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L Lawlietの独白。
問い:人間とは理解できる生き物か?
人間は同じ状況に置かれれば、同じ行動を取るのか。
随分と曖昧な質問、だが私はこの問いについて考えてきた。
善人は常に善行を選ぶのか。
悪人は常に悪事を選ぶのか。
…どれも違う。
少なくとも、私がこれまで見てきた人間はこれを否定している。
私は『L』として、これまで数多くの難事件を解決してきたが、犯人の中には自分にとって不利益な選択をする場合があった。
私は、そんな彼らを見る度に思ってしまう。
───面白いと。
私は『答え』がない問題を解きたかった。
感情が複雑に絡み合う人間という問題を。
だから私は、それを確かめる為にうってつけの場所を見つけ出したとき、久しぶりに口角が上がった。
閉鎖的環境、多種多様な人間、特殊な制度…これが揃う異質な場所だ。
『竜崎正』
──私はその名を使い、未知を求めてその場所に向かう事にした。
だからこそ、バスでの出会いは私の推測を確信へと変えるものだった。
「席を譲ってあげようとは思わないの?」
その声から始まる騒動。優先席を譲らない人間。そして周りを観察する1人の男。
平凡な見た目、どこか遠くを見るような…心がここに無いような雰囲気。
だからこそ、私は興味本位で声を掛けた。
「貴方は譲らないんですか?」
しかし、声を出す気になれなかったのか彼は無言でうなずく。
老人を助ける意思が無い……いや、それだけではない。彼は老人よりも、周囲の人間を見ていた。
「そうですか…、私は要求されれば譲りますよ」
私はそれだけ言うと、窓の方へ顔を向けた。
普通見知らぬ人物に声を掛けられれば警戒をする筈だが、彼にはそれが一切なかった。少なくとも私には感情の揺らぎが見えなかった、まるでガラスを見ているみたいだった。
彼の名は綾小路清隆…私の──になる男との出会いだった。
***
四月。入学式。
多くの学生が希望に胸を膨らませ、新生活へのスタートを踏み出すことだろう。
彼らにとって今日という日が特別な意味をもつ一日であることは想像に難くない。
ここは高度育成学校。
日本に存在する希望した進学、就職先にはほぼ応えるという全国屈指の名門校で、卒業生の中にはこの学校を出た事で有名になった者も多いらしい。そこに私は入学することになった。
この学校の特徴として挙げられるものは他にもある。
在学中、学校に通う生徒全員に敷地内にある寮での生活が義務づけられている。
そして外部との連絡や交流が特例を除いて取れないという事だ。
だがそれを補うようにカラオケやカフェ、ブティックなどの施設も存在し大都市の中心に小さな街を形成していた。
大多数はこの異常な事実を当たり前のように受け入れているが、一部ではこの施設は人道に反する行いがされている等の陰謀論のような説が囁かれている。
それが実際のところはどうなのか……いずれ分かることだろう。
ちらりと近くにあったガラス窓に反射する姿を確認する。
相変わらず不健康そうな顔だった。
黒髪は耳を覆い、目の下にはクマがある。猫背も直っていない。昨日までは常に白い長袖のシャツとジーンズを着用していたが、今日から暫くの間はこの学校の制服を着る事となる。
…唯一気になるとすれば靴下だ。
私は常に裸足で生活を行っている。学生は服装を正す事を指導されるらしいが、いつまで耐えられるかは未知だった。
「──大丈夫!?」
どこか、優しさを持った暖かな声。それに思考に呑まれていた意識が戻された。
そちらを見ると、前方でしゃかんでいる少女がいた。
鞄が遠くに、転倒、そして入学式……緊張による転倒の可能性がある。
新しい環境に巻き込まれた人間が何を思うのか、それを見ようと近づいていく。
──そして、私はわずかに目を見開いた。
この少女が、これまで見てきた人間とは違うと感じたからだ。
この行動は善意に見える。しかし善意だけで説明できるのか?
