魔女は漫画に出てくるような、正義のヒーローではない。
世界の癌とも呼ばれる怪物に対抗するカウンターでありながら、その実は望んでそう産まれたわけではない、ただの人間だ。
人間故に、間違いも起こすし、誰もが輝く正義感を持って戦いに挑んでいるわけでもない。生きるため。生きて欲しい人がいるため、彼女たちは戦っている。
美奈子も、その一人だ。親と引き離され、残った数少ない繋がり。小百合の安全のため、命懸けで怪物と戦っている。だが、世間の認知は違う。怪物と魔女の力量差は絶対であり、魔女が負けるのは万に一つもありえない。辛勝があったとしても、その個体が特別強かっただけ、もしくは魔女の調子が悪かっただけであり。
ーー犠牲者が出るのは魔女の怠慢だと、姿なき声で高らかに叫ぶ。
無論、そんなことはない。怪物は強い。それ以上に魔女も強いが、怪我をすることもある。回復の能力を使える魔女が同世代にいなければ、地獄のような惨状を生むことだって珍しくない。
死は、常に彼女たちの身近にあり、いつだってギリギリでそれから逃れているに過ぎないのだ。
目には見えない、魔の手から、ただ必死に。
「……はぁ」
焼きプリンを貰ったあの日から、月を跨いで幾度目かの戦い。戦場は地獄だった。突如発生した怪物災害。魔女の出動はいつも後手、遅れれば遅れるほど、犠牲者は増える。自分のせいではないとわかっていても、心は軋む。やるせなさと、苦しさが、自分へのどうしようもない後悔として、ため息になる。
あと、もう少し出動が早ければ。
あと、もう少し自分が戦いを早く終わらせられていれば。助かった人数は増えていただろう。けれど、そうはならなかった。美奈子は全力で戦い、そして勝った。些細な怪我をすれど、辛勝ではなかった。故にそれ以上はない。ありえないのだ。全力以上の力が毎回出せるような心を、彼女は持ち合わせていないし、それにーー
『ーーーーーー!!!』
間に合わず、無惨にも肉塊となった友人や家族を見て、美奈子を糾弾する声が響くから。余計に、心のヒビが広がっていく。
最初は違った。
弁明しようと、彼女は叫んだ。だが、それも、何度も何度も続けば日常となり、見えない部分に消えない傷だけを作っていく。戦闘でできる些細な怪我より、ずっとずっと痛くて、苦しい、心の傷が増えていく。
ヒビが、日に日に増して広がり、違う場所にも亀裂を作る。
「……帰ろ」
居るだけでも、苦しい。
呼吸をするだけでも、辛くなる。
観衆のそばは、むせ返るような悪意と敵意に満ちていた。だから、帰る。小百合が待つ家へ。帰ればきっと、彼女がいつものような私を気遣う笑顔で、迎えてくれるから。
そんな、地獄で見る楽園が、聖域が、美奈子にとって、最後の拠り所だった。
故に、気付かない。
気付かなかった。
自分と共に過ごす親友が、どういう扱いを受けるか。どういう視線を向けられるか。どういう、心の傷を受けることになるか。
破滅の一歩手前まで、彼女は気付かなかった。
◇
家は、政府が用意した鳥籠。余程のことがなければ、個人に特定されるようなことにならない安全な場所……そのはずだった。なのに、それなのに、酷く稚拙な落書きが家の外壁を汚し、辺りを通る通行人はヒソヒソと笑っていた。
美奈子が急いで家へと入れば、丁度お風呂上がりの小百合が出てきたところであり、すぐ側の洗濯カゴには汚れた制服がーー丸めて置かれていた。
「あっ……お帰り、みーちゃん」
「さっちゃん……家の外、見た?」
「うん。……バレちゃった、みたいだね」
「その、さ。制服も、何かあった?」
「いや、これは……その……少し、転んじゃっただけだから。気にしないで」
嘘だ。
嘘だって、すぐにわかる。いくら察しが悪くても、親友の言葉が本当かどうかくらい、美奈子がわからないわけ、ない。
だとしても、小百合は美奈子を苦しませないために、嘘を吐き。美奈子は小百合の優しさを尊重するために、言葉を飲んだ。
『役立たずの魔女』
『無能の魔女』
『怪物と同じ化け物』
『人殺し』
自分と違う力を持っているから、自分達とは違う次元にいる生き物だから、守ることが出来て当然だと言うように。力は違えど、同じ血を通わせた人間だと考えようともせず、鋭い言葉を世間は突き立てる。
死闘をしているのは、誰か。
自分たちのために命を燃やしているのは、誰か。
誰も、彼も、考えようともせず。出た犠牲の数だけ、魔女を責め立てる。
人間は学ばない。
今までの魔女が、心を病んで亡くなってしまった過去があるというのに。
戦える魔女の数が減り、一時人類が怪物に対して酷く劣勢になった過去があるというのに。
歴史から、学ぼうとしない。
今だけを見て、自分の周りだけを見て、正面にいる、自分より幼い少女が傷ついていくのを、見ようとしない。
「……お腹、減ったね」
「ぁ、そう、だね。みーちゃん、今日は何食べたい? 材料色々買ってきたけど」
「カレー、とか? 最近食べてなかったし、さっちゃんのあま〜いカレー、食べたいな
♪」
「了解! 急いで作るから、ゆっくりお風呂入ってきて」
「……うん、そうする」
ササッと身支度を整え、リビングに向かっていく小百合の背中を、美奈子は見つめる。自分より小さく、されど、自分と対等に接してくれる、親友の後ろ姿。どこか、痛みや、辛さを感じるその背中を、そっと抱き寄せる。
「みー、ちゃん?」
「何があっても、さっちゃんだけは、守るから」
「ーーありがと。信じてるよ、みーちゃんのこと。今までも、これからも」
お互いの表情は、見えない。
声音だけでは、わからない。
でも、触れ合う部分から感じる温度だけは、嘘も本当もないから。
今はただ、この温もりだけを信じるように、抱きしめる。
広がるヒビを、二人で埋め合わせるように、そっと、寄り添い合う。
致命的に間に合わないことなんて、きっともう、二人はわかっていた。
次回もお楽しみに!
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