ようこそ未知を探求する教室へ 作:フワンテ
一之瀬帆波の独白
私の名前は一之瀬帆波。春からこの高度育成高等学校に通う新入生だ。
この学校は高い進学率、就学率を誇る学校。こんなすごい学校に私は合格する事ができた。
こんな凄い学校を選んだ理由は単純で、自分を変えるためだ。私は裕福じゃない、母子家庭で日々の生活でさえ切り詰めなきゃいけない。だからそんな心労の多い妹と母を、家族を私は支えたかった。この学校を卒業して、給料の高い企業に就職して家族を支える。
それが私の目標。
(…っと、色々考えちゃったけど今日は入学式の日だ。未来の事について考えすぎるもきりがないよね)
ふわふわと考え込んでいた自分を律して気持ちを入れ直す。
そうやって思考しつつ歩いていると丁度目の前で転んでいる人を見かけた。
「あ、大丈夫!?怪我はしてないよね?」
そうやっていつも通り人の手助けをする。もう考える間の無く身体が勝手に動く。それが私で、ずっと変わらない日々。私みたいに人助けをする人は居るには居るけど多くは無い、 だからこそ私が助けるんだ。幸いにも怪我はしてないらしく、目の前の子は私に心配しないでって言葉とごめんなさいって謝罪を何度も繰り返す。
「迷惑じゃないからそんなに謝らないで。困ったときはお互い様だよ!」
その言葉はこの子にとっては安心できる内容だったらしい。私に頭を下げて、ありがとうとお礼を言いながら小走りで校舎に向かっていった。今さっき転んだばっかりなのにまた転びそうな危うい様子で心配な気持ちになりつつも、近くの時計を見ると入学式までの時間が迫っている事に気が付いた。
「早歩きで行かないと間に合わなそうかな」
私は一度気持ちを入れ直すためにぐっと身体を伸ばして、クラス分けが貼られた掲示板へ向かおうとする。
「すみません、貴女は青春を知っていますか」
── そんな時、背後から声がした。
ぱっと後ろを振り向くと青年が居た。猫背なのに私よりも高い身長、癖のある黒髪からの間から覗いている三白眼、その下にあるクマ。不健康そうなその容姿に私は少し心配してしまった。
(寝てないのかな?それに痩せすぎだよね、ご飯食べてるのかなぁ)
また人の心配してしまった。今日二度目の心配に私は心の中で苦笑しつつも目の前の人に話しかけられたことを思いだした。
「えっと君は」
「私は竜崎正、それで返答を貰えますか」
「えっと…青春についてだよね?」
その質問に少し呆けつつもすぐに正気に戻り、返答を考える。「青春」、私にとってその言葉は少し喉元に引っ掛かる想いがあった。中学生活は罪悪感、負い目を感じる最後になってしまった。でもそれを感じる前のまだ幸せな頃の私ならこう答えたんだろう、そう思いながら答えた。
「そうだなぁ…、いつもと変わらない日常かな」
中学三年生の夏、私は間違いを犯した。たった一つの間違いで私の心は今も曇っている。可愛い妹が欲しがっていた誕生日プレゼント、それがどうしても欲しかったが為にしてしまった行為が私に重くのしかかっている。あの時の判断は間違ってたのかなって思いと、でも妹の笑顔を見れたから後悔はないって思いがせめぎ合ってる。
過去は変わらないけど今は変えれる。だから変えるための努力は忘れていないつもり。でも考えてしまう、もしあの間違いをしなかったら今の私はどうなってたんだろう…って。
「いつも通りの生活、ずっと続けてきた部活動。ありふれてるし学生の今なら当たり前の毎日。でもなんだか充足感がある、そんな日々を繰り返し。私はこれが青春だと思うなっ」
当たり前を私はつまらないなんて思わない。幸せとは積み重ね、変わらない日常が私は好きなんだから。
「そうですか」
無表情だった表情を彼は柔らかなものに変えていった。そんな彼に私は少し惹かれつつも、入学式の時間も迫ってきているので急ぐことにした。
「ねぇ、一緒にクラス分け見に行こうよ。若しかしたら一緒のクラスかもしれないし、折角出来た縁だからね?」
それが私と彼の最初の出会い。
─
「やはりクラス分けには意図がありそうですね」
入学式の後のオリエンテーションが終わり、私は散策を開始しているところだった。
一年生のほぼすべての生徒は既に記憶している、それと他学年の生徒とを比較して仮説の信憑性を上げているのだ。
担任の教師が信頼に欠けるため確証を得たいといった目的もある。あの言動だ、幾つか出まかせを言っていても不思議ではない。
そう考えつつも各教室を覗き込みながら歩いている。そんな私の姿はさぞ浮いているのだろう。まだ残っていた生徒たちから幾らか視線を感じた。
異質である私の姿に物珍しさを覚えているのかもしれないな。
「お前は…?」
現在、私は三年生のフロアを歩いていた。
