ようこそ世界一の探偵がいる教室へ   作:叙述トリッピー

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page.2 散策

 

一之瀬帆波の独白。

 

 

私の名前は一之瀬帆波。春からこの高度育成高等学校に通う新入生だ。

 

この学校は高い進学率、就職率を誇る学校。こんなすごい学校に私は合格する事ができた。

 

こんな凄い学校を選んだ理由は単純で、自分を変えるためだ。

うちは決して裕福じゃない。母子家庭で、日々の生活でさえ切り詰めなければならない。 だから、そんな心労の絶えない妹や母を、家族を私は支えたかった。この学校を卒業して、給料の高い企業に就職し、家計を楽にする。

 

それが私の目標。

 

(…っと、色々考えちゃったけど今日は入学式の日だ。未来のことを考えすぎてもきりがないよね)

 

ふわふわと考え込んでいた自分を心の中で律して、ギュッと気持ちを入れ直す。 そうやって思考の渦から抜け出しつつ歩いていると、ちょうど目の前で、何もないところでバランスを崩して転んでしまった人を見かけた。

 

「あ、大丈夫!?怪我はしてないよね?」

 

 そうやっていつも通り、人の手助けをする。

もう考える間も無く身体が勝手に動くくらいには、私の中で染みついた行動だ。

でもそれが私で、ずっと変わらない日々なんだ。私みたいに人助けをする人は居るには居るけど多くは無い。

 

──だから私がみんなを助けるんだ。

 

幸いにも転んだ子は特に怪我をしていないらしく、私からの問いかけに「心配しないで」という言葉と「ごめんなさい」という謝罪を何度も繰り返した。

 

「迷惑じゃないからそんなに謝らないで。困ったときはお互い様だよ!」

 

その言葉は、この子にとっては安心できる内容だったらしい。

私に深々と頭を下げて、ありがとうとお礼を言いながら、小走りで校舎のほうへと向かっていった。

 

(今さっき転んだばかりだし、もっと落ち着けばいいのに…)

 

また転びそうな危うい様子に、見送る私に小さな心配が残った。

ふと、近くの時計を見ると入学式までの時間が迫っている事に気が付いた。

 

(…早歩きで行かないと間に合わなそうかな)

 

 私は一度気持ちを入れ直すためにぐっと身体を伸ばして、クラス分けが貼られた掲示板へ向かおうとする。

 

「すみません、貴女は青春という言葉をどう考えますか」

 

──そんな時、背後から声がした。

 ぱっと後ろを振り向くと青年が居た。猫背のせいで実身長よりも低く見えるが、それでも私よりは明らかに高い。癖のある黒髪の間からこちらを覗き見ているのは、冷たさを感じさせる三白眼、そしてその下にくっきりと刻まれたクマ。

あまりにも不健康そうなその容姿に、私は少し心配してしまった。

 

(寝てないのかな?それに痩せすぎだよね、ご飯食べてるのかなぁ…)

 

あ、また人の心配してしまった。今日二度目の心配に私は心の中で苦笑しつつも目の前の人に話しかけられたことを思いだした。

 

「えっと君は…?」

 

「私は竜崎正、それで返答を貰えますか」

 

「んー、…青春についてだよね?」

 

その突拍子もない質問に少し呆けつつも、すぐに正気に戻って真剣に返答を考える。

 

『青春』

私にとってその言葉は少しだけ喉元に引っかかる、複雑な想いを伴うものだった。中学校生活は、私にとって罪悪感と拭えない負い目を感じる最後だったから。

でも、その重荷を背負う前のまだ純粋に幸せだった頃の私ならどう答えただろう?

