Aクラス(竜崎)…1354cp→1304cp
Bクラス(葛城)…1024cp→974cp
Cクラス(堀北)…275cp→375cp
Dクラス(龍園)…492cp→292cp
体育祭も終わり、生徒達も段々と落ち着いてきた季節。
秋になったからか気温は下がり、肌寒さからか厚着をする生徒も増えてきた。
今は次期の生徒会を担うメンバーを決める総選挙が行われている。
新旧生徒会の交代式、そんな全校生徒を集める大々的なイベントだからか体育館には多くの生徒の姿が見えた。
「それでは、堀北生徒会長より最後の言葉を賜りたいと思います」
司会の言葉と共に堀北学がゆっくりステージに用意されたマイクへと歩みを進めた。
彼のその堂々とした態度に生徒の多くは畏怖と尊敬の視線を向けた。
「約2年、生徒会を率いてこられたことを誇りに思います。ありがとうございました」
しかし感動的な文言は一切なかった。実に彼らしい挨拶だった。
短く礼をし、すっと後ろに戻る。
その際に一瞬、1人の人間の姿を確認した気がしたが、大半の生徒は気が付かなかった。
しかしそれだけで引退セレモニーは終わりではない。
入れ替わるように新しく生徒会長となる人物が前へと進み、舞台へ姿を見せた。
その姿を温かく見守る生徒会メンバーの中には1年生一之瀬の姿もあった。
「2年Aクラスの南雲です。堀北生徒会長、本日まで厳しく温かいご指導のほど、誠にありがとうございます」
そう言い堀北学の方へ深く頭を下げた。それから彼は正面を向き直した。
礼儀正しい態度を見せていた彼は、そのまま新生徒会長として挨拶と主な公約を話すのだろう。
そう誰もが予想していた中で、彼はその堅い空気を変えるように小さく笑った。
「──そこで、全校生徒に伝えたいことがあります」
講堂を包んでいた静寂はスピーカーから響いた一言によって、一瞬にして砕け散った。
壇上に立つ南雲の笑みは、いつもの爽やかなそれではなかった。
どこか冷ややかで、獲物を狙う猛禽類のような光を帯びていた。
彼は手元のマイクに軽く視線を落とすと、生徒が座る場所の最前列。
周囲の生徒たちとは異なる、明らかに異質な姿勢で椅子に座り込んでいる『あの男』へと、まっすぐに視線を向けた。
「…竜崎、前に来い」
ざわめきが広がる。
南雲の突然の名指しに何人もの生徒が首を傾げた。予定に無かったのか教師も何人かは慌てて動き始めている。
だが、南雲はそんな周囲の様子に構わず、言葉を続けた。
「お前は俺にも堀北先輩にも勝った。だから約束を果たしてやるよ」
その視線の先。
両膝を抱え込むようにして座っていたその男は、周囲からの視線が一斉に集中するなかでも、微動だにしなかった。欠伸をして眠そうに夢の世界に旅立ちかけていた。
隣の生徒が竜崎の肩を軽く揺らす事で初めて事態を把握したようだ。再び欠伸をしてぐっと足を延ばした。
「あぁ、やっと私の番ですか?」
竜崎は事態を認識するとぐっと重い腰を上げた。
そのまま壇上へとゆっくり、猫背のまま向かって行く。
壇上へ繋がる階段を上がってる最中、堀北学から鋭い目線が向けられるが竜崎はそれに軽く会釈を返すだけで終わらせた。
そして熱っぽい視線と笑みを向けてくる南雲からマイクを受け取ると、竜崎は話を始めた。
「どうも皆さん、1年の竜崎です。まぁ名前はどうでも良いので先に説明をしますね?」
竜崎は制服のポケットに入っていた紙を広げ摘まむように広げると話始める。
「隣に居る南雲さんとの約束を使って、公約に少し追加したいと思います。
私が提言するのは一つの制度です。これは南雲さんからも了承を得ているので、ほぼ確定だと思っておいてください」
個人スポンサー制度
・本制度は、生徒個人が保有するプライベートポイントを用い、他の生徒に対して個別の出資(スポンサー契約)を行うことを正式に認めるものである。
