ようこそ未知を探求する教室へ 作:フワンテ
一之瀬帆波の独白。
存在って何だろう、私は幼い頃からそう考えていた。
物心ついた時、既に父親は居なかった。お母さんが必死になって働いて、私と二つ下の妹が家事をする。そんな生活を送っていた。
大変なお母さんを助けるために色々な事をしてきた、最初は苦しかった。
他の人たちは放課後何処かへ出かけているのに私は出来なかった。それが少し、恨めしかった。
でも、私が我慢すべきだと思った。お母さんも妹も大変そうだから私が耐えればなんとかなるって思ってた。
だって、お母さんはそう望んでたんだから。
段々と苦しくなる生活で少しずつ暗くなる家庭。だから私が助けなきゃって思った。その為なら私は頑張れたんだ。
私はこれまでの人生で不幸だと感じたことは無いんだ。
家がそんな状態だった、だから私は私立高校の特待生の枠に入れるようにずっと勉強を頑張ってた。そしてついに学年で一番の成績を取れるぐらいになったんだ。
皆、喜んでくれた。それが私は嬉しかった。
皆私に頼ってくれて、話を聞いて、困ってたら助けてそうすれば感謝される。
──そうすれば私は
だからあれは日常の延長線だった。
妹の誕生日が近かった、妹はこれまで何一つおねだりをしてこなかった。
妹はまだ中学一年生で甘え盛りな時期だった。友達との遊び、買い物を我慢して我慢し続けた妹に始めて欲しいものが出来た。
それは、妹が大好きな芸能人が身に着けていたヘアクリップ。お母さんはそれを買うために無理をして、働いて、そして倒れた。
楽しみにしていたプレゼントは貰えない、その事実に我慢していた涙を零す妹。
病室で泣きながら謝るお母さん、ありったけの罵声を浴びせる妹。
当たり前だった日常が崩れていく音が聞こえた。
…私が救わなきゃ、私がやらなきゃいけないんだ。
そう決心した私は罪を犯した。お母さんには責められた、妹にも怒られた。私はやり方を間違えた、そう多くの人に言われた。
でも、私は万引きには何も思わなかった。それよりも人に責められる事の方が、私は苦しかった。
私は善人じゃない。クラスの皆は口を揃えて私を善人って評価してくれるけど違うの。
私はもう犯罪者だから、だから私を
その日から、私の優しさは過剰になった。
***
「なんで、なんでなの…?」
ここには、救済者だった私でも助けられない人が居た。
竜崎正、彼が初めてだった。
高度育成高等学校、私はここに進学した。この学校は希望した進学先、就職先に必ずつけるって謳い文句を言っていた。
だから私は担任の教師からこの話を聞いた時に『もう一度やり直そう』って決意した。
そんな人生を変えようと踏み出した一歩、入学式の日に彼に出会った。
変人、今はそう噂されている彼は、その頃から何処か変だった。
私と初めて会ったのに『青春』についてどう思ってるか?なんて聞いてきた。
今思えば、気が付いていたのかも。私が語っている時に表情が曇っていたのも察していたのかも。
「少し良いかな?」
中間試験の二週間前、私は勉強会に竜崎くんを誘った。
彼の成績は凄かった、小テストで満点。他のクラスを含めても片手で数えられる程しかいない学力を持っていた。だからそんな彼が手伝ってくれたら中間試験をクラスの皆で突破できると思ったから。
…竜崎くんは最初の一回しか参加してくれなかったけど。
でも彼は私にヒントをくれた。
退学者を救済する手段は他にもある、というものだ。
最初は何を言っているか分からなかったけど、よくよく考えればその意味も分かった。
