ようこそ世界一の探偵がいる教室へ   作:叙述トリッピー

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page.3 在り方

 

堀北学の独白。

 

 

この学校は特殊だ。実力至上主義、冷徹なその考えを貫く学校。

しかし未来を支える人材を育成する、その目的に沿うような結果は出しているだろう。

俺の前の代も、今は日本に貢献する存在へとなっているはずだ。 そしてその実績に釣られて、多くの生徒が今年もこの学校へと入学した。

 

だからだろう、そんな学校には時折、異質な存在が紛れ込む。

 

──竜崎正。

入試の結果、国語、数学、英語、社会、理科、全ての教科で満点。

機転思考力も高く、面接の際はその能力を存分に発揮。

運動能力も部活には所属していなかったが存外に高い。

小・中学校では人とあまり関わらず、社会貢献性は低い。

 

総評すれば優秀ではあるが、Aクラスには足りない。

よってBクラスに配属する。

 

典型的な頭脳には優れ、社交性の低い天才型。

それが、書類の情報から推測した彼への認識だ。事実、入学式の際に彼を確認したがこの印象は変わらなかった。周囲の喧騒などどこ吹く風といった様子で、興味なさげに椅子に座っていただけだった。

 

…いや、座り方には癖があったな。

椅子の上で膝を抱え込むような姿勢で居るのは、とても目立っていた。現に周囲の生徒は彼の事を異質な者を見る眼で見ていた。

 

「お前は…」

 

だが、その評価は改めるべきだと思い直した。

彼は入学式の日に、既に他学年の階に来ていた。今日は入学式後のHRを含め、正午近くに終わる。だからこそ自由に散策するには丁度いいのは分かる。

去年も同じような行動をした生徒が居た。今は生徒会の副会長に座しているあの男も同様に、入学して早々に他学年を散策していた。

だからこそ俺は目の前にいる彼の姿に、思わず期待する気持ちを抱いてしまった。

 

「お前は一年生だろう。入学して早々、上級生がいる階に来る意味はなんだ」

 

そう話しかけ、彼がどこまでこの学校のカラクリに気づいているかを探ってみる。

すると俺が期待していた以上の、いや、それすらも超える情報を彼は既に得ているようだった。この時期には、新入生たちに実力を測る為に会えて規制されている幾つかの情報がある。

 

〇ポイントは何かしらの要因で毎月支給額が変動する。

〇クラス分けには学校側の意図が介在している。

〇試験が定期的に起こり、実力が足りないと判断されれば退学となる。

 

これらにもう彼は気が付いているようだった。

これだけでも相当な推察力だと思うが、彼はこの疑問だけでなく、もっと根源的な核心にも迫っていそうだった。

 

俺への質問は一見すると曖昧だったが、俺の能力と情報規制範囲の確認だろう。

ポイント関係について、4月時点では答える事が出来ない為、言葉を濁せばそれが肯定と同義になる。

そして、俺がその事を理解しておらず、ボロを出せば能力不足と判断し、用済みとして一瞬で興味を無くしていた事だろう。

 

…俺は落ち着きを持ち、どんな状況でも冷静な判断を下せる人物になれるように感情を意図的に抑制していた。

 

だが、今はまるで幼き子供の様に熱を帯び、興奮に塗り替えられていくのを抑えられなかった。

 

今の実力を得られたのは、たゆまぬ努力の賜物だ。

決して生まれた時より、持っているものではない。

そしてついには歴代の生徒会長の中でも最高──そう評されるほどの結果を、残せるほどの研鑽を積み重ねてきた。

 

し(・)か(・)し(・)目(・)の(・)前(・)の(・)彼(・)は(・)、(・)竜(・)崎(・)正(・)は(・)違(・)う(・)の(・)だ(・)ろ(・)う(・)。(・)

 

この努力を積み重ねてきた俺を、彼は軽く越していくのだろう。

書類上の情報だけで彼を判断し、取るに足らないと思考を止めた過去の自分を恥じた。

この学校に入ったばかりの俺ならば当然のように出来たこと。

3年の4月までAクラスとしてトップを走り続けている事実に、いつの間にか慢心が生じていたらしい。

 

だからこそ知りたい。もし彼が俺の立場ならどうするのかを。

 

竜崎は何でもする男だと理解している、そう思わせるだけの得体のしれない凄みが彼にはある。

勝つために手段を選ばない冷酷さを、俺は否定はしない。

だがそれでは、竜崎という男が煙のように捉えどころがなくなってしまう

俺は竜崎と同じ土俵で戦ってもらいたい。

 