・生徒個人が保有するプライベートポイントを用い、任意の生徒に対して事前の合意なしに単独で出資を行うことができる。
出資が実行された場合、指定した出資額分のプライベートポイントが毎月の初めに自身の所持ポイントから自動で減算され、被スポンサーの所持ポイントへと加算される。
出資者は、毎月十日および二十日に、学校側から出資額に応じた一定の配当金を受け取る。なお、被スポンサーが配当金を自己の所持ポイントから用意・負担する必要はない。
・出資はいつでも任意に停止することが可能である。ただし、すでにその月の月初に被スポンサーへ振り込まれたプライベートポイントについて、出資者への返還は一切行われない。
・配当金の具体的な倍率については現時点で未定とし、来年度の制度解禁までに正式決定される。
個人価値市場(マーケット)の創設について
来年度より、専用の学内アプリケーション「Over All Ability(以下、OAA)」をアップデートし、全生徒の個人評価をリアルタイムで公開する「個人価値市場(マーケット)」を創設する。
OAAでは、各生徒の「学力評価」「身体能力」、および「過去の特別試験等における多面的な貢献度
算定された個人の総合評価およびレートは、24時間リアルタイムで変動し、アプリを通じて全生徒に常時公開される。
また、被スポンサーの選定および出資額の申請については、すべて当該アプリ「OAA」上で行うものとする。
「これを来年度から追加します。これで分かりましたよね」
竜崎は用が終わったと持っていた紙を畳み始める。が、隣に居た南雲がそれに待ったをかけた。
「おいおい竜崎もっと簡単に説明してやれ。それじゃあ分かんない生徒も居るだろうからな」
竜崎は面倒くさそうに頭を掻いた後、再びマイクを口元に近づけた。
「これを要約するなら個人の能力評価制度が出来て、それが高ければ色んな人からポイントとが貰える。あと、それを実現するためのアプリを追加するって事ですね」
これで分かっただろうと南雲に視線を向けると、彼は軽く頷いて出番は終わりだと元の席を顎で示した。それが眼に入った竜崎は来た時よりも早い速度で元の場所へと戻っていく。
「はい。彼の説明でも言われていましたが、こんな感じの大革命を起こす事を約束します。実力のある生徒はとことん上に、ない生徒はとことん下に。この学校を真の実力主義にする予定なので、どうぞよろしくお願いします。」
その宣言に一瞬体育館は静まり返った。
…だが直後、二年生のほぼ全員が歓喜の悲鳴を上げた。
既にこのイレギュラーな公約は二年生の間では共有されていることの証明だった。そんな事実をこの場にいる大半の生徒が理解できていない。
──既に策略が既に張り巡らされているという事を。
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そんな一つのイベントが終わりを迎え数日が経った後。
Aクラス内は和気あいあいといた。
体育祭では三位だったものの竜崎が責め立てなかったため不満を持つ者は口を閉ざすしかなかった。気まずさと温和な空気が入り混じった混沌とした空間。
だからこそそんな空気を知らないと笑い飛ばしそうな、クラスの担任である星之宮先生が教室の扉を開けた時、生徒の何人かはほっとしたように息を吐いた。
「はーい、みんなおはようっ!!盛り上がってるとこ悪いけど結果発表の時間だよー」
彼女の姿が見えるなり、教室中の視点がそちらに向いた。
「あれ?みんな心配そうな顔してるね、特に白波ちゃんとか大丈夫?先生気になっちゃうなぁ」
「え。だ、大丈夫です!!」
「そっか~!なら知ってるとは思うけど、念のため今日が何の日か教えるね?今日は中間テストの結果発表日、もし赤点を取ったら即退学になっちゃうよ」
