絶対にありません
断じてありません
ーIS学園ー
翌日の昼、医務室。一夏はセシリアと共にラウラの見舞いに来ていた。一夏とセシリアの手には、小包みがある。一夏が二つ、セシリアが一つだ。
「よっ」
「一夏と、確か……同じクラスの」
「セシリア・オルコットですわ。以後、お見知り置きを」
「よろしく頼む。私のことはラウラでいい。その代わり、私も名前で呼んでいいか?」
「勿論ですわ。では、これからはラウラさんと呼ばせて頂きますわ」
「分かった、セシリア」
ラウラの態度は軟化し、セシリアとすぐに打ち解けることが出来た。仲良きことは美しきかな。
「先生に飯の持ち込みの許可貰ったんだ。一緒に食おうぜ」
「丁度腹が空いていた所だ。有難い」
ラウラは身体を起こす。一夏は一つの包みを解き、ラウラに弁当箱を渡す。ラウラはそれを受け取り、弁当箱の蓋を開く。
「おぉ……」
ラウラの口から思わず声が出る。一夏手作りの弁当は一発目から視覚を通して空きっ腹に追い打ちをかけてくる。見ただけで確実に美味なことを脳が直感し、自然と口内に涎が溜まる。
「さ、たんとお食べ」
「うむ!」
一夏は笑顔で言いながらラウラに弁当用フォークを渡すと、ラウラはさながら子供の様にがっついた。
「美味い!」
「そう言ってくれるなら作った甲斐があったってもんだ」
一夏は笑顔で言いながら自分のドカ弁を食べ出す。いつもの凄まじいスピードで。ラウラもまた、一夏には劣るがなかなかスピードがある。これにはセシリア思わず感心。数分後、一夏が食べ終わり、続いてラウラも食べ終わる。
「とても美味かったが、量が足りなかったな」
「ありゃ、ならもうワンサイズ大きい弁当箱使うんだったなぁ」
「ラウラさん。それなら、私ので宜しければお一つどうぞ」
セシリアはそう言い、BLTサンドを差し出す。
「そうか……では有難く頂く」
ラウラはBLTサンドを一つ手に取り、口に運ぶ。
「うむ、これもまた美味いな!」
「それは良かったですわ」
笑顔を浮かべるラウラに微笑み返すセシリア。
「なんてったって、俺が手解きしたからな。最初は酷かったんだぜ?BLTサンドなのにバニラエッセンス丸々一瓶入れたりーーー」
「ーーーい、一夏さん!それは言わないで下さい!」
セシリアは顔を赤らめて言う。過去に一夏に対して例のBLTサンドを作った際、『不味い!』とバッサリ切られ、口にBLTサンドを突っ込まれてセシリアは自分の料理のヘタッピ振りを痛感。それから一夏に端正されて
「ラウラは料理って出来るのか?」
「いや、経験は無い。サバイバル訓練の際も専ら生だったからな」
「な、生ですか!?」
セシリアは驚いている。イギリス料理は基本的に食材の本来の味や食感が残らない程に加熱する。食材を加熱殺菌することで安心して食べれることに重きを置いているからだ。衛生学上の問題が解決した以降も、イギリス人気質もあり過剰な加熱こそがイギリス料理の伝統となっている。そんな伝統の中で育ったセシリアに、生で食べる行為は対極にあるものだった。
「蛇とか食った?」
「訓練では食べたな。一夏は?」
「俺も食ったことある。正直な話美味いと思った」
「(へ、蛇を、ななな、生で!?
恐ろし過ぎますわ!!)」
一夏とラウラは生食の話題で話す。セシリアは二人が話すのを聞いて傍らで震えていたとか。
それから放課後。一夏は一人アリーナに足を運んだ。たまには一人で特訓に洒落込むのも悪くないと思ったのだが、そこでシャルルに出くわした。
「おっ、デュノア。こうして話すのは初めてだな」
「君は……駁羅君だよね?
