個性『何もない』   作:I love you

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4話

 

USJの襲撃事件から数日。雄英高校は数日間の臨時休校を経て、再びその門を開いていた。

 

世間はヴィラン連合の出現に激震し、プロヒーローのセキュリティ体制に対する疑問の声も上がっていた。だが、事件の最前線にいた1年A組の教室は、重苦しい緊張感と、どこか浮足立った空気が奇妙に混ざり合っている。

 

「全員、席につけ」

 

ガラリとドアが開き、教室に入ってきたのは――全身を包帯でぐるぐる巻きにされた重傷姿の相澤先生だった。ミイラ男のような痛々しい姿に、クラス内から驚きの声が上がる。

 

「相澤先生! 無事だったんですね……!」

「無事に見えるか? プロはこれくらいで休んじゃいられないんだ」

 

相澤先生は唯一露出している片目を光らせ、教卓の前に立つ。その視線が、一瞬だけ教室の後方に位置する私の席へと向けられた。

 

プロヒーローとして、彼は知っている。USJで相澤自身の命を救い、死柄木と脳無の猛攻を正面から無傷で叩き潰したのが、目の前に座る可憐な少女――人皮被であることを。

 

「戦いは終わっていない。お前たちには、より大きな戦いが待っている」

 

相澤先生の低い声が響く。

 

「雄英体育祭の開催が迫っている」

 

「「「クソ学校っぽいの来たァァァ!!」」」

 

教室が一気に沸き立った。

オリンピックに代わる日本最大のビッグイベント、雄英体育祭。全国のプロヒーローやスカウトの目が一堂に集まる、ヒーロー志望者にとって最初の登竜門だ。

 

 

昼休み。食堂へ向かう廊下で、クラスメイトたちの熱量は冷めやらなかった。

 

「体育祭かぁ! スカウトの目に留まれば、プロへの道が一気に開けるもんな!」

「USJでヴィランと戦った俺たちだ、度胸なら負けねぇぞ!」

 

切島たちが拳を握りしめて盛り上がる中、私は可憐なお弁当箱を両手で抱え、微笑みながら彼らの後ろをついて歩いていた。

 

だが、私の背中に突き刺さる視線は、決して穏やかなものではない。

 

(……ちっ)

 

廊下の壁にもたれかかっていた爆豪勝己が、獰猛な猛獣のような眼光で私を睨みつけていた。USJで私が怪人脳無を完封したこと。それが、自尊心の塊である彼のプライドを激しく逆なでしているのは明らかだった。

 

(あの女……胸糞悪い真似しやがって。どんな個性が隠されていようが、俺が一番だと証明してやる……!)

 

そしてもう一人。静かな殺気を含んだ視線を送ってくるのは、轟焦凍だった。

オッドアイの瞳でじっと私を見つめる彼の表情には、警戒と、底知れない謎に対する好奇心の色が滲み出ている。

 

「人皮さん」

 

ふいに声をかけられ振り返ると、緑谷出久がノートを抱えて立っていた。

 

「緑谷くん、どうしたの?」

 

「あ、あのね……USJの時は、本当にありがとうございました。人皮さんが助けてくれなかったら、相澤先生も梅雨ちゃんも僕も……どうなっていたか分からない」

 

「ふふ、お互い様ですよ。みんなが無事で本当によかった」

 

私が首を傾げて優しく微笑むと、緑谷は顔を少し赤くしながらも、真剣な面持ちで手元のノートを開いた。

 

「それでね……人皮さんの『肉体変形』の個性について、少し考えていたんだ。死柄木の『崩壊』に耐えれたことや、脳無のオールマイト並みのパワーを顔面に受けて微動だにしなかったこと……あれは単なる高密度な肉体っていうレベルを超えているんじゃないかなあって」

 

緑谷の目が、分析者特有の鋭さを帯びる。

 

「まるで……打撃や攻撃そのものが、人皮さんの身体に影響を与えられてないように見えたんだ。人皮さん……君の体の中で、一体何が起きているの……?」

 

「…………」

 

緑谷の鋭い観察眼が、私の核心へとジリジリと肉薄してくる。

私は胸元にそっと手を当てた。

 

(……何が起きているか、ですって?)