星之宮先生は生徒たち一人一人の目を見ていく。
一通り見終えると朗らかに微笑んだ。
重苦しい沈黙を破るように彼女は、教卓に置いたテスト結果のプリントを軽くポンと叩いた。
「そんな深刻そうな顔をしないで?結果から先に言うね。今回のテスト、赤点者は一人もいませんでしたー!!」
パチパチと拍手する星之宮先生。
その事実を認識するのに数秒の時が経った後、教室のあちこちから安堵の息が漏れどっと弛緩した空気が広がった。
「やった、全員残れたんだ……!」
生徒の誰かが一番に声を上げ、それに釣られるようにちらほらとお互いを褒め合う会話が見られるようになった。
クラスの男子たちも、ガッツポーズを作って互いの健闘を称え合っている。
Aクラスの全体的な学力は高すぎるわけでは無い。
だからこそ、この『全員生存』という結果は、生徒たちにとって何よりも大きかった。
そんなクラスの様子を見て、星之宮先生はどこか誇らしげな、それでいて優しい笑みを浮かべた。
「今回の結果は皆が本当によく頑張ったおかげだよ。教え合い、日々の学習を重ねた成果がしっかり数字に出てるね!!」
うんうんと頷きながらクラスがこの結果を噛みしめた。
そのまま余韻に浸らせてあげたいが、話すべきことがあるため星之宮先生はその空気を切り上げるために話を再開した。
「でも、気を抜いちゃダメだからね? 次回は今以上に過酷なものが予想されるんだから。今日のこの結果を自信にして、さらに結束を強めていってね?」
「はいっ!」
クラスを代表して、一之瀬がはっきりと返事をした。
その瞳には仲間たちを守るため、そしてこのクラス全員で上に進むため真っ直ぐで強い光が宿っていた。
「じゃあ結果が分かったところで点数を張り出すよ?悪かった人は次はもうちょっと頑張ってね~」
星之宮先生は手に持っていた紙を広げ、内容が見えるようにホワイトボードに張り出す。
テストの結果は点数の悪かったものから順に記載されている。
そして言葉通り、赤点を取った生徒は居なかった。
各生徒が自らの点数に一喜一憂している中、1人の生徒はつまらなそうに爪を噛んでいた。
「あ、竜崎くんはどうだった?」
その様子が視界に入っていたのか一之瀬は声を掛ける。
ニコニコと人を見惚れさせるような笑顔に竜崎は特に反応せず、返事をする。
「余裕でしたよ。いつも通りの満点です」
「わ、相変わらず凄いなぁ」
「そう言う一之瀬さんも普段よりは高い気がしますね」
「あはは、勉強会の効果かな?」
この中間テストに向けて勉強会を一之瀬が主体となって行っていた。だからこそ、このクラスで赤点に該当する人物がいないとも言える。
「そうですか、ならやった甲斐がありましたね」
「うん、竜崎くんもくれば良かったのに」
「私は人に教える気がないので無理ですよ」
「んー、じゃあ今度甘いお菓子あげるからお願い」
「……考えておきます」
「ふふっ、相変わらず分かりやすいね?」
一之瀬と竜崎が他愛もない話に花を咲かせているとパンパンと軽く手を叩く音がした。
「はい、皆ちゅーもく!!テストをしたばっかりで申し訳ないんだけど、来週に期末テストに向けて小テストを実施するよ。もう勉強を始めている人もいると思うけど、改めて伝えるね?」
「……あと、1週間。大変すぎるよ」
冬に近づくにつれ、勉強が苦手な生徒からすれば辛い時間となる。
学生では当たり前だがこの学校では赤点=退学の最悪のテストの嵐だ。特にこの学期はテスト同士の間隔も近い。
「でも安心してちょうだい。次の小テストの結果は成績には響きません!この小テストは今までの総復習で、皆がどれくらい身につけているかを確認するためのものだからね」
成績に影響しないことを聞いた生徒達の表情がパッと明るくなる。
相変わらず素直な子たちだなぁ、なんて思いながら星之宮先生はニッコリと微笑んだ。