その時、初めて竜崎という男が。

正真正銘の『生まれながらの天才』というものが分かる気がするからだ。

 

「こんにちは、堀北学さん」

 

「あぁ…、良く来たな」

 

俺は自身の怠慢を顧みる機会をくれた彼に、年甲斐もなく勝ちたいと思った。

そして学年の差という壁から、もう彼の活躍を間近で見る時間は少ししか残されていないのだと、言い知れない落胆を覚えてしまっていた。

 

この学校は俺が卒業した後、大きく変貌を遂げるだろう。

後輩である南雲雅は、俺とは対立的な思想を持ちながらもその才覚は凄まじい。

だからこそ、竜崎正という男ならば、その南雲が起こそうとする風すらも塗り替えてしまうかもしれないと感じてしまった。

 

 

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竜崎正の独白。

 

 

静かな場所。

私は退屈でありながらも、思考を邪魔する雑多なノイズのないこの空間を悪くないと思っている。

人類の娯楽の一つである読書の都。図書室に、私は居た。

本来は本を貸し借りし、読書の場として使用される空間には些か不相応な光景が見られた。

 

テスト期間。

学生にとって必ず訪れるイベントだが、この学校では一つの赤点で退学が決まってしまう特に重要な関門。

 

その為、普段利用する際とは明らかに違う、焦燥感を纏った顔ぶれが居た。

少し前に勉強の面倒を見る約束を一之瀬帆波としたので、私もBクラス面々に混ざり勉強会に参加していた。

 

あぁ、そう言えばあの日に堀北学と話したが、得られた収穫は少なかった。 生徒会への執拗な勧誘、そして退学の際に発生するペナルティだ。

前者は興味が湧かない為に断ったが、後者については少し面白い事を聞けた。

 

退(・)学(・)理(・)由(・)に(・)も(・)よ(・)る(・)が(・)、(・)基(・)本(・)的(・)に(・)ク(・)ラ(・)ス(・)ポ(・)イ(・)ン(・)ト(・)が(・)減(・)少(・)す(・)る(・)事(・)だ(・)。(・)

その減少幅は100~300cpらしい。

 

その際に『退学理由』という言葉に含みを感じたので、鎌を掛けてはみたが…

彼は「そのうち分かる」と言葉を濁した。

 

その意味に繋がりそうな情報は先週の水泳の授業で出た。体育教師が「ここで泳げるようになれば、必ず今後の役に立つ」と言っていたのだ。

この学校において必要とされる技能は、単なる授業の範疇ではなく、間違いなくポイントを賭けた大規模なイベントで求められるものだろう。

 

運動能力に関する特殊な試験が控えていると仮定すれば、その試験会場としては海若しくはプールが極めて濃厚に考えられる。確率は20%程度だが留意すべきだろう。

 

しかしそれよりも重要なのは、退学すればペナルティという規則だ。

仮に他クラスの生徒が退学すれば私のクラスは相対して卒業時にAクラスであるという条件を満たしやすくなる。

その具体的な方法についてはまだ仮説の段階だった。が、今まさに丁度良く答えに直結しそうな行動をしている生徒たちが居るのだ。

それの結果を見てからでも、決して遅くはないだろう。

 

「竜崎君、何か考え事?」

 

少女の澄んだ声に現実に引き戻され、私はわずかにまばたきをした。

 

「いえ、少し呆けていただけです」

 

「えー、嘘だよね?」

 

私の嘘を彼女は即座に見抜いた。私はその真意を探るべく質問を返す。

 

「…何故ですか」

 

「だって竜崎君が椅子の上で体育座りをしてる時って何かを考えてる時だよね?」

 

「まぁそうですね」

 

この座り方でないと、私の推理力が40%落ちるのだ。

これを癖と捉えて結びつけるのは間違いでは無い。

 

それに担任の教師は私のこの座り方を注意し、行儀が悪いと講釈を垂れていた。この座り方である理由を話したのだが、あの教師は聞く耳を持たなかった。

…やはりあの教師は駄目だ。必要以上に関わるのはやめよう、と苛立ちつつも心に誓い周囲の様子を見てみる。

 

「もー、なんでテストの範囲が変わるのよ!」

 

「それな。実力主義を掲げてるからって、やり方が少し横暴すぎだろ」

 

