ようこそ未知を探求する教室へ 作:フワンテ
竜崎正の独白。
「え、あのさ」
「はい、なんですか?」
「私とキミってさ、こんな事する関係だったっけ?」
「…?」
特別試験が終わり、本当の夏休みが始まった。特別試験、無人島でのサバイバル合宿や船上での思考ゲーム等の一般の高校では味わえない激動の時間。それが終わり訪れた束の間の休息はあと少しとなった。
だからこそ私は普段関わらない人物を遊びに誘った。
「惚けた顔しても誤魔化されないよ!!
「いえ、これは普通の顔ですよ」
「だって船上試験の時に色々感動の別れ?みたいな、私の成長を見守る?みたいな感じになったよね!?」
「そうだったかもしれないです」
「え、竜崎くんが忘れる訳ないよね!?」
この夏の代名詞である蝉よりもうるさく声を上げる一之瀬帆波だ。いつもの学生服ではない私服姿の彼女。白系のニットとブラウン系のスカート、明るい色合いで統一された色合いは彼女の性格にピッタリだった。
だがそんな落ち着いた色合いの服に身を包んだ彼女でも、この猛暑日では変わるらしい。
待ち合わせをする前はウキウキ出来たであろう彼女は、夏の暑さで感情がより豊かになっている。
では、何故こんな事になっているのか。
少し過去を振り返ってみる。
「もしもし」
『あ、竜崎くん?こんな朝からなにか用かな』
「貴女は今日予定がありますか?」
『え、んー。特に無いかな、でもなんで私に聞いたの?』
「30分後に寮のロビーで待ってます、よろしくお願いします」
『え、ちょっと──』
私は朝、一之瀬帆波との交流を深める為に彼女を誘う電話をした。
それは彼女をただの観察対象として見ていた自分を改める為であり、彼女の人物像を捉える為でもある。
「では何故、一之瀬さんは私がお誘いした時に断らなかったんですか」
「そ、それはー、その……」
「しかし、今日は暑いですね」
「え、あの…、自分から質問して興味ないなんてことあるの??」
もじもじと自分の感情を吐露しようとする彼女を見ない振りしながら私は話を変えた。
彼女は私と特別な関係性を望んでいるのかもしれない。しかし、それは彼女の弱みに付け込んだ行動の副次効果に過ぎない。
「早く目的地に向かわないと時間が勿体ないですよ」
「あ、あぁ…そうだね」
この人を助けたい、この人が好き。これの区別を彼女はつけれていない。
だからこそ、彼女は私にこんな見合わない感情を向けているのだ。そう私は結論付けている。
「──って流されないよ!!」
感情がジェットコースターのように目まぐるしく変化する彼女を傍目に目的地が見えてきた。
ケヤキモール、私たち学生が使用できる複合施設だ。
日常品からカラオケ等の娯楽施設まで、学生が必要とする機能が備わっている場所だった。
そんな場所は猛暑日にも拘らず、夏服に身を包んだ学生の姿が多く見えた。
「なんの人だかりですかね」
「あー、これは占いだよ」
「占い?」
「うん、占い。夏休みだけの期間限定で良く当たる占い師が来てるんだ」
「成程」
「あ、もしかして竜崎くんもやってみたい?」
「いいえ。私は占いを信じていないので」
「まぁ、キミならそう言うよね」
「なぜ多くの人が当たっていると感じるのかは興味がありますよ」
占いを信じる人間の心理の方に興味がある。
曖昧に返答を返し、数多くの人に共通項を導き出させ信用させる。そんな心理が何故を起きるのか、気になる。
「じゃあ、この場所に何の用があったの?」
「映画でも見ようと思いまして」
「い、意外な趣味だね」
意外だろうか?私はこの学校に来る前、基本的には難事件を解いていたが稀に外出をする事もあった。美術館やアイドルコンサート等の人間を理解する事に近づける場所だ。
このような娯楽は人間の価値観が反映されていると私は考えている。
だからこそ、その一つである映画には少し興味があったのだ。
「見る映画は貴女が決めて良いですよ」
「え、いいの?」
「はい、構いませんよ」
「じゃ、じゃあこれにしようかな」
映画館の前にある上映案内を見ながら彼女に選択を委ねた。
少し悩んだ後、一之瀬帆波が指を指したのは大衆向けの恋愛映画だった。
ロマンスを楽しむ目的のファンからは大絶賛だったが、あまり予想外な展開にはならないという内容。
…彼女はこの作品のどこに価値を見出しているんだ。
「期待外れでした、恋愛映画を選ぶとは」
「自分で選ばせといて文句は言わないでよ、竜崎くん」
「…それはそうですね」
ただ、恋慕というのは人間心理の中で行動の動機になりがちな感情だ。
それについて観察する良い機会だと捉えるべきだろう。
「もうそろそろ入場が開始するみたいですね」
「あ、ホントだね。じゃ私がチケット買ってくるよ」
「お願いします」
その言葉に頷いた後に、彼女は小走りでチケット売り場に向かって行った。
