阿佐野店。
カウンター。
浜谷と細井が。
並んで立っていた。
「細井さん」
「なに?」
「今、気づいたんですけど」
「うん」
浜谷が細井を見る。
「僕ら、名字近いですね」
「近い?」
「五十音順です」
「ああ」
浜谷。
細井。
「僕が『は』で、細井さんが『ほ』じゃないですか」
「そうだね」
「しかも」
浜谷が続ける。
「二人ともHですよ」
「……何が?」
「名字のイニシャル」
「浜谷のHと、細井のH?」
「そうです」
細井が笑う。
「浜谷くんのH」
「その言い方やめてもらえます?」
「自分で言ったんじゃん」
「意味変わって聞こえるんで」
そこへ。
古坂がやってきた。
「何の話?」
細井が答える。
「浜谷くんのHの話です」
「細井さん!」
「Hの話してたの?」
古坂が笑う。
「名字のイニシャルですよ!」
浜谷は慌てて説明する。
「僕も細井さんもHなんです!」
「余計ややこしいよ」
「なんでですか!」
細井が笑っている。
浜谷は話を戻した。
「で、思ったんですよ」
「何を?」
「もし僕と細井さんが同い年で」
「うん」
「同じ学校の同じクラスだったら」
「うん」
「席、前後だった可能性ありません?」
細井が少し考える。
「出席番号順ならね」
「ですよね!」
浜谷は嬉しそうだった。
「浜谷、細井」
「間に誰もいなかったらね」
「想像してみましょうよ」
「なんで?」
浜谷は少し考えた。
そして。
「学生生活?」
「私と?」
「はい」
「なんで?」
「せっかくなんで」
「せっかくって何?」
浜谷の想像が始まった。
「僕が前の席だとするじゃないですか」
「うん」
「細井さんが後ろ」
「うん」
「授業中」
浜谷は前を向く。
「浜谷くん」
細井が乗ってくる。
「はい?」
「消しゴム貸して」
「いいですよ」
「ありがとう」
浜谷が振り向いた。
「……ありそう」
「ある?」
「めっちゃありそうです」
「普通じゃん」
古坂が笑う。
浜谷は続ける。
「で、僕が授業中に寝てたら」
「殴るよ?」
「一発だけですよ?」
「一発で仕留めるから!」
「学生でもこれなんですね!」
「浜谷くんが寝るからでしょ」
そこへ。
樋口がやってきた。
「何してるんですか?」
「麗美ちゃん」
古坂が答える。
「浜谷くんと細井ちゃんが同級生だった世界を考えてる」
「なんですかそれ!」
樋口が笑う。
浜谷は止まらない。
「昼休みは一緒にご飯食べます?」
「どうだろうね」
「細井さん、弁当ですか?」
「なんでそこまで決めるの?」
「僕、購買行ってきます」
「もう学校にいるじゃん」
樋口が笑う。
「部活は?」
「僕ですか?」
「はい」
「帰宅部です」
「そこは即答なんですね」
「細井さんは?」
「知らない!存在しない学生生活なんだから」
「確かに」
正論だった。
その時。
茂田がカウンターへやってきた。
「何の話ニダ?」
「茂田さん」
浜谷が答える。
「僕と細井さんが同級生だったら、席が前後だったかもしれないって話です」
「仕事中に何考えてるニダ」
「もしもの話ですよ!」
「なんで前後ニダ?」
「僕が『は』で細井さんが『ほ』だからです」
「ああ」
「しかも二人ともHです」
「浜谷くんのH?」
「なんでみんなその言い方するんですか!」
笑い声が上がった。
そこへ。
矢水もやってきた。
「誰がHなの?」
「僕と細井さんです!」
浜谷は即答した。
矢水は顔が引き攣る。
「そ、そうなんですね…」
「あ!違います!イニシャルです!」
「よかった…」
「Hが独り歩きしてます!」
細井が笑う。
浜谷は少しだけ。
想像を続けた。
もし。
同い年だったら。
もし。
同じ学校だったら。
もし。
同じクラスだったら。
出席番号が近くて。
席も近くて。
休み時間に話して。
くだらないことで笑って。
時々。
「殴るよ?」
なんて言われていたのかもしれない。
もちろん。
そんな学生生活は存在しない。
二人が出会ったのは。
学校ではなく。
ゲームセンターだった。
細井が浜谷を見る。
「浜谷くん」
「はい?」
「何ぼーっとしてるの?」
「いや」
浜谷が笑った。
「同級生でも、結構楽しかっただろうなって」
細井も笑う。
「どうだろうね」
「そこは楽しかったって言ってくださいよ!」
「殴るよ?」
「一発だけですよ?」
「一発で仕留めるから!」
結局。
浜谷の前にも。
細井の後ろにも。
学校の席はなかった。
それでも。
「は」と「ほ」。
二人の名字は近かった。
そして今は。
席の前後よりも。
ずっと近いところで。
二人は一緒に働いている。
そして。
浜谷も細井もHである。
イニシャルがね。