「けど、何も小テストの結果が無意味な訳ではないよ〜? なぜなら、この小テストの結果は直にやってくる期末試験にものすごーく大きな影響を及ぼすの!」
小テストが成績には響かないが、期末試験に影響を及ぼす。
そんななぞなぞのような言葉に生徒の何人かは疑問を浮べた。
「まず前提として小テストは全100問の100点満点。でもその内容は中学三年生レベル、さっきも言ったけど成績には一切影響しない。これをよーく憶えといてね?」
指を一つ立てて星之宮先生は話を続ける。
「この小テストの結果を基に『クラス内の誰かと2人1組のペア』を作ることが決まってるよ」
「ペア……ですか? どういうことでしょうか、先生」
テストとは無縁の単語に一之瀬が疑問で返す。
「このペアで次の期末テストに挑んでもらうってことだよ~。8科目800点の期末テストをペアの合計点で乗り超えていく。それが今回の期末試験の内容だね」
生徒達から驚きの声が漏れる。
しかし、星之宮先生はパンパンと手を叩いてそれを制止させ説明を続けていく。
「ペアで挑むと言っても行うのは筆記試験!普段とやることは変わらないから安心してね~?」
これまでの話だけなら二人で受けるだけの試験というだけだ。そこまで焦る必要もない簡単な内容。だがこの学校がそれで終わるわけは無かった。
「ただし、取っちゃいけない赤点が2種類あるの。1つは今まで通りの全教科に定められてる最低ボーダーの60点。仮に1教科でも60点未満があれば2人とも退学しちゃう。この60点はペア二人の点数を足した合計点の事だね」
要はペアで合計60点を超えてさえいればいいだけの話。
生徒たちは驚きながらも納得した。星之宮先生はもう一つの赤点を説明し始める。
「もう一つはペアの総合点が学校側で用意されるボーダーを下回った時。 まだ今年のボーダーは決まってないけど、例年の必要総合点は700点前後になってるよ~」
700点、二人合わせて全16科目。その為1科目当たりの平均を算出すると43.75点が最低ライン。
仮に8科目全てが60点以上でも合計480点となり足りない。成績が優秀な生徒でもペア次第ではリスクがある試験だった。
「そして今回の期末テストで一番重要なこと! 赤点を取ったら、ペア両方が退学になっちゃいま~す。 ちなみに、今回の試験を欠席した場合は正当性があれば過去の試験から概算された見込み点が与えられるけど、ない場合はぜーんぶ0点扱い。
ペアを組む人はちゃーんと健康的な人を選ぶ方が良いかも?」
絶対に避けられない試験という事だろう、体調管理もまた実力のうちに加味されるものだ。
反論が特にないか星之宮先生は、生徒1人1人の表情を覗き込むようにしながら告げる。
「あ、でもこれは竜崎くんなら問題ないかな?全教科満点扱いだろうからね」
「では、休んでもいいですか?」
「それを良いって先生が言うわけないよね~?竜崎くんはいっつも意地悪だなぁ…」
竜崎の冗談に星之宮先生は嬉しそうにはにかんだ。相当に機嫌がいいらしい、鼻歌でもしそうなテンションだった。
竜崎にダル絡みするのは日常茶飯事だが今日は特に酷かった。
「2つ質問がある。ペアの決め方、そしてボーダーが不明確なのは何故なんですか?」
そんな空気を打ち壊すべく。神崎が疑問を口にする。
「ペアの決定方法は小テストの結果が出た後に教えるから今は待っててね。そしてボーダーが不明確な理由は、これから説明するもう一つの課題が関わってくるよ」
「結果が出た後……つまりは、小テストの点数がペア決めに関係しているという事か?」
「さぁ、それはどうだろうね?でも一つだけヒントをあげる。この特別試験…通称ペーパーシャッフルでは毎年1組か2組の退学者を出してるんだ。因みにその脱落の大半はDクラスだよ」
