阿佐野店。
午後の営業もひと段落し、スタッフたちは順番に休憩へ入っていた。
休憩室。
浜谷は自動販売機で買ったジュースを飲みながら、静かに一息つく。
そこへ細井が入ってきた。
「浜谷くん。」
「はい?」
「前から思ってたんだけどさ。」
「なんですか?」
細井は少し考えるような顔をしたあと、急に笑い出した。
「浜谷って、いい名前だよね。」
「え?」
「人生山あり谷ありって言うじゃん?」
「はい。」
「だから……。」
細井は浜谷を指さした。
「人生浜あり、谷あり!」
「ぶっ!」
浜谷は思わずジュースを吹きそうになった。
「なんですか、それ!」
「思いついちゃった!」
細井は自分で言って大笑いしている。
「はははは!」
「無理やりじゃないですか。」
「でも語呂いいじゃん!」
その声を聞きつけて、樋口が休憩室へ入ってきた。
「何笑ってるの?」
細井が嬉しそうに説明する。
「人生浜あり、谷あり!」
樋口は数秒考えたあと、
「……ふふっ。」
「それ好き。」
と笑った。
そこへ古坂もやってくる。
「何の話?」
「浜谷くんの名前!」
「人生浜あり、谷あり!」
古坂も吹き出した。
「たしかに!」
「いい名前だねぇ!」
浜谷は苦笑いする。
「褒められてる気がしません……。」
その時、高村が休憩室へ顔を出した。
「何か楽しそうね。」
細井はすぐに説明する。
高村は静かにうなずいた。
「人生、本当に浜もあれば谷もあるものね。」
「高村さんまで!」
浜谷は頭を抱える。
「もう皆さん信じちゃってるじゃないですか!」
休憩を終え、仕事へ戻る。
「浜谷くん、景品補充お願い!」
「はい!」
浜谷は台車を押してクレーンコーナーへ向かった。
その途中。
「あっ!」
床に置かれていた空箱に足を引っかける。
ぐらっ。
「危ない!」
古坂がとっさに腕をつかみ、転倒寸前で止まった。
「ありがとうございます……。」
古坂は笑いながら言う。
「危なかったね。」
すると後ろから細井が現れる。
「ほら。」
「谷。」
「まだ言うんですか!」
近くにいた樋口まで笑い出す。
「今日は谷スタートだね。」
「勘弁してくださいよ。」
その後も災難は続く。
景品補充へ向かえば、
「浜谷くん、この景品違うよー。」
「あっ、すみません!」
メダルコーナーへ行けば、
「浜谷さん、カード補充お願いします。」
「今行きます!」
ようやく一息つけると思ったら、
インカムから茂田の声が響く。
「琉くん、事務所お願いニダ。」
「はい!」
浜谷は店内を走り回る。
その姿を見て細井は笑う。
「今日は谷が多いねぇ。」
「もういいです!」
営業終了。
休憩室で財布を開く浜谷。
「あ。」
「小銭ぴったり。」
自販機で最後の一本だったジュースも無事に買えた。
「ラッキー。」
細井がニヤリと笑う。
「今度は浜。」
「え?」
「谷ばっかりじゃないじゃん。」
「たしかに。」
浜谷も思わず笑ってしまう。
そこへ茂田が休憩室へ入ってきた。
「何笑ってるニダ?」
細井がすぐに説明する。
「人生浜あり、谷ありです!」
茂田は腕を組み、真剣な表情になる。
「なるほどニダ。」
全員が返事を待つ。
数秒後。
茂田は満足そうにうなずいた。
「でも。」
「人生にはニダも必要ニダ。」
一瞬の静寂。
「いや、必要なんですか!」
浜谷のツッコミに、休憩室は大爆笑。
樋口は笑いすぎて机を叩き、古坂は涙を流し、高村も肩を震わせている。
細井は笑いながら親指を立てた。
「浜あり。」
「谷あり。」
「ニダあり!」
「最後のはいりません!」
今日も阿佐野店には、笑い声が響いていた。
人生、浜あり、谷あり。
そして――笑いあり。
それが、ファンステージの日常だった。