メンテナンス担当になって一週間。
浜谷は日村から教わったこと、大澤から教わったことを思い返しながら、毎朝店内を巡回するのが日課になっていた。
クレーンゲームの動き。
メダルゲームの挙動。
筐体から聞こえる音。
以前は何気なく通り過ぎていた場所も、今では自然と目が向くようになっていた。
「異常なし……。」
浜谷は一台ずつ丁寧に確認していく。
まだ分からないことだらけ。
それでも少しずつ「メンテナンス担当」としての自覚が芽生え始めていた。
⸻
午後二時頃。
店内が少し落ち着き始めた頃だった。
インカムから矢水の声が聞こえる。
「浜谷さん。」
「メダルコーナーでエラーが出ています。」
「確認をお願いします。」
「分かりました!」
浜谷は工具箱を持ち、急いでメダルコーナーへ向かった。
一台のメダルゲームが停止している。
画面には赤い文字でエラー番号が表示されていた。
「……。」
浜谷は番号を見つめる。
見覚えがない。
日村と一緒に見たこともないエラーだった。
一瞬だけ、不安がよぎる。
(どうしよう。)
(大澤さんを呼んだ方がいいかな……。)
そう思い周囲を見渡す。
しかし大澤は別の機械の対応中。
接客も重なり、すぐには来られそうにない。
浜谷はもう一度エラー画面を見る。
(ここで逃げたら。)
(いつまでたっても一人じゃできない。)
そう思うと、不思議と気持ちが落ち着いた。
「……やってみよう。」
浜谷は事務所へ戻り、メダルゲームの分厚い説明書を取り出した。
ページをめくり、エラー一覧を探す。
「あった。」
表示されている番号を見つける。
原因。
対処方法。
注意事項。
一つひとつ丁寧に読み込む。
「まず電源を落として……。」
「次に内部を確認……。」
説明書を片手に機械の扉を開ける。
教わったとおり、安全を確認してから作業を始めた。
しかし。
説明書どおりに進めても改善しない。
「……あれ?」
もう一度最初から読み直す。
何か見落としているのかもしれない。
額には汗がにじみ始めていた。
焦る気持ちが少しずつ大きくなる。
その時だった。
ふと、日村の言葉が頭に浮かんだ。
『まず確認。』
『焦らない。』
『一つずつ。』
浜谷は深呼吸をする。
「よし。」
説明書をもう一度最初から読む。
すると、小さな注意書きが目に入った。
『リセット前にセンサー部を確認すること』
「これか!」
浜谷はセンサーを確認すると、小さなメダルの詰まりを見つけた。
慎重に取り除き、手順どおりにリセットを行う。
電源を入れる。
数秒間の沈黙。
浜谷は画面を見つめた。
「……。」
ピッ。
エラー表示が消える。
通常画面へ戻った。
メダルゲームは何事もなかったかのように動き始める。
「直った……!」
思わず小さくガッツポーズをする。
その瞬間、大澤がやって来た。
「浜谷さん。」
「終わりましたか?」
「はい!」
「説明書を見ながらだったんですけど……。」
大澤は機械を一通り確認する。
動作。
ランプ。
センサー。
問題はない。
静かに浜谷を見る。
「大丈夫です。」
「ちゃんと直っています。」
浜谷は大きく息を吐いた。
「よかった……。」
大澤は少しだけ微笑む。
「説明書を読むのも、メンテナンスの仕事です。」
「分からないことを、そのまま触る方が危ないですから。」
その言葉に浜谷はうなずいた。
「ありがとうございます。」
⸻
営業終了後。
事務所では一日の振り返りが行われていた。
茂田が浜谷へ声を掛ける。
「今日はメダルゲーム直したんだって?」
「はい。」
「初めて一人で対応しました。」
「説明書を何回も読みましたけど……。」
茂田は笑顔になる。
「それでいいんだよ。」
「最初から全部覚えてる人なんていない。」
「分からなかったら調べる。」
「確認する。」
「それも立派なメンテナンス担当だよ。」
浜谷は少し照れながら笑った。
すると大澤も続ける。
「今日の対応、落ち着いていました。」
「経験を積めば、もっと早く判断できるようになります。」
浜谷は力強く返事をする。
「はい!」
帰る前。
浜谷はもう一度メダルコーナーへ足を運んだ。
昼間、自分が直した筐体は変わらず元気に動いている。
お客様も楽しそうに遊んでいた。
その光景を見て、浜谷は自然と笑みがこぼれる。
「一人で直せた。」
たったそれだけのこと。
でも、その小さな成功が浜谷にとっては大きな自信になった。
メンテナンス担当としての道は、まだ始まったばかり。
それでも今日、自分は確かに一歩前へ進むことができた。
そう感じながら、浜谷は静かに阿佐野店をあとにした。