(秋彦は今日は恋人の所に行くと言ってた……今の内に、彼のデータも取っておこう)
良かったら、僕と少し模擬戦しない?これからトーナメントもあるし、少し腕試しをしたいんだ」
「おう、いいぞ。暇だったし」
一夏とシャルルは向き合い、互いに武装を構え、模擬戦を始める。
だが、開始僅か三分でシャルルは膝を着いていた。
「ね、ねぇ……駁羅君って、本当に初心者?」
「稼働時間はそこまで長くないから初心者ではあると思う」
「とてもそうとは思えないよ。僕、手も足も出なかったし。
(織斑秋彦とはまるで次元が違う……そして、僕にはわかる。彼はまだ、本気を出していない)」
「(……コイツは何でデータ収集するんだろうか。デュノア社に恩があるのか、それとも……)
まあ、かなり鍛えてるしな。さぁてと、そろそろあがるか」
「そ、そうだね」
一夏とシャルルはISを解除して歩き出す。そして、更衣室の前で二人は立ち止まる。
「駁羅君は着替えないの?」
「汗かいてないから良いや。それと、話があるから待ってる」
「話……?分かった。
(何の話かな?僕と彼は今日まともに話したばかりだし……)」
自分の素性が既にバレているとは夢にも思っていないシャルルは頷いてから更衣室に入り、一人着替える。そして、出てきたと同時に一夏はシャルルに詰め寄る。
「ば、駁羅君?」
「……お嬢さん、データ収集は出来たかい?」
「ッ!!?」
一夏は間近にいるシャルルにしか聞こえないであろう声量で問いかけると、シャルルは驚く。元からバレていたがそのリアクションで自分からバラしたようなものである。
「お前のネタ、あがってるから」
「……分かった。なら、場所を移そう?」
シャルルは観念したように言い、一夏を連れて寮に歩き出した。
ーIS学園・一年寮ー
一夏はシャルルの部屋にやってきた。
「適当にかけて待ってて?少し、着替えてくるから」
シャルルが言い、バスルームに入っていく。一夏はそれを見てから使われてない方のベッドに座る。そして数分後、バスルームから出てきたシャルル。服装こそ変わってはいないが、胸元には女性の象徴とも言える二つの膨らみがあった。一夏にはバレている為男装する必要がないと思い、辞めたのだろう。シャルルは一夏の対面にある自分が使ってるベッドに座る。
「俺が知らないのは、お前がなんでデュノア社の為にこんなことをやってるか只一つだ。気になることがあるとあまり眠れないタチでな、これからの安眠の為にも答えてもらう」
一夏は冗談を混じえつつシャルルを見つめて問いかける。すると、シャルルは口を開く。
「デュノア社の社長の命令、かな?僕ね、愛人の子だから」
「……なんだか随分溜まってるみたいだな。丁度良い、話しな。何もかも」
一夏の言葉を聞き、シャルルは今までのことを話すことにした。その視線と言葉には、優しさを感じたから。
「……二年前、お母さんが亡くなった時に父の部下が来て引き取られたの。それで、色々検査をする過程でIS適性が高いことがわかって、デュノア社のテストパイロットをやることになったんだ。父に会ったのは二回くらいで、会話は数回くらいかなぁ。普段は別邸で生活してるんだけど一度だけ本邸に呼ばれてね……あの時は酷かったなぁ」
シャルルは儚げに微笑みながら話す。一夏は無表情のまま黙って聞いている。
「本妻の人にね、殴られた。『泥棒猫の娘が!』ってね……参るよね。母さんもちょっとくらい教えてくれたら、あんなに戸惑わなかったのに。本当に、参っちゃうよね……」
シャルルは俯く。一夏は無表情のまま、口を開く。
「で、お前はそんな種馬野郎の命令を聞いてここにいるわけか」