 

私の中には、細胞も、遺伝子も、人間の構造など何も存在しない。

あるのは、太陽の光を拒絶するような、どろどろとした赤黒い肉塊と、「 なにもない 」という異端な存在の核だけだ。

 

「……企業秘密、ですよ」

 

私は悪戯っぽく人差し指を唇に当て、可憐にウインクしてみせた。

「女の子の体の秘密をあんまり追求するのは、デリカシーがありませんよ、緑谷くん?」

 

「ふぇっ!? あ、ごごごごめんなさい! 僕ったら不躾に……!」

緑谷は真っ赤になって両手をブンブンと振り、深々と頭を下げて走り去っていった。

 

その背中を見送りながら、私の笑顔が、スーッと無機質なものへと戻っていく。

 

 

放課後。夕暮れに染まる屋上で、私は一人フェンスに寄りかかり、遠くの街並みを見下ろしていた。

 

雄英体育祭。日本中の人々が注視し、何十台ものカメラが私の姿を全国へ生中継する舞台。

 

(どこまで、加減すればいいのかしら……)

 

全力を出せば、少女を模倣した皮が破れ、内部の赤黒い肉と異形の刃が剥き出しになってしまう。そんなものを見せれば、いくら個性と言い張ろうと、世間は私をヒーローの卵ではなくおぞましい怪物として見るだろう。個性社会とは言っても結局、現代人はルッキズムに支配されているのだ。

 

かといって、力を抑えすぎれば、周囲の教師たちや爆豪、轟といった鋭い生徒たちに違和感を抱かれる。

 

「……ふふ」

 

自嘲的な笑いが漏れる。

何のために、私はこうして人間の女子生徒の姿をしているのだろう。

 

名前もない、性別もない、心臓の鼓動すら存在しない肉の塊。

それなのに、こうして制服を着て、クラスメイトと冗談を交わし、ヒーローを目指している。

 

制服の上から、そっと自分の胸に触れた。

トクン、という音は聞こえない。代わりに、内側でみし、みしと蠢く異形の手応えだけがある。

 

「私は……ヒーローになるの」

 

自分自身に言い聞かせるように、可憐な声で呟く。

声帯を揺らし、人間の声帯の周波数を完璧に模倣する。

 

どれだけ内なる声が破壊と解体を望もうと。

どれだけ周囲から不気味なものとして警戒されようと。

 

私は、この完璧に作り上げた『人皮被』という少女の擬態を、決して脱ぎ捨てるわけにはいかない。

 

「体育祭……楽しみね」

 

ぽつ、ぽつ、と雨が地面を濡らした。

 

 

 

「イーエエエエイ! メディア各社! 年に一度のビッグイベント、雄英高校体育祭の時間がやってきたぜえええ!!」

 

超大型スタジアムを包み込むのは、天を突くような大歓声と猛烈な熱気だった。

実況席からプレゼント・マイクの爆音シャウトが響き渡り、何十台ものTVカメラのレンズが一斉にグラウンドへと向けられる。観客席には一般客のみならず、日本全国から集まったプロヒーローやスカウトマンたちが立ち並び、未来のヒーローたちの姿を眼光鋭く見定めていた。

 

「さあ! ヒーロー科! 1年A組の入場だあああ!!」

 

重厚な扉が左右に開き、眩いばかりの太陽光がグラウンドを照らし出す。

クラスメイトたちが緊張と高揚に表情を硬くしながら入場する中、私は純白の運動着に身を包み、完璧に整えられた笑みを浮かべて歩を進めた。

 

「キャー! あの子、すっごく可愛い!」

「1Aの子だろ!? ものすごく強いって噂だぞ!」

 

観客席から上がる歓声に、私はそっと手を振り、可憐なお辞儀を返す。

白磁のような肌、闇のように美しい黒髪。まるで絵画から抜け出してきたかのような少女の佇まいに、カメラのフラッシュが一斉に焚かれた。

 

「人皮さん、すごい人気だね……!」

隣を走る緑谷出久が、緊張で顔をこわばらせながら呟く。

 

「ふふ、応援してもらえるのは励みになりますね、緑谷くん。緑谷くんも緊張しなくて大丈夫ですよ」

私は優しく言葉をかけ、首を小傾げにしてみせた。

 

「選手宣誓! 1年A組代表、爆豪勝己!」

 

審判を務める18禁ヒーロー・ミッドナイトの指名を受け、爆豪が不機嫌そうに壇上へと登る。クラス中が固唾をのんで見守る中、彼はポケットに手を突っ込んだままマイクを引き寄せ、低く言い放った。

