ようこそ未知を探求する教室へ   作:叙述トリッピー

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page.32 別れ

 

翌日3月2日火曜日。

朝のホームルーム、チャイムが鳴っていつも通り担任の星之宮が来る。

昨日の学年末試験発表を無事に終えた事、そして最後の特別試験までの暫しの空白の時間。

そんな束の間の日常を、クラスメイトは楽しんでいた。この弛緩した空気は、そんな心情を表している。

だからこそ、教壇に立った教師の表情が曇っている事は違和感だった。

 

「え、っと。何かあったんですか」

 

それに気が付いた誰かが、声を上げた。

いつもなら、その心配そうな言葉を茶化すだろう。だが、星之宮は黙ったままだった。

まるで、今から話す事が嫌だと感じている、そんな様子だった。

普段の軽薄さが嘘のように消え去った青白い顔に、教室の空気は緊張に包まれた。

どんな状況でもふざけている彼女が、ここまで追い詰められている。その事実に不安を覚えるのは自然だった。

 

「──キミたちに、伝えないといけないことがあるの」

 

一文字に結ばれていた口が開かれ、発せられた一声はそれだった。

 

「1年度における最後の特別試験が3月8日に始まる事は昨日伝えた通りだよ。これを乗り越えてキミたちは2年生へ進級が出来るのが、これまでの通例だった」

 

俯いた星之宮が辛そうに、そして喉の奥から懸命に言葉を紡いでいく。

 

「けど、今年は違うんだ」

 

「…ち、違うですか?」

 

ただならぬ空気に思わず一之瀬が聞き返した。

それに星之宮は静かに頷く。

 

「今年は、ハッキリ言って異常。皆も分かってはいたよね?1人の生徒がこの学校の定石を壊しちゃってる」

 

その言葉で1人の生徒に視線が集まった。

その多くの視線を──、竜崎は何事も無いように受け止め、口に親指を近づけた。

 

「話を続けてください」

 

「う、うん。それでね、学校側はこれを重く受け止めてる。だってこの学校は優秀な生徒を輩出する学校。それが1人によって成されちゃったら根幹に関わるでしょ?」

 

その言い回しに幾らかの生徒は、続く言葉を理解した。

だからこそ、その当人である竜崎は続きを促した。

 

「何が仰りたいんですか?早くしてください」

 

何をしても現実は変えられない。所詮、星之宮は一介の教師。指示をただ伝えるだけの役割でしかない。

 

「学校側はその状況を考慮して──」

 

それは。何とか、絞り出されるように喉から発せられた。

 

「その『特別措置』として、追加の特別試験を今日より行う事にしたの」

 

黒板に今日、3月2日火曜日の日付と追加特別試験という文字が書き記されていく。

星之宮は余裕の無さそうに見える。それはこの試験が本当に急遽決まったものである事を暗示していた。

 

「皆が不満に感じるのは当然だよ。だって予定になかった特別試験。過去と比べて一つ多いのは生徒達への負担にしかならない。それを私や他の先生は重く受け止めてる」

 

この事実を先生たちは重く受け止めている。そしてそれは教師だけが抗い、学校はそうは考えていない事の証明だった。

ここで、特別試験が重なる事は生徒にとって辛いものでしかない。

仮に筆記試験であれば、生徒達は勉学に励まなければならない。体力試験でも同様だ。

どちらにしても、生徒たちを襲う現実は変わらないにしろ、文句は言いたくなるだろう。

 

「それで、内容は何ですか」

 

だが、竜崎はそれらのしがらみを無視した。何事も無いように、いつも通り試験の内容を聞き出そうとした。

 

「特別試験の内容はシンプルだよ、退学率もクラス別に3%未満だからね」

 

クラスの中から3%、それは1人退学者が出ても可笑しくない確率だった。

そしてクラス別にという言葉。つまり4人は出る可能性がある試験。

 

「特別試験の名称は──『クラス内投票』だよ」

 

黒板に書き出された試験の名前につく投票。先ほどの話から点と点が繋がり始める。

 

「じゃあルールを説明するね。キミたちは今日からの4日間でクラスメイトに投票する事になる。この特別試験の肝は、投票の結果集まった2種類の票。一つ目の票は『賞賛票』、これを一番多く集めた人には特別報酬が与えられるんだ。『プロテクトポイント』と呼ばれる新制度だね」

 

これまで聞いた事の無い特典、当然誰もが興味を持った。

 