「まぁ、偶にはこんな日常も良いのかもしれない」
私はそんな有り触れた日常が『青春』なのかもしれないと、そう彼女を見て思った。
***
映画館の暗い通路を進み、指定された席に座る。
ちらりと周囲を観察すれば、恋人同士や友人連れの客が多い事が眼に入ってきた。
「……興味深いですね」
「え、そうかな?」
「ここに居る人間はこの時間を共有する相手を選んでいる」
「そうだね、人って思い出を共有すると満足するらしいよ?」
「そうかもしれません」
私は入場により役割を失ったチケットを指で摘まみながらそう呟いた。
そんな他愛もない話をしていると、間もなく上映が開始されるというアナウンスが流れた。
館内が暗くなり、大きなスクリーンに映像が映し出される。
私は座席に深く座らず、少し体を丸めた姿勢で画面を見つめる。
主人公の男女が出会う。
私は上映される前に購入していたポップコーンに殆ど手をつけず、二人の会話を分析していた。この2人の人間は本心を隠している。
表情の変化、視線の動き、言葉の選択。好意を隠そうとしている人間の特徴が出ていた。
両片思い、恋愛物語でよくある展開だった。
しかし、中盤。
二人がすれ違い、喧嘩別れする場面になる。
館内のあちこちから、息を呑むような音が聞こえた。
それが自分の経験に重ねているのか、それとも別の理由なのか。
表情が見えない為、分からなかったがこの場面から推測するにこの喧嘩により相手を失う恐怖だろう。
人間は合理的に考えれば避けられる苦痛をあえて選択することがある。
この映画の登場人物たちは傷つく可能性を理解した上で、相手を求めていた。
そしてラストシーン。
主人公たちは再び出会い、互いの気持ちを伝える。
すれ違っていた彼らは最後にはお互いに本心を言い合い、そして結ばれた。
ありきたりなストーリーだった。
そして館内には静かな感動が広がる。映画が終わり、暗かった館内に明かりが戻る。
観客たちがちらほらと出口へと向かって行く中で、私はしばらく席を立たなかった。
「どうだった?」
そう聞かれ、私は考える。
映画を見る前と同じく見る価値のないありきたりな話、そう言えば良いだけの話だ。
だが、私の口から出た事はそんな考えとは違う回答だった。
「……不思議ですね」
「不思議?」
「架空の人物の問題に感情を動かされる事がです」
私は暗くなって何も映さなくなったスクリーンを見る。
「ですが、人間が他者の物語を必要とする理由は少し理解できた気がします」
「そっか。恋愛映画、また見たい?」
私は出口へ向かいながら答えた。
「次は、別の作品を見てみてもいいかもしれません」
それは私にしては珍しい肯定に近い言葉だった。
周囲には映画を見終えた人間たちが歩いていて、その様子を眺めながら考えに耽った。
人間が、なぜ一人の相手を特別扱いするのか。その心理構造には非常に興味がある。
なぜ人は非合理的な選択をするのか。
そしてなぜ、その非合理性に惹かれることがあるのか。
「人間は苦痛をあえて選択することがあります。この映画の登場人物たちは非合理な行動を多く取っていた」
「んー、難しい質問だけど。それが恋愛なんじゃないかな?」
「そう、複雑な感情なんです」
私の言葉には冷たさではない、熱が籠っていた。
人間らしさという曖昧な概念の答えはまだ出ていなかった。
***
「竜崎くん」
「…?なんでしょうか」
「一つキミに聞きたい事があるの」
一之瀬帆波はどこか確信染みた表情で私を引き留めた。
「…あのさ、キミは私に期待してる。そうだよね?」
「確かにそうかもしれません」
彼女が何を持って期待していると感じたかは知らないが、確かに私は彼女の選択に期待していた。
しかしそれは他の人間と同じ観察対象がどんな行動をするか、私の予想通りに動くのかという予想への期待で、彼女個人に期待しているわけでは無い。
だが、一之瀬帆波は自分自身にしていると言った。まるで私が一之瀬帆波という個人に愛着を持っているという言い方だった。
「私が全てに期待して、逸れたら落胆する。違うかな?」
「いえ、違いますね」
「んー、分かりづらいけど嘘?かな」
「…何故、嘘だと?」
彼女はこの言葉に少し引っ掛かるモノがあったらしく、腕を組みうーんと唸った後にそう判断した。
「私ね、キミの事結構見てたんだ。確かに表情は動いてないけど雰囲気が結構変わるの」
「へぇ」
「だから、今のキミは嘘を吐いてると思う」
そうなのかもしれない。私は今日の恋愛映画を踏まえてそう考えた。
人間は不合理な行動を取る生き物だ。野生に生きる獣たちが生きる為に合理的な手段しかとらないが、私たちは良く回り道をする。
私は私の本心が分からない。だから彼女の考えを否定する事はしなかった。
「今気づきました、私は貴女に一番期待しています」
「そっか!!ふふ、なんだか嬉しいな」