「そう……。何だか、話したらスッキリしたよ。ありがとう、駁羅君」
「………………」
「駁羅君?」
「質問させてくれ。デュノア。お前は自分の親父のこと、どう思う?」
「……嫌い、なのかな?あの人のことを考えても、何も思わない。憎しみも湧かないし、あの人が死んだとしても悲しむとは思えない」
一夏は思った。シャルルが父に抱いているのは『無関心』だと。好きの反対にあるものだと。かつて自分が姉と兄に抱いたものだと。
「もう一つ質問する。お前は、そんな無関心な存在の命令を聞くのは嫌だと思わないか?」
「勿論嫌だよ……出来ることなら、聞きたくなかった。でも、その時の僕には、これしか選択肢は無かったから……」
「なら、選びな。今のまま、人形のように言いなりになるか、それともお前自身の意思でやりたいことをやるか」
一夏の問いかけにシャルルは目を丸くする。自分のやりたいことをやる。実に願っても無いことだ。その瞬間に、シャルルの胸の奥が熱くなってくる。
「……やりたい。僕は、やりたい!自分のやりたいことをやりたい!!もう嫌だ!あの人の言いなりの人形なんて、もう嫌だっ!!血が繋がってるからって、あんな人僕の父でもなんでもない!!僕は……っ…、僕はシャルルじゃないっ!!お母さんが……、僕を、愛してくれたお母さんがつけてくれたシャルロットって名前があるんだ!!」
シャルロットは涙を流し、ヒステリックに叫び、今までの鬱憤を全て吐き出した。一夏はそれを、黙って見守っていた。
「シャルロット……いい名前だなぁ」
「……駁羅君。僕は、もう、言いなりに、ならなくていいの……?」
シャルロットは肩を震わせて泣きじゃくりながら一夏に問いかける。
「一夏でいい。俺も気安く呼ばせてもらう。お前は『シャルロット』だ。『人形』でも『シャルル・デュノア』でもない。お前が言いなりになりたくないと思うなら、言いなりにならなくていいんだ」
一夏は優しくシャルロットの頭を撫でる。シャルロットはその手の温かさに、また涙を溢れさせる。それから數十分後、シャルロットは落ち着いた。
「……シャルロット、行くぞ」
「ど、どこに……?」
シャルロットは赤くなった目で一夏を見上げ、問いかける。
「俺の、俺達の家だ」
一夏はそう言うや否やシャルロットを横抱きする。
「えぇっ!?ちょ、一夏!?」
驚くシャルロットを尻目に一夏は部屋の扉にどこでも玄関を付け、扉を開いて駁羅家へと入る。シャルロットはいきなりのことで最早声を出すことも出来ない程に驚いていた。
「行くぞ」
一夏はどこでも玄関を外して扉を閉め、シャルロットを抱えたままリビングへと向かった。
ーリビングルームー
「ーーーガラモス強過ぎィ!逝く逝く逝く……ンアッー!」
「バカ野郎、ムチとコマンド技縛りなんかやらねぇでナイフのアイテムクラッシュやりゃ良かったろ」
「尋稀!そんなんで勝っちゃあ、ベルモンド一族最強の名にぃ、傷がついちゃうっしょ〜!」
「あんま似てない田中○衛のマネを辞めろウゼェ。ていうか、
「尋稀それ言っちゃらめぇ!!」
リビングには、デッドと尋稀の二人がいた。二人仲良く一人用のゲームをしてた御様子。
「親父、デッド。ただいま」
「いっちゃん君おっかえんな……って、パツキン女子や!パツキン女子や!もしやIS学園からのお土産ッスかー!?」
「それは無ぇな。と言うか、その子はデュノア社の回し者だ」
「そのことで話がある」
一夏はそう言い、シャルロットを降ろしてソファーに促し、座らせる。
「親父……デュノア社を潰してきてくれないか?」
「……いいのか?そのデュノア社の回し者がそこにいるのに」
尋稀は態とらしくシャルロットを見つめて言う。シャルロットは尋稀を見つめ返し、口を開く。