「みんな、文句ばかり言ってないで手を動かして?せっかくこうして勉強会を開いてるのに退学になっちゃったら笑い事じゃないよー?」

 

先日の放課後、突然のように言い渡された中間試験のテスト範囲変更の告知。

テストの数週間前という直前での変更は、客観的に見てもあまりに理不尽だ。

しかし、この学校の性質を考えれば、その理不尽な急変に対する適応力こそが試されているのだろう。

そう解釈するならば、学校側の意図としては非常に合理的でもあった。

 

だが、この段階で退学者を生み出すのは果たして合理的なのか。

まだ学校が始まって約一か月しか経っていないのだ。

4月と5月の2か月間をを合わせれば、学校側は生徒に対して少なくない額を払っている。それをこんな早い段階で切り捨てるのか?

確かに損は早く切れば切る程、益があるといった考え方もできる。

 

しかし、この学校ならばこう考えることも出来る──知恵を絞れば回避出来る余地を残していると。

例えば、体力自慢の人間が、学力が伴っていなくとも、持ち前の発想力や機転でどうにか退学の危機を切り抜ける必要があるとしたら?

もしそんな裏の隠しルートがあるのならば、この試験は一層面白みを増す。

 

「おい!!」

 

そんな思考の海に沈みかけていると、突然。

それまで一定の静けさを保っていたはずの図書室の空気を切り裂くような怒号が響き渡った。

眉をひそめながら音の発生源へと視線を向ける。

 

そして目に入ったのは不良のような染められた髪と体格に恵まれた男子生徒が、別の男子生徒の胸倉を片手で乱暴につかみ上げているものだった。

周囲には複数の生徒が固まっており、私の記憶の中と照らし合わせれば、胸倉を掴んでいる側はDクラス、そして被害を受けているのはCクラスの生徒だった。

 

Cクラスは執拗にDクラスに対してちょっかいを仕掛け続けている。

私の所属するBクラスも少しばかり被害を受けているが、Dクラスと比較すれば様子見レベル。

恐らく、この一連の攻撃の首謀者は、BよりもDの方が標的にし易いと踏んでいるのだろう。

 

彼らの行動目的を予想するならば、どこまでの暴力や嫌がらせであれば学校側の罰則の網に引っかからないのかという『実験』だろう。

仮にCクラスが先に手を出した喧嘩だとしても、証拠が残らなければ、学校側は果たしてどのように対処するのか。

 

そして何より、クラスポイントが0であるDクラスから仮に退学者が出た場合、クラスのポイントは0のまま固定されるのか。

それとも借金のようにマイナスまで落ち込むのか。

私自身もクラスに捨て石が居るのならば、間違いなく似たような揺さぶりを行っていただろう。

 

ただ、問題なのは実行している生徒の質だろう。

先に手を出した側を周囲の人間が目撃し、証言すれば、少なくない被害をCクラスも受けるだろう。

その程度も読めない思考ならば、この抗争の結果は見るまでも無いだろう。

 

「一之瀬さん」

 

「…うん、分かってる。仲裁してくるよ」

 

「ならいいです」

 

こういう場面では、彼女のような人間を前面に出すのが最も丸く収まる。

私が下手に出ても、余計に話がこじれるだけで単純につまらない。

私が名前を呼べば一之瀬帆波は迷うことなく席を立ち、騒動の原因へと向かって行った。

 

もし仮に、無理に仲裁しようとして赤髪の生徒が彼女にまで危害を加えたりしようものなら、これは一気にBクラスを交えた大規模な抗争へと発展する。

そうなれば、他クラスに退学者を作り出すための足掛かりになると期待したのだが、彼は思った以上に冷静だったらしい。

…もっとも、彼はCクラスの策略に引っかかるのだろうが。

 

赤髪の生徒は歩み寄ってきた一之瀬帆波の姿を見ると、興が削がれたのか拳を下げ、胸倉を掴んでいた手を乱暴に離した。

 

「ねぇ君たち、何があったのかな?」

 

「お前は…、たしかBクラスの……」

 

「うん、Bクラスの一之瀬帆波。宜しくね?それで何があったのか私にも教えてほしいなー」

 

自分たちの旗色が悪くなっていることを察知したのか、Cクラスの生徒たちは目を泳がせながら、慌てたように見え透いた言い訳を並べ始めた。

 

