いつか君は透明になって   作:しぃ君

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後編

 戦って。

 戦って、戦って。

 取りこぼしては、責められて。

 救えたとしても、罵詈雑言が止むことは、ない。

 

 

 自分一人なら、それなら、美奈子はきっと耐えられただろう。戦うのは自分で、傷つくのも自分だけなら、それならきっと耐えられた。けれど、そうはならなくて、たった一つの大切な聖域すら汚されて、少しずつ壊れていった。

 人の死への、慣れ。

 自分の痛みへの、慣れ。

 心ない言葉への、慣れ。

 常識が、感性が、慣れに犯されて──歪んでいく。

 

 

 だから、最後の結論に至るのは当然の結果だった。

 

 ◇

 

 数えるのも億劫になるほど、美奈子は戦った。いくつも、体に傷を作り、悪夢に魘されるような日々を過ごしても、戦うことを止めなかった。理由は、些細なもの。大切な友人である小百合を守りたかったから。小百合が生きていく世界を、小百合が大切だと思うものを守りたかったから。

 それとは別に美奈子自身にも、力があるなら、その責任を果たすべきだという……義務感にも似た感情があった。だがそれは、幼い少女が背負うには余りにも重すぎた。

 

 

 どれだけ必死に守ろうとも、どれだけ必死に救おうとも、両の手で抱えられるものなど決まっていて、それ以上を望んで手を伸ばした所で結果は変わらない。

 魔女は、全てを救える全能の神ではなく、特別な力を持っただけの、人間だ。そして、それと同時に、未成熟な少女でもある。

 

 

 高潔な精神を持っていようと、純白な心であろうと、完成されたものではない。育つ過程にある、愛を持って育まれていくもの。

 故に過剰な負荷がかかれば、当然の如く軋み、壊れてしまう。

 

 

 有り体に言えば、美奈子は限界だった。

 何度も何度も鳴る、怪物討伐への救援要請を、彼女はもう取ることができず。ただ、ブルブルと震え、鬱陶しい音を鳴らすスマホを眺めては、そっと隣に座る小百合の体に身を寄せる。

 

 

「…………ねぇ、さっちゃん」

 

「なぁに、みーちゃん」

 

「わたしさ、なんで──戦ってたんだっけ?」

 

 

 知っている。

 小百合は、美奈子が戦っていた理由を、痛いほど知っている。だからこそ、美奈子の口から放たれたその言葉に、唇を噛むことしか……できなかった。

 

 

「最初はさ、色々あった気がするんだ。でも、今はもうわかんないや。傷つくのもわたしで、命懸けで戦うのもわたしなのに、なんで助けた人から責められるんだろ。なんで、石を投げられるんだろ」

 

 

 悪いわけなんてない。

 責められる意味も、石を投げられる理由も、ない。怪物に対抗できるのは魔女だけで、美奈子は魔女として命を賭して戦った。成人すらしていない、幼い少女が、見ず知らずの人間のために戦った。感謝こそすれど、傷つける理由なんて、ないはずだ。

 

 

 理性的に考えれば、そうなるだろう。しかし、人間は感情で動く生き物でもあり、時に感情は論理や理性すら飛び越して行動に現れる。例えばそれが、自分の大切な人が犠牲になったなら……冷静ではいられないだろう。

 今まで、ギリギリの綱渡りが成功していたのは、美奈子が向けられる負の感情を受け止めていたから。

 

 

 大いなる力に伴う責任として、その理不尽を受け止めていたから。

 ようは、甘えていたのだ。大の大人が、恐怖を抱えながらも戦う少女の優しさに。

 

 

 もっとも、それもこれまでの話。

 壊れてしまった心は、穴の空いた器であり、誰かに向けられた優しさは、たった一人に向けて注がれていく。

 

 

 大切で、大好きで、守りたいと心から思った──雅小百合に注がれていく。

 

 

「……ほんと、なんでだろうね」

 

「でしょ? さっちゃんもそう思うよね?」

 

「うん。だからさ、もう終わりにしよっか」

 

 

 戦うのも、傷つくのも、これで終わり。

 誰かのために傷ついてきた少女の物語は、おしまいにして、自由に生きるのだ。砂の城は崩れて、鳥籠の扉は開かれている。ならば、あとは飛び立つだけ。

 

 

 みんな、知っている。

 魔女は特別で、ただの人はどんなにがんばっても勝てないことを。

 みんな、知っている。

 人類が怪物という理不尽な災害から逃れられたのは、魔女の気まぐれであると。

 

 

 手にした選択が正解かどうかなんて、小百合にわかるわけがない。明日の世界がどうなるかなんて、知りたくもない。

 

 

 今はただ、どうしようもないくらい、色褪せて──透明になっていく大切な友達を、失いたくない。それだけだから。

 

 

「みーちゃんと行きたい所、いっぱいあったんだ。重たいものは全部置いてって、一緒に行こ」

 

「……うん! わたしも、さっちゃんと一緒に行きたい!」

 

 

 全てを怪物が壊すのは、明日かもしれないし、明後日かもしれない。でも、そんなことは、2人にとってはもう、どうでもいい。

 大事なのは、隣にある温もりを感じ続けること。絡めた指と、伝わる鼓動を、感じ続けること。

 

 

 いつか、苦しみも悲しみも忘れて透明になったら、その時は互いの体温だけが存在を証明するから。

 




 おしまい
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