一之瀬はそれを聞き、手元のノートにメモを取っていく。
情報を整理するという目的もあるが、後で話し合いをする際に段取りを良くするために必要な作業だった。
「じゃあ、用意されたもう1つの課題について説明するね。今回の期末テストは各クラスが期末テストで出題される問題を作成してもらうよ。勿論作ってはいおしまいじゃない。この作成した問題は他クラスの期末テストとして解かれることになるからね」
星之宮先生はふっと微笑み、話を続ける。
「つまり今回は他クラスを『攻撃』する試験って事だね。迎え撃つクラスは『防衛』する形になるよ。 例えばAクラスとCクラスが競い合うとする。 AクラスはCクラスの作成した問題を解き、CクラスはAクラスの作成した問題を解く。その2クラスの総合点を比べて、点数が高い方が勝利って感じかな」
ただのペア試験ではないとは想定していたが、やはりこの学校は一筋縄ではいかない。 これなら特別試験と言える難易度と評せるだろう。
「そしてポイント変動もあるよ。総合点が勝ったクラスに50クラスポイント、負けたクラスにマイナス50クラスポイントだね」
今回は体育祭と違って勝ちに旨味がある。全ての試験が負けない為に頑張る訳ではないと証明された。
「因みに直接対決になったら、一度に100クラスポイントの変動が起きるよ」
つまり要約するなら─
学校が用意する赤点のラインである各教科60点以上を維持しつつ、ボーダーラインを超える。 更に、クラス全体の総合点で相手クラスの総合点を上回る必要があるという事だろう。
「質問が来ると思うから先に答えておくね。この試験で生徒が作った問題は私たち教師が厳正かつ公平にチェックする。だから指導領域を超えたり、明らかに高難易度の問題は修正されることになるから注意してね?」
確かに滅茶苦茶な引っ掛けや学習していない問題を出されればお手上げだろう。
妥当な話で反論は起きなかった。
「万が一問題と解答を作れなかったらどうするんですか、先生?」
生徒の1人が手を挙げて尋ねる。
「その時は学校側が救済処置として用意した問題にクラスの問題が差し替えられるよ。 ただ、差し替えられた問題はとっても簡単だから注意してね」
問題を作れなかったら実質負け、単純明快だった。
「問題を作るとき、クラス内で決めても他クラスや他学年を頼っても大丈夫だよ。あとインターネットでも良いね。つまる学校側が容認できれば簡単でも難しくても内容は問わないって事だよ」
まぁこのクラスなら必要は無さそうだけど、と呟きながら星之宮先生は竜崎の方へと目を向けた。
「皆も気になっている競い合うクラスはどこなのか?これは希望するクラスを生徒側が指名して報告するの。もし、希望したクラスが被ったらクジ引きをする。どのクラスを指名するかは来週する小テストの前日までだよ。それまでにじっくり考えておいてね」
学校側と向き合うはずのテストだが、今回は実質どこかのクラスと一対一で戦うらしい。
ペアの決め方、総合点。多くの疑問が絡み合う試験だった。
「以上で小テスト、期末テストの事前説明は終わり。じゃあ後は生徒の皆にお任せするね」
そう締めくくった星之宮先生は教室から出ていく。
この時間が最後の授業であるため、帰宅が出来るようになった。
しかし、このクラスにはそこまで協調性のない生徒は居ない。
どのクラスもそれぞれの色を持ってこの特別試験に挑んでくる。
「じゃあこの試験どうするか、考えようか?皆申し訳ないけど少し時間を貰うね」
だからこそ彼女は覚悟を決めていた。
クラスの目標である『全員生存』を維持したまま、この局面を乗り越えるために。
一之瀬帆波はクラスメイトへ明るく、だが強い意志を込めた笑みを見せた。
「竜崎くん、キミは今回の試験どうする気?」
その笑顔のまま後ろを振り向く。自分の考えもあるが、まずはこのクラスの頭脳に話を聞くことが先決だからだ。