「プロテクトポイントは、退学になったとしても無効に出来る権利の事だよ。例えばテストで赤点を取ったとしてもこのポイントを持っていれば大丈夫って事だね。でもこれは他人に譲渡する事は出来ないから注意してね」

 

それを聞いた瞬間、今までにない驚きが教室中に広がったと言っても過言ではない。

実質2000万ポイントに匹敵する価値がある、それを全クラスに配布するようなものだったからだ。退学の恐れが少ない生徒からしてみても、あるに越したことは無いだろう。

 

「そして、今回のペナルティの対象になるのはクラスの中で2つ目の票である『指名票』をもっとも集めた人だけ」

 

「どんなペナルティですか?」

 

「今回の追加特別試験はこれまでと同じものじゃない。これは追加を行う原因『飛び抜けた才能』から出る格差の解消のために実施されてる」

 

先程から言う飛びぬけた才能という言葉。これが指し示すのは今年行われた特別試験で独壇場を作り続けていた、竜崎正その人だ。

つまり、この試験は竜崎を狙い撃ちするような試験だ。そう言っているのと同義であった。

 

「そのペナルティは『退学』だよ」

 

投票を行えば、結果が出る。結果が出れば退学者が決まる。

これはどんなクラスでも、結果は変わらない。

 

「でもこれじゃあ、さっきの話に繋がらないよね?だからもう一つ大事な部分がある。

これまでクラスに貢献した割合で、報酬が貰えるんだ」

 

貢献による倍率。まるで、これまで貢献した人が損をするような言いようだった。

 

「例えば竜崎くん。キミを退学させた場合はクラスポイントで500ポイント入るんだ」

 

500cp。これまでの試験は多くても200や300、それを遥かに超える額だった。

そのとてつもない値札に何人かが息を飲んだ。

 

「そうですか、破格ですね。じゃあ一之瀬さんが退学するならどうなります?」

 

「えっと、彼女なら300ポイントかな」

 

「なるほど」そう竜崎は小さく呟いた後、質問を続けた。

 

「これまでの試験でも辿り着けない報酬。それで他のクラスにも私と同程度の人は居るんですか?」

 

「え、えっと後でだけど携帯で全てのクラスの生徒の退学させた場合の報酬を見れるようになるよ」

 

「そうですか。なら質問はもうないです」

 

淡々と話を終える竜崎。まるで、もう話は決まっているかのような態度に何人かが疑問を覚えた。

何故なら、竜崎がもっとも退学する確率が高いのだから。無論、一之瀬を含む竜崎の活躍を正当に評価する面々は擁護するだろう。だが、ここまで素直に受け入れるのは異質だった。

 

「じゃあ、話を続けるね?今回は退学者を出してもクラスそのものにはペナルティが与えられることは無いよ」

 

これまでの特別試験とは明らかに違う。個人個人の退学になる確率に違いはある。だが、退学を免れる手段がほぼ不可能だ。誰かがほぼ確実に犠牲になるシステム、これが学校側が用意した『特例』ということだった。

強制退学になるから、退学させる生徒によっては破格の報酬とプロテクトポイントなんてものをぶら下げた。

 

そうしても尚、釣り合わないリスクがあった。

 

「理不尽だと私も思う。それは先生も一緒。でも決まった以上抗えない、ルールに従うしかないの」

 

学年末試験を乗り越えたばかりのクラスにまた立ちはだかる障壁。

来週にはこのクラスから誰かが消える。それを易々と受け入れられる生徒は居なかった。

 

「投票日までの時間は限られてるからルール説明を続けるね。クラス内で賞賛、批判の対象となった生徒の投票は試験終了と共に全て公開される。ただし、誰が誰に投票したかは公開されない匿名方式だよ」

 

確かに、この方式は試験を行うなら匿名にするのは避けられない。賞賛票はともかく、誰が誰に指名票を入れるのかというジレンマは燻り続けるからだ。

 

「それから賞賛指名の票関係なく、自分自身を投票の対象にする事は出来ないよ」

 

「……じゃあ賞賛票のみ記入するとか出来ないんですか?」

 

「それは、残念ながら出来ないよ。賞賛、指名どっちも必ず記入する事になる。仮に体調不良でも投票だけはする事になる」

 

つまり無記入や棄権という形はとれない事。何人かの生徒が頭を抱えた。

段々と逃げ道が潰されていく。このクラス全員で無事卒業を掲げているのだから、退学者を出さない方法を探すのは妥当だった。

 

「いや、絶望するには早いよ!!」

 

