綾小路の独白。
その日、ちょっと珍しい出来事が起こった。
それは昼休みに入り、綾小路グループで昼食のために移動を始めていた時のこと。
周囲の生徒たちが談笑しながら廊下を歩く、そんな喧騒の中でオレたちの足はふと止まることになった。
「──?」
明人たちと歩いていると、聞き慣れた話し声が聞こえてきた。
その声の主は、Aクラスの竜崎。
それ以外にも一之瀬と神崎、姫野の姿が見えた。
そんな風に観察しているオレたちに気付いた神崎が一言話すと、見慣れた黒く淀んだ瞳がこちらに向けられた。
「どうも、綾小路くんとお連れの皆さん。久しぶりですね」
「そうだな、そっちは今から昼食か?」
「はい。そうだ、折角ですからご一緒にどうですか?今なら私の作戦を話してあげますよ」
竜崎はそう言いつつ、グループ全体に向かって確認を取る。その言葉が嘘なのか本気なのか良く分からないが、いつものように不気味さは纏っていた。
しかし、オレが悩んでいる間、竜崎と接点が薄い仲間は、どう答えていいか分からず戸惑っていたようだ。
隣に立っていた波瑠加に、早く答えろと肘で腹を突っつかれた。
「…良いのか?迷惑になると思うが」
「私は構わないですよ。一之瀬さんはどうです?」
「え、良いんじゃないかな?折角だし他クラスの話も聞きたいかも」
それを聞いて一之瀬が戸惑いつつも頷いた。
「竜崎、どういうつもりなんだ?」
そんなことを言いだすと思っていなかったのか、神崎が慌てたように聞く。
今は試験の準備期間で、作戦会議でもする予定だったのだろう。
そんな中、敵になるかもしれないオレたちに作戦を話すと言い切った竜崎に困惑しているようだった。
「綾小路くんとは仲が良いので食事を一緒にしたいというのは自然なのでは?」
「それはそうなんだが…」
神崎はオレたちへの誘いをあまり歓迎はしていないようだった。
無理もない、他クラスのオレたちを警戒しているのだろう。しかし、竜崎と一之瀬が同意したとなれば、断れるはずもない。
一方のオレたちも、どうしていいか分からず答えられずにいると…
「時間も勿体ないし行こうよ」
一之瀬がそう笑顔で言った。その言葉は誰にも断ることは出来なかった。
***
カフェの一角に2つのテーブルを借りて、食事を取ることになったオレたち。
周囲の好奇の視線を集めながらAクラスとCクラス。異色の組み合わせでの場が設けられた。
「ごめんね、うちの竜崎くんが急に誘ったりして。今日は私がご馳走するから遠慮しないで」
「だ、そうです。遠慮なくどうぞ」
そんな風に一之瀬が謝りつつもメニュをオレ達に向けた後、なぜか竜崎が了承した。微塵の遠慮もないその返答に、一之瀬がわずかに苦笑を漏らす。
Aクラスは1つ前の特別試験、退学者を出さない為に2000万ポイントを使ったはずだが、まだ余裕があるらしい。
毎月10万以上入っているのだから、それも納得の出来る話か。
「どうせオレたちも普通に食べるつもりだったんだ、自分たちの分は自分たちで出そう」
オレがそう言うと、グループの全員も納得したように頷く。啓誠や明人たちも、他クラスの人間からタダで奢られることに心理的な抵抗があったようだ。
「私は別に気にしないよ?」
「いいんだ。その方がオレたちも委縮せずに食べられるしな」
対等な関係で食事できるように、という建前を持ち込み奢りを回避する。
そっかと呟き、一之瀬は店員を呼んだ。
「じゃあ皆んな、それぞれ頼んでってね?」
オレたちが一通り頼み終わる。
殆どの人間がちゃんとした食事を注文していたが、竜崎だけはデザートを目に入る限り頼んでいた。
テーブルの上に次々と並べられていく色とりどりのケーキやパフェは、緊迫した空気の漂う場において異彩を放っている。
「竜崎くんは相変わらず甘党だね…?」
「最近は甘いものを食べていないと思ったので補給してるだけですよ」
真面目な顔でそんな冗談とも本気ともつかないセリフを吐く竜崎に、一之瀬が呆れたような、しかしどこか楽しげな笑みを向けた。
「…それで俺たちを誘ったのはどうしてなんだ?」
全員が頼んだ食事が来たところで、疑問点を聞かずにはいられなかった啓誠が竜崎に問いかけた。
「今回の試験の重要な部分はもう理解していますか?」
竜崎はスプーンでケーキを救いつつ、問いに問いを返した。
「…なんとなくだが」