二年生では予想通りの情報しか出てこなかった。一年と同様にABが優等生、CDがそれ以外だ。この二つの差は私の学年と同じだった。しかしここからが本命だ。入学式に見かけたとある人物を探している。
「竜崎正です」
「…俺は堀北学だ」
堀北学
高度育成高等学校の三年A組に所属しており、生徒会長を務めている人物。
歴代の生徒会長の中でも最高、知力や運動能力、人を見る眼を持つと言われていた。そして私が探していた目的の人物だ。
短く整えられた黒髪と私と同じ程度の身長、知性を隠し切れない眼。こちらを観察するよう怪訝な眼を向けていた。
「それで堀北さんは私に何か用があるのですか?」
「お前は一年生だろう。入学して早々上級生がいる階に来る意味とはなんだ」
「いえ、特に意味は在りませんよ」
「ふむ」
「ただ堀北さん、入学して早々とは何でしょうか?他学年に私のような新入生が来ること自体珍しいかもしれません。しかし貴方の言葉は訪れる時期に疑問があるみたいですね」
その言葉に目の前の人物は、少し面白そうな目を向けた。
彼の言葉は他学年に新入生が居るという珍しさよりも入学して直ぐに居る珍しさを問いている気がした。やはり新入生だけに隠されている情報があるらしい。毎年その疑問を聞くために新入生が他学年を尋ねるのが恒例になっているのか?と推測を立ててみる。
「いや言葉の綾だ」
嘘。
彼は今私に少し期待する気持ちを持った。この時期に気がつく事自体が珍しい、ならどこ まで理解しているのか興味があるといったところか。では私達が知らない情報というのは何かが知りたい。そう思い、探る為に鎌を掛けてみるとする。
「そうですか。そういえば私がここに目的を以て来たことを思い出しました。」
「随分と都合のいい思い出し方だな」
「いえ、優秀な貴方を前に緊張して忘れていただけです」
「白々しい嘘をつくな」
「本心ですよ。話を戻しますね、私が言う目的とは確認の為です」
「確認だと?」
「はい。評価によるクラスの分別、そしてその基準。優秀な貴方ならばこれだけで分かるのではないでしょうか?」
「…成程。俺には分からないな」
隠している、心当たりがあるようだ。彼がこの反応ならば、やはりクラスによって生徒の傾向が異なるようだ。なぜクラス毎に差を設けているのか現段階では分からないが、それも時間の問題だろう。
それに彼自身が期待以下の実力しかないことを疑っていたが、問題はなさそうだ。
なら、少し深堀りしてみるとするか。
「それで堀北さん、貴方はこの学校をどう思いますか?」
「どう、とは」
「他の高校と比較した際に思う事はありますか?学力だけが全てではない、この学校はそう考えていると思った事はありませんか」
「確かにそうかもしれんな。学力だけが人間の優劣を決めるわけでは無い」
「そうですね、人間を総評する際には多くの採点項目があります。その中の一項目を落とそうと他で補えば良いのは事実です」
肯定。
言葉だけならば、堀北学という人物の思想が私の質問を否定しなかっただけと受け取れる。
しかし彼は私の質問の真意を推し量っている。人とは嘘をつく際にもある程度本当の事を考えながら話すのだ。だから嘘をつく時は少し言葉が濁る。嘘を本当レベルまで染み込ませていればボロなど出る筈も無いが、それは珍しい。彼の言葉は嘘の匂いがしなかった。
やはりこの学校の評価は学力以外も見ているようだ。
「しかし、学校という施設は甘くはない。あまりにも目が余る者は弾かれる、つまり退学となる。では質問ですこの学校は退学となった場合どうなるのでしょうか」
「退学になるかどうかはそのしでかし次第だろう。そして退学となった場合だが担任の教師の指示に従い手荷物をまとめ──」
「堀北さん」
誤魔化そうとしていため、話を遮る。彼とコネクションを繋ぐことはメリットになり得る。私の実力を少しばかり披露する毎に益があると判断した。
それにだ。私の担任の教師は軽薄な言動で何を聞こうとものらりくらりと回避をする。だからこそ理知的な彼との繋がりは重要だ。
学力以外も評価するというのは正しさと同時に甘さもある。学力を捨ててもよいという免罪符になりかねない。だからこの学校はそれに対して措置を取る筈だ、それも重い何かを。その中でまず思いついたのは退学、他に考えるとすればポイント減少等のペナルティだ。思いついた中で最も重い処罰である退学、それによる影響を推測出来ればそれよりも軽いものは大まかでもどうとでもなる。
「もう貴方ならば分かっていますよね、この質問の意味が」
私は堀北学に目を合わせ、その奥に潜む性質に訴える。すると観念したように彼は目を伏せた。
「……あぁそうだな。お前を見誤っていたようだ」