確率が低かろうと、排除する理由は無かった。その証拠がないからこそ、可能性を保留すべきだと考えた。
一之瀬帆波は私の答えを嬉しそうに噛みしめた後、私へぐっと近づき囁いた。
「だから…、あのね?」
「はい、なんですか」
「キミは私を助けてくれた。だからね、必要になったら私に助けを求めて欲しいの」
「そうですか、それは考えておきます」
「…うん約束だよ」
目を大きく見開いた後、彼女は今日一番小さい声でそう呟いた。
そして髪をくるくると感情を逃がすように弄った後、気持ちを切り替えるように声を張り上げた。
「そ、そろそろ行くね?」
「はい」
「今日は楽しかったよ、また今度遊ぼうねっ」
夕焼けで少し赤みがかった顔で微笑む彼女の顔を見て、私は歩み始めていた足を止めた。
その様子に気が付いたのだろう、前を歩いている彼女はこちらを心配そうに覗き込んだ。
「竜崎くん、どうしたの?」
「…いえ、なんでもありませんよ」
何故か心に引っ掛かるモノがあったが、それを無視して私は再び歩みを進めた。
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夏休み最終日。
この退屈な日常も今日で終わるという事で、私は最後に相応しい日にするために一人の人間を呼び出していた。
暑さからか周りに人の姿が無い中で、静かな屋外スポーツ施設には二つの人影があった。
「綾小路くん、今日はよろしくお願いしますね」
「あぁ」
綾小路清隆、彼を昨日の夜に誘った。
船上試験の際に雑談する機会があったため、その時に電話番号を交換していた。それを利用し、彼の人となりを観察する時間を作ったという訳だ。
「今日は予定、無かったんですか?」
「…残念ながらオレに友達は多くない」
「それは失礼な事を訊きました」
彼は友達が多く無い。それはよく聞く話だった。寡黙で人に自分から話しかけない、そんな人間に仲が良い人物など出来るはずは無かった。
だが、彼はそれを悲しんではいない。友人は量より質、そんな考えが滲んでいた。ただ、質を求める結果、孤独である現状に何か思うところはありそうだ。
「それで、どうしてオレを誘ったんだ?」
「貴方と友達になろうと思いまして」
「オレとか?」
「はい、貴方とです」
私が彼の目を見てそう話をしたのに、綾小路清隆はちらりと自分の後ろを見た。
自身と友達になりたい奴が居るという現実を理解できていない様子だった。
「そうか、物好きだな」
「そうですか?私は貴方を面白い人だと思いますよ」
「……」
「では、今日はテニスでもしましょう」
綾小路清隆は相変わらず無表情だったが、嬉しさを隠しきれていなかった。
その様子を確認しながら用意してきたラケットを渡す。彼はそれを受け取ると、暫くそれを確認した後に了承した。
「綾小路君はテニスどれくらいできますか?」
「やった事はある程度だ、期待しないでくれ」
「そうですか」
「竜崎はテニスやった事があるのか?」
「えぇ。嗜む程度に」
「そうか、お手柔らかに頼む」
夏の日差しが、静かなテニスコートを照らしていた。太陽が丁度真上にあるお陰か、日陰が少なくなる。
彼の実力を測る、それが今回の遊びの目的だ。
実力を隠したいと思いを持っているからこそ、無理をして力をセーブする。その不自然さを見る事で本来の実力が測れるという算段だ。
「ではよろしくお願いしますね」
私はラケットを握りながら、彼を観察する。コートの反対側に立つ彼は、動きやすい服装に着替えていた。少し背中を丸め、ラケットを両手で持っている。
「あぁ」
短い返事の後にサーブが放たれる。その速度は初心者とは思えないほど速い。
(…だが、まだ軽い)
ほとんど動かず、正確に打ち返せる程度だった。明らかに手を抜いている。
「……強いな」
「今の、態とですか?」
「何か駄目だったか?」
綾小路清隆は首を傾げた。
白々しい返答だった、実力をまだ見せる気はないらしい。
いや、見せてはいるのだろう。私にギリギリ負ける程度に調整している。
「分かりやすいです」
「……」
「肩の向き、ラケットの角度、体重移動を見ればキミの実力は予測できます。素人の動きを態としていると感じる動きでしたよ」
「普通はそこまで見ないと思うぞ」
「いえ、見ますよ」
「…え、そうなのか?」
嘘を素直に信じそうになるところが腹立たしい。
私は普通の人間なら返せない位置にボールを散らす。だが、彼はまるで先を読んでいるかのように返球していた。
この歪さは彼が普通への理解が曖昧なのだと証明している。
平均値が分かっていない、まるで
私は日本に存在する実力者を作ることを目的とした施設を幾つか知っている。その中で彼のような人間が生まれかねない非人道的な手法を厭わないものは多く無い。
そのうちの一つが彼の出身地だったら?
