古坂が阿佐野店へ異動してから数日。
原町中央店はいつもの賑わいを取り戻しつつあった。
朝礼。
茂田がいつものように元気よく声を上げる。
「おつかれさまぁ〜ず!」
「今日はみんなに新しい仲間を紹介しまーす!」
事務所のドアが開く。
肩くらいまで伸びた茶髪。
耳元には金色のインナーカラー。
少し緊張した表情の女性が、一歩前へ出た。
「はじめまして。」
「今日からお世話になります。」
「細井です。」
「26歳です。」
「よろしくお願いします。」
深々と頭を下げる。
スタッフから拍手が起こる。
「よろしく頼む〜!」
高崎が笑顔で声をかける。
相馬も優しく微笑み、
「分からないことがあったら何でも聞いてね。」
と続けた。
石村は軽くうなずく。
「よろしく。」
山神はいつものように一言。
「おぅ。」
細井は少し安心したように笑った。
⸻
朝礼後。
茂田が武藤へ声をかける。
「邦美さん!」
「細井さんの教育お願い!」
「了解。」
武藤は細井へ優しく微笑む。
「じゃあ、一緒に回ろうか。」
「はい!」
細井は緊張しながら武藤の後をついていく。
浜谷はその姿を見ながら、自分が入社した日のことを思い出していた。
(あの頃の僕も、こんな感じだったな。)
⸻
営業が始まる。
武藤は店内を歩きながら、一つひとつ丁寧に教えていく。
「ここがイベントコーナー。」
「景品補充は急ぐより、きれいに並べること。」
「困ったら一人で抱え込まない。」
細井はメモ帳を取り出し、一生懸命書き込んでいた。
「真面目だね。」
武藤が笑う。
「忘れちゃいそうなので。」
細井も少し照れ笑いを浮かべた。
武藤と細井が店内を回る姿を、浜谷は少し離れた場所から見ていた。
(後輩……か。)
去年までの自分は、教わる側だった。
インカムの使い方も。
景品の補充も。
接客も。
何もかも先輩たちに教えてもらっていた。
それが今では、自分より後に入ってくる人がいる。
初めてできた後輩。
まだ自分は誰かに教えられるほど立派じゃない。
そう思う気持ちもある。
それでも――。
「浜谷くん。」
石村が隣へ来た。
「はい。」
「もう先輩だからな。」
「後輩に背中を見せる立場だよ。」
浜谷は少し照れくさそうに笑う。
「まだ実感ないです。」
石村も笑った。
「最初はみんなそうだ。」
「でも、そのうち自然とな。」
浜谷は細井の方を見る。
武藤の話を真剣に聞き、必死にメモを取る姿は、一年前の自分と重なって見えた。
(僕にも、後輩ができたんだ。)
その事実が少しうれしくて、少し照れくさかった。
⸻
休憩時間。
武藤に店内を案内してもらった細井は、自動販売機の前で浜谷と顔を合わせた。
「お疲れ様です。」
細井が気さくに声をかける。
「お疲れ様です。」
浜谷は軽く会釈をした。
少し沈黙が流れたあと、浜谷が少し照れくさそうに口を開く。
「あの、細井さん。」
「はい?」
「細井さん、僕より年上ですよね?」
「はい、26です。」
浜谷は笑いながらうなずく。
「なので、僕は敬語で話させてもらいますね。」
細井は少し驚いた表情を見せた。
「えっ、そんな気使わなくていいのに。」
「いえ。」
「年上の方には敬語って決めてるので。」
浜谷は自然にそう答えた。
細井は少し考えるように首をかしげる。
「じゃあ。」
「ウチはタメ口でいい?」
浜谷は一瞬きょとんとした。
「え?」
「だって浜谷くん、職場では先輩だけど年下じゃん?」
「敬語で話されるのはいいけど、ウチまで敬語だとなんか変な感じするし。」
浜谷は少し笑った。
「僕は全然大丈夫ですよ。」
「じゃあ決まり!」
細井はにっと笑う。
「よろしくね、浜谷くん。」
「はい。」
「よろしくお願いします、細井さん。」
年齢は細井の方が上。
職場では浜谷の方が先輩。
少し不思議な関係だったが、二人らしい距離感がここから少しずつできあがっていくのだった。
⸻
閉店後。
茂田が細井へ声をかける。
「初日どうだった?」
「緊張しました。」
「でも、皆さんが優しくて安心しました。」
武藤もうなずく。
「今日はよく頑張ったね。」
「まだ初日だから、焦らなくて大丈夫。」
「はい!」
茂田は満足そうに笑った。
「原町中央店へようこそ!」
「これからよろしくね!」
「よろしくお願いします!」
新しい仲間を迎えた原町中央店。
また少しだけ、賑やかな毎日が始まろうとしていた。