阿佐野店。
午前。
「おはようございます!」
矢水瑠璃子は、いつも通り元気に出勤してきた。
普段の矢水は。
基本的に午前中のみの早番。
朝から働いて。
昼頃には仕事を終える。
それがいつもの勤務だった。
しかし。
今日は違う。
「今日は中番!」
矢水は少し嬉しそうだった。
いつもなら帰る時間を過ぎても。
まだ働いている。
ただそれだけなのだが。
なぜかワクワクする。
「なんか新鮮!」
カウンターで矢水が言う。
高村が笑った。
「そんなに?」
「だって私、この時間いつもいないもん」
「まあ、そうね」
「今日まだ帰らなくていいのよ!」
「仕事だからね?」
「分かってる!」
近くにいた樋口も笑う。
「矢水さん、今日テンション高いですね」
「中番だから!」
「そんな理由あります?」
「あるよ!」
そこへ大澤がやってきた。
「何の話?」
「矢水さんが中番で嬉しいらしいです」
樋口が答える。
大澤が矢水を見る。
「珍しいもんね」
「そう!」
矢水は店内を見る。
いつもなら。
そろそろ帰る準備を始める時間。
しかし今日は。
まだまだ勤務時間が残っている。
「なんか、知らない阿佐野店を見てる感じ」
「同じ店だけどね」
高村が笑う。
昼を過ぎる。
矢水は張り切っていた。
景品を確認して。
イベントの準備をして。
カウンターへ戻って。
また店内へ出る。
「矢水さん」
樋口が呼ぶ。
「はい!」
「今日すごい動きますね」
「だって中番だもん!」
「それ関係あります?」
「気持ちの問題!」
大澤が笑う。
「夕方まで体力残しときなよ」
「大丈夫!」
「本当に?」
「大丈夫!」
そして。
午後。
「……ちょっと疲れた」
矢水がカウンターに戻ってきた。
高村が笑う。
「ほら」
「まだ大丈夫です」
「朝から張り切りすぎなのよ」
「だって楽しかったから」
「中番が?」
「中番が!」
高村は呆れながらも笑っていた。
その時。
店内を見ていた矢水が言う。
「あ」
「どうしたの?」
「この時間って、こういうお客さん多いんですね」
「そうね。午前中とはちょっと違うでしょ?」
「違いますね」
午前中によく見るお客さん。
午後から来るお客さん。
学校が終わった子どもたち。
買い物帰りの家族。
同じ阿佐野店でも。
時間が変われば。
店の雰囲気も少し変わる。
矢水は楽しそうに店内を眺めていた。
「面白いなぁ」
「何が?」
「いつも私が帰った後も、こうやって続いてるんだなって」
「そりゃ続いてるわよ」
高村が笑う。
「私が帰ったら阿佐野店も終わるわけじゃないんですね」
「終わったら困るわよ!」
樋口と大澤が笑う。
しばらくして。
高村が何気なく言った。
「でも矢水さん、今日中番ってことは」
「うん?」
「帰るのいつもより遅いのよね」
「そうね」
「帰る頃、もう夕方じゃない?」
「……」
矢水が止まる。
「夕方……」
「嫌なの?」
「やだぁ!」
高村が即座に乗る。
「やだよね!」
「暗くなるのやだぁ!」
「やだよね!」
「帰るの遅いのやだぁ!」
「やだよね!」
大澤が二人を見る。
「さっきまで中番で喜んでなかった?」
樋口も笑う。
「すごい楽しそうでしたよね」
「仕事は楽しい!」
矢水が言う。
「でも帰るの遅いのはやだぁ!」
「やだよね!」
高村がまた返す。
大澤が笑い出す。
「高村さんも何なの?」
「だって、やだよね!」
「何が?」
「分かんないけど!」
「分かんないんだ」
四人が笑う。
それでも。
矢水は夕方まで楽しそうに働いた。
普段は見ない時間の店内。
普段は会わないお客さん。
普段とは少し違う仕事の流れ。
どれも。
ほんの少しだけ新鮮だった。
やがて。
勤務終了。
「お疲れ様でした!」
矢水が帰る準備をする。
大澤が言う。
「どうだった? 珍しい中番」
「楽しかった!」
「またやりたい?」
「たまになら!」
樋口が笑う。
「毎日は?」
矢水は即答した。
「やだぁ!」
高村も即答する。
「やだよね!」
「だから高村さんは何が嫌なの?」
大澤のツッコミに。
また笑い声が起きる。
いつもより少し長く。
矢水瑠璃子が見ていた阿佐野店。
いつもの景色も。
時間が変われば。
少しだけ違って見える。
その日の阿佐野店は。
いつもよりほんの少しだけ。
瑠璃色に染まっていた。