原町中央店。
午後。
カウンター付近で、茂田、藤屋、大沼、川原が話していた。
「そういえばさ」
藤屋が思い出したように口を開く。
「この前、ホームセンターで浜谷くん見たよ」
「あ、浜谷さんですか?」
川原が反応する。
「うん」
「何買ってたんですか?」
大沼が尋ねると、藤屋は少し考えた。
「それがね……鉄」
「鉄?」
「鉄ニダ?」
「鉄ですか?」
三人の声が重なった。
「正確には鉄のパイプかな。いっぱい並んでるところあるでしょ?」
「ああ、ありますね」
「そこに浜谷くんがしゃがみ込んでたの」
藤屋は、その時の様子を思い出す。
「一本持って、じーっと見て。戻して。また別の一本持って」
「何してるんですか」
川原が笑う。
「分かんない。でも、かなり真剣だったよ」
「どのくらいニダ?」
「私が別の売り場見て戻ってきても、まだいた」
「長っ」
大沼が笑った。
しかし、話を聞けば聞くほど疑問が湧いてくる。
浜谷琉。
大学生。
ゲームセンター店員。
そんな男が休日のホームセンターで、鉄のパイプを長時間吟味している。
「……何に使うニダ?」
茂田が呟いた。
全員が黙った。
「DIYとか?」
大沼が言う。
「浜谷さん、家で何か作るんですかね」
川原が首を傾げる。
「工具は使い慣れてそうだけどね」
藤屋が笑う。
「ファンステで使うニダ?」
「勝手に鉄パイプ買ってきたら怖いですよ」
「確かに怖いニダ」
何に使うのか。
何を作るのか。
そもそも。
なぜ鉄なのか。
四人が好き勝手に推理していると。
「おはようございまーす」
全員が振り返った。
浜谷だった。
「……」
「……」
「……」
「……」
浜谷が足を止める。
「なんですか?」
四人の視線が集中している。
「僕なんかしました?」
藤屋が口を開いた。
「浜谷くん」
「はい」
「この前ホームセンターいたよね?」
「あ、いましたよ」
「鉄のパイプ見てたでしょ?」
「見てましたね」
あっさり認めた。
茂田が一歩前へ出る。
「琉くん」
「はい」
「何に使うニダ?」
「鉄ですか?」
「鉄ニダ」
浜谷は「ああ」と頷いた。
「大学の研究ですよ」
「大学?」
四人の声が重なった。
予想外だった。
「研究で鉄パイプ使うんですか?」
川原が尋ねる。
「使いますね。調査器具を作るんで」
「作る?」
「はい」
「買うんじゃなくて?」
「自作です」
大沼が目を丸くした。
「浜谷くんが作るの?」
「そうですよ」
藤屋が笑う。
「すごいじゃん」
「全然すごくないですよ」
浜谷は心底嫌そうな顔をした。
「めちゃくちゃ面倒くさいです」
「でも研究で使うものを自分で作るんですよね?」
「そうですけど、既製品でいいじゃないですか」
「ダメなの?」
「ダメなんですよ」
浜谷はため息をついた。
どうやら、その調査に必要な条件に合う器具がなく、自分で作らなければならないらしい。
しかも。
「設計からです」
「設計!?」
川原が驚く。
「自分で考えるニダ?」
「そうです。寸法決めて、どう組むか考えて、材料決めて」
「だからあんなに鉄見てたんだ」
藤屋が納得した。
「そうですよ。太さもあるし、長さもあるし、重さもあるし」
浜谷は指を折りながら数えていく。
「強度も欲しいですし、加工できないと困るし、他の部品との兼ね合いもあるし」
「大変そう……」
大沼が苦笑する。
「大変ですよ!」
今日一番力のこもった返事だった。
「しかも設計したからって、その通りに作れるとは限らないですからね」
「メンテみたいニダ」
茂田が言う。
浜谷が一瞬止まった。
「……まあ、ちょっと近いかもしれないですね」
ゲーム機も、実際に開けてみなければ分からない。
調査器具も、実際に作ってみなければ分からない。
「じゃあ浜谷さん、大学でもメンテしてるようなもんじゃないですか」
川原が笑う。
「やめてくださいよ」
「なんでですか?」
「大学まで行って、メンテしてることになるじゃないですか」
四人が笑った。
藤屋が尋ねる。
「で、鉄は買えたの?」
「いや」
浜谷の表情が曇った。
「ちょうどいいのがなくて」
「あんなに見てたのに?」
「だからあんなに見てたんですよ!」
結局、あの日は買わずに帰ったという。
「じゃあどうするニダ?」
「別のホームセンター行きます」
「また鉄を探すんですか?」
「探しますよ。ないと作れないんで」
浜谷は深いため息をついた。
「設計も材料探しも加工も全部自分……。ほんま、めんどくさ……」
そして小さく。
「先生もなんかしてくれよ……」
藤屋が苦笑する。
「でもさ、それ作ったら浜谷くんの研究が終わった後はどうするの?」
「研究室に置いとくと思いますよ」
「じゃあ来年からも使えるんだ?」
「使えますね。僕の後輩とか、同じ調査する人がいたら」
大沼が笑った。
「じゃあ後輩のためにもなるんだ」
浜谷は少し考えた。
「……まあ、そうですね」
「いい先輩じゃん」
藤屋が言うと、浜谷は微妙な顔をした。
「でも、その後輩が楽するために今僕が鉄探してるんですよ」
「そこは納得いってないんですね」
川原が笑う。
「そりゃそうですよ!」
「でも浜谷さんの後輩は助かりますよ」
「僕も誰かが去年作っといてくれたら助かったんですよ!」
四人が笑った。
「そういうものニダ」
「僕だけ一代目なんですよ!」
浜谷はそう言い残し、ロッカーへ向かっていった。
その背中を四人が見送る。
大沼が笑った。
「でも、ちょっと楽しそうじゃない?」
「どこがですか!」
離れたところから浜谷の声が返ってきた。
川原が笑う。
「聞こえてた」
藤屋も笑いながら頷いた。
ホームセンターの片隅で、鉄のパイプを一本ずつ手に取り。
長さを見て。
太さを見て。
強度を考える。
誰が為に鉄を買う。
今は、自分の研究のため。
けれど、その鉄で作ったものは。
いつか浜谷の知らない後輩が使うかもしれない。
その時にはきっと。
設計図も。
材料探しも。
ホームセンターの鉄パイプ売り場でしゃがみ込む時間も。
必要ない。
「……あー、鉄買いに行くのめんどくさ」
そんなことはまだ知らない後輩のために。
今日も浜谷は。
鉄を探している。