教育実習も折り返しを迎えた。
慣れない授業づくりや教材研究に追われながらも、浜谷は少しずつ「先生」と呼ばれる生活に慣れ始めていた。
その夜。
翌日の授業準備を終えた浜谷は、ベッドへ倒れ込んだ。
「今日は疲れたな……。」
目を閉じると、あっという間に眠りへ落ちていった。
⸻
翌朝。
「おはようございます!」
浜谷はいつものようにファンステージへ出勤する。
しかし、店の前に立った瞬間、表情が固まった。
看板には、先日の夢で見たものとまったく同じ文字が並んでいる。
『ゲームセンター ファンステージ 原町中央・阿佐野合同店』
「……また!?」
浜谷は思わず看板へ突っ込んだ。
「また合同店なんですか!?」
先日の騒がしい営業風景が、頭の中によみがえる。
嫌な予感を覚えながら、自動ドアをくぐった。
「おはようございま……。」
その瞬間。
店内から甲高い声が聞こえてくる。
「待てー!」
「こっちだよー!」
「店の中を走っちゃダメー!」
何人もの子どもたちが、ゲーム機の間を走り回っていた。
「……え?」
浜谷は立ち尽くす。
よく見ると、子どもたちは全員、見覚えのある制服を着ていた。
金髪の女の子が、景品補充用の台車に乗って走ってくる。
「おはようございまーす!」
「茂田さん!?」
「琉くん、おっそーい!」
見た目は小学生だが、話し方は完全に茂田だった。
その後ろから、帽子をかぶった幼稚園児くらいの男の子が歩いてくる。
「おぅ。」
「山神さん!?」
眼鏡をかけた男の子は、絡まったインカムのコードと格闘していた。
「石村、向かいまーす!」
「向かえてないですよ!」
工具箱を抱えた無表情な男の子もいる。
「オハヨウゴザイマァス。」
「日村さんまで……。」
高崎、藤屋、相馬。
高村、矢水、大澤、樋口。
古坂と細井も、全員小学生ほどの姿になっていた。
浜谷は頭を抱える。
「今度は全員子どもですか!?」
すると、背後から聞き慣れた声がした。
「浜谷さん!」
「どうなってるんですか、これ!?」
振り返ると、そこには川原が立っていた。
浜谷と同じ制服姿。
外見も普段とまったく変わらない。
「川原さん!」
「よかった……!」
「普通の大人がいた!」
「私も二十一歳ですよ!」
「僕も二十一歳です!」
二人は顔を見合わせる。
周囲を見渡しても、成人の姿のままなのは浜谷と川原だけだった。
「なんで僕たちだけ、そのままなんでしょう……。」
「同い年だから?」
「理由になってませんよ!」
その時、店内アナウンスが流れた。
『まもなく開店いたします。スタッフのみなさんは、持ち場についてください』
子どもになったスタッフたちが一斉に手を挙げる。
「はーい!」
浜谷と川原は嫌な予感しかしなかった。
⸻
開店準備が始まる。
茂田は台車へ景品を積もうとするが、台車の高さに届かない。
「琉くん!これ取って!」
「店長なのに届かないんですか!?」
石村はメダル貸出機を確認しようとするが、鍵を差し込む位置まで手が届かない。
「浜谷くん。ちょっと持ち上げて。」
「危ないからダメです!」
山神はメダルカップを運ぼうとするが、両手で一つ持つのが精いっぱい。
「重い。」
「無理しないでください!」
高崎はクレーンゲームへ景品を並べようとする。
しかし、かわいいぬいぐるみを見るたびに手が止まってしまう。
「これ欲しい!」
「高崎さん、それはお客様の景品です!」
藤屋は事務所の椅子に座っているが、足が床に届かず、ぶらぶらと揺れていた。
「藤屋、お先、失礼します。」
「まだ開店前です!」
一方、阿佐野店のメンバーも苦戦していた。
矢水はイベント用のマイクを握っている。
「本日はご来店いただき——」
声が高すぎて、店内アナウンスというより子どもの発表会になっていた。
樋口はシナモンの景品を抱きしめて離さない。
「浜谷くん、これかわいい!」
「仕事してください!」
大澤はクレーンゲームの内部を確認しようとするが、脚立を前に静かに固まっていた。
「……届きません。」
「大澤さんまで!?」
古坂と細井はメダルを床へ並べている。
「浜谷くん、見て!」
「きれいに並べたよ!」
「それ、補充用のメダルです!」
浜谷が次々と対応する横で、川原も子どもたちを追いかけていた。
「茂田さん!台車で遊ばない!」
「山神さん、メダル口に入れちゃダメ!」
「高崎さん、ぬいぐるみ戻して!」
店内には川原の声が響き渡る。
浜谷が苦笑いする。
「川原さん、完全に先生ですね。」
「浜谷さんもでしょ!」
⸻
そして開店時間。
お客様が次々と入店してくる。
「すみませーん!」
「景品が取れないんですけど!」
「メダルが出てきません!」
「イベントは何時からですか?」
子どもスタッフたちは一斉に慌て始める。
「琉くん!」
「どうすればいいの!?」
「浜谷さん!」
「助けてください!」
「浜谷くん!」
「届かない!」
「先生ー!」
「先生、こっちー!」
いつの間にか、浜谷は全員から先生と呼ばれていた。
「僕は学校でも店でも先生なんですか!?」
川原もお客様対応に走り回る。
「浜谷くん!」
「私がクレーン見るから、メダルお願い!」
「分かりました!」
二人は自然に役割を分担する。
浜谷がメダルコーナーを巡回し、川原がクレーンとカウンターを担当する。
その間に、子どもスタッフたちへ一つずつ仕事を教えていく。
「茂田さん、補充は台車で遊んでからじゃなくて、先に景品を載せます!」
「はーい!」
「石村さん、インカムのコードは首に巻かないでください!」
「はーい……。」
「日村さん、まずは電源の確認からです!」
「リョウカイデス。」
少しずつ、店内は落ち着きを取り戻していった。
浜谷と川原は顔を見合わせる。
「なんとかなりそうですね。」
「二人だけ大人でよかったね。」
その瞬間。
店内すべてのゲーム機から、一斉に警告音が鳴った。
ピーピーピーピー!
「えっ!?」
メダルゲームもクレーンゲームも、すべて停止する。
子どもたちは一斉に浜谷と川原を見る。
「先生ー!」
「浜谷くん!」
「川原さん!」
「直してー!」
浜谷と川原は、天井を見上げた。
「二人でも無理ですーーー!!」
⸻
「……はっ!」
浜谷は勢いよく目を覚ました。
時計は朝六時。
実家の天井を見つめながら、大きく息を吐く。
「また夢か……。」
昨日よりも疲れた気がする。
「でも、なんで川原さんだけ大人だったんだろう。」
少し考えたあと、浜谷は笑った。
「同い年だからかな……。」
もちろん、答えは分からない。
浜谷は身支度を整え、今日も教育実習先の学校へ向かった。
夢の中でも現実でも。
浜谷は今日も、誰かに仕事を教える側になっていた。