阿佐野店。
午後。
店内は少し慌ただしかった。
カウンターでは古坂が作業中。
茂田は事務所と店内を行ったり来たりしている。
細井も接客に追われていた。
そして。
メダルゲームコーナー。
一台の筐体の前に、浜谷がしゃがみ込んでいた。
「……ここか」
扉を開け、内部を覗き込む。
少し前から調子が悪かった部分を確認していた。
原因らしき箇所は見つかった。
大掛かりな修理ではない。
浜谷でも対応できそうだった。
ただ。
「これ、一人じゃやりにくいな……」
部品を固定しながら、別の箇所を締めなければならない。
片手で部品を押さえる。
もう片方の手で工具を持つ。
やってみる。
「……無理やな」
手が足りない。
一度工具を置く。
周囲を見る。
ちょうどそこへ。
「浜谷くん、どう?」
細井がやってきた。
「直りそう?」
「多分いけます。ただ……」
「ただ?」
浜谷は筐体の中を見る。
そして細井を見る。
「細井さん、ちょっと手貸してもらっていいですか?」
「私?」
「はい」
「メンテ分かんないよ?」
「大丈夫です。押さえてもらうだけなんで」
「それならできる」
細井が浜谷の隣にしゃがんだ。
「どこ?」
「これです」
浜谷が内部の部品を指差す。
「ここを押さえててもらえます?」
「これ?」
「はい」
細井が手を伸ばす。
「こう?」
「そうです。そのままでお願いします」
「はーい」
浜谷は工具を取る。
細井が部品を押さえている間に、奥へ手を入れた。
「離しちゃダメ?」
「まだダメです」
「いつまで?」
「もうちょっとです」
「腕疲れてきた」
「早いですよ!」
「だって変な体勢なんだもん」
「頑張ってください」
「浜谷くんの仕事なのに」
「ていうか細井さんも一応メンテ担当じゃないですか!」
「確かに」
「忘れてたんですか!?」
細井が笑う。
浜谷も笑いながら作業を続けた。
「あ」
「何?」
「細井さん、もう少しこっち押さえてください」
「こっち?」
「もうちょい右です」
「右?」
「そうです。そこから……」
浜谷が手を伸ばす。
「ここです」
細井の手の位置を直そうとした。
その瞬間。
浜谷の手が。
細井の手に重なった。
「……」
浜谷の動きが止まる。
ほんの一瞬。
細井の手の上に、自分の手。
「浜谷くん?」
「……はい?」
「ここでいいの?」
「あ」
浜谷は慌てて手を離した。
「はい。そこです」
「分かった」
細井は何も気にしていない。
ただ言われた通りに部品を押さえている。
浜谷は工具を持ち直した。
「……」
「浜谷くん?」
「はい」
「止まってるけど」
「今やります!」
作業を再開する。
なぜか。
さっきより工具を持つ手に力が入る。
「よし……」
締め終える。
「細井さん、もう離して大丈夫です」
「やっと?」
「ありがとうございました」
細井が手を離した。
「直った?」
「確認してみます」
浜谷が筐体を動かす。
しばらく確認。
問題ない。
「大丈夫そうですね」
「おー」
細井が笑った。
「私のおかげ?」
「まあ……半分くらい」
「半分も?」
「いや、やっぱ一割で」
「減った!」
二人が笑う。
少し離れたカウンター。
古坂がその様子を見ていた。
そこへ茂田が戻ってくる。
「冨美子、何見てるニダ?」
「ん?」
古坂はメダルゲームコーナーを見る。
茂田もつられて見る。
浜谷と細井。
二人で筐体の前にしゃがんでいる。
「……ほぉ」
「千歌ちゃん」
「何ニダ?」
「余計なこと言わないでね」
「まだ何も言ってないニダ」
「顔が言ってる」
メダルゲームコーナーでは。
細井が立ち上がった。
「じゃあ私、戻るね」
「はい。助かりました!ありがとうございました!」
「また手が足りなくなったら呼んで」
「え?」
「手伝うから」
細井はそう言って笑った。
「……はい」
「じゃあね」
細井がカウンターへ戻っていく。
浜谷は筐体の前に残った。
工具を片付ける。
そして。
ふと。
自分の手を見る。
ほんの一瞬。
触れただけ。
細井本人は、きっと何とも思っていない。
「……何してんねん、俺」
浜谷は小さく呟いた。
その時。
「浜谷くーん!」
細井の声。
「はい!」
「こっちも手伝ってー!」
浜谷は思わず笑った。
「結局僕も手貸すんですか!」
「お互い様!」
「はいはい!」
工具を片付けて立ち上がる。
カウンターへ向かう途中。
古坂と茂田がこちらを見ていた。
二人とも。
妙に楽しそうな顔をしている。
「……なんですか?」
「別に?」
古坂が笑う。
「何もないニダ」
茂田も笑う。
「絶対なんかあるでしょ!」
「浜谷くーん!」
また細井に呼ばれる。
「今行きます!」
忙しい日は。
猫の手だって借りたくなる。
だけど。
今日、浜谷が借りたのは。
ほんの少しだけ意識してしまった。
細井の手だった。