教育実習を終えた翌週。
久しぶりに制服へ袖を通した浜谷は、少しだけ背筋を伸ばしながら阿佐野店へ向かっていた。
「なんか……。」
「初出勤みたいに緊張するな。」
たった一か月。
それでも、あの場所に戻ると思うと、胸の奥がそわそわと落ち着かない。
懐かしさと、少しの不安と、そして――帰る場所があるという安心感。
自動ドアが開く。
「おはようございます!」
その瞬間。
「琉くーん!」
真っ先に駆け寄ってきたのは茂田だった。
「教育実習お疲れさまぁ〜ず!」
「ただいまです!」
その言葉が、思っていた以上に自然に口から出た。
続いて古坂が笑顔で迎える。
「浜谷くん、おかえり!」
「ありがとうございます!」
高村も優しく微笑む。
「一か月、お疲れさまでした。」
「ありがとうございます!」
矢水、大澤、樋口、細井も次々と声を掛けてくれる。
その一つひとつが、胸にじんわりと染みていく。
浜谷はふと、心の中でつぶやいた。
「やっぱり……。」
「ここが、僕の居場所なんだな。」
⸻
朝礼が終わり、営業準備。
いつもの動き、いつもの空気。
身体が自然と覚えている感覚に、少しだけ安心する。
その時だった。
景品を茂田に渡そうとした浜谷が思わず口を開く。
「これ、めっちゃ重いんで気ぃつけてください!」
店内が一瞬静まり返る。
「……え?」
浜谷自身も驚いた。
「しまった。」
「関西弁が……。」
教育実習中、一か月間実家で生活していた浜谷。
毎日家族と話していたせいで、すっかり地元の言葉が戻っていたのだ。
茂田が目を丸くする。
「え?」
「琉くんって関西の人だったニダ?」
浜谷は一瞬だけ言葉を探し、観念したように笑った。
「そうですに……実家が関西やもんで。」
その一言に、店内がふっと和む。
古坂がくすっと笑う。
「なんか新鮮。」
樋口も肩を揺らす。
「いいじゃん、それ。」
浜谷は耳を赤くしながら苦笑した。
「やめてくださいよ……。」
けれど、その空気はどこか優しくて、居心地がよかった。
⸻
その様子を見ていた大澤がぽつり。
「……自然ですね。」
「ありがとうございます?」
「普段より柔らかく聞こえます。」
「そうですか?」
矢水もうなずく。
「私は好きですよ。」
高村も優しく笑った。
「教育実習、地元で頑張ってきた証拠ですね。」
浜谷は少し照れくさそうに頭をかいた。
「……そうかもしれません。」
自分の中にある“地元”と“ここ”。
どちらも否定されることなく受け入れられていることが、少しだけ嬉しかった。
⸻
昼休憩。
休憩室では、いつも通りの雑談が流れていた。
さっきの出来事も、もう特別な話題ではなくなっている。
浜谷はその空気の中で、ふと感じていた。
――ちゃんと、戻ってこれた。
そんな実感が、静かに胸に広がっていく。
⸻
夕方。
閉店作業を終えた浜谷はロッカーで着替えていた。
制服を脱ぎながら、ふと一日を振り返る。
「最初は緊張しとったけど……。」
「やっぱ帰ってきてよかったわ。」
その言葉は、誰に聞かせるでもなく、自然とこぼれた本音だった。
その時、茂田が笑顔で手を振る。
「琉くん!」
「シーユーアゲイン!」
浜谷も思わず笑う。
「ほな、お先に失礼します!」
その一言に、スタッフ全員がまた笑い出した。
「まだ関西弁抜けてない!」
「もうそのままでいいよ!」
浜谷は照れ笑いしながら店をあとにした。
外に出ると、夕方の空気が少しだけひんやりとしていた。
振り返ると、いつもの阿佐野店の明かりがそこにある。
一か月離れていても、変わらず迎えてくれる場所。
自分をそのまま受け入れてくれる人たち。
浜谷は小さく息を吐き、少しだけ肩の力を抜いた。
――ここに帰ってくる理由は、ちゃんとある。
そう思えたことが、何よりも嬉しかった。
その温かさを胸に抱えながら、浜谷はゆっくりと帰路についた。