四月下旬。
浜谷はいつものようにファンステージ原町中央店へ出勤した。
「おはようございます!」
「おつかれさまぁ〜ず♪」
茂田は笑顔で迎えてくれたが、どこかいつもより静かだった。
事務所の空気にも、少しだけ寂しさが漂っている。
浜谷が不思議そうな表情を浮かべると、石村が静かに口を開いた。
「今日は、翠ちゃんの最後の出勤なんだ。」
「えっ……。」
浜谷は思わず聞き返す。
「最後、ですか?」
石村はゆっくりとうなずいた。
「大学を卒業して社会人になるからね。」
「今日でファンステージも卒業だよ。」
その言葉に、浜谷は胸の奥が少し締めつけられるような感覚になった。
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開店前。
小瀧はいつもと変わらない笑顔で、クレーンゲームコーナーの景品を整えていた。
浜谷は意を決して声を掛ける。
「小瀧さん。」
「卒業されるって聞きました。」
小瀧は手を止め、穏やかに微笑んだ。
「うん。」
「来年から社会人だからね。」
「大学も忙しくなるし、今日でここも卒業。」
少し寂しそうに笑うその表情が、浜谷の胸に残る。
「もっと、いろいろ教えてもらいたかったです。」
その言葉に、小瀧は少し驚いたような顔をしてから笑った。
「ありがとう。」
「でも、浜谷くんなら大丈夫。」
「初めて会った時より、すごく自信がついた顔をしてるよ。」
浜谷は照れくさそうに頭をかいた。
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営業が始まる。
二人は最後に一緒にクレーンゲームコーナーを巡回した。
景品を整え、お客様へ声を掛け、困っている子どもには優しく対応する。
その姿は、最初に出会った日と変わらない。
浜谷は、小瀧の接客を一つひとつ目に焼き付けていた。
(これが、小瀧さんの接客なんだ。)
(ちゃんと覚えておこう。)
昼頃。
小さな女の子が景品を取ることができず困っていた。
浜谷が近づこうとすると、小瀧が小さく微笑む。
「行っておいで。」
「大丈夫。」
浜谷はうなずき、お客様のもとへ向かった。
「どうしましたか?」
女の子の話を聞き、景品の様子を確認する。
必要に応じて石村へ連絡し、調整してもらう。
景品が取れると、女の子は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう!」
その様子を少し離れた場所から見ていた小瀧は、小さく拍手をした。
「もう一人でも大丈夫だね。」
その一言が、浜谷には何より嬉しかった。
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閉店後。
営業を終えた事務所に、スタッフ全員が集まる。
茂田が口を開いた。
「翠ちゃん、本当にお疲れさまでした。」
石村もうなずく。
「学生スタッフとして、長い間本当によく頑張ってくれたね。」
相馬が微笑む。
「寂しくなるね。」
高崎は笑顔で言った。
「社会人になっても頑張ってね〜!」
小瀧は照れくさそうに笑いながら頭を下げる。
「皆さん、本当にありがとうございました。」
「ここで働けて、本当に楽しかったです。」
そして浜谷へ向き直った。
「浜谷くん。」
「これから新しいアルバイトも入ってくると思う。」
「その時は、今度は浜谷くんが教えてあげてね。」
浜谷は力強くうなずいた。
「はい!」
「小瀧さんに教えてもらったこと、忘れません!」
小瀧は最後に深く一礼した。
「本当に、お世話になりました。」
事務所には大きな拍手が響く。
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小瀧が店を出る。
自動ドアがゆっくりと閉まり、その姿は夕暮れの中へと消えていった。
浜谷はその背中を見送りながら、小さくつぶやく。
「お疲れさまでした。」
ゲームセンターには、毎日のようにたくさんの出会いがある。
そして、その分だけ別れもある。
短い時間だった。
それでも浜谷にとって、小瀧は初めて「先輩」と呼べる存在だった。
だからこそ、その背中は誰よりも大きく見えた。
浜谷は今日、新しい一歩を踏み出す人を見送りながら、自分も少しだけ成長できた気がしていた。