だからこそ窓際で外を眺めている男、その人物へ声を掛けた。
「竜崎くん、呼ばれてるよ?」
「あぁすいません。少し考え事をしていました」
椅子の上で軽く伸びをして竜崎はクラスの面々へと身体の向きを変えた。
「んん、竜崎くん。私の質問は聞いていたかな?」
「はい、そして策もある程度立てています」
竜崎は問いかけに対し、即座に反応した。
上の空に見えたのは単純に話を聞いていないのではなく、星之宮という嵐が過ぎ去るのを待っていただけだったからだ。
「それは本当?」
「取り敢えず推測段階の部分があるので決定事項だけ簡潔に言います」
竜崎は机の上に置いた紙へ持っていたペンの先を置いた。
「──私たちはBクラス、彼らに勝負を挑みます」
いつも通りの無表情で、声色の抑揚無くそう話した。
──
中間テストが返却され、放課後を迎える元Cクラス。
放課後の予定を決め合う生徒達の楽し気な声が聞こえるはずの時間にもかかわらず、重い空気が教室を満たしていた。
…その原因は教壇に腰を掛けている一人の男のせいだろう。
彼は値踏みをするような目で、クラスメイトを見下ろしている。教室の隅に座る者たちは息を潜め、私語はおろか、動くことさえも許されないような重圧がフロア全体を支配していた
「おい、ひより。お前が考えた考察を語れ」
龍園の低く這うような声が、静まり返った教室に冷たく響く。
椎名はそれをあらかじめ知らされていたのか、読んでいた本を机に置き席から立った。
彼女の足音だけがやけに鮮明に室内に響き渡り、視線が自然と彼女へと集中する。
「はい。えっとですね、私が言いたいのは皆さんの中に裏切り者が居るって話なんです」
クラスに裏切り者がいる。その爆弾発言に、生徒たちの間でわずかな動揺のざわめきが走ったが、すぐに押し殺されたように静まり返った。
「黙れ、ひよりが話してる途中だろうが」
龍園が鋭い眼光を走らせると、クラスの空気が一段と凍りついたようにピクリとも動かなくなる。
「でだ。何故そんな話を思いついた?」
「最近行われた体育祭で、少し確信したんです」
「皆さんも気が付いていたと思います。私たちのクラスはAクラスには負けても他クラスに身体能力で劣っている筈がない、と」
「クク。竜崎には負けても妥当だと?」
明らかに龍園を馬鹿にしている言い草だった。現に龍園の取り巻きは椎名の言葉を止めようと動き始めていた。だが、龍園はそれを手で制して椎名に話の続きを促す。
「はい。彼のクラスは純粋な能力で言うのであれば頭一つ抜けています」
「だからこそ、彼奴のクラスが三位で俺らが最下位なのが可笑しいってわけか」
「そうですね。あ、因みにこれは竜崎くんから確認を取っているので事実ですよ」
その言葉に笑みを浮かべていた龍園の顔が止まった。
「…おい、ひより。何故俺にそれを報告しない?」
「龍園くんなら既に気が付いているというのが一つ、もう一つは彼との約束です」
「約束だ?」
「はい。私たちのクラスを嵌めた事を龍園くんに話さないって約束です」
体育祭の日。竜崎と話をした椎名はこの話をしていいかと確認をし、形だけの黙秘する約束を行った。
「クク。じゃあお前は躊躇いも無くそれを破ったってわけか?」
「そうなりますね。ただ、竜崎くんは私が破る事も想定している気がします」
「まぁ、そうだろうな」
竜崎は他クラスの人間が素直に口約束程度を守るとは思っていないだろう。
その認識を共有する龍園は素直にその事実を認めた。
ここまで長々と話をしていたが、何故椎名がこの場を仕切っているのかという疑問を解決していない事に気が付いた龍園は今一度質問をする。
「まぁ此奴らも気になってるだろうから代表して俺が聞いてやるよ」
「なんでしょうか?」