担任の星之宮先生は君たちを信じてる、と言っていた。純粋に受け取るんだったら君たちの学力を信じてるって意味だ。
でも違う気がした、それに竜崎くんの言葉も加わって私は見つけた。
過去問、それが赤点を絶対回避する方法だった。
「竜崎くんは知っていたの?」
「いいえ。今初めて知りました」
だから私は竜崎くんにお礼を言いに行った。
彼が助言してくれたから見つけられたみたいなものだったから。でも彼は白々しく、今初めて知ったと話していた。
きっと嘘だろう、でも私は不快感が無かった。なんでか、彼が私の事を想って嘘を吐いたと感じたからだ。
その頃から私は彼の事を気にしていたんだと思う。
***
彼と普段は話す機会が多くはなかった。
私の周りにいる人たちはいつも同じだ、そして彼もそれは一緒。神崎君と姫野さん、いつも竜崎くんは彼らと行動をしていた。
だから彼の事を私はあんまり分かっていなかった。
「私はBクラスのリーダーになります」
「…え?」
そして彼の事がもっと分からなくなった時がある。
彼は無人島での特別試験で理解できない事をした。
リーダーを宣言するだけだったらまだ意図が分かった。それが真実かどうかを疑う心理戦、竜崎くんらしい大胆な作戦だった。
でも違った、彼はリーダーを証明する約束をしてしまった。この試験自体が壊れた、初めて彼に怒りを覚えた。好き勝手にするのは気にしていない、けどクラスの皆を苦しめるのは許せなかった。だからちゃんと話し合って、止めなきゃって思っていた。
「もし負けたら、貴女の指示に従います」
無人島での試験、彼は自分の勝ちを確信してるみたいだった。私には分からない未来を彼は視ているみたいだった。
その試験で私に求められたのはサバイバル生活を平和に過ごす為にクラスを纏めること。
私はなるべく出来る事をしようって考えて使うポイントを減らす工夫をした。テントを使わなくても過ごせる拠点を探して、丁度いい場所を見つけた。
木々の間にぽつんをある井戸。この多くある木を利用してハンモックを使うって作戦だ。
その他にも色々と工夫して、使うポイントを出来るだけ抑えるのが私の役割だった。
道具に頼らず、自分たちの知恵を利用するキャンプ生活。結構楽しかったなぁ。
でも、私は気がかりなことがあった。
「竜崎くん、何か手伝う事はあるかな?」
「ないです」
「そ、そうなんだ…」
この試験の根幹であるリーダーについてだ。竜崎くんはスポットを占有するために島中を駆け回っていた。大変そうだったからなにか出来ないかって尋ねてみたけど彼は有無を言わせず断った。うーん、取り付く島もないや…
そして私は何も苦労をせず、無人島試験に勝ってしまった。
他のクラスの倍以上のポイントを竜崎くん1人で確保していた。
彼は自分の価値を証明した。私がクラスを統率して、喧嘩が起こらないように奔放してる中、彼は特別試験の全てを片付けていた。
「竜崎くん、どうやって勝ったの?」
「…知りたいんですか?」
「うん、私は知りたい。このクラスのリーダーとして、勝利をくれた君にありがとうって言う為に、まずは詳細を知りたいの」
「素敵な考えですね」
「…それで答えは?」
「教える気はありません。では」
竜崎くんは教えてくれなかった。彼は私を近づけたくないのか頑なに試験について話してくれなかった。仲が良い神崎君や姫野さんには話しているのに、私だけには話してくれなかった。
なんで、教えてくれないの?そうあの時の私は考えていた。
けど、分かった。私が頼りなかったから。過去に引き摺られて、ポカをしそうだから。
──私は彼に信頼されてないって事だ。
