平日の午後。
阿佐野店は比較的落ち着いた時間だった。
浜谷はメンテ室で工具を整理している。
するとインカムが鳴った。
「浜谷くん。」
大澤の声だ。
「クレーンゲームの調子が悪いみたい。」
「了解です!」
工具箱を持ち、浜谷は急いで景品コーナーへ向かった。
機械は電源も入り、動作もする。
しかし、アームだけが途中で止まってしまう。
「うーん……。」
浜谷は前面パネルを開け、配線やセンサーを確認する。
「断線じゃない。」
「センサーも反応してる。」
「モーターかな……。」
細井が心配そうにのぞき込んだ。
「どう?」
「原因はありそうなんですけど、決め手がなくて。」
浜谷は何度も機械を動かしてみる。
それでも原因がつかめない。
「焦ってきたなぁ……。」
その時だった。
「浜谷くん。」
大澤がゆっくり歩いてきた。
「一回落ち着こ。」
「え?」
「焦ってる時って、見えるものも見えなくなるから。」
その一言に、浜谷は少し笑った。
「はい。」
工具を置き、一度深呼吸する。
「よし。」
改めて機械を見直す。
アーム。
配線。
センサー。
そしてコネクター。
「あ。」
「これか。」
コネクターがほんの少し浮いている。
「こんなところだったのか。」
カチッ。
差し込み直す。
もう一度テスト。
ウィーン。
アームは最後までスムーズに動いた。
「直った!」
細井が拍手する。
「さすが!」
浜谷も思わず笑顔になる。
「大澤さんのおかげです。」
「私は何もしてないよ。」
「浜谷くんが直したんだから。」
「でも、『一回落ち着こ』って言われなかったら、多分まだ悩んでました。」
大澤は少し照れながら笑った。
「焦るとね。」
「答えが目の前にあっても見えなくなることがあるの。」
その言葉を浜谷は静かにうなずきながら聞いていた。
午後。
今度は景品補充をしていた樋口が困っていた。
「箱が入らない!」
何度向きを変えても棚に収まらない。
「あれー?」
そこへ大澤が通りかかる。
「樋口ちゃん。」
「一回落ち着こ。」
「はい!」
樋口は深呼吸をする。
もう一度箱を見る。
「あ。」
「縦と横が逆でした!」
くるっと向きを変えると、ぴったり棚へ収まった。
「入りました!」
「アザッす!」
夕方。
古坂は景品ディスプレイの前で腕を組んでいた。
「なんか違うなぁ……。」
何度並べ替えてもしっくりこない。
大澤が近づく。
「古坂さん。」
「一回落ち着こ。」
「うん。」
古坂は少し離れて景品全体を見渡す。
「あ。」
「ここを少し右に寄せればいいんだ。」
景品を数センチ動かす。
「これだ。」
古坂は満足そうに笑った。
営業終了後。
休憩室。
浜谷がジュースを飲みながら笑う。
「今日だけで何回聞いたんだろう。」
「一回落ち着こ。」
細井も笑う。
「魔法の言葉だね。」
樋口は元気よく手を挙げた。
「私は三回!」
古坂も笑う。
「私は一回かな。」
その時、茂田が休憩室へ入ってきた。
「何がそんなに盛り上がってるニダ?」
事情を聞いた茂田は、うんうんとうなずいた。
「いい言葉ニダ。」
「仕事って焦ると失敗するニダ。」
「だから、一回落ち着く。」
「それだけで見えるものが変わるニダ。」
浜谷は今日一日を思い返していた。
機械の修理。
景品補充。
ディスプレイ。
どれも、答えは最初からそこにあった。
ただ、焦っていた自分には見えていなかっただけだった。
帰り際。
浜谷は大澤に声を掛けた。
「大澤さん。」
「今日はありがとうございました。」
大澤は少し照れながら笑う。
「また困ったら、一回落ち着こ。」
浜谷も笑顔でうなずく。
「はい。」
その日以来、阿佐野店では誰かが焦り始めると、決まって誰かがこう声を掛けるようになった。
「一回落ち着こ。」
それは大澤が何気なく口にした、阿佐野店のみんなを少しだけ笑顔にする魔法のひと言になっていくのだった。