網倉が声を上げた。その声に必死に頭を回転させていた一之瀬も思わず目を向けた。

 

「だって賞賛票と指名票を同じ人にすれば、プロテクトポイントで無効化できるでしょ?」

 

「…それは出来ないよ。先に指名票の退学の処理がされる、だからプロテクトポイントは無駄になるの」

 

その言葉に網倉は絶句した。

 

「もし同数票となってしまった場合、決選投票になる。それでも決まらなかったら学校が用意した特殊な方法で優劣を決めるよ。そしてその方法は現段階では説明は出来ない」

 

あくまでも決選投票の末に同票となった場合の話だ。早々起きることは無いだろう。

そしてこれで試験の全貌は明らかになった。

 

 

追加試験・クラス内投票

 

試験内容

賞賛票、指名票が各自一票ずつ与えられ、クラス内で投票し結果を求める試験

 

ルール1

賞賛票と指名票が同一人物に入れられた場合、指名票の退学が先に履行され、賞賛票の効果は無効となる。

 

ルール2

賞賛、指名問わず自分自身に投票する事は出来ない。

 

ルール3

無記入、棄権などの行為は一切不可

 

ルール4

同数票の場合は再投票を行う。

 

以上が、追加試験の内容だった。

この試験が非常にシンプルかつ単純なものであることは疑いようが無い。

 

だが、その中身はこれまででもっとも残酷なものだと言えるだろう。

週末には、このクラスからそれ以外のクラスからも『誰か』が消える。

 

だからこそ、これを受け入れられない生徒も当然出てくる。

 

「先生、抜け道は存在しないんですか?この試験はあまりにも理不尽すぎます…」

 

「えっとね、抜け道は存在しない…訳じゃないよ」

 

どもりながらも、星之宮は可能性がある事を示した。

そして、方法を模索していた一之瀬ははっと顔を上げ、答えを発する。

 

「あ、プライベートポイントでの救済だ!!確か2000万だったよね?」

 

「そうだね、今までだったらその額で足りたよ。…でも今回の試験だけその額が変わったんだ」

 

「──え、いくら、ですか?」

 

「今回の特別試験において救済をする場合は5000万プライベートポイントが必要なの。そして、今の時点からプライベートポイントの移動は禁止だよ。つまり現段階でこの額を持っている人だけが、自分を救済できるって事になるね」

 

その言葉は非情だった。

プライベートポイントの移動を制限する、つまり絶対に退学者を出す、そんな意図が感じられるものだった。

竜崎は静かになったクラスを少し観察した後、手を挙げた。

 

「何かな、竜崎くん」

 

「いつも通りクラスポイントが300引かれるんですか」

 

「え、いやクラスポイントは無いよ。ただ、いつもより多いプライベートポイントが必要ってだけだね」

 

「良心的ですね」

 

そのマイペースな回答に星之宮は少しだけ表情を柔らかくした。

それは竜崎の様子に和まされたというのもあるが、彼がもう打開策を考え付いているというものが大きい。星之宮は竜崎さえいればこのクラスがAクラスで卒業できると考えている。

竜崎以外は退学しても、星之宮は悲しむ演技をするだけで済ませるつもりだった。

 

「そして、この試験で一番大事な事がある。皆これだけは覚えておいて」

 

星之宮はクラスの面々が耳を傾けていることを確認した後、話を始めた。

 

「この説明には『嘘』が含まれているの」

 

嘘。この試験の説明にそれが紛れ込んでいる。そう発言した。

 

「え、その嘘ってなんですか」

 

当然、それを聞く生徒も出てくる。

 

「言えない。って言うより先生も教えられてないの。だから分からないが正しいかな?」

 

「じゃ、じゃあこの試験自体が嘘って可能性も…」

 

「それだけはないよ。この試験自体は本当だし、投票が行われれば当然、退学者が出る事になる」

 

星之宮はホームルームが終わる少し前で話を終えた。

どうやら、竜崎がどう動くかが気になるようでちらちらと視線を送っていた。

 

「一つ、言いたい事があるんです」

 

だから、次の言葉はこのクラスを凍り付かせるには十分だった。

 

()()()()()()退()()()()()()

 

あまりにも唐突で、それでいてあまりにも彼らしい一言が、静まり返った教室の天井へと吸い込まれていった。

誰の声も聞こえなくなった。ただ、理解を放棄した生徒たちによる沈黙が満ちた空間で、最初に再起動したのは彼女だった。

 

「え、いや待って。待ってよ竜崎くんっ!!!!」

 