「答えはクラスの組み合わせですよ。各クラスには強みと弱みがある。だからこそ組み合わせによっては提出した種目が足枷となりかねない」
この学校のクラスには確かに色があった。
オレ達のクラスには個性的な奴が多い。その分扱いが難しいが、使いこなせれば相当な戦力になる。
「この試験は運さえあれば、下位のクラスが上位のクラスに勝てる試験。私たちにとってはピンチですね」
竜崎の言葉には、意味とは真逆の余裕さが感じられた。
運と言いつつも、何故かどのクラスが組むかを察しているような物言いにオレには聞こえた。
そう考えていると……、竜崎はオレの瞳を覗き込むように、身体を乗り出していた。
「どうした、なにかあったのか?」
竜崎はその言葉を受けても、返答をせず黙っていた。
「竜崎…?」
「……少し雑談でもしましょうか、貴方たちはどのクラスと組みたいですか?」
竜崎は身体を椅子に戻して、いつもの座り方に戻った。そして、近くに置かれていたコーヒーを手に取り、口に含む。
「どの…って選べるか分からないのにか?」
「はい。貴方たちにとっての希望するクラスはどこか。それは言っても問題ないのでは?」
あくまでも雑談という態で話を進めたいらしい。
なら、オレも当たり障りのない答えをすべきだろう。
「オレとしては竜崎のクラスと組めれば話は早いんだがな」
「なるほど、それは何故ですか?」
「単純にAクラスだからだ。1番上のクラスと組みたいと思うのは自然だと思うが」
その言葉に隣に座っていた愛里も小さく頷いた。この学年でAクラスと組めるのなら組みたいと考えている生徒は多数いるだろう。
「そんな事をしたら試験に勝てませんよ」
「勝てない?」
「はい、私たちのクラスは中途半端です。Bクラスには学力で負け、Dクラスには身体能力で負ける。ほら、良いところはないですよ」
「……あのね、竜崎くん?私たちってその良いとこなしのAクラスのなんだけど、今言うべきかな?それ」
竜崎はそんな風に怒っている一之瀬に詰め寄られたが、ひるむ様子もなく手で制して話を続けた。
「ただ、今回は私が司令塔をやるので関係ないですが」
いつぞや見た、突然落とされる爆弾。
オレはもう慣れているので特に驚きはしないがグループの人間はそうでは無いらしい。啓誠なんて持っていたスプーンを落としていた。
「竜崎、お前またそんな事を…」
神崎が呆れつつも、それ以上話すのを辞めるように説得するが竜崎は首を傾げるだけだった。
「あはは、まぁ神崎くん。ここまで言っちゃったなら、もう話すのが最善じゃないかな?」
「…そうだな」
それに一之瀬は軽く笑いつつも、竜崎を擁護した。
それが決定打となったのか、神崎も折れた。
クラスの統率者に足並みを乱される。事態を治めなけらば行けない神崎も大変だな。
「この試験は司令塔がどこまで関与出来るか、それを考えるべきです。
この試験で一番最初に分かる情報。なぜなら先に種目とルールが発表される事になるから」
「…合ってるか分からないが、学力の種目が多くて、司令塔が代わりに答えられるというルールなら学力が高い奴が司令塔って事か?」
啓誠が探るような視線を向ける。竜崎は満足げに頷いた。
「はい、なのでそこは心理戦です。無人島試験のリーダー探しを思い出す試験ですね」
無人島での開始早々にリーダーと宣言した竜崎の姿は今でも覚えている。
「あとはリーダーの相性も結構大きいと思います。例えば龍園くんとか誰と組んでも喧嘩になりますよ。ね、一之瀬さん?」
一之瀬は手に持ったグラスに視線を落とし、少し影のある笑みを浮かべた。
「そうだね……えっと、簡単に言えばBとDクラスから嫌がらせを受けてるみたいなんだよね」
ここまで話してしまったら、あとは同じだろうと判断したのか神崎も話に参戦する。
「クラスの人間にも聞き取りを行ったが、まず間違いないだろう」
つまり特別試験が始まってから2クラスから狙われているという話だ。
確かにやりかねない人間に心当たりがあったオレは被害にあった生徒に同情した。
「姫野さん、喧嘩とかにはなってないんだよね?」
「今のところはそんな感じ」
姫野は面倒くさそうにアイスティーのストローをかき混ぜる。
追い掛け回したり追い詰めているだけで、大きな被害は今のところなさそうだ。
もちろん向こうが手を出してくれば、それは大問題に発展するわけだが、巧妙に学校の規律のギリギリを突いた嫌がらせなのだろう。