「ひより、なんで今更お前が出しゃばって来てる?お前は本でも読んで引き籠るのがお似合いの女だろ」
「そうですね、いつもの私ならばしない行動だと思います」
普段の椎名は自分の席でミステリー小説を読んでいるだけの普通の文学少女だった。争いを好まず、龍園の暴力行為も黙認していた。
「私も少し推理ゲームに加わってみたかった、それだけでは駄目ですか?」
「…お前らしい考えだな。まぁ良い、お前がやる気になるのは良い事だ」
独り言のようで、誰かに聞かせるような演説にも聞こえる言葉。
龍園は薄気味悪い笑みを浮かべ、面白そうに椎名の顔を覗き込んでいる。
「じゃあ話を戻す。体育祭で竜崎が俺に仕掛けた策はなんだ」
そう、このクラスの誰もが気になっている事。それは体育祭で何を竜崎が行ったのかだ。
「竜崎くんはまず龍園君に自クラスの参加表を渡す事をしました」
「あぁ。参加表は貰ったな」
「それを見た龍園君はどうするか、それを利用したんだと思います」
「…どういうことだ?」
龍園翔という人間の性質。それを竜崎が利用した。その訳を薄々察しながらも龍園は念のため確かめる意図で質問をした。
「竜崎くんはこれまでの特別試験で勝ちに拘る姿勢を見せた。なら、今回の体育祭もそうだろう、そういう心理を利用したんです」
「クク。確かに俺は竜崎の裏を読もうとしたな。俺が持っていた参加表は組み合わせが適当で勝つ気なんて欠片もない雑魚の順番だった」
生徒が望んだ種目に身体能力を考慮せず当て嵌める。体育祭を捨てているとしか言えない参加表に裏があると勘ぐるのは致し方のない話だった。
「龍園君はそれを見てこう思うはずです。無人島の時みたいに嵌める方法を用意していると」
「そうだな、だからこそ俺はAクラスの身体能力を優れた奴が練習している種目をマークしてそれにこっちの雑魚を当てる作戦を実行した」
「ですが、それは間違い。今回はその参加表を鵜呑みにした方が勝つ勝負だった」
「だから、この結果になったと?」
竜崎は最初からこの体育祭で勝つ気なんて無かった。それは攻撃的なリーダーだけを嵌めるという目標で動いていたからに過ぎない。
だが、その理論と最初の言葉は繋がらない。何故裏切り者が居ると判断したのか、その理由についてはまだ話されていなかった。
「はい。そしてこれが何故私たちのクラスに裏切り者が居るという話になるのか?それは単純です」
「…単純だと?」
「この作戦は龍園君の元に参加表が届いているという確認、そしてそれを深読みしているという確認。二つの確認が必要です」
「それを報告するのが裏切り者の役目ってわけか」
「はい。仮にそれが出来なかった場合はある程度参加順を変えて調整する必要があった」
「つまり俺だけを狙った策、ってわけだ」
今各クラスはBクラスは葛城、Cクラスは堀北、Dクラスは龍園。その中で攻撃的な戦略を取るのは龍園のみ。だからこその狙打ちだった。
「仮にBクラスが葛城君じゃなかったら2人ですね」
「クク。アイツも運がいい。そのお蔭で落ちかけていた信頼は上がったわけだからな」
「はい。葛城君は龍園くんが渡した参加表をそのまま信じたんでしょう」
「成程な。
坂柳という生徒もBクラスでは派閥の長だが、今回は体育祭。身体の弱い彼女が出しゃばる訳にもいかず、葛城に全権を握らせていた。
「じゃあ改めて聞くぜ?裏切り者は名乗り出ろ」
黙りこむ教室。 無関係を装う者、視線を逸らし周りの顔色を窺う者。そんな彼らの様子を観察しつつ、龍園は腕を組んだ。
どんな身勝手だって実行できる。誰もが彼の暴力性を恐れ、息をすることすら忘れて身をこわばらせている。
そんな空気を打ち破ったのはマイペースな彼女だった。
ピリついた空気などどこ吹く風といった様子で、椎名はどこか楽しげに小さく手を挙げた。
「あ、一つ言い忘れてた事がありました」