声を荒げたのは、一之瀬…では無かった。

教師であるはずの星之宮が、その立場を捨てて、まるで怯えた子供のように感情を乱していた。その瞳に浮かんでいるのは、教え子を失う悲しみではない。自身の安泰をも託すはずだった「切り札」を手放す事への恐怖だった。

 

「どうしました、そんなに感情を昂らせて」

 

「いや、いやそうじゃなくて……なんで竜崎くんが退学するなんて言うの!?」

 

竜崎はその様子をいつも通りの光の無い瞳で眺めた後、話を続けた。

 

「なぜ?それは当たり前の事実の確認ですか」

 

「竜崎くんがこのクラスを引っ張ってきた。なら、貴方が消えたらこのクラスは終わるのよ!?」

 

「成程、面白い意見ですね」

 

竜崎は爪を軽く噛んだ後、机に置かれていたペンを積み上げていく。

その星之宮の言葉を近くに座る神崎も肯定するように、身体を振るえさせた。

 

「ですが、私はそうは思いません」

 

「え、?」

 

「結局はこのクラスがAクラスであれば、それは私の勝利と同じだ」

 

その感情の篭っていない一言と同時に高く積み上げていたタワーをつまらなそうに壊す。

 

「なら、このクラスの未来は一之瀬さんに任せますよ」

 

「なんで、そんな事を…?」

 

一之瀬も急な事態を飲み込めてないようだった。

当然、クラスの大半が竜崎らしくないと思っているだろう。これまで勝ちに拘っていた人物が突然、全てを放棄するようなことを言い始めたのだから。

 

「では、話は終わりましたね。ならホームルームを切り上げてください」

 

そんなクラスの状況を理解していないのか、はたまた無視を決め込んでいるのか。

竜崎はそう言い、椅子から立ち上がった。

 

「これからお別れの挨拶でもしてきます」

 

この状況だからだろう、午前の試験には不穏な空気が残り続けていた。

そして竜崎は投票日まで、教室に姿を見せることは無かった。

 

 

 

───────────

 

 

 

綾小路清隆の独白。

 

 

放課後。

綾小路グループ、ペーパーシャッフルの時に結成されたグループの全員でカフェに居た。

4人でコンビニの外に立ち、アイスを食べた日。

長谷部波瑠加の一言がきっかけだった。

 

『このメンバーで居るの居心地がいいよね。この勉強会を通じて新しいグループを作りたいって思った。だから早く打ち解けるためにあだ名とか下の名前で呼び合いたい』

それは提案だった。

 

そして、それに三宅明人は、

『そうだな、自分でも驚くほどこのグループに馴染んでる気がする』

という同意の言葉を述べた。

 

最後に幸村輝彦、いや啓誠の

『テストは今回だけじゃない、だから効率化の為に認めても良い』

という肯定の言葉。

 

その不器用な言葉を波瑠加はからかうように笑った後、オレにも提案してきた。

 

『後はきよぽんだけだね?』

 

オレはそれを拒否しなかった。

あの頃は池や山内とよく遊んでいた。だが、タイプが違う。本心としてここに居るメンバーは無理をしなくていいと感じた。

 

そしてその流れでこのメンバーの名称は『綾小路グループ』となった。

このメンバーを繋ぎ合わせたのはオレだという正当な理由もあったため、反対する意味も無かった。

 

そこに、様子を窺っていた佐倉愛里が加わった。

長らく表に出られず苦悩していた、それを打ち破るように勇気を振り絞った声を上げた。

 

『わ、私も綾小路くんのグループに入れて!!』

 

その言葉は思いの他、すんなり受け入れられた。愛里もクラスのはぐれ者だったからこその、同族意識もあるだろう。

 

そんな形で綾小路グループは発足した。

元々は波瑠加、明人をサポートする為だった。

だが、その枠を少しずつ超え、全員で遊ぶ機会も増えた。波瑠加が流れるように作ったグループチャットは、一緒に居ない間はいつも活発に動いている。大勢の友達を持たないからこそ、チャットでの会話は弾む上に部屋に篭る事が多いからだろう。

 

…その状況を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「あーもう、ちょう嫌な感じ。強制的に退学者を出すなんて、そんな試験アリなの?」

 

いつもこのカフェで頼んでいる甘いアイスオレをストローで掻き混ぜながら、波瑠加はそう話を切り出した。

 

「同意見だ。そして何よりクラス内で争う事を推奨する姿勢は、理解に苦しむ」

 