──過去の自分を重ね合わせながら、私は言葉を選んでいった。

 

「そうだなぁ…、いつもと変わらない日常かな」

 

中学三年生の夏、私は取り返しのつかない間違いを犯した。

たった一つの身勝手な間違いで、私の心は今も晴れることなく曇ったままだ。

 

あの時の判断は本当に間違っていたのかなっていう後悔と、でもあのとき見せてくれた妹の笑顔を見れたから後悔はないって思いが、頭の中でいつもせめぎ合っている。

 

過去は変わらない、けど今は変えれる。だから、前を向いて変えるための努力は忘れていないつもりだ。

…でも、ふと考えてしまう。もしあの時、あんな間違いをしなかったら、今の私はどんな顔をして笑っていただろうって。

 

「いつも通りの生活、ずっと続けてきた部活動。ありふれてるし学生の今なら当たり前の毎日。でもなんだか充足感がある、そんな日々の繰り返し。私はこれが青春だと思うなー!」

 

当たり前に訪れる毎日を、私は決してつまらないなんて思わない。幸せとは日々の積み重ねであり、変わらない日常の尊さを私は心から愛しているから。

 

「…そうですか」

 

それまで感情の読めない無表情だった彼の顔が柔らかなものへと変わった。そんな意外な表情の変化に、私は少しだけ胸を惹かれつつも、いよいよ入学式の時間が迫っている現実を思い出して焦りだす。

 

「ねぇ、一緒にクラス分け見に行こうよ。もしかしたら一緒のクラスかもしれないし、折角出来た縁だからね?」

 

それが、私と竜崎君の初めての出会いだった。

 

 

─────────────────────────────────

 

竜崎正の独白。

 

 

「やはり、このクラス分けには明確な意図がありそうだ」

 

入学式が終わり、星之宮から一通り情報を集めた私は校内の散策を開始していた。

今頃教室では自己紹介でも行っているのだろう…だが、私にとっては退屈で必要のない工程だった。後でも出来る事よりも好奇心が勝つのは致し方ない事だった。

 

それに新入生である一年生の顔ぶれは、ほぼ全員分のデータがすでに頭に入っている。だからこそ必要が無いとも言える。

 

それは仮説の立証にも関係する。

生徒の特徴と、他学年の生徒たちの様子とを細かく比較することで、仮説の信憑性を高めていくのだ。

私を担任する教師の発言はあまりにも信頼に欠けるため、確証を得ておきたいからだ。

あの言動だ、幾つか出まかせが混ざっていても不思議ではない。

 

「お前は…?」

 

現在、私は三年生のフロアを歩いていた。

二年生のフロアでは、事前の予想通りの情報しか得られなかった。

一年と同様に、AとBが上位クラスで、CとDがそれ以外。クラス間の格差構造はどの学年も共通しているらしい。

だが、それは本命では無い。

入学式の日に偶然見かけた目的の『人物』を探し出す方が重要だった。

 

「竜崎正です」

 

「…俺は堀北学だ」

 

堀北学──彼こそ、私が探し求めていた人間だった。

高度育成高等学校の三年A組に所属しており、生徒会長を務めている人物。

歴代の生徒会長の中でも最高傑作と称され、圧倒的な知力、優れた運動能力を持っているらしい。

 

そんな彼の容姿を軽く観察する。

短く整えられた黒髪と私と同じ程度の身長。

知性を隠し切れないその眼で警戒の色を滲ませながら、何も言わない私を怪訝そうに見ていた。

 

「……それで堀北さんは私に何か用があるのですか?」

 

「お前は一年生だろう。入学して早々上級生がいる階に来る意味とはなんだ」

 

「いえ、特に意味は在りませんよ」

 

「ふむ」

 

「ただ堀北さん、入学して早々とは何でしょうか?他学年に私のような新入生が来ること自体珍しいかもしれません。しかし貴方の言葉は訪れる時期の早さに疑問を抱いているように聞こえますね」

 

その指摘に、目の前の生徒会長はわずかに面白そうな光を宿した目を向けた。

やはり、新入生だけに隠されている情報があるらしい。

毎年その疑問を聞くために新入生が他学年を訪ねるのが恒例になっているのか?と推測を立ててみる。

 

「いや、言葉の綾だ」

 

彼は今、私という一人の新入生に対して、ほんのわずかな期待の感情を抱いた。この入学直後の段階でそれに気が付くこと自体が稀有なのだろう。

なら、私たちがまだ知らない『隠された情報』とはいったい何なのか?