転んでいた生徒は礼を言い、足早に去っていった。羞恥心だろうか…あるいは、別の感情かもしれない。目の前の桃色髪の少女は手を振り、去っていた後ろ姿を見送っていた。そんな少女に私は声を掛ける。
「すみません。貴女は青春をどう考えてます?」
「え…?」
そう話し掛けると少女はこちらを振り向いて、人によって見惚れてしまうであろう顔を見せた。
特徴的な桃色の髪、整った顔立ち。人によっては思わず見惚れてしまうほどの容姿だった。
「えっと君は…」
「私は竜崎正、それで返答を貰えますか?」
「んー、…青春についてだよね?」
私は頷き同意を示す。
突然質問したにも関わらず目の前の少女は腕を組み、うーんと唸りつつも真剣に私に対する回答を考えているようだった。
…抜けているのだろうか。あるいは、単純に警戒心が薄いのかもしれない。若しくは相当なお人好しの可能性もある。
「そうだなぁ…、いつもと変わらない日常かな」
「へぇ、詳しく教えてください」
「いつも通りの生活、ずっと続けてきた部活動。ありふれてるし学生の今なら当たり前の毎日。でもなんだか充足感がある、そんな日々の繰り返し。私はこんな繰り返しが青春だと思うな」
それは意外性に欠ける回答だった。
誰も傷つける意思の無い当たり障りのない言葉だった。
だが、少なくとも他者を助けることに抵抗がない人間らしい納得感はあった。
現に彼女は私の反応をちらりと伺い、この返答に対する私の変容を見ている。
突発的な場面でも人を思いやる心を持っている。
それは刺激だった。これまでの人生で、こんな平和な会話をしたことはなかった。
そもそも、私の周囲に彼女のような人間は存在しなかった。
だからだろう、私は自分でも認識出来ない程自然に笑っていたらしい。
「にゃはは、竜崎君も自然に笑えるんだね。初対面で今まで聞かれた事も無かった質問をされたからびっくりしちゃったよー。でも、なんだか良い子そうで安心した」
彼女はうんうんと頷きながらも、何かに気がついたようにぐっと身体をこちらに近づけた。
「…あ、そうだ!君も新入生だよね?この時間にまだ校舎に居ないんだから道に迷ってたりしてた?」
「貴女もまだ校舎に居ないですよね?ボケですか」
「違うよ!まぁ確かに、私も人のこと言えないかー」
自分よりも他人の心配を地で行く彼女は困ったように頬を掻いていた。
そして突然、ハッとした表情でこちらを見つめた。
「そういえば、まだ名前言ってなかったよね?私は一之瀬帆波。これから同じ学び舎に通う同士仲良くしたいな、これから宜しくね?」
それが私と彼女の最初の出会いだった。
***
Bクラス、それが私のこれから過ごすクラスらしい。
一之瀬という少女に『折角の機会だし、クラス分けが張り出された場所まで行かないか』と誘われた為、向かってみれば同じクラスだった。
それもまた面白いと考えつつ、教室に入り自分の席を確認する。窓際の後ろから二番目、そこが私の席らしい。
そしていつもの座り方をした私は、取り敢えず辺りを見回した。
どうやら設備は日本の一般的な教室とは異なり設備が整っている。つまり潤沢な資金が投入されていることが見て取れた。
──それよりも気になる事がある。
異常な量の監視カメラ、この教室にもここまでの経路にも無数のカメラが存在した。
一般的な高校に、これほど大量の監視カメラが設置されていることはまずない。まるで監獄のような場所……それが、この施設に対する私の評価だ。
あのワイミーズハウスの時のような、観察対象にでもなった気分だった。
ちらりと桃色髪の少女の様子を見ると、早くもクラスメイトの多くと交流をしているようだった。
多くの人間は関わる数を増やすほど自らと相反する考えの者に当たり険悪となると考えていたが、彼女はそうでは無いらしい。
──やはり、他の者とは異なる性質がある。
そうやってクラスの人間をファイリングしていると、前の教室の扉が開き、1人の女性が入ってきた。
「おっはよ、みんな!席についてね~」
明るく社交性に溢れており、まるで生徒のような雰囲気である女性だった。だが着ている服がスーツである事からあの人間が教師であることは理解できた。
ブロンド色のセミロング程度の髪を靡かせ、手をあげ元気よく挨拶をする。
「私は今日からこのBクラスを三年間担当することになった星之宮知恵っていうんだ、よろしくね~。
私は学校の保険医だからみんなに何かを教えるってわけじゃないけど相談事があったらいつでも言ってね。あ、勿論色恋の話もバッチこいだよ~!」