「では教えてください、貴方が今考えていることを」
「確かに退学による影響はある。しかしその詳細は、今は教えられん」
“今”は。答えなかろうと、ポイントは来月に変動する。そしてその際にポイント制度への説明か何かがあるつまりポイントに影響があるということか。だからこその時限付き。そう仮定したが、念のため質問してみるべきか。
「成程、一か月後はどうなりますか」
「その時にまた俺を尋ねれば分かる事だ」
私は肯定としか取れない返答を聞いて、口角を上げこの場を去る事とした。
もうこの場所に居座る意味はない、堀北学との問答で他者に聞くべく事項は無いと判断した。
「では、一か月後に出直しますね」
入学式の日から約一か月が経った。
あれから他の場所及び周辺施設を見て回ったが無料と書かれた幾つもの商品を見つけることが出来た。最悪の場合はポイントが0になる、そんな想定が出来る情報だった。評価による査定は思った以上に響くのか、若しくは退学とはならないが落第レベルのやらかしをしてしまったのか。それも今日で分かる事だ。
そして私が所属するBクラス、これはAクラスも傾向としては類似しているが、このクラスは特に同族意識が強いと判断している。集団力に優れていると言え、それは桃色髪の少女、一之瀬帆波のお陰と言えよう。彼女を中心にこのクラスはまとまりを持っている。彼女は入学式の日以降、同学年は当然として他学年まで交流の手を伸ばしていた。その意図は仮定する事しか出来ないが、良い人という評価は変わることは無いだろう。彼女の行動は正にこのクラスに相応しい優等生の理想像そのままだった。
教室に入ると生徒たちは予想外にも騒いではいなかった。
「やっぱり言ってた通りだったね」
「うん、日々の態度を気付けておいて良かったね」
入学式の後日、私は一之瀬を含む複数人のクラスメイトに質問をされた。
ポイントの増減、そしてその要因の話だ。言わない選択肢を取ることも出来たが、日本の高等学校が集団意識というものを重要視していることを思いだしたため、素直に言う事にした。
私の仮説を聞いた後、すぐさま一之瀬帆波はクラスに日々の生活態度を正す事を周知させた。自分の手柄にしても構わなかったのだが、彼女は私の顔を立てたのか私のお陰という事を強調していた。
「おっはよ~、Bクラスの皆今日も元気かな?」
思考の海に潜っていると、担任の教師が教室に入ってきた。HRのチャイムは5分程前に鳴っていたが、相変わらずこの教師は時間にルーズらしい。手には大きなポスターのような紙が抱えられていた。
「じゃあ皆お楽しみの結果発表の時間だよ!結構早くバレちゃったから予想以上にポイントが残ってたね~」
Aクラス 940cp
Bクラス 890cp
Cクラス 490cp
Dクラス 0cp
私のクラスはほぼ初日に仮説を周知させたため、ある程度の減少で済んだようだった。
しかしAクラスはそれよりも多く残っている。AクラスとBクラスの表面上の人間性に差は感じなかったが、AとBのクラス分けにも評価が関わっているらしい。
「まずcpっていうのはねクラスポイント、つまりこのクラスの評価によって変動するの。これが君たちの実力を量る数字にもなってるね」
クラス全体への評価、想像通りだ。個々人に評価を付ける事も考えてはいたが連帯責任を迫る社会では個別評価は考えづらかった。
「それぞれのクラスにはまず10万ppに値する1000cpが配られる。そして君たちが気を付けていた通り、日常の生活態度を評価基準にして減点方式でcpを決めたんだ~。だから君たちに支給された額は89000ppなの」
このクラスで欠席は2回、遅刻は複数回。私が見ている範囲で減少されと推測しているものはこれだ。言動や服装等の身だしなみも減点項目に該当する可能性も大いにある。これ以上は考えても意味が無い為、もう一度各クラスのcpを確認する。
「私たち学校側は君たちの態度を怒らない。自己責任って言ったら厳しいかもしれないけど、社会はそんなに甘くない。集団の責任、皆もこの意味は分かるよね~?それにしてもDクラスは酷い結果だね、こんなに酷いのは先生初めて見たかも!」
確かに0cpは悲惨な結果だ。どれだけの遅刻欠席、粗暴な態度を取っていたのだろうか。
いくら何でも異常な結果だ。実績ある学校にこれほどの結果を残す生徒たちを入れる意味を私はまだ計れていない。
「君たちの何人かはもう気が付いているのかな?この学校は優秀な生徒から順番にAクラスに振り分けられる。勿論この分け方の意味は教えられないよ、竜崎君ごめんね?先生秘密が多くって答えられないんだ~」
「そうですか。しかし先生の秘密では無いので答える事も可能だと思いますが」