場を支配していた龍園は、興が削がれたのかつまらなそうに声の主へ視線を向けた。
「…なんだ?」
「私たちのクラスはCクラスを狙いましょう」
「狙うのは好きにしろ。だが…、俺の話を遮るのはもう辞めろ。いくらお前でも容赦しねぇぞ」
「分かりました。じゃあ話が終わるまで読書でもしてますね」
その行動に瞼をヒクつかせながらも龍園は息を吐いた。度重なる失敗によりDクラスまで落ちてしまった。その責任を取り彼はクラスの王を降りた。
そして今、このクラスを主導するのは椎名である。だからこそ龍園は強く反論をしなかった。
「……」
その一連の流れすらもクラスの面々からすれば地獄だった。龍園が何をするのか、それがまだ分からない為だ。裏切り者を探し当てるために暴力を振るい始める可能性を拭えなかった。
そして長い待機時間がようやく終わる。
龍園は教室を支配していた沈黙を切り裂くように、足で教壇の木肌を軽く蹴り飛ばした。
「バーカ」
…乾いた音と同時に、貶す言葉が教室に響き渡る。
龍園はその言葉に呆けるクラスの顔を面白そうに鼻で笑うと、ダラリと組んでいた足を解いてゆっくりと立ち上がった。
彼の放つ威圧感に、最前列の生徒たちが思わずビクリと身を縮こまらせる。
「……龍園どういう事?」
クラスの空気を察した伊吹が、わずかに眉をひそめて声を漏らす。だが、龍園は彼女を一瞥すらせず、ただ不敵な笑みを深めたまま教壇から飛び降りた。
「おい、勘違いすんじゃねぇ。今日ここで裏切り者を暴く気なんて最初からねぇよ」
「……は?」
思わずといった様子で伊吹から間抜けな声が漏れる。
クラス全体が、混乱の色を濃くして龍園の顔を見つめた。 彼は壇上をゆっくりと歩きながら、退屈そうに首を鳴らす。
「いいか、よく聞け。俺たちのクラスに裏切り者がいる、それは事実だ。だがな、ここでそいつの首を刎ねたところで、今の俺たちに何の得がある?」
「ですが、龍園さん!放っておけばまた足を掬われますよッ」
誰かが恐怖を押し殺すように声を張り上げた。
しかし、龍園は冷ややかな視線を一瞥くれただけで、鼻でせせら笑う。
「足をすくわれる? クク、上等じゃねぇか。このクラスにいる雑魚がどんな手を使うのか、この目で確かめてやるよ。それに……」
龍園は足を止めると、窓の外、夕暮れに染まりつつある中庭へと視線を投げた。その瞳の奥には、裏切り者への怒りではなく、新たな遊戯を見つけた子供のような残忍な光が宿っている。
「──泳がせておく方がよっぽど面白れぇ。尻尾を掴む瞬間が一番のスパイスだからな」
そう言い終えると、龍園は面倒臭そうに手をヒラヒラと振った。
きっとクラス中の生徒が疑っているはずだ、龍園が素直に引くなんて。そう考えている。
そして何よりも、このクラスに裏切り者が居るという状況。隣に居る人間がクラスを振りにしている、それが何よりも不安だった。
その空気を察した龍園は、心の中で
「今日のところはここまでだ。……それとだ、ひより」
窓際に座り相変わらず本から目を離さない少女に、龍園はニヤリと不敵な笑みを向ける。
「Cクラスを狙うって話だが、まぁ悪くねぇ。せいぜい足掻けよ」
龍園はそれ以上何も言わず、気だるげに教室の出口へと歩き出す。その後を、金田や山田といった取り巻きの生徒たちが慌てて追いかけていった。
ガタガタ、と。 龍園が去った後の教室で、ようやく生徒たちが息を吹き返すように椅子を引く音が響き始める。
しかし、クラスを満たす空気の重さは先ほどよりも一層濃くなっていた。
誰もが周りの顔を、どこか探るような目で盗み見ている。
──カサリ。
そんな疑心暗鬼の状況を置き去りにするように、椎名は静かにページをめくった。
OAAになんか追加したら他学年に干渉できるだろって改変で未来への伏線。
活かせるのは2年生なんだけど、そこまで作者が生きてたら回収するね