阿佐野店。
午後。
浜谷はメダルゲームの前にしゃがみ込み、エラー対応をしていた。
「これかな……」
扉を開け、内部を確認する。
引っかかっていた部品に手を伸ばした、その時。
「あかんっ!」
浜谷が勢いよく手を引いた。
人差し指の先。
ほんの少し、切れている。
「最悪や、終わった……」
近くにいた樋口が振り返った。
「どうしたの?」
「指切りました」
「大丈夫?」
「ちょっと切っただけです」
大した怪我ではない。
浜谷は絆創膏を貼り、改めて自分の指を見る。
じんじんする。
地味に痛い。
そして、地味に腹が立つ。
「…………」
「どうしたの?」
「もう嫌です」
「何が?」
浜谷は立ち上がった。
「今日もうメンテしないっ!」
樋口が浜谷を見る。
「え?」
「メンテしてたら怪我したんですよ。もう今日はしません!」
そこへ古坂がやってきた。
「何の話?」
樋口が答える。
「浜谷くん、メンテ引退するって」
「今日だけです!」
「なんで?」
浜谷が絆創膏を貼った指を見せる。
「これですよ!」
古坂が見る。
「切ったの?」
「切りました!」
「痛そう」
「痛いです!」
「だからメンテしないの?」
「しません!」
古坂が笑う。
「機械に拗ねてるじゃん」
「拗ねてません!」
「じゃあ何?」
「怒ってるんです!」
「もっと子供じゃん」
浜谷は工具を片付けた。
「もうぷんぷんですよ、ぷんぷん」
「自分でぷんぷんって言う人初めて見た」
樋口が笑う。
「じゃあエラー出たらどうするの?」
「今日はほかの人にお願いします」
「浜谷くんメンテ担当でしょ?」
「本日をもちまして引退しました」
古坂が聞く。
「復帰予定は?」
「明日です」
「一日も引退してないじゃん」
浜谷は知らん顔をした。
反旗を翻した。
メンテナンスに。
いや。
正確には。
自分の指を切った機械に。
それからしばらく。
浜谷は本当にメンテをしなかった。
もちろん通常の仕事はする。
クレーンゲームを巡回して。
メダルを補充して。
お客さんの対応をして。
ただし。
メンテだけはしない。
「今日はやりません」
頑なだった。
そんな浜谷の前に。
「浜谷くん」
細井が現れた。
「はい?」
「ちょっといい?」
「いいですよ」
古坂と樋口が同時に浜谷を見る。
細井はそんな二人に気づかない。
「あっちの機械、ちょっと見てもらいたいんだけど」
「…………」
浜谷が止まった。
古坂が浜谷を見る。
樋口も見る。
浜谷は細井を見る。
「……どんな感じですか?」
「なんかエラー出てて。私じゃ分かんなくて」
「…………」
「ダメ?」
数秒。
「見ます」
「ありがとう!」
細井が歩き出す。
浜谷もついていく。
その後ろから。
「早っ」
古坂の声。
浜谷が振り返る。
「見るだけですから!」
樋口もついてくる。
「引退したんじゃないの?」
「状態を見るだけです!」
四人で機械の前へ。
細井が画面を指差す。
「これ」
「あー……」
浜谷はエラー表示を確認する。
「ちょっと開けますね」
古坂が言う。
「開けた」
「確認です!」
扉を開ける。
浜谷は中を覗き込んだ。
「あ、これかも」
工具を取り出す。
樋口が言う。
「工具持った」
「必要なんです!」
「メンテしないんじゃなかった?」
「まだメンテじゃないです!」
「何してるの?」
細井だけが状況を理解していない。
「なんでもないです!」
浜谷は部品を確認する。
少し調整して。
動作を確認。
再起動。
機械が正常に動き始めた。
「直りました!」
細井が笑う。
「ありがとう、浜谷くん!」
「いえいえ!」
浜谷も笑う。
「助かりました!」
「よかったです!」
細井がその場を離れていく。
浜谷は満足そうに工具を片付けた。
そして。
振り返る。
古坂。
樋口。
二人が黙って浜谷を見ていた。
「…………何ですか?」
古坂が口を開く。
「メンテしないんじゃなかった?」
「…………」
樋口も続く。
「引退したんじゃなかった?」
「…………」
「復帰、明日じゃなかった?」
浜谷は黙った。
古坂がニヤニヤしている。
「普通に直してたね」
「……仕方ないじゃないですか」
「何が?」
浜谷は少し声を大きくした。
「細井さんに頼まれたら仕方ないじゃないですか!」
古坂と樋口が顔を見合わせる。
「へえー」
「そうなんだ」
「その反応やめてください!」
その時。
「浜谷くーん!」
少し離れた場所から細井の声。
「はい!」
反射的に返事をする。
「もう一個いい?」
「いいですよ!」
古坂が即座に言った。
「完全復帰じゃん」
浜谷が止まる。
「…………」
樋口が笑う。
「明日どころか、十分くらいだったね」
「もういいです!」
浜谷は工具を持ち、細井のもとへ向かった。
指先を切り。
メンテナンスに反旗を翻した浜谷琉。
その決意は固かった。
たぶん。
しかし。
細井絵菜からのお願いを前に。
抵抗すること、わずか数秒。
あっさり白旗。
反旗から白旗へ。
浜谷琉のアドベンチャーは。
驚くほど短かった。