 

「そうですか。そういえば私がここに目的を以て来たことを思い出しました。」

 

「ほう?随分と都合のいい思い出し方だな」

 

「いえ、優秀な貴方を前に緊張して忘れていただけです」

 

私がじっくりと彼目の奥を探るように見つめると、顔を逸らされた。

 

「…そんな白々しい嘘をつくのは感心しないな」

 

「本心ですよ。話を戻しますね、私が言う目的とは確認の為です」

 

「……確認だと?」

 

その言葉に彼は少しだけ身体を震わせた。どうやら心当たりがあるらしい。

 

「はい。評価によるクラスの分別、そしてその基準。優秀な貴方ならばこれだけで分かるのではないでしょうか?」

 

「…成程。俺には分からないな」

 

彼がこの反応を示すということは、やはりクラスごとに生徒の資質や傾向が意図的に分けられているのは間違いない。

なぜ学校側がクラス間にこれほどの差を設けているのか、現段階ではその本質まで分からないが、それも時間の問題だろう。

 

「…それで堀北さん、貴方はこの学校をどう思いますか?」

 

「どう、とは」

 

「他の高校と比較した際に思う事はありますか?学力だけが全てではない、この学校はそう考えていると思った事はありませんか」

 

「確かにそうかもしれんな。学力だけが人間の優劣を決めるわけでは無い」

 

その言葉だけならば、堀北学という人物の思想が私の質問を否定しなかっただけと受け取れる。

しかし、彼は私の質問の裏にある真意を慎重に推し量っていた。

 

「そうですね、人間を総評する際には多くの採点項目があります。その中の一項目を落とそうと他で補えば良いのは事実です」

 

人間とは、嘘やごまかしを口にする時、無意識のうちに本当の事実との整合性を考えながら話すものだ。

だからこそ、隠し事をするときはわずかに言葉の端が濁る。

彼の発する言葉には、不思議と嘘の匂いが混じっていなかった。

 

やはり、この学校の評価基準は学力以外を見据えている。

 

「しかし、学校という施設は甘くはない。あまりにも目が余る者は弾かれる、つまり退学となる。では質問ですこの学校は退学となった場合どうなるのでしょうか」

 

「退学になるかどうかはそのしでかし次第だろう。そして退学となった場合だが担任の教師の指示に従い手荷物をまとめ──」

 

「堀北さん」

 

当たり障りのない模範解答で誤魔化そうとしたため、私は容赦なく彼の言葉を遮った。彼とコネクションを繋ぐことは、今後の学校生活において計り知れないメリットになり得る。

そのためには、自分の知性を少しばかりひけらかしてでも、相手に一目置かせることに十分な益があった。

 

学力以外も評価するというシステムは、公平さの裏返しとして恐ろしい甘さを内包している。

 

『学力を捨ててもよい』という免罪符になりかねないからだ。

だからこの学校はそれに対して措置を取る筈だ、それも重い何かをその中で私がまず導き出した最悪の想定が退学、他に考えるとすればポイントの大幅な減少といったペナルティだろう。

 

その中でも最も重い処罰である退学の影響を推測できれば、それ以外の軽い罰則など大まかな予測でどうとでも対処できる。

 

「もう貴方ならば分かっていますよね、この質問の意味が」

 

私は堀北学の瞳を真っ直ぐに見据え、その奥に潜む知性に強く訴えかけた。すると、彼は観念したようにわずかに目を伏せた。

 

「……あぁそうだな。お前を見誤っていたようだ」

 

「では教えてください、貴方が今考えていることを」

 

「確かに退学による影響はある。しかしその詳細を今の段階では教えられん」

 

“今”は、教えられない。

つまり、ポイントに影響があるという事だ。

私は来月、学校側からポイント制度の仕組みについての本格的な説明が入ると考えている。そして退学も今の段階では教えられないという「時限付き」の回答…繋がるな。

 

「成程、一か月後はどうなりますか」

 

「その時にまた俺を尋ねれば分かる事だ」

 