「目的は恐らく、試験当日まで嫌がらせを繰り返して判断を鈍らせるというものだろう」
神崎の言葉に一之瀬と姫野は頷いた。
そんなやり取りを見て静かに聞き入っていた啓誠だったが、気になることがあったのか口を挟む。
「他のクラスに進言するのも変な話だが、そこまでおかしなことじゃないだろ。現に俺たちもDクラスからは偵察紛いの真似を受けてる」
「そうなのか?」
啓誠は質問を肯定し、教室の近くまで盗み聞きしに来ていた話をする。
怒りを滲ませる啓誠の横で、姫野が小さく息を吐いた。
「…あのクラスも必死じゃん」
姫野の言葉にオレは心の中で同意した。
とは言え、確かに受けている被害はAクラスの方が大きそうだ。標的が竜崎である以上、敵の執念も桁違いなのだろう。
「竜崎が居るからだろうな。今回の試験は正攻法が強いとは言え、お前の存在感は無視できない」
「そうなんですか、大変ですね」
「あのさ…なんで、そんな他人事なの?」
姫野は気だるげに竜崎に言葉を送った。
いつもは口数の少ない姫野が何故か、何度も言葉を発するのにオレは違和感を覚えつつも話は進んでいく。
「この作戦はとても龍園くんらしい。ですが、もし味方だったら無駄になるんですよ?非効率です」
竜崎は姫野を一瞥し、さらにケーキを口に入れた。それは相手の攻撃などどこ吹く風といった態度だった。
「姫野さんも食べます?先ほど頭を使ったんです、食べても太らないですよ」
「はぁ……?相変わらず、デリカシーない奴…」
溜め息は吐きつつも、敵意は見えなかった。
不思議な空気が二人の間に流れる。
それよりも、なんだか居心地が良さそうな感じがした。
しかし、オレは竜崎経由で何度か関わったからか、姫野が今何を考えているか心当たりがあった。
恐らく姫野はAクラスの空気感が苦手なんだろう。
一之瀬の周りは良くも悪くも眩しいからな。
それに耐えれないコイツは、竜崎や神崎みたいなクラスのみんなで仲良くしようって空気を出さない存在がありがたいんだろう。
「はいはい、2人ともそこまで!
試験まで私たちは出来ることをするだけだよ。足並みをそろえて、本番を精いっぱい戦うだけ。違う?」
そう考えていると、仲裁するように一之瀬が声を張り上げた。彼女の明るさが、場の重たい空気を無理やり押し戻していく。
「つまり一之瀬さんたちは他クラスに対して何かしたりはしないってこと? 偵察も?」
「うん。私たちはしないかな。来週上がって来るその全部……は無理にしろ、できる限りに対応するつもり」
20種目が出される以上それら全てに対応は難しいだろうが、確実で手堅い手段だ。
「なんて言うか、本当に綺麗なクラスなんだな、Aクラスは」
呆れたように言った啓誠は、更に続ける。
それには綺麗事だけでは生き残れない現実を知る者特有の諦念が混じっていた。
「勝つためならどんなことでもするんじゃないか?
偵察も、なんなら裏切りだって。それが効果的ならやってやるべきだ。相手に何もせず自分たちの力だけを信じるのは難しいと思う」
Aクラスに対して何もしていないが、あの手この手で情報が集められないかと苦心している部分は少なからずある。
Cクラスの現状を思えば、啓誠の言葉には重みがあった。
「どうかなー。私たちがそこまで余裕じゃないってだけかも知れないよ?」
そんな風に言って、一之瀬はちょっとだけ笑って見せた。
「…とにかく種目について考えるべきだとは理解した」
「それで良いですよ。では、時間も相当使ってしまったので今日はこれで失礼します。
もし、この試験で仲間だったら…その時はよろしくお願いしますね?」
その言葉に同意する啓誠に続いて、波瑠加や明人、愛里も迷わず首を縦に振った。
それを微笑ましそうに眺める一之瀬は、一瞬竜崎の方を見た。その目は以前までとどこか違った気がした。
…竜崎は一之瀬とこんな一緒に行動してたか?神崎と姫野はよく居る姿を見かけたが、この4人は初めて見る組み合わせだった。
ともあれ、それは今オレが指摘するようなことじゃないか。
***
昼食を終え一之瀬たちと別れた後、波瑠加がポツリと呟く。
「…やっぱ一之瀬さんって可愛いよね。あの最後の笑顔とか反則。そう思わない?」
「俺は、別に…」
「無理に否定しなくていいって。そりゃ、女の子でも可愛いと思うんだから、男子なんてイチコロよね?」