あるいは、一之瀬帆波が持つ、『人の警戒心を無くす笑顔』にすっかり気圧されたのか。

どちらでも構わないが、とりあえず目の前の問題はこれで平和的に解決に向かいそうだった。

 

「ただの悪ノリが行き過ぎただけだ。なぁ、お前らもそうだろ?」

 

「あぁ!そうだ、少し苛ついちまったんだ。もうすぐ大事なテストが控えてるっていうのに、いつまでもヘラヘラと大声でうるせぇ馬鹿なDクラスの連中に腹が立ったからな」

 

確かにDクラスの話し声は、声量を注意するべき図書室にしては悪目立ちしていた。

これは彼らが仕掛けるにあたってこれ以上ないほど都合の良い口実になったに違いない。

 

だからこそ、周囲の他の生徒たちも彼らを完全に咎めることはできない。

Cクラス以外にも、同様にDクラスの態度に不快感を示していた者は少なからず存在していたのだから。

 

「そうなんだぁ、分かった。でも気を付けてね?もし問題が起きちゃったら大変だよ」

 

「…すまん、悪かったな」

 

「んー、謝罪なら、私じゃなくてそこの彼にするべきじゃないかな?」

 

「…行くぞ、お前ら」

 

その言葉を最後に、Cクラスのグループは気まずそうにその場から立ち上がり、お世辞にも誠意がこもっているとは言えない投げやりな謝罪をする。

そして、自分たちの勉強道具を乱暴に鞄に放り込んで、図書室の出口へと足早に去っていった。

 

「君もCクラスの挑発に乗っちゃダメ!相手の思うつぼだよ」

 

「…あぁ、気を付ける」

 

赤髪の生徒は、一之瀬帆波の諭すような真っ直ぐな言葉に気まずそうに顔を歪めつつも、意外と素直にその言葉を受け入れていた。

そんな彼女の鮮やかな手際を目の当たりにして、近くの席に座っていた一人の女子生徒が明るい声を上げて近づいてきた。

 

「ありがとうね、一之瀬ちゃん!」

 

「いいんだよ、櫛田ちゃん。この前お世話になったからね~」

 

「ううん、それでも本当に助かったよ」

 

「そっか!あ、じゃあ、せっかくの良い機会だし、約束した通り竜崎くんを紹介するよ?」

 

「本当?ありがとう、ぜひお願いしたいなっ」

 

──櫛田桔梗。

男女両方からの絶大な人気を誇り、この学校にいる全ての人間と友人同士になることを自らの目標に掲げているらしい特異な人物。

クラスという枠組みの囚われず、他クラスの生徒は勿論のこと、上級生にまで幅広く交流を行う、まさにアイドル的な存在だった。

一之瀬帆波はそんな彼女を連れて、私の座っている席へやってきた。

 

「はじめまして!私は櫛田桔梗。噂はからかねがね聞いてるよ!」

 

「あぁ、どうも。よろしくお願いしますね」

 

「あのね、私は学校中の皆とお友達になる事を目標にしてるの!だから、仲良しの証として、まずはお互いの連絡先を交換して欲しいなっ」

 

「そうですか、その要望自体は了承します」

 

「え?何かな。言いたい事があるの?」

 

「はい。貴女は嘘がとてもお上手なんですね」

 

「…え、何のことかな?」

 

「誤魔化すのであれば私はそれでも構いませんよ。ただ正直、不快感があるのに演技を続けている事は素直に感心しました」

 

「…あはは、竜崎君も冗談を言うんだねっ!」

 

「いえ、冗談では無く本心ですよ」

 

彼女に対して親切心のつもりで「これ以上無意味な演技はやめるべきだ」と助言を与えたつもりだったのだが、私の言葉を聞いた瞬間、彼女の口元の端がわずかに痙攣した。

しかし、それ以上の余計な追及をしてくることはなかった。

 

…何が何だか分からない。

演じる事で自らが楽しい等のポジティブな感情を得れるのであれば理解できる。

しかし彼女は嫌悪を前面に浮かべていた。表情や声のトーンこそ完璧に可愛らしい少女を演じきっているものの、その内面の精神世界はあまりに淀みすぎていた。

 

「あ!そういえば櫛田ちゃん、なんで須藤くんがあんなに怒っていたのか聞きたいかな!」

 

少し空気の悪くなった私と彼女の様子を見兼ねたのだろう。

一之瀬帆波がわざとらしく大きな声を張り上げて、強引にその場の話題を切り替えた。

 