私は、それが実質的な肯定であると判断して口角を上げると、満足してその場を去ることにした。

これ以上この場所に居座る必要はない。堀北学との問答で、現段階で確認すべき事項は無いと判断したからだ。

 

「では、一か月後に出直しますね」

 

 

 

─────────────────────────────────

 

入学式の日から約一か月が経った。

あれから他の場所及び周辺施設を見て回ったが『無料』と書かれた幾つもの商品を見つけることが出来た。

 

もし生活態度や行動を誤れば、最悪の場合は手持ちのポイントが完全に0になる。

そんな最悪の想定すら現実味を帯びるだけの情報は十分に集まった。

日々の評価による査定は、私たちが想像している以上に生活へダイレクトに響くらしい。あるいは、退学そのものではなくとも、それに匹敵するような落第レベルの失点をすでに犯している者もいるかもしれない。

 

……それらの答えも、すべて今日で明らかになる。

 

私が所属するBクラス。Aクラスも大まかな傾向としては類似していると見ているが、このクラスは特に同族意識が強いと分析している。

 

集団をまとめ上げる力に非常に優れていると言えるが、それは間違いなくあの桃色髪の少女、一之瀬帆波のおかげと言っていいだろう。

彼女の圧倒的な人柄を中心に、このクラスは強固なまとまりを維持している。

彼女は入学式の日以降、自分のクラスの仲間内だけにとどまらず、他学年の生徒にまで積極的に交流の輪を広げていた。

 

その行動の裏にある真意を正確に推し量ることはできないが、周囲からの『良い人』という評価が揺らぐことは今後もないだろう。

彼女の行動は正にこのクラスに相応しい優等生の理想像そのままだった。

 

教室に足を踏み入れると、生徒たちは予想外にも騒がしくすることなく、落ち着いた空気をまとっていた。

 

「やっぱり言ってた通りだったね」

 

「うん、日々の態度を気を付けておいて良かったよ」

 

入学式の後日、私は一之瀬を含む複数人のクラスメイトから囲まれ、ポイントの増減システムについて質問攻めにされたことがある。

あの時、それを突っぱねる選択肢を取ることもできたが、日本は「集団意識」というものを重要視していることを思いだしたため、私は素直に自分の仮説をすべて共有することに決めたのだ。

 

私の導き出した仮説を聞き終えた直後、一之瀬帆波はすぐさまクラス全体に向けて、日々の生活態度を厳しく正すことを強く周知徹底させた。

自分の手柄として利用されても特に気にならなかったのだが、彼女は私の顔を立ててくれたのか、周囲には「竜崎君のおかげだよ」と私を強調していた。

 

「おっはよ~、Bクラスの皆今日も元気かな?」

 

思考の海に潜っていると、担任の教師が教室に入ってきた。

HRのチャイムはすでに5分ほど前に鳴り終わっているというのに、相変わらずこの教師は時間に極めてルーズらしい。手には、丸められた大きなポスターのような紙が抱えられていた。

 

「じゃあ皆お楽しみの結果発表の時間だよ!結構早くバレちゃったから予想以上にポイントが残ってたね~」

 

Aクラス 940cp

Bクラス 890cp

Cクラス 490cp

Dクラス 0cp

 

私のクラスは、ほぼ初日の段階で私が立てた仮説と対策をクラス全体に周知させたおかげか、減点を最小限に抑える事ができた。

 

しかし、Aクラスはそれよりもさらに多くのポイントを維持している。

AクラスとBクラスの生徒たちの表面上の人間性や能力にそこまでの大きな差は感じられなかったが、初期のクラス分けそのものにも何らかの厳格な評価基準が関わっているらしい。

 

「まず、cpっていうのはね、クラスポイントの略なの。つまり、このクラス全体の評価によって変動するの。これが君たちの実力を測る数字にもなってるね」

 

クラス全体の評価、私の事前予想通りのシステムだ。

個々人の細かな行動にそれぞれバラバラの評価を付けることも考慮してはいた。

だが、連帯責任を強いる日本の社会構造を考えれば、個別評価よりも集団責任のほうが辻褄は合う。

 

