阿佐野店。
ある日の午後。
店内は比較的落ち着いていた。
浜谷と細井は、クレーンゲームコーナーを巡回していた。
「そういえば」
細井が口を開く。
「原町って、ハロウィンに仮装するんだっけ?」
「しますよ」
「浜谷くんも?」
「しましたね」
浜谷は思い出す。
吸血鬼。
悪魔。
最初こそ恥ずかしかったが、やってみれば意外と楽しかった。
「今年もやるんじゃないですかね」
「へえー。今年は何やるの?」
「ヴァンパイアのマントでも着ようかなって」
「また吸血鬼系?」
「楽なんですよ、マント羽織るだけなんで」
「仮装への情熱がないね」
「勤務中ですから!」
浜谷は笑う。
そして、ふと思った。
阿佐野店のみんなが仮装するとしたら。
何が似合うだろう。
「茂田さんは、やっぱりウサギですかね」
「ウサギ?」
「原町では定番なんですよ」
浜谷の中では。
ハロウィンの茂田といえば、もはやウサギだった。
「じゃあ古坂さんは?」
「古坂さん……魔女ですね」
「おお、王道」
「黒いとんがり帽子にマントで。金髪ですし絶対似合いますよ」
「金髪基準なんだ」
「似合うことが大事ですから」
細井が笑う。
「高村さんは?」
「白猫」
「かわいい」
「猫耳つけて、尻尾つけて」
「高村さんやってくれるかなぁ」
「妄想なので本人の意思は関係ありません」
「最低だね」
「妄想ですから!」
浜谷の頭の中では、すでに白猫姿の高村が完成していた。
「大澤さんは?」
「キョンシー」
「キョンシー!?」
細井が吹き出す。
「帽子かぶって、お札つけて」
浜谷が両腕を前に伸ばす。
「こうやって」
「大澤さんが?」
「大澤さんが」
「想像できない!」
「だからいいんですよ!」
完全に浜谷の趣味になってきた。
「じゃあ矢水さん」
「ゾンビ」
「なんで!?」
「一番遠そうじゃないですか」
「またギャップ狙い?」
「はい」
「即答なんだ」
いつもの柔らかな雰囲気とは正反対。
浜谷の妄想の中だけで、矢水はかなり本格的なゾンビになっていた。
「本人に言ってみたら?」
「絶対嫌です」
「なんでよ」
「怒られたくないですもん」
「勝手にゾンビにしといて?」
細井が笑う。
「樋口さんは?」
「狼女とか」
「あ、それは似合いそう」
「ですよね?」
狼耳。
牙。
少しワイルドな衣装。
浜谷は満足そうに頷く。
「珍しく普通に納得できた」
「今までのも納得してくださいよ!」
そして。
細井がふと気づいた。
「じゃあ私は?」
「え?」
「私」
浜谷が止まる。
「…………」
細井が顔を覗き込む。
「ないの?」
「ありますよ」
「何?」
「…………」
「長くない?」
浜谷は少しだけ目を逸らした。
「チャイナドレス……」
「…………」
「細井さん?」
細井は浜谷を見る。
「浜谷くん」
「はい」
「みんな魔女とか白猫とかキョンシーとかゾンビとかだよね?」
「そうですね」
「なんで私だけチャイナドレスなの?」
「似合いそうなので」
「それハロウィン関係ある?」
「仮装ではあるじゃないですか!」
「私のチャイナドレス見たいだけじゃない?」
「そういう言い方やめてもらえます!?」
細井がニヤニヤする。
「でも浜谷くんが選んだんでしょ?」
「似合うものを真剣に考えた結果です!」
「へえー」
「なんですか!」
「チャイナドレスかぁ」
細井は少し考えるような仕草をする。
浜谷は黙っている。
「……見たい?」
「なんで聞くんですか!」
「聞いただけ」
「似合うとは思いますよ!」
「見たいんだ?」
「もういいです!」
細井が笑う。
そして。
「あ、でも」
「はい?」
「着ることはないけどね」
「え?」
「阿佐野、ハロウィンで仮装しないよ?」
「…………」
浜谷が止まった。
「え?」
「しないよ」
「誰も?」
「誰も」
「茂田さんも?」
「しない」
「古坂さんも?」
「しない」
「高村さんも?」
「しない」
「大澤さんも?」
「しない」
「矢水さんも?」
「しない」
「樋口さんも?」
「しない」
浜谷は少し間を置いた。
「……細井さんも?」
「しない」
「…………」
浜谷は黙った。
「じゃあ今までの時間なんだったんですか」
「浜谷くんの妄想タイム」
「そんな……」
浜谷の頭の中から。
ウサギ姿の茂田。
魔女姿の古坂。
白猫姿の高村。
キョンシー姿の大澤。
ゾンビ姿の矢水。
狼女姿の樋口。
そして。
チャイナドレス姿の細井が。
次々と消えていく。
「…………」
「残念?」
「別に」
「最後の人が?」
「別に!」
「チャイナドレス見たかった?」
「なんでそこ掘るんですか!」
細井は楽しそうに笑う。
「じゃあ原町で仮装楽しんできてね」
「そうしますよ!」
「ヴァンパイア?」
「マントだけですけどね!」
浜谷は少し早足で歩き出す。
その後ろを、細井が笑いながらついていく。
阿佐野店では。
ハロウィンの仮装はしない。
その事実を知るまでの数分間。
浜谷の頭の中だけでは。
阿佐野店史上。
最も華やかで。
そして誰一人として本人の許可を取っていないハロウィンが。
盛大に開催されていた。