「もう、相変わらずお堅いね~」
後日、私は万が一を考えて担任の教師である彼女に質問をした。クラス分けとは意図を持って行われているのか、それは何なのか。ただ、予想通りはぐらかされたが。
担任の教師は私が冗談を無視したのにも拘らず嬉しそうだ。被虐趣味なのだろうか、そんな荒唐無稽な仮説を立てるぐらいには嘘と冗談で塗り固められた彼女をめんどくさそうに見ていると教師は話を続けた。
「皆はとっても凄いから、この学校に入学出来たんだよ。先生が褒めてあげましょう、ぱちぱちぱちー。ただ残念なお知らせがあります。この学校の進学率、就職率の高さは訳アリなんだ。…それはね、卒業するときにAクラスに在籍している事が条件なの!」
クラスが少し騒めきだす。
進学率や就職率という甘い言葉に釣られて来てみると裏があった、これは彼ら彼女らにとって一大事だろう。
「でーもー安心してね、この学校は実力によっては上のクラスに上がれるよ」
下剋上が可能、だからこそこの学校は学力以外の項目でも生徒を評価しているのだろう。学力だけでなく、その人間の総合力を評価しているのだ。今の評価に満足していると下から足元を掬われる、成程興味深い。
「実力至上主義、それがこの学校の全て。もし君たちのクラスがAクラスのcpを超してたらAクラスになれてたんだけどね~、惜しかったね?」
そんな言葉にも多くの生徒は落ち込んではいなかった。思っていた事実とは異なっていた、ただ上へと目指せば問題ないのだ。諦めるにはまだ早い、そう考えているのだろう。
「じゃ次にこれを見て欲しいな」
もう一つ持ってきていた大きな紙を広げ、ホワイトボードに張り付けた。そこに載っていたのは先日行ったテストの成績。点数順に上から記載されている。
私は当然、100点だった。それ以外の生徒もそれに及ばないにしろ高い点数を取っている。
「今回のテスト、お疲れ様。このテストで高い点数を取ったからって安心しちゃだめだよ?三週間後にある中間テストとかそれ以外のテストで何か一科目でも赤点を取ったら、残念だけど退学になっちゃうの」
テストで赤点ならば即座に退学。一般的には赤点を取った際は補講などを行い救済措置を設けるがこの学校は問答無用らしい。そして予想した通り甘い学校ではないようだった。
しかし回避する方法はあるのかもしれない。一か月過ごす事でこの学校のいう実力とは機転思考力も含まれていると予想している。ただ優先順位は低いだろう。赤点を取りそうな生徒は現段階の学力を維持するならば居ないと予想している。
まぁ良い、それも堀北学に聞けば済む話だ。この後の予定は決まりだ。
「退学って言葉は冗談じゃないよ~。だから疑うような眼を向けてる子たちは上級生に聞いてみるのもいいかもね。でも先生泣いちゃうなー、生徒たちがちっとも信用してくれないーって。じゃあ質問はもう無いかな?今日のHRはこれで終わりね」
話を終えると、担任の教師は教室を出て行った。
クラスの生徒たちはこれからの方針を話し合うらしい。一限目が始まる前の僅かな時間だが有意義に使う事は合理的だった。
今日の全ての授業が終了し、私は行動を開始した。
用がある堀北学を探す為、教室から出ようとすると声を掛けられた。
「竜崎君、ちょっと話したい事があるんだけど大丈夫かな?」
一之瀬帆波、予想通り彼女は話しかけてきた。クラスを纏める彼女はクラスメイトの性格及び成績、思考等をある程度把握している。だから私に聞けば助言を貰えると思ったのだろう。
「この後予定があります。端的に質問内容を言ってください」
「え!?ちょっと待ってね、今考えるよ…」
退学という言葉に彼女は嫌悪感を持っているのだろう。彼女の人となりはこの一か月間で理解した。一人ひとりを大切に想っているからこそ欠けて欲しくない。それ故に救済する事を考えている。
「質問じゃないんだけど、私はこのクラスに退学者が出て欲しくないんだ」
「そうですね。どんな人間にも救われる権利はある筈ですから」
「うん、私もそう思う。だからさ手を貸してほしいんだ、勉強会を開いて皆で試験を乗り越えたいの」
それぐらいならば問題はない。私が主体となって行う事はないだろうが彼女が全て取り仕切るだろう。ならば私への負担はたかが知れている。
「理解しました。予定が決まり次第連絡してください、問題なければ手伝いましょう」
「ありがとう、決まり次第すぐに言うね!」
「そうですか、あぁ念のため助言しておきます」
「ん?なにかな」
「退学者を救済する方法は他にもありますよ、では私は行きますね」
早く答え合わせをしたかった私は、早々に会話を切り上げ今度こそ教室を出た。
「え、ちょっと──」
背後から聞こえた声は無視して。