彼女は抱えてきた資料を教卓に降ろしつつ、最前列に人数分の資料に分けて渡し、後ろへ回させる。
「あ、入学前のパンフレットである程度はこの学校について知ってると思うけど、先生が念のため一から説明してあげるね。じゃあまずは皆の名前を呼ぶから呼ばれた人は前に来て学生カードを取りに来てね〜」
Sシステム。
学生証とポイントカードを兼ねた端末によって、校内の金銭的なやり取りを完結させる仕組みらしい。
「みんな、学生証は受け取ったかな?じゃあ、今から大事な話をするね。ポイントは毎月一日に自動的に振り込まれる。これで日々の買い物とかをするの。全員に一律10万ポイント支給されてるよ~。因みに一ポイントは一円の価値があるよっ!」
教室内がざわつき始める。
一月10万ポイントの生活費、日本政府が関わっているにしても大盤振る舞いだ。
日本の一般的な高校生ならばまず貰えないであろう額で生徒たちが浮き足立つのも無理は無いだろう。
「みんな支給額に驚いてるみたいだねぇ。でーもこれは正当な評価、みんなはこの学校へ実力を見せた。だから優秀な君たちへのご褒美みたいなものだよ。それだけの価値が今の君たちにはあるってこと。
あ、因みに卒業するときには回収しちゃうからちゃーんと使い切らなきゃ勿体ないからね?」
あまりにも信用ならない言葉だった。
やはりこの学校の評価制度は日本の一般的な高校とはズレているらしい。
「あ、因みに他に人にポイントを上げる事はおっけーだからね~。でも無理やりは駄目だよ、お互いの同意のうえでやってね?もしやったら大事になって先生困っちゃうから。じゃあ、なにか質問ある人居るかな?」
視線を教室全体に巡らせる。そのタイミングで私は手を挙げた。
「質問宜しいでしょうか」
「んー?君は…」
「私は竜崎正、気になる点が2つあったので聞きますね?」
彼女は先程、正当な評価と言っていた。
この学校、高度育成高等学校は高い進学率や就職率を誇る。その場合、一般的には真面目、つまり優等生に分類される者しかこの学校には在籍できない筈だ。
しかし、今朝私がこの校舎に出向いた際にはそんな様子はなかった。あまりにも生徒の性質に統一性がないのだ。
「ではまず、この学校には独自の評価制度がある…違いますか?」
「んー、返答はできないかなぁ。この学校はちゃんと君たちのことを社会で求められる基準で見てるってことだけ言っておくね」
学力だけでは説明がつかない。ならば、この学校は別の何かを評価している。
入学式からこの教室への移動時間で目に入った生徒たちがどのクラスに入室するかを観察した。
攻撃的で排他的な生徒はC、Dに比較的多い。温厚で冷静な生徒はA、Bに多いように見える。
これが偶然の可能性を排除できない…が、この点を鑑みると他者に対する態度の傾向が評価軸の一つにはなっているかもしれない。
「なら、先ほどの話では支給されるポイントは10万とおっしゃっていましたが、これは毎月同じ額が支給されるって意味です?」
「んー、毎月指定日にポイントは支給されるよ」
「質問の返答にはなっていませんが、回答どうも」
担任の教師はまたも答えられないと返した。
同じ額ならば濁す必要はない。なら、10万は固定値ではない可能性が高い。
問題は何を基準に変動するのか。個人か、クラスか、それとも──
私がもう用はないとばかりに椅子に座ると、担任の教師はくすくすと笑い始めた。
まるで今までは見つからなかった探し物が、やっと見つかった子供のような喜びようだった。
「竜崎くんはとっても面白い発想をするね~。質問に答えられない、賢い君はこの意味が分かるって信じてるね~」
教室に入ってきた際よりも上機嫌な様子を隠そうともせず担任の教師は教卓に乗った資料を纏め始めた。
「じゃ、時間もいい頃だし今日はこれで終わりだよ~。まだ質問したい事がある人は職員室まで来てね?先生待ってるから。明日からは授業が始まるから忘れ物だけはしないようにね!」
そう言い残すと、星之宮先生は来た時と同じく、風のように去っていった。
まるで嵐のような人だった。クラス全員が、そんな印象を抱いた瞬間だった。
「(……さて)」
まだ確認していない人間がいる、それを確かめるのが先決だろう。
私は呆然としているクラスメイト達を無視して、教室を後にした。
▶世界一の名探偵が実力至上主義の教室に入室しました。
『L』は学問は嫌いではない。
ただ、答えが存在する問題に、以前ほど興味を持てなくなった。
人間だけは違う──同じ条件を与えても、同じ答えを返さないのだから。