 

「せんせー。俺が、1位になる」

 

一瞬の静寂の後、スタジアム全体から大ブーイングと大歓声が巻き起こった。

「なんなんだあいつは!」「調子に乗るなよ1A!」と叫ぶ他科の生徒たちを無視し、爆豪はそのまま壇上を降りてくる。その通りすがり、彼は私を一瞥し、獰猛な笑みを浮かべて低く吐き捨てた。

 

「へらへら笑ってんじゃねぇぞ、バケモノ女。お前の薄気味悪い力ごと、俺が叩き潰してやる」

 

「ふふ、お互い全力を尽くしましょうね、爆豪くん」

私は眉を八の字にし、困ったように応答した。

 

「さあ! 待ちに待った第1種目! 運命のダイスが投げられた! これだ!!」

 

ミッドナイトの鞭が振り下ろされ、巨大モニターに表示された文字――『障害物競争』。

 

「全11クラス参加の無差別予選! コースはスタジアムの外周約4キロ! 我が校の校風である自由を存分に発揮してもらうぜ! コースを外れなけりゃ何をやっても構わねぇ! それでは……位置について……」

 

重々しい音とともに巨大なゲートが開放され、頭上の信号灯が赤から緑へと切り替わる。

 

「スタートォォォ!!」

 

 

「狭っ……! おい、押すなよ!」

「出られねぇ! なんだこの圧迫感は!?」

 

スタートの合図とともに、数百人の生徒が一斉に幅数メートルの狭い通路へと殺到した。すし詰め状態となり、怒号と悲鳴が飛び交うパニック状態。

 

だが、私はその混雑の中で一切の滞りもなく、すいすすと歩を進めていた。

前後の生徒が体当たりしようと、肘をぶつけてこようと、私はビクともしない。どれほど大きな男が体重をかけて押し寄せてこようが、まるで巨大な金剛石の柱が人の波を平然と押し分けていくように、私は一切姿勢を崩さずに通り抜けていく。

 

(……加減、ね)

 

私は心の中で密かに思考を巡らせる。

ここでは、あのUSJの時のように2メートルを超える赤黒い肉を解き放つわけにはいかない。どこまで行っても個性が非常に強力で頑丈な、可憐な女子生徒として振る舞わなければならないのだ。

 

パキキキキッ!

 

突如、通路全体が凄まじい冷気に包まれた。轟焦凍の『半冷半燃』だ。

床一面と生徒たちの足元が一瞬で極厚の氷結に覆われ、大多数の生徒が地面に足留めされ悲鳴を上げる。

 

「甘いな」

 

轟が先頭を躍り出て、滑るように氷上を駆け抜けていく。爆豪や切島、常闇らが能力を駆使して氷の拘束を強行突破する。

 

私は――。

 

パキッ、と足元の氷を、ただの軽やかな一歩で力任せに踏み砕いた。

どれだけ強力な氷結だろうと、私に物理的な拘束や攻撃は何の意味もなさない。氷の結晶が周囲に美しく弾け飛び、私は優雅に舞うように氷上を突破した。

 

「な……!? 氷を力任せに踏み砕いて加速しただと!?」

「人皮さん、速い……! 氷が全く効いてない!」

 

後ろから追いかけてくる生徒たちが驚愕の声を上げる。

 

通路を抜けた先、第一の障害がその広大な姿を現した。

 

『ロボインフェルノ』

 

入学試験の際に投入された仮想ヴィランロボの群れ。その最前列には、ビルを見上げるかのような超巨大なロボインフェルノが何体も立ち塞がり、金属音を響かせて腕を振るっていた。

 

「うわあああ!? こんなの勝てるかよ! ヒーロー科はこんなのと戦ったのか!?」

他科の生徒たちが青ざめて足止めを食らう。

 

だが、最前線の轟が一瞬で巨大ロボの足を凍らせ、崩落の罠を仕掛けて突破していった。グラついたロボの巨大な体が、轟の後ろを走る生徒たちに向かって音を立てて崩れ落ちてくる。

 

「危ない……! 倒れてくるぞ!」

 

生徒たちが逃げ惑う中、崩落した数トンの鉄の塊が、私の真上から頭部へと一直線に落下してきた。

 

ドゴォォォンッ!!!!!