「え!?それはね。私たちがやっていたテスト勉強の範囲が違うって言われて…」

 

「そうなの?ちょっと確認しても良いかな」

 

「うん、お願いするね、一之瀬ちゃん!」

 

そう言い、一之瀬帆波がテスト範囲をメモした手帳と櫛田桔梗の持っていたそれを比較していく。すると、彼女の表情はみるみると驚きにより崩れていった。

 

「えっ……ウソ、ホントに範囲が全然違うよ!ねぇ櫛田ちゃん、テスト範囲が変更されたって連絡、もしかして聞いてなかったの!?」

 

「え、そんなの、私聞いてな──」

 

「その話、本当かしら?」

 

会話の隙間に割って入るような形で、一人の女子生徒が私たちのテーブルへと近づいてきた。

今日は一体どうしてこうも、次から次へと他人が勝手なタイミングで会話に割り込んでくるのだろうか。私は内心でわずかに息を吐き出しながらも、目の前に現れた新たな人物を観察した。

長く艶やかな黒髪と見た目だけならば美しいと称される容姿。しかし、その整った外見も無愛想で攻撃的な言動と不機嫌そうな表情によって台無しだった。

 

彼女が、噂に聞いた堀北学の妹だろう。

まるで彼の行動や佇まいを浅はかに真似ただけの、ただの劣化コピーにしか見えなかった。

 

だが、それよりも気になる人間がいる。

黒髪の少女の数歩後ろに佇み、まるで一切の個性が感じられないほど特徴がなく地味な雰囲気の生徒。入学式の日にバスで会った男だった。

 

彼はこちらを興味深そうに観察している。

しかしその瞳の奥底には、隠しきれない警戒心と、それを大きく上回る期待感が複雑に入り混じった奇妙な色が宿っていた。

 

名前は確か…綾小路清隆。

彼は私に匹敵し得るほどの才能を秘めている可能性、60%。

この学校で、一之瀬帆波に次いで私になにかを感じさせた。

おまえは、不自然だった。そして、それに気づいていないような態度も、私の推測を補確固たるものしている……

 

「貴女は……、Dクラスの堀北鈴音さんだよね?はじめまして、よろしくね。それで、今の試験の範囲の件なんだけど少し前に、学校側から急な変更があったんだよ。その時は本当にびっくりしちゃったなぁ~」

 

「……その変更の告知は、一体いつ頃にされた話かしら?」

 

「えーっと、たしか大体一週間前くらいだったかな?」

 

「はい。その認識で間違いないですよ」

 

その冷静な回答に彼女はわずかに眉をひそめ、険しい顔つきとなった。

 

現在、Aクラスへの昇格勝負から大きく出遅れているDクラスに突如として降って湧いた理不尽な試練。

Dクラスにはそれなりに粒ぞろいの生徒が揃っているという噂だが、この程度の壁すら自力で突破できないようでは、残念ながら相手にすらなり得ない。

 

だが、もし彼らがこの状況を打破してみせるというのならば、その時は彼らに対する評価を上方するのも、一考の余地があるのかもしれない。

 

「あれ、Dクラスには伝わってなかったの?それって結構不味くない?…もしかしてクラス毎に受けるテストの難易度や範囲が違うとかあるのかな」

 

「いえ、同じだと思いますよ。態々クラス毎に異なるテストの問題を用意するなど、無駄な手間が増えるだけですから」

 

伝達ミスは生徒の実力を公正に測るという目的から見て考えづらい。

もし、このミスに何かしらの理由を無理やり見出すとするならば、それはクラス間での協力体制を完全に破綻させること……そのあたりだろう。

 

だが、私が既に推測している『赤点を確実に回避する手段』の存在を考慮するならば、学校側が情報を絞っている理由は別にあるはずだ。

 

例えば、Dクラスのクラスポイントが0であることを原因として発生したペナルティという線はどうだろうか?