「……構いません。社長とは、血が繋がってる『だけ』の関係です。僕は、僕として生きたいので」
「……色々と訳ありか。どれ、話してみろ。デッド、紅茶」
「ウィ」
デッドが紅茶を淹れに行く。そして、戻ってきてからシャルロットは再び話し出す。その話は、尋稀のヤる気スイッチをONにするのに充分な燃料となった。
「……事情は分かった。その依頼、受けさせてもらおう。デッド、アイツに連絡して後処理の手配。それから時間見て飯の支度しとけ」
「アイアイサー」
尋稀は立ち上がりリビングから出て行った。
「ねぇ、一夏。あの人は、どこに行ったの?」
「今の話で分かるだろ?デュノア社潰しに行ったのさ。それが出来る程のネタだって持ってるだろうし」
「えっ!?ひ、一人で!?まずいよ!あそこには僕以外にもテストパイロットがいる!そんなことをしたら、あの人はISを使ってでも止めるに決まってる!」
「……ククッ」
必死に言うシャルロットの言葉を聞いて、デッドが思わず笑い出す。
「デュフフフフフハハハハハ!パツキンチャンネー!ウチの大黒柱が、オレちゃんの
「ど、どういうことですか……?」
「ーーーこういう事だ」
「きゃあっ!?」
いつの間にかリビングにいた尋稀がシャルロットの背後で言う。シャルロットは驚き、振り返る。そりゃ出て行ったばかりなのに背後に立ってたら驚く。
「おかえり、親父」
「ひろちゃんおかえり!」
「おう、ただいま。確か……シャルロットだったな。明日にはデュノア社倒産のニュースが流れるだろう。依頼は完了ってことで」
尋稀はそう言ってのける。シャルロットはもしやと思って問いかける。
「あの、デュノア社にテストパイロットいましたよね……?」
「あぁ、三人いたな。帰ろうとしたら取り囲んできたからこうやって……」
右フックのジェスチャー。意味は、左頬部陥没である。
「こうして……」
続いて左アッパー。意味は、顎部粉砕骨折である。
「こう、こう、こうして帰って良いか聞いたら全員無言。俺、無言は肯定だと受け取る主義だからそのまま帰ってきた」
そして、往復ビンタのジェスチャーをやってから淡々と語る尋稀。意味は、外傷性鼓膜穿孔(介達性)である。一夏の父なだけあって一夏より凄い可能性を考慮していたシャルロットだったがこれにはドン引き。だが、これで自分は自由になったと考えるとホッとした。
「さて、報酬を頂こうか」
「報酬……今は、手持ちが無くて」
「俺は依頼が終わってから報酬を決めるタチだが今回は金じゃない。そうだなぁ……よし、決めた」
尋稀は態とらしく考える素振りを見せてから言い、シャルロットを見つめる。そして、お決まりの台詞を言う。
「報酬はシャルロット。異論は認めない」
「ぼ……僕、ですか?」
「ああ。今日からお前は、俺達のファミリィだ。拒否権は無いからそのつもりで」
「……分かりました。これから、よろしくお願いします」
尋稀の言葉に、シャルロットは少し茫然とする。そして、すぐに笑みを浮かべて言う。
「家族が増えるよ!!やったねシャルちゃん!」
「キーック!」
「地獄に還れ!」
デッドが口を開いた瞬間、尋稀の前蹴りと一夏の拳がデッドに叩き込まれた。
「デッド。次ふざけた事ほざいたら殺すからな。マジで」
「すみませんしたぁ!」
尋稀の一言に流石のデッドも土下座した。尋稀はデッドの頭を無言で踏みにじった。
「こんな愉快な家族だが、これからよろしくな。シャルロット」
「うん。よろしく、一夏」
一夏が苦笑しながら言うと、シャルロットは笑顔を浮かべて言った。そして、彼女はこれからは嘘偽りの無い『シャルロット』として生きていけることに希望を感じていた。