愛里も同意なのか、激しく首を縦に振っていた。それが面白かったのか波瑠加は笑いつつも、オレたちに視線を移した。
「みやっちもきよぽんも、どうせ同じ意見でしょ?」
オレと明人は、啓誠のようにターゲットにされるのが嫌で、苦笑いして誤魔化した。変に同調すれば波瑠加の暇つぶしの玩具にされるのは目に見えていたからだ。
「…私の気のせいじゃなかったらなんだけど、一之瀬さんって前からあんな感じだっけ?」
愛里がふと、思いだしたかのようにそう呟いた。
「あ、私も気になった。なんか雰囲気変わったよね?ねぇ今の話、3人はどう思う?」
そんなことを男子に聞いたところで分かるはずもないだろう。
「そうか?気のせいだろ?」
啓誠が適当に返すと、波瑠加が露骨に嫌なため息をついた。
「男子ってホント……ちょっとした変化に気がつかないんだから。ねぇ?」
やはり、違和感があったのか。
女子特有の直感は、時に男たちの予想を遥かに超えて核心を突いてくる。
ならなんだ?竜崎が今回の試験で仕掛けてきてるのか。
一之瀬の変化は彼女自身の成長か、それとも竜崎に何かされた結果か。
もしかしたら、司令塔は竜崎じゃない?……いや、アイツのことだ、二重三重の罠を仕込んでいると見るべきだろう。
「とりあえず、オレたちも作戦会議をしよう。種目がまだ決まってないからな」
「ま、そうね?今日はこれぐらいで勘弁してあげる」
しかし次の授業が迫る中で、結論が出ない考察は無駄だ。
オレはグループの面々に目配せしつつ、教室への廊下を歩き出した。
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それぞれの得意種目を持ち寄り、精査する段階は続いていた。
もっとも、大規模なCクラス専用のグループチャットは、静かになってきている。
それは櫛田が主に仕切っているからだろう。
堀北も何故か本調子では無く、平田は相変わらず上の空で、以前ほど発言はしなくなった。グループチャットには参加しているものの、既読だけ付けて特に何もしていない。
クラス内投票での山内が退学した件。
これは手引きしたのはオレだが、最後に手を下したのは平田自身だ。
自分の手でクラスメイトを切り捨てたという事実が、アイツの精神を蝕んでいる。
そして、なぜ山内はポイントを持っていたのに退学したのか。
しかし答えに気付こうとも、オレが嘘を吐いていたとしても責めきれない。
何故なら山内はオレを退学させようと動いていた人間だ、それに反撃しただけ。
なら、どうして?なんて発言は出来ない。
つまり八方ふさがりで、どうしようもない。だから、平田は自分自身を責め始めているのかもしれない。
しかし今は平田よりも、不安の多い人間の方が優先だった。
「ちょっといいか」
放課後の静まり返った教室の出口付近。
背後から掛けた声に歩みをとめた人物は、少しの間おいて振り返った。
「何かな、綾小路くん?」
この特別試験で、精力的に動いている櫛田に声を掛けた。
クラスメイトを積極的に助け、サブというよりリーダー的な役割を果たしていた。
嫌いであるはずの堀北ともある程度話し、邪魔をする気配も無い。ある意味不気味だった。
オレに本性を見られた際には堀北への罵詈雑言を言っていた筈だが、あれ以来音沙汰がない。
それは竜崎のスパイになったからだと考えていたが、それにしても竜崎は櫛田を利用しない。
駒として優秀でありながら放置されている理由が引っかかっていた。
現状の櫛田はクラス内で絶対的なポジションを確立している。
何かあれば、全て櫛田を頼り、試験も仕切る。彼女の言葉一つでクラスの方向性が決まるほどだ。
つまり、櫛田が裏切ればこのクラスは崩壊する。
「今回もクラスを仕切るんだな」
それを頭に入れつつ、オレは話を始めた。
この特別試験をどうする気なのか、竜崎からの指示があるのかを把握しておきたいからだ。
普段通りの表情、近くで見てもその本音は見えてこない。
「歩きながら話そ?」
教室には何人かの生徒が残っており、会話を聞かれたくないであろう櫛田はそう促して歩き出す。
「今日はこれからAクラスの子たちと遊ぶ予定があるんだ、大変な時期だけどごめんね?」
「あぁ、それに関しては問題ない」
24時間、試験のことだけ考えるのは難しい。だからこれは自然なこと…