 

猛烈な土煙と激しい衝撃波が周囲を吹き荒れる。

あまりの落下の勢いに、観客席から悲鳴が上がった。可憐な少女が一人のしかかられ、鉄塊の下敷きになって押しつぶされたように見えたからだ。

 

「人皮ーーッ!?」

後ろを走っていた切島が目を見開いて叫ぶ。

 

しかし――。

 

モコモコと立ち込める煙の中から現れたのは、何事もなかったかのようにすっと立ち尽くす私の姿だった。

 

何トンもの鉄塊が脳天を直撃したというのに、体操服の肩口すら汚れていない。髪の毛一本すら乱れておらず、顔には痛みの色どころか動揺すらない。直撃の運動エネルギーは、私に何の痛痒も与えず、完全に無へと還元されていた。

 

「…… hello? 」

 

小さく、観客の喧噪にかき消されるほどの音量で呟き、私は右手を優雅に振り上げた。

 

服の袖の下で、ほんの僅かだけ――肉を高密度に硬化させ、指先を見えないくらい極薄の肉の刃へと変化させる。人には、ただ少女が手を振り払ったようにしか見えない一瞬の所作。

 

シュッ。

 

目にも留まらぬ一閃。

私を押しつぶしていた巨大な鉄塊が、まるで豆腐のように綺麗に真っ二つに両断され、左右に倒れ伏した。

 

「な……なんだ今のは!?」

「手刀……? 手刀で仮想ヴィランの特殊装甲を切り裂いたのか!?」

 

実況席のプレゼント・マイクも絶句する。

「な、なんという頑丈さ! そして圧倒的切断力! 1年A組・人皮被! 潰されても微動だにせず、一瞬で障害を粉砕したあぁぁ!!」

 

割れんばかりの大歓声がスタジアムを揺らす。

 

私は土煙を背に、可憐に髪を耳にかけながら、軽やかな足取りで歩みを進めた。

 

(……ふふ。これでいい)

 

観客の歓声、カメラの視線。それらを受けるたびに、私の中で人間らしさの演技が正しくできているのを感じる。

誰もが私を人として見ている。可憐で、圧倒的な個性を持つ才能溢れる少女として称賛している。

 

制服の胸元に、いつものようにそっと手を当てる。

服の上から感じる肉の手触り。

 

ほんの一瞬、脳裏の奥底を、かつて存在した少女の面影が掠めたような気がした。

けれど私はそれを深く追わず、すぐに完璧な微笑みを上書きして打ち消した。

 

(私は、人皮被。みんなに愛される、ヒーローの卵……)

 

 

第二の障害『ザ・フォール』

 

深い谷に無数の岩柱が立ち並び、それらが細いロープで繋がれている難所。

他の生徒たちが慎重にロープを渡ったり、自分の個性で飛び越えたりする中、私は肉体の弾力と質量を巧みに操作し、鳥のように軽やかな大跳躍を見せた。

 

トん、トん、トん、と岩の頂点をステップし、数秒で断崖絶壁を突破していく。

 

「早い! 早すぎる! 人皮被、まるで重力を無視するかのような軽快なステップで第二の障害もあっさりクリアだあぁぁ!!」

 

先頭を争う轟と爆豪の背中が、すぐ目の前まで迫っていた。

 

「死ねえええ!!」

爆豪が爆炎を撒き散らしながら空中を疾走し、轟を追い抜こうとする。

「甘い」と冷徹に応戦する轟。

 

二人の白熱したデッドヒートの直後へ、私は息一つ乱さずに滑り込む。

 

爆豪がギラついた目で私を振り返った。

「チョロチョロついてきてんじゃねぇぞ不気味女! 消し飛ばすぞ!」

 

「ふふ、安全運転でいきましょうね」

可憐に首を傾げる私。その一切の疲労を見せない肌と、揺るぎない眼光に、爆豪はかみつくように歯を剥き出しにした。

 

そして、ついに最終障害――『地雷原』へ辿り着く。

 

グラウンド一面に埋め尽くされた無数の地雷。踏めば猛烈な爆発とピンク色の爆煙が巻き起こり、挑戦者を派手に吹き飛ばすトラップゾーン。

 

先頭の轟と爆豪が、足元を警戒しつつ互いを牽制し合いながら突き進んでいく。

 

「ここが正念場だ……!」

「俺の邪魔をするな!!」

 

火花を散らす二人。

そのすぐ後ろから、私は、ただまっすぐ歩いて地雷原へと足を踏み入れた。

 

ちゅどぉぉぉぉんッ!!