 

歴代最低の結果を叩き出し続けているDクラスの生徒たちを焦らせ、考えを改めさせるために学校側が意図的に情報を制限している。

…可能性としては捨てきれない話だった。

 

「じゃあ、私たちは同じテストを受けることになるんだね。だったら、どうしてDクラスだけが範囲の変更を知らされていなかったんだろう?」

 

「それは直接、貴方たちの担任に確かめてみた方が早いですよ」

 

「えぇ。そうさせてもらうわ」

 

Dクラスの担当担任が、一体どのような意図を持ってこのような行動を行ったのか。

現時点ではまだ断定はできない。だが、その意図の正体をしっかりと突き詰めることも、今後の私のタスクとして加えておくとしよう。 

 

「ありがとう一之瀬さん、竜崎くん。私達は用があるので失礼させてもらうわ」

 

「あ、昼休みはもう10分ぐらいしかないから急いだ方が良いよ!」

 

「じゃあ、私も自分の席の片づけをして教室に戻るね!またね、一之瀬ちゃん!」

 

「うん、またね櫛田ちゃん!」

 

一之瀬帆波の忠告に軽く頷くと、彼女たちは図書室の机の端に散らばっていた私物を素早く片付け、足早に図書室の出口へと消えていった。

 

「それにしてもお手柄でしたね、一之瀬さん。私が行っても余計に火が広がるだけでした」

 

「にゃはは、私は大したことしてないよ。須藤くんが自分からちゃんと冷静になって話を聞いてくれたおかげだし」

 

「いいえ、どんな状況でも場を丸く収めるその手腕は、本当に頼りになりますね、貴女という人間は」

 

何かトラブルが起きれば、自分の損得よりも最優先に行動に移してしまう彼女の人柄。

それは、私が所属しているBクラスにおいて文字通り『心臓』と評すべき重要な要素だった。

 

だからこそ、私は危惧している。

その無差別な善意の矛先を、これからどこに向けるべきなのか。それを彼女自身に考えさせなければならない。

 

「あぁ、そういえば一之瀬さんに質問があるのですが」

 

「んー?なになに、急に真面目な顔をして」

 

「貴女は、今後他クラスの生徒の中で退学者が出そうな場面に直面した際、その人を救おうとするのですか?」

 

「え……」

 

彼女が抱えている最大にして致命的な欠陥。

それはその『無差別な優しさ』に他ならない。現段階の彼女は、自らのクラスを守るどころか、学校全体のすべてのクラスの庇護者になろうとしている。

一般的な高校生活であれば、それも一つの個性として許容されるのかもしれない。

 

だが、この特殊な高校においては、クラス全体にとって致命的なまでの「弱点」でしかなかった。

 

「私は疑っているんです。これから多くの試験があり、その度に退学する危機が訪れるでしょう貴女のその無差別の優しさが、結果的に自らのクラスを致命的な危険に晒す恐れがある」

 

「それは…」

 

「ただ、疑っていると言っても5%です」

 

「あはは…、結構疑っているんだね」

 

「はい、今の貴女ならそうするでしょう。自身も理解していると思いますがその優しさは人を選別していないでしょう?」

 

「そうだね……。確かに、私は自分のクラスに危険が及ぶかもしれないって分かっていても、目の前の人を助けないで居るなんて出来ないと思うよ」

 

 彼女は優しさで身を滅ぼすタイプの典型だ。

自分の益よりも他人の事ばかり考えている。

それが原因で身内に被害が出ようとも彼女は罪悪感を背負いながらまた繰り返すだろう。

 

「その理由をお聞きしても?」

 

「……私は皆が平和に過ごせたら良いなって思ってる、でもこの学校はそれを認めない」

 

「はい、他クラスとはこれからはより激しい争いが起きる。その優しさは回りまわってあなたを苦しめる事になりますよ」

 

私の忠告のような言葉に彼女は、力なく笑い…そして信念を感じる言葉を紡いだ。

 

「でも私はこの生き方を辞めれないと思う。これが私の全てだから」

 

「そうですか。でも私は一之瀬さんみたいな人好きですよ」

 

「え!?」

 

誰に対しても手を差し伸べる生き方を、私は悪だとは思わない。

そしてその優しさの裏側に打算的な動機が潜んでいたとしてもだ。

 

彼女は過去の経験や理由によって、過剰なまでに他人を慈しみ慮るという善人のような生き方を続けている。

もちろん、彼女の生来の気質が善の方向に大きく寄っていることもあるが、それをここまで加速させている要因が存在しているのだろう。

 

しかし、今はそれは関係のないことだ。

どれほど人間的に魅力的であったとしても、勝利を目指す私にとって、今の彼女のその思想は純粋に『邪魔』でしかなかった。

このクラス間の闘争で勝利を掴み取るために、無差別な優しさは必要のない。

 

──だから、彼女の護ろうとする範囲を自クラスのみにする事から始めるとしよう。

 

そう誓いつつも、目の前で私に怒る一之瀬帆波を宥める事にした。

 

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