「それぞれのクラスにはまず10万ppに値する1000cpが配られる。そして君たちが気を付けていた通り、日常の生活態度を評価基準にして減点方式でcpを決めたんだ~。

だから君たちに支給された額は89000ppなの」

 

このクラスで確認できた欠席は2回、遅刻は複数回。

私自身が観察している範囲で減点の対象になったと推測できるのはこれくらいだ。もちろん、日頃の言動や服装の乱れなどの細かな身だしなみも減点項目にしっかりと含まれている可能性は高いだろう。

 

「私たち学校側はね、君たちのこれまでの態度を別にお説教したりはしないよ。

自己責任と言ったらちょっと厳しく聞こえるかもしれないけど、実際の社会は学校よりもっともっと甘くないんだから。集団としての責任、みんなもこの意味は十分に分かるよね~?

それにしても、Dクラスはまた凄まじい結果だねぇ……、こんなに酷いのは先生初めて見たかもっ」

 

確かに0cpは悲惨な結果だ。

いったいどれだけの遅刻や欠席を繰り返し、どれほど粗暴な態度を取っていればここまで落ちるのか。

 

「君たちの何人かは、もう薄々気が付いているのかな? この学校ではね、基本的に優秀な生徒から順番にAクラスから綺麗に振り分けられていくの。

勿論、このクラス分けに隠された本当の意味は教えられないけどね。

あ、竜崎くん。そんな厳しい目で睨まないでよ~? 先生だって本当は色々答えてあげたいんだけどさぁ」

 

「そうですか。なら話し掛けないでください」

 

「もう、相変わらずお堅いね~」

 

先日、私は万が一を考えて担任の教師である彼女に質問をした。

クラス分けというものが明確な意図を持って行われているのか、そしてそれは何なのかと。

 

…ただ、結果は予想通り、のらりくらりと綺麗にはぐらかされただけだった。

 

そんな担任の教師は、私の様子になぜか楽しそうに笑みを浮かべていた。

もしかして彼女は被虐趣味の傾向でもあるのだろうか。

 

「みんなはとっても優秀で凄いから、こうしてこの学校に入学することができたんだよ。それは先生からも素直に褒めてあげましょう、パチパチパチー。

…ただね、ここで一つだけ残念なお知らせがあります。この学校が誇る圧倒的な進学率や就職率の高さには、実はちゃんと『訳アリ』の理由があるの。

それはね、無事に卒業するときに必ず『Aクラス』に在籍していることが絶対の条件なわけ!」

 

その爆弾発言に、教室の空気がわずかにざわめきだす。

高い進学率や就職率という甘い言葉に釣られてこの学校に入学してみれば、そこには強烈な裏のカラクリが存在していた。これは彼ら彼女らにとって、今後の学生生活を揺るがす一大事だろう。

 

「でーもー安心してね、この学校は自分の実力次第で、上のクラスへと這い上がることがちゃんとできるようになっているからね」

 

下剋上が認められている。だからこそこの学校は、単なるペーパーテストの点数だけでなく、その人間の総合的な「実力」を多角的に評価しているのだ。

今の評価に満足していると下から足元を掬われる。成程、非常に興味深いシステムだ。

 

「実力至上主義、それがこの学校の全て。もし君たちがAクラスのcpを超してたらAクラスになれてたんだけどね~、惜しかったね?」

 

そんな容赦ない教師の言葉を聞いても、多くの生徒たちはそこまで深く落ち込んではいなかった。

自分たちが思い描いていた現実とは少し違っていたが、要するにこれから上を目指して這い上がればいいだけの話なのだ。

ここで諦めるにはまだ早い、そう前向きに捉えている生徒が多いらしい。

 

「じゃ次にこれを見て欲しいな」

 

もう一つ持ってきていた大きな紙を広げ、ホワイトボードに張り付けた。そこに載っていたのは先日行ったテストの成績。高い点数順に上から名前が記載されている。

私は当然、100点だった。

それ以外の生徒もそれに及ばないにしろ高い点数を取っている。

 