 

足元で地雷が派手に炸裂した。猛烈な爆風と火柱が私の全身を飲み込む。

普通の人間ならば身体ごと空中に吹き飛ばされ、激痛に悲鳴を上げる場面。

 

しかし――。

 

ドォン! ドォン! ドォン!

 

私は地雷を回避することすら拒絶し、そのまままっすぐ最短距離を歩いて突破し始めた。

 

足を踏み出すごとに巻き起こる連続爆破。

だが、私の身体は1ミリすら浮き上がらない。爆風の莫大な運動エネルギーも、激しい熱のダメージも、私の皮膜を通過することができないのだ。

 

爆煙を割り、火柱の中からゆったりと歩み出てくる運動着の少女。

服には焦げ跡ひとつついておらず、顔には汗のひとしずくすら浮かんでいない。

 

「な……なんだあいつはあぁぁ!!」

「地雷を回避するんじゃなくて、踏み荒らしながら歩いてるぞ! 」

 

観客席から悲鳴に似た歓声が上がる。

爆豪と轟が驚愕して振り返った。

 

「な……あの女……!!」

爆豪の目が血走り、全身の毛髪が逆立つほどの殺気を爆発させる。自分の個性と同じ爆発を、文字通り無傷で歩いて踏み越えてくる。

 

その時だった。

 

ドガァァァァンッ!!

 

背後で、地雷原全体を揺らすような桁外れの爆発音が響いた。

緑谷出久が、周りの地雷を大量にかき集めて爆発させ、その爆風を利用して超高空を飛んできたのだ。

 

「うわああああああっ!!」

 

ロボの装甲板を盾にして空を滑空し、一気に爆豪と轟の頭上を突き抜けていく緑谷。

 

「デクがああああ!!」

「緑谷……!」

 

爆豪と轟が前方に意識を向け、緑谷を追いかけるべく全速力でスパートをかける。

 

私は彼らの死力を尽くした激戦を少し後ろから見つめながら、静かに歩速を調整した。

 

(1位は……緑谷くんね。私は……4位あたりが妥当かしら)

 

目立ちすぎることは避けられないが、あまりに圧倒的な1位をとってしまえば、みんなの警戒心が頂点に達してしまう。個性の強い優秀な生徒の枠に収まる絶妙な順位。

 

緑谷がなりふり構わぬ策で1位として競技場へと飛び込み、続いて爆豪と轟が激しく競り合いながらゴールする。

 

そして、そのすぐ直後。

 

可憐な足取りで、息一つ乱さず、汗一つかいていない私が、スタジアムのゲートを潜り抜けた。

 

「4着!! 1年A組、人皮被ィィィ!! 地雷原を完全無傷で歩破するというその頑丈さで、堂々の上位ゴールだあぁぁ!!」

 

割れんばかりの雷鳴のような歓声。

私はスタジアムの眩い光の中に立ち、胸に手を当てて、観客席に向かって優しく、深々と一礼した。

 

「……はあ……はあ……っ!」

身体を摩耗させ、息を切らせて倒れ込む緑谷。

肩で激しく息をし、屈辱と悔しさに顔を歪める爆豪と轟。

 

誰しもが少なからず疲労を抱えているで、私だけが、呼吸すら必要としない冷ややかな体のまま、微笑みを浮かべていた。

 

「すごいわ人皮さん! 4位なんて大健闘やね!」

後からゴールしてきた麗日お茶子が、息を弾ませながら笑顔で駆け寄り手を握ってくる。

 

「ありがとうございます、麗日さん。麗日さんも無事でよかったです」

私は彼女の手をそっと握り返した。

 

その手は柔らかく、あたたかい。

私自身の皮膚の下にある冷たい肉とは、まるで違う人間の温もり。

 

ふと、スタジアムの大型モニターに映し出された自分の姿が目に留まる。

そこに映っているのは、太陽の光を浴びてキラキラと輝く、どこからどう見ても美しい一人の少女。

 

(……ええ。私はここにいるわ)

 

誰に聞かせるでもなく、心の中で静かに呟く。

 

人間の歓声、温かい手、そして貼りついた完璧な笑顔。

それらが私を人皮被という形に繋ぎ止めている。

 

私は次の種目について思案を巡らせながら、観客席を見渡した。

 

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