「ま、そりゃそうだな。今までは相手は他クラスだったし」

 

明人と啓誠もそれに同意するように頷いた。オレはその様子を見つつ、思考する。

この試験はどこかおかしかった。今までとは異なる意図が動いている気がする。

 

「それに一番の問題はこの試験をやる理由だよね。1人の生徒が、飛びぬけてるからそれを正すために…だっけ?」

 

「あぁ。そう言っていたな」

 

「あんまり言いたくないけど、その生徒だけバイバイして終わりで良くない?」

 

当然の意見だった。担任の茶柱が説明していた理由は、この学年は1人の生徒が飛びぬけているからそれを均す為。

名前は挙げなかったが、この学年の生徒は皆同じ人物を思い浮かべている事だろう。

 

竜崎正──、あの男の為に行われる試験。

 

竜崎のクラスだけが被害を被るのは公平ではない。だから帳尻合わせのために、全クラスから退学者を出すというのは分かる。

だが、このような出る杭を打つような試験を毎年行っているのか。

念のため堀北兄に連絡をしたが聞いた事も無いと言っていた。

 

「あまりそんな事を言うべきじゃない。一番辛いのは当人だろう。冗談でもそういう事を言うべきじゃない」

 

「ま、そうだよね。ごめんごめん」

 

啓誠は諫めるように、口を挟んだ。それに波瑠加は気まずそうに謝った。

だからこそ、話を変えるために朝のホームルームでの発言を掘り返す。

 

「本当に裏技的なのって存在しないのかな、ゆきむーはなんか思いついてない?」

 

堀北妹と平田が話していた内容。この試験には攻略法があるのではないか、そんな希望的観測だ。

 

「あの最後に言っていた嘘というのがどこなのかによるな、それが分からないとやりようもない」

 

考え込む啓誠を見て、明人は口を開いた。

 

「その嘘にこの試験の攻略法があるかもしれないな」

 

「例えば?」

 

「…投票自体が一票じゃないとか?」

 

「それでも最下位は決まるじゃん?じゃあ解決にはなってないでしょ」

 

波瑠加は、はぁーと溜息を吐いてぼやいた。

 

「…週末にはこのグループの中から誰かが消えてるかもね」

 

波瑠加の放った冗談とも本音ともつかない言葉が、アイスオレの波紋のように小さく広がった。誰一人としてそれを笑い返せない。

だから、先程から黙っていた愛里が小さく首を振った事は幸いだった。

そんな未来は視たくない、そう言いたげな様子に波瑠加は慰めるように頭を撫でた。

空気が少しだけ和んだ、だからこそ啓誠が口を開いた。

 

「…そんな暗い未来考えてもなんにもならないぞ」

 

「俺は黙って試験を迎えるなんて、素直な性格じゃないからな。やれることはやる、だろ啓誠?」

 

「明人の言う通り、退学しないためにやれることはある。俺たちで協力して投票しないか?」

 

「それはつまり、誰かを組んで落とすって事か」

 

「ああ。最下位を避けるために協力するのは良い案だと思う」

 

このグループの5人で協力し合うだけでも、5票の指名票が稼げる。

 

「で、でもいいのかな。そんな事して」

 

「ある程度、組織票になるのは仕方ない。茶柱先生だって他の生徒だって承知の上だろう。それに俺たち以外にもグループで1人に入れるのは出来るぞ」

 

「ま、今クラスは37人。だから5票ってのも重いよ。大きいグループが出来たら分かんないけどね」

 

「それは難しいだろうな。今やクラスは崩壊寸前だしな」

 

「ほーんと最悪よね。こんな状況でトドメ指してくるなんて」

 

話をするたびに誰かが溜息をつく。

 

「そうだな。でもそれが試験になった以上仕方がない」

 

あまりにも冷静に返したオレに波瑠加は覗き込むように顔を寄せた。

 

「…きよぽんはもう割り切ってるの?」

 

「始まった以上、受け入れるしかないと思ってる」

 

達観してるねー、と波瑠加はちょっと感心したように呟いた。

 

「そう言う事だ。だからこそ俺らが組む意味はある」

 

「ただ、クラスに顔が効く奴は強いだろうな」

 

平田や櫛田。クラスの中心的人物でただの投票なら彼らは無類の強さを発揮した事だろう。

 

「いや、そうでも無いぞ。だってこの試験は貢献値によって退学しやすさも変わるんだからな」

 

「でもきよぽんも高いよね?なんでだろ」

 