「私って本当に要るのかな…」
いつもはうるさい蝉の鳴き声が、その日はどこか遠くに聞こえた。
*
だから私は彼の真似をする事にした。
いつもはやらない事にチャレンジしてみる事にした。
「はいちゅーもく!!」
状況も周りのメンバーも良く分からないグループでのディスカッションの時間。
そこで私は場の空気を掴む事から始めた。
「この試験を全員でクリアする、結果1を求めるのが最善の策だと思う」
昨日までは敵同士だった人たちが今更手を取り合って話なんて出来る訳は無い。
当然、各クラスは嚙み合わなかった。だけど、それでも私は考える。
竜崎くんなら、どうする?って。
彼はきっと結果1を目指すはず。cpはあんまり大事じゃない。それは今が一年生ってのもあるけどあまりにも他クラスと差を付けたら、私たちのクラスが狙い撃ちされるからだ。
「結果1を目指します」
そして私の予想は合ってた。竜崎くんも結果1を目指す事は同じだった。
ただ、問題があるどうやって、優待者を見つけるのか。
だってこの試験は、優待者を炙り出すゲーム。優待者が素直に名乗り出る訳は無いし、議論で何とか尻尾を掴むしかなかった。
だからAクラスは沈黙を選んだ。そうすれば話し合いという解決方法が封じ込められたのは事実だった。
「質問に答えない人達を疑っちゃうし、優待者を当てずっぽうで指名するかも」
脅しをしても彼らは考えを曲げなかった。きっと葛城くんが裏で指示してたんだと思う。
だから最初から最後まで話し合わないなんて作戦を取った。
どうしようもなかった、Aクラスの思惑通り結果2になるんだろうなって諦めかけてた。
でも─
「…状況が変わった。葛城さんは結果1を目指せ、という事だ」
翌日、Aクラスの彼らは発言を変えた。
自分たちの策を苦しそうに撤回した。がっちりと閉じていた城門は、今はもう誰でも通せるように全開だった。
「え、?」
突然の事に私は困惑したけど、すぐに彼の作戦だと気が付いた。なんで葛城君が作戦を変えてくれたのか、その理由は私には分からないけど、でも竜崎くんがクラスの為を考えて動いてるのは知ってる。
そして、その方法が裏切り者が居るって脅しだった時、私は少しがっかりした。
彼は手段を選ばない人って気が付いたからだ。仮にクラスの人が退学する時、きっと彼は見捨てる、そう考えてしまった。
──私がクラスの皆を助けなきゃ。
その時の私はそう自分に誓っていた。
***
「…それにしても浮かない顔ですね」
私は船上試験の結果を見ながら、夜の甲板で黄昏ていた。
暗い闇を進む船は、どこか苦しかった。
『助けたい』、初めて口にしたのはもう憶えてないけど私の全てだった、その言葉。
今はその言葉が苦しかった。
彼は私の助けを必要としてない、この試験だって彼の独壇場だった。他のクラスも手のひらの上で踊らされてたって自分の心を擁護しようとしたけど無理だった。
「過去の事でも思いだしましたか」
「え、」
その言葉にドキリとした。彼は確信めいた言葉で私にそう告げたんだ。
だから私は、話す事にした。
もうどうでも良くなった、いや違う。
人間らしくない彼が同情でもしてくれたら、他の人と同じなんだって安心できると思ったから。
「…これが私の、罪なんだ」
彼は私の過去を暴いた時、一瞬だけ表情を変えていた。
まるで自分が大きな間違いをしていた、そう考えて良そうな驚きの色だった。
なんだか似てるな、って思う。彼と私じゃ全然凄さが違うけど、でもなんだかシンパシーを感じる。
あぁ、思いだした。彼は自分の両親がもう居ないって言ってたっけ?