──彼の実力と世間知らずさの辻褄は合った。
彼が実力を隠す理由。それは普通への憧れ、もしくは社会からの弾かれることを恐れたか。
日本という国には出る杭は打たれるという言葉があるらしい。それを避けるために演技を実践している、と仮説を立てた。
「ふっ!!」
「流石ですね」
「あぁ、竜崎も凄いと思うぞ」
経験者である私に彼は程なくして適応していた、明らかに異常だ。
動きが改善されている、その成長速度を無理して抑えているからこそ歪んでいるのかもしれない。
「綾小路君は凄いですね」
「そうか?初心者なりに頑張っているつもりなんだが…」
「そうですか。あぁ一つ言い忘れてました。私はイギリスのJrチャンピオンだったこともありますよ」
「……」
「この意味、分かりますよね?」
その言葉を最後に私はコートへボールを打ち込んだ。
私と綾小路清隆の勝負は、私の僅差勝ちだった。
最初彼はどこかぎこちなさが残るプレーだったが、最後には私に追いつくレベルで仕上がっていた。異常なまでの吸収速度、それが彼の強さだと確信できた。
「試したのか?」
ベンチに座った私が砂糖入れた飲み物を飲んでいると、彼は話しかけてくる。
「何がですか?」
「態々その経歴を最後にいう意味はなんだ」
「そういう気分だったんです」
「…言う気はないのか?」
強い敵視、彼は私の目的が分からないのだろう、それは当然だった。
私は彼を試している、人間味の薄い彼がどのような倫理観で生きているかが分からないからだ。だからこそ、まだ救えるのかが分からない。
「私は貴方の過去を知りません、そして貴方も私に言う気が無い」
この先彼がどの方向に向かって行くのかは分からない。真意は視えなかった、だからこそ少し鎌を掛ける事にした。
「そうですね、助けられるかもしれませんよ」
「…どういう意味だ?」
「貴方をその境遇から助けてあげる、そう言っています」
「…どうやってだ」
「それは秘密です、信用出来ませんか?」
少しだけ愉快そうに私はそう言った。意外にも彼は直ぐにボロを出した。
これにより、実力者を作り出す目的、世間について教育されていない程度の厳しさを持つ施設出身である可能性が10%にあがった。
そして今はまだ人間に戻れる程度の精神状態。ならまだ助け舟を出せる。
「……お前の実力が知りたい」
「それは直ぐに分かりますよ」
「オレを信用させてくれ」
「そうですか。ならこの時間を楽しみましょう」
きっと彼も普通を知らない、それを理解出来た。
同郷の出身、はないだろう。ワイミーズハウスは娯楽の制限は無かった。
だからこそ、彼には全力を出して欲しい。その為にその何度でも彼に勝とう。
今はまだ彼がチャレンジャーなのだから、その構図を変えてくれることを願って。
「ここで見せるという訳か?」
「はい、なのでもう一度行う価値はありますね」
「そうだな、まだ時間もある」
「はい」
私と綾小路清隆はベンチに立て掛けていたラケットを手に取る。
「一つ提案です、これからも休日には遊びませんか」
「…意図はなんだ?」
「貴方と仲良くなりたいので、今はそれでお願いします」
「分かった。不束者だがよろしく頼む」
「…嫁にでも行く気ですか?」
「…?そんなつもりはないぞ」
「成程、貴方の事が少し分かった気がします」
夕暮れのコートに、再びボールの音が響く。
勝負を楽しんでいるのか、それとも人間を観察しているのか。その境界は、私自身も少し曖昧だった。
──そのやり取りが私の夏、最後の思い出となった。