「分からない。唯一思い当たるのは体育祭だな」

 

「あー、確かに。きよぽんって足早かったもんね」

 

オレの倍率が、竜崎には及ばないもののクラスでもっとも貢献していると言っていい櫛田よりも大きいのは違和感だった。

櫛田が300cp、そしてオレが400cp。竜崎の500cpよりは少ないが、それでも破格だった。

 

「まぁ、そんな話は良いだろ。それよりも手を組むのかの話をしよう」

 

オレが露骨に誤魔化したからか、微妙な空気になったものの啓誠が助け舟を出してくれた。

 

「俺としてはグループでカバーするのを推してる、どうだ清隆」

 

「オレも賛成する。この中の誰にも欠けて欲しくないしな」

 

「わ、私も同じ!!」

 

その後に愛里が続いて、同意し「決まりだな」と啓誠が話を締めくくった。

 

「少し聞きたい事がある」

 

啓誠の作戦に同意はする明人だが、気になる点があったらしい。

 

「他のヤツに声を掛けないのか?」

「それは得策じゃないだろう。この試験は事を荒立てない、それが重要だ。クラスの誰が相手でもいざこざは絶対に起こさないでくれ」

「狙い撃ち、それを回避するためってことね」

 

「それにその手の戦略を得意とする人間が居ない以上、空回りしそうだ」

 

「ま、そっか」

 

動く事は得策じゃない、それは避けておくべきだと啓誠は判断した。

波瑠加も含めそれに納得してくれたのは手間が省けた思いだった。

ペーパーシャッフルでは中間層こそが、狙われていた。学力が可も不可も無い生徒が足を引っ張る試験。

そして今回の試験は、その逆だ。

人気者は大体クラスに貢献している、つまり倍率が高い。

そして嫌われ者は当然、狙われやすい。

だからこそ、中間層こそがこの試験では安心出来るポジションだった。

 

「私としてはこのグループの皆が退学しなければ、他の誰が退学しようと気にしないんだけどなぁ」

 

「…あはは」

 

そんな他愛のない軽口を遮るように、カランとドアチャイムが乾いた音を立てた。

ふと入り口の方へ目を向けると視界に、異質な空気をまとった生徒が映り込んだ。

 

「やぁどうも、綾小路くん。それに他の皆さんもこんにちは」

 

その生徒──竜崎はオレたちを見て、そう言った。いつもの澱んだ瞳の奥に、微かな熱ともつかない光を湛えていた。他の生徒が様子見に徹するのを察したオレは立ち、竜崎に近寄る。

 

「何の用だ?」

 

「挨拶をしようと思いまして」

 

「挨拶?」

 

竜崎はその言葉に軽く頭を掻いた後、言葉を紡いだ。

「はい。お別れの挨拶です。私、退学するんですよ」

 

「どういう冗談だ?」

 

その質問に竜崎はにこりと微笑むだけだった。

いや、違う。耳に手を当てていた。こちらの話が聞こえていない、そう連想させるような仕草に啓誠は青筋を立てたが、オレは煽る意味では無いと感じた。

()()()()()()()()()()()、そう意図されたジェスチャーな気がしてならなかった。

 

「…この試験は私の為に行われているんです。ならその元凶である私が居る限り、何度でも起こる。そう思いませんか?」

 

その言葉に、誰も反応できなかった。正論であるとともに、少なからず考えていた未来だからだ。

 

「綾小路くん、キミはこの試験をどう思いますか」

 

「…この学校は実力主義を謳っていた。だが、この試験は逆と言っても良いと思う。活躍していればいるほど退学させるメリットがある。こんな理不尽な試験だ、お前は抗議しても許されると思う」

 

「面白い意見ですね」

 

いつもなら、もう少し反応がある筈なのに返答は淡白だった。

だからこそ、違和感があったオレは竜崎に質問をした。

 

「竜崎はどう感じるんだ?」

 

「退学者を必ず出す、嘘が紛れている。そして報酬がある、とても面白い試験だと思ってます」

 

竜崎は、オレのその様子をじろりと観察すると店に備え付けられている時計に視線を移した。

 

「…もう、こんな時間ですか」

 

相変らずの猫背で竜崎は軽く会釈をした後、オレたちに背を向けた。

 

「私の事は心配しないでください」

 

「…どういう事だ?」

 

「では、他の人の顔も見ておきたいので私はこれで失礼します」

 

竜崎は質問にニコリと笑うだけで答えることは無かった。

その背中にオレは、言い知れない熱を感じた。

 

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