だからなのかもね、私には家族が居るけど普通とは違う。彼もそうだから同情しちゃったのかな。
「知ってました」
でも、返された言葉はいつも通りの淡白なものだった。さっき見えた一瞬の驚きは今は見る影もない。
きっと彼は人を信用してないんだ、だから彼は感情を見せても嘘に違いない。
だから私は、さっきの感情に自分が納得できる答えを無理やり当て嵌めた。
ただ彼は、私の考えに同意してくれてる気もした。
万引きという罪、それから逃げる気はない。だけどその過去を振り返らないし、それに縛られない。そんな厚顔無恥な考えも竜崎くんなら許容してくれる気がした。
そんな私の考えが伝わったのか、
竜崎くんは私の目をしっかりと見つめて、私の存在を証明するため問いかけを始めた。
「貴女の優しさは生きる為だったんですね」
そうだね、きっとそうなのかもね。
私は他人をずっと助け続けていた。それは平和な日常を守るって考えで私は打算的に助けていたのかもしれない。私は私の心が良く分からなかった。
「貴女は愛が欲しい、違いますか?」
うん、そうだね。きっと私は愛がほしかった。助けなくてもくれる無償の愛がほしかった。
でも現実は違う、行動しないと見返りは貰えない。感謝は貰えない。
助ければ助けるほど、人はそれが当たり前になっていく。確かに私が助けた筈の人たちは、私が苦しい時に誰も助けようとしなかった。いや違う、彼らは助けようとはしてくれた。でも、同情だけ。私の心を覗こうとはせず、距離を離して話し掛けてくるだけだった。
救う人、救われる人。これが私と周りの関係性だった。
「よくその状態で耐えていました。いつ壊れても可笑しくは無かったでしょう」
彼は私の事を理解してるつもりなんだろうけど、甘かった。彼は頭も機転も効く人だけど心への理解は曖昧だった。違うよ、壊れてるとしたらきっとそれは最初っから。
私はもう
だからあの時、言っていたリーダーに相応しいという竜崎くんの言葉が撤回されるのも当然だった。
「ま、待って!!私はまだ──」
ただ冷めている私の心とは別に身体と頭は勝手に動き出した。
もう変われないと思っていた私は、まだ諦めが付いていないみたいだった。
「役割を与えます」
彼はそんな心を察したのか、私が欲しい言葉をくれた。役割、道具みたいな扱いだけどでも彼は違う意味で言っている気がする。
きっと彼も同じなんだろう。役割という存在証明を大切に想っている、そんな気がした。
だから私と同じく欠陥を持つ彼に、少し安心した。私も心が欠けてるから、親近感が湧いているのかもしれない。
「ありがとう、今はそう言っておくね」
利己的な竜崎くんの事だ、私が欲しいと思う意味の言葉ではないんだろう。
でも、それでも私は救われたんだ。だからありがとう、いつも言われているみたいに私は彼に感謝を見せなきゃいけなかった。
「私はキミを利用する、私が変わるまでの踏み台にする」
でも出発地点は決めたんだ。
私は彼を利用する、彼が私を利用するように。それはきっと私の建前で、本心じゃない。
でも、今はまだそれで良いと思う。
──仮に本心に気付けても、叶わない望みでしかないと思うから。
「そうですか、なら自由にしてください。私にそれを止める権利はありません」
その言葉にどんな意味が込められていたのか、私には分からない。
それを考えようとして、辞めた。それは、意味のない事だから。
彼はその言葉を最後に。背中を向けて、船内に戻って行った。
それを見送っていると視界が狭まった。目から雫がぽつりと落ちてきた。
…あぁ、私は泣いているんだ。そう理解するのに時間はかからなかった。
「始めて、助けられた…気がするな」
私の本心を見て、彼は態度を変えなかった。同情は無かった、私と自分を同一視した。
竜崎くんもきっと同じ思いを持っていて、それを乗り越えたんだろう。私は時間が掛かったけど彼ならあっという間に終わらせたんだろうな。
「やっぱり、凄いね。竜崎くんは」
私は笑っていた。恐怖と、後悔と、苦しみと、多い感情を一纏めにして、奥深くに押し込んで。
それが私の答えだった。
これまでは淀んでいた私の目は、この瞬間から少し見える事が増えたような気がした。
貧困な母子家庭って時点で歪な育ち方になると思います。
Lと一之瀬帆波ってなんだか似てる気がします。親の愛なんて知らないところがそっくり。
ただ、その環境の乗り越え方が違う。
Lはもう物心つく前から超えていたんでしょうね、それも純イギリス人じゃない孤児っていう最悪の環境を。