ある日の朝。
阿佐野店では開店前の朝礼が終わろうとしていた。
「それじゃあ今日もよろしくお願いしまーす!」
スタッフたちがそれぞれの持ち場へ向かう中、茂田が浜谷を呼び止める。
「琉くん。」
「はい。」
浜谷は茂田が手にしている予定表を見て首をかしげた。
「あれ?」
「茂田さん、今日は原町中央店じゃないですか?」
茂田はにこっと笑う。
「そうニダ。」
「だから琉くんも今週は原町中央店お願いニダ。」
その言葉に、浜谷は目を丸くした。
「……え?」
「ぼ、僕もですか?」
「そうニダ。」
「一週間だけね。」
「来週からはまた阿佐野店だから。」
浜谷は数秒固まったまま茂田を見つめる。
そして、その表情が少しずつ笑顔へ変わっていった。
「本当ですか!」
「めちゃくちゃ久しぶりですね!」
「石村さんたちにも会えますね!」
その素直な反応に、茂田も思わず笑う。
「みんな喜ぶと思うニダ。」
「準備できたら出発するよ。」
「はい!」
営業準備を済ませた二人は、茂田の車へ乗り込んだ。
車がゆっくりと走り始める。
しばらくは静かな時間が流れていたが、茂田が口を開く。
「阿佐野店どう?」
「だいぶ慣れてきました。」
「樋口さんや高村さんには接客やクレーンゲームを教えてもらってますし、大澤さんや生田さんにはメンテナンスを教えていただいてます。」
「毎日勉強です。」
茂田は満足そうにうなずいた。
「よかったニダ。」
「最初は少し心配してたけど、大丈夫そうだね。」
浜谷は少し照れ笑いを浮かべる。
「まだまだです。」
「でも、前よりは落ち着いて仕事ができるようになった気がします。」
「その調子ニダ。」
茂田は窓の外を見ながら続けた。
「原町中央店のみんなも、琉くんが帰ってくるの楽しみにしてると思うよ。」
浜谷は少し驚いたように笑う。
「そうだと嬉しいです。」
車窓の景色が少しずつ見慣れたものへ変わっていく。
ちょっと前まで、アルバイトへ向かうたびに見ていた道。
信号。
交差点。
懐かしい景色が次々と目に飛び込んでくる。
「懐かしいですね。」
浜谷がぽつりとつぶやく。
「でも今週だけニダ。」
茂田は笑う。
「また来週から阿佐野店応援だからね。」
「はい!」
話をしているうちに、車は原町中央店へ到着した。
茂田が駐車場へ車を止める。
浜谷はゆっくりと店を見上げた。
見慣れた外観。
何度も出入りした入口。
初めてアルバイトとして働いた場所。
思わず、小さくつぶやく。
「……ただいま。」
胸の奥がじんわりと温かくなる。
ほんの数か月離れていただけなのに、不思議とずっと帰ってきていなかったような気持ちだった。
初めてインカムを付けた日。
接客で失敗して落ち込んだ日。
先輩たちに励まれた日。
たくさんの思い出が、一気によみがえってくる。
そして今は、あの頃とは少しだけ違う。
阿佐野店でたくさんの経験を積み、自信を持ってこの店へ戻ってくることができた。
茂田が振り返る。
「さ、行くニダ。」
「はい!」
二人は並んで入口へ向かった。
自動ドアがゆっくりと開く。
聞き慣れた店内BGM。
変わらないクレーンゲームコーナー。
見慣れた売り場。
懐かしい空気が浜谷を包み込む。
その時だった。
事務所の方から石村がインカムを手に歩いてきた。
浜谷に気付いた石村は、少し目を丸くする。
「あれ。」
「浜谷くんじゃん。」
浜谷は自然と笑顔になり、深く頭を下げた。
「お久しぶりです!」
石村は笑う。
「久しぶりって言っても数か月だけどな。」
「でも、なんか雰囲気変わったな。」
「そうですか?」
「阿佐野店で鍛えられた顔してる。」
浜谷は照れくさそうに笑った。
「まだまだです。」
「その一週間、頼むぞ。」
「はい!」
久しぶりの原町中央店。
懐かしい仲間たちと過ごす一週間が、静かに幕を開けた。