?」
浜谷は黙った。
スマートフォンを見る。
「……まあ」
大澤も言う。
「お母さんも心配だから電話してきたんじゃない?」
「それも分かってるんですけどね」
浜谷は頭を掻いた。
分かっている。
母親が悪いわけではない。
父親とこのままずっと口を利きたくないわけでもない。
ただ。
まだ腹が立っている。
そして。
自分から折れるのも、なんとなく癪だった。
「めんどくさいですね、親子って」
浜谷が呟く。
高村が笑った。
「浜谷くんも十分めんどくさいよ」
「僕ですか!?」
「だってブロックしておいて、本人から連絡待ってるんでしょ?」
大澤がまた笑う。
「永久に来ないかもね」
「それは困ります」
「じゃあ解除したら?」
浜谷はスマートフォンを手に取った。
画面を見る。
しばらく考える。
「…………今日はまだいいです」
「頑固!」
「もうちょっと怒らせてください!」
高村と大澤が笑った。
親の心。
子知らず。
子の心も。
親は知らず。
お互い分からないから、時々ぶつかる。
そして浜谷の場合。
そこに少しばかりの意地が加わって。
今日も話は。
少しだけ拗れていた。