と思うだろうが、わざわざAクラスと遊ぶとオレに言っているのはカモフラージュなのだろう。
確かに櫛田が他クラスと遊ぶのは違和感が無いが、最近のコイツは特に他クラスと交流を深めている。その交友関係の広さ自体が、彼女の最大の武器であり、裏切りの証拠だった。
「それで、クラスの仕切るって話だよね?うん、その予定だよ。堀北さんも平田君も、少し体調が悪そうだし、その分を私が埋めなきゃいけないからね?」
それは堀北のことを嫌う櫛田らしくないセリフだった。
「どう?納得したかな」
「オレは、櫛田が竜崎と繋がっていると疑っている」
回りくどい駆け引きは時間の無駄だ。そう考えたオレは直球でそう告げた。
「え、そうなの?私のどこを見てそう思ったのかな、正直に言ってみてよ」
驚くべきことに、櫛田の眉一つ動かない。完璧なまでの演技力だった。
「お前が竜崎と協力していなければ起きない状況が起きているからだ」
体育祭の参加表、混合合宿での小グループの結果。
明らかに関与しているとみて良い場面が何度かあった。偶然の一言で片付けるには、ピースが合いすぎている。
「でも、それは偶然かもしれないでしょ?私が竜崎くんに協力することにメリットは無いよ」
「いいやある。お前は今、クラスで立場を持っている。一年かけて作り上げてきた櫛田桔梗というキャラクター像、それがお前に対するメリットだろう」
さらに、彼女が抱える「秘密」をネタに脅されているとしたら、竜崎にとって彼女は最高の駒になる。
「その代わり、クラスの情報が欲しい…ってことかな?」
「そうだ」
「んー、私がそもそも竜崎くんに協力してない以上、それは交換条件になってないんじゃないかな?」
クスクスと鈴を転がすような笑い声を上げながら、櫛田はすれ違う生徒に軽く手を振る。
「そうか、それはお前以外に本命が居るとしてもか?」
オレの投げかけた言葉に、櫛田の足取りがわずかに、本当に一瞬だけ淀んだ。
「……どういう意味かな?」
「おかしいとは思わないか?何故竜崎がお前をスパイにしたのにも拘らずクラスの情報を流させないか」
スパイにしたのなら、それを有効活用すべきだ。なぜならオレが気づけたようにいつしかバレてしまう。動かずとも、視線や表情、空気感は隠せない。
「今のところお前が竜崎に益を出したのは混合合宿だけ。櫛田という有用な駒を使ったにしては少なすぎる、そうは思わないか?」
「……」
「オレはこのクラスにもう1人、竜崎のスパイが居ると思っている」
その可能性に思い至った瞬間、櫛田の仮面が先程より揺らいだ。
彼女にとって、優越感を満たせる竜崎との繋がりが他の誰かと共有されているとなれば話は別だ。プライドがそれを許さない。
「だから、櫛田。オレと協力しないか?お前はそれに対して怒りを覚えるはずだ、なんで私を使わないの?とな。今、お前は竜崎を見返したい、そう思い始めているんじゃないか?」
「綾小路くんは、いじわるだなぁ…」
吐き捨てるような低い声。それが彼女の素のトーンだった。
「私は別に竜崎くんと繋がってないけど気が変わっちゃった。良いよ、協力してあげる。頼ってくれたのは素直に嬉しいからね」
数秒の沈黙の後、彼女は再び無理やり作り笑いを貼り付けた。だが、その瞳の奥の光は先ほどまでとは全く違っていた。
「でも、一時的にだからね?もし、私以外にスパイが居なかったら、どうなるか分かってるよね?」
「あぁ、勿論」
「そっか、なら後でクラスの情報を送ってあげるよ。じゃ、そろそろ時間だから。またね」
櫛田はそう言い、一度も振り返ることなくケヤキモールの方へ向かって行った。
──────────────
竜崎正の独白。
放課後のケヤキモール、カフェ。
選抜種目試験を控え、校内全体がピリついた探り合いの空気に包まれている中、異質な一角が出来上がっていた。
「珍しい組み合わせですね。竜崎正、一之瀬帆波」
突如として現れ、声をかけてきたのは、森下藍だった。
片手には季節外れのアイスクリームを持ち、その独特なマイペースさは健在だった
そしてその隣には温和な表情を浮かべ、プラチナブロンドの髪を靡かせる女子生徒──白石飛鳥の姿がある。
「森下さんに、白石さんですか。……そちらこそ、奇妙な二人組ですね」
森下藍──彼女とは五月頃散策をしていた最中に話しかけられ、そこから交流を持ち始めた。
そして白石飛鳥──彼女ともほぼ同時