太古の時代、人が人として文明を築き始めた時から、怪物は世界を闊歩していた。武器があろうと、屈強な人間だろうと太刀打ちできない怪物に、人々は怯え、隠れて過ごしていた。
だが、ある時を境に人の中にも特別な存在が生まれ始めた。超能力とも言える、常識外の力を宿した少女たち──魔女が、生まれたのだ。
魔女たちは世界に数人、バラバラに生まれ、歳を重ねるごとに能力が弱まり、死によって次の少女に違う力として継承される。怪物に抗う奇跡の少女たちとして、彼女たちは世界から崇められ、讃えられ、戦ってきた。時代を超えて、国の壁を超えて、人々のために戦ってきた。
やがて、時は過ぎ、現代。怪物の登場は、魔女たちの台頭により一種の災害として処理されるようになり、日本にも1人、魔女が生まれた。
ただ、そんな少女も、魔女であることを除けば、普通の感性をもっており、当たり前に友人が居た。
これは、そんな友人──
壊れていく日常の話。
◇
夕暮れ。学校が終われば、小百合は1人で帰路に着く。黄金色の夕日を受けても変わらぬ黒髪を雑に伸ばし、同じく変わらぬ黒い瞳で、世界を映す。とても平凡で、トクベツな少女の隣には似合わぬ、人間。
それが、小百合だった。
趣味もなく、好きなこともまちまち。唯一得意と言えるのは──いつも傷だらけで帰ってくる親友の手当をすることくらい。もっとも、それだって、強いて言えばと前置きがつく程度のもの。
何もない人間が、彼女だった。故に、何もないからこそ光に焦がれるように、持ってないものに引き合うように美奈子と小百合は出会ったのだ。
歩いて、歩いて歩いて、寄り道することなく家に着けば、玄関には美奈子の靴が脱ぎ捨てられていた。雑に置かれたそれは、彼女の疲れの表れだろうか。昼食時に出た緊急警報。美奈子はそれに呼ばれ、怪物の討伐に出ていた。靴があるなら、今日も無事勝ったのだろう。小百合はほっと一息つき、表情を整えてリビングのドアを開く。
「ただいま。今日もお疲れさま、みーちゃん」
「……ん、おかえり〜、さっちゃん。ほんと、今日も疲れたよ〜」
「あはは……ほんと、お疲れさま」
見慣れた光景と言うべきか、美奈子はとても他所様には見せられないだらしない格好で、ソファに寝転んでいた。放り投げられた制服の上着とリボン、シワがつくことも構わず、スカートとワイシャツ姿で過ごす彼女はなにも、特別ではない。魔女でなければ、ぐーたらなただの女子高生だ。
けれど、魔女は魔女。美奈子と小百合がいる家も、わざわざ政府が用意したものであり、支援金が怪物を倒す度に山ほど振り込まれてくる。お陰で食うには困らず、娯楽は選び放題。自分がここにいる理由が、魔女の精神安定のためなんて理由がなければ、きっと青春の中にある最高の同居だっただろう。なんて、小百合は思う。
現実は、残酷だ。2人は、大切な人を作り過ぎないように隔離され、学校もクラスにいるのはお互いだけ。両親とは離れ離れになり、互いが互いの存在を証明する以外、他にない。小さな世界が、帰るべき場所として残っている。怪物へのカウンターとして、壊れるわけにも、なくすわけにもいかないから、心の拠り所は最低限に。必要なものを、必要な分だけ与えられ、美奈子と小百合は過ごしている。
トクベツ、故に不自由で、特別、故に豊かな場所。鳥籠にいる、鳥のような生き方。だと言うのに、2人は文句も言わず心の自由を殺さないように、明るく振る舞う。
まだ、折れていないから。
「えっと……じゃあ、甘い物でも食べる? この前買ってきた焼きプリン、まだ1個残ってた気がするし。それとも、お風呂とか?」
「焼きプリン!? やった! 最後の1個貰っていいの!?」
「いいよいいよ。私はまた今度買ってくるし。がんばったみーちゃんには、ご褒美がないと」
「ん〜♪ 流石さっちゃん! わたしのことわかってる〜! じゃ、貰っちゃうね!」
冷蔵庫に小走りしていく美奈子の体には、また、小さな傷ができていた。怪物と魔女の力関係は明らかであり、魔女が負けることは万に一つもありえない。ただし、それが無傷で終わるほど優しいものではないことを小百合は知っている。
絶対に勝つ。絶対に勝つが、命のやり取りは遊びではない。朝も、昼も、夜も。海も、陸も、空も。怪物は何も選ばない。ただ、当然に、前からそこにいたとでも言わんばかりに出現し、世界に暗闇を生み出す。
何度も何度も、美奈子は傷を作って帰ってきた。小百合は、何度も何度も、その傷の手当をして、過ごしてきた。
戦いの恐怖を、小百合は知らない。
帰りを待つ恐怖を、美奈子は知らない。
いつでも、どこでも、世界を壊す魔の手から魔女は人々を守るが──魔女を守る人間はいない。今日も、明日も、明後日も、慣れ親しんだ災害に対処する
ネットも、現実も、関係なく感謝と憎悪が入り交じり、美奈子に向けられる。百の賞賛を、一の罵倒が殺す時だってあるように。彼女は時折、酷く不安定になる。食事の時、お風呂の時、寝る時。痛い痛いと叫び出す心を抑えられなくなり、嗚咽を漏らす。
何もできない小百合は、刺さった針を取り出すために、言葉を尽くし、愛を尽くし、寄り添う。
(焼きプリンで喜んでくれるなら……今日は大丈夫だった……のかな)
被害があった日。美奈子は極端に食事を避ける。自分の目の前で肉塊になった人間がいたのか。自分のせいで肉塊になった人間がいたのか、小百合にはわからない。わからないが、察することはある。
ただ、もっと、早くに気付くべきだったのだ。もっと早くに、調べるべきだったのだ。
その日、起こった怪物の被害について。そうすれば、砂の城も、脆く崩れていくのを先延ばしにできただろうに。慣れ親しんだ非日常が、感覚を鈍らせ、最初の1歩を見過ごした。
次回もお楽しみに!
誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!
感想や評価にここ好き、お気に入り登録もお待ちしております!