原町中央店。
浜谷はクレーンゲーム機の前に座り込んでいた。
今日はワイヤー交換。
以前なら手順書を確認しながら、一つひとつ慎重に進めていた作業である。
だが今は違う。
カバーを外して。
古いワイヤーを抜いて。
新しいワイヤーを通していく。
もう何度もやってきた。
手順書を見なくても、ほとんど迷わない。
「よし……」
順調だった。
浜谷自身も、そう思っていた。
だからこそ。
ほんの少しだけ油断した。
機械の奥へ手を伸ばした、その瞬間。
細い鉄の部分に指が引っかかった。
スッ。
「いってぇ!」
浜谷が反射的に手を引っ込める。
指を見る。
「うわ……」
思ったより深い。
切った直後から血が滲んでくる。
「やったなこれ……」
慣れている作業だった。
だからこそ、完全に気が抜けていた。
浜谷は作業を中断すると、とりあえずトイレへ向かった。
流水で傷口を洗う。
「痛ってぇ……」
水が当たると地味に染みる。
幸い、カウンターには絆創膏が置いてある。
洗い終えた浜谷は、指を押さえながらカウンターへ向かった。
そこには川原がいた。
「あ、浜谷さん」
「川原さん……」
いつもより浜谷の声がおかしい。
川原が振り返る。
「どうしたんですか?」
浜谷は少し引きつった顔で右手を見せた。
動揺しているせいか、口から出たのは馴染みのある関西弁だった。
「指切ってまいましたわ」
「えっ!?」
川原の表情が変わる。
「大丈夫ですか?」
「いやぁ……やってもうた」
「血出てるじゃないですか!」
「洗ってきたんで、とりあえず絆創膏を……」
川原がすぐにカウンターから絆創膏を取り出す。
「結構切ったんですか?」
「まあまあですかね」
「痛そう……」
浜谷が自分の指を見る。
そして。
なぜか少し笑った。
「見てみます?」
「え?」
「傷」
「いや、別に――」
川原が言い終わるより先に。
浜谷は傷の両側へ指を添えた。
そして。
「傷口ガバァー!」
パカッ。
「キャー!!」
川原の悲鳴が響いた。
「傷口広げないでください!!」
「ははははは!」
「何してるんですか!」
「いや、思ったより開くなぁと思って」
「確認しなくていいです!」
「ガバァーって」
「もうやめてください!」
浜谷は笑いながら傷口から手を離した。
川原は本気で嫌そうな顔をしている。
「もう……こっちは心配してるのに!」
「すみません、すみません」
「早く絆創膏貼ってください!」
「はい」
浜谷は素直に絆創膏を受け取った。
傷口を覆うように貼る。
川原はその様子を見ながら呆れる。
「メンテ中に切ったんですか?」
「ワイヤー交換してて。ちょっと油断しました」
「慣れてる作業じゃないんですか?」
「慣れてるから油断したんでしょうね」
「一番ダメじゃないですか」
「おっしゃる通りです」
浜谷も苦笑する。
慣れてきた。
手順書を見なくても作業できるようになった。
それ自体は、成長なのだろう。
でも。
慣れたからこそ、雑になってはいけない。
「次から気をつけます」
「そうしてください」
「心配してくれたんですか?」
「そりゃしますよ!」
「優しいですねぇ」
「普通です!」
浜谷は絆創膏の貼られた指を眺めた。
そして。
「ちなみにもう一回見ます?」
「見ません!」
「傷口ガバ――」
「やめてください!!」
最後まで言わせてもらえなかった。
その日。
浜谷は一つ学んだ。
メンテナンスは。
慣れた頃こそ慎重に。
そして。
傷口は。
人に見せるためにガバァーと広げてはいけない。
「当たり前です!」
川原の声が。
もう一度、カウンターに響いた。