「今回のテスト、みんな本当にお疲れ様。だけどね、今回のテストでそれなりに高い点数が取れたからって、安心してそこで気を抜いちゃダメだよ? 三週間後に行われる中間テストとか、あるいはこれからの別のテストで、もしも一科目でも『赤点』を取っちゃったりしたら……残念だけど、退学になっちゃうの」

 

テストで赤点を取れば、即退学。

一般的な高校であれば、赤点を取ったとしても補講や追試といった温情ある救済措置が用意されているものだが、この学校のルールにそんな甘えは一切ないらしい。

 

しかし、回避する方法はあるのかもしれない。

この一か月間を過ごしてきたことで、この学校が口にする『実力』という言葉の裏には、状況に応じた機転や思考力も含まれていると私は踏んでいる。

 

ただ、現時点でそれを最優先で解決する必要性は低いだろう。

このクラスに赤点を取りそうな生徒は現段階の学力を維持するならば居ないと予想しているからだ。

 

「退学って言葉は冗談じゃないよ~。だから疑うような眼を向けてる子たちは上級生に聞いてみるのもいいかもね。でも先生泣いちゃうなー、生徒たちがちっとも信用してくれないーって。じゃあ質問はもう無いかな?今日のHRはこれで終わりね」

 

話を終えると、担任の教師は教室を出て行った。

残されたクラスの生徒たちは、これからの方針についてさっそく話し合いを始めるらしい。

一限目の授業が始まる前のほんのわずかな時間だが、作戦会議に活用することは合理的だった。

 

 

***

 

 

今日のすべての授業が終わり、放課後の時間が訪れた。

だからこそ私は目的である堀北学を探すため、席を立って教室の出口へ向かおうとした。

 

──その時、背後から声をかけられた。

 

「竜崎くん、今いいかな?ちょっと聞きたい事があるんだけど、時間を貰っても大丈夫かな?」

 

振り返ると、そこには一之瀬帆波が立っていた。

クラス全体をまとめ上げる立場にある彼女は、クラスメイトそれぞれの特徴を把握している。

だからこそ、現状を客観的に見ている私に助言を求めるのが得策だと判断したのだろう。

 

「この後予定があります。端的に質問内容を言ってください」

 

「え!?ちょっと待ってね、今考えるよ…」

 

『退学』という二文字に対して、彼女はどうしようもないほどの嫌悪感を抱いているらしい。

クラスメイト一人ひとりを大切に想っているからこそ、誰一人として欠けてほしくない。

だからこそ、全員を救済するための具体的な方法を、必死に探しているのだろう。

 

「質問じゃないんだけど、私はこのクラスに退学者が出て欲しくないんだ」

 

「そうですね。どんな人間にも救われる権利はある筈ですから」

 

「うん、私もそう思う。だからさ、手を貸してほしいんだ。みんなで勉強会を開いて、この先の試験を全員で一緒に乗り越えたいの!」

 

それくらいの要求であれば、私にとって特に実害はない。

私が自ら進んで主体的に勉強会をする事はないだろうが、彼女が面倒な雑務や取りまとめのすべてを引き受けてくれるのなら、私の負担などたかが知れていた。

 

「理解しました。勉強会の日程や詳細が決まり次第、私に連絡してください。問題なければ手伝いましょう」

 

「本当!? ありがとう、詳細が決まったらすぐに連絡するね!」

 

「そうですか。……あぁ、念のため助言だけはしておきます」

 

私の言葉に、彼女は首を傾げた。

 

「ん? なにかな、竜崎君」

 

「予想ですが、退学者を救済する方法は、勉強会を開くだけが全てではありませんよ。では、私はこれで失礼します」

 

一刻も早く堀北学のところへ向かい、一か月前の答え合わせをしたかった私は、それ以上彼女の反応を待つことなく早々に会話を切り上げ、今度こそ教室の扉へと向かった。

 

「え、ちょっと──」

 

背後から焦るような彼女の声が聞こえたが、それを完全に無視して足早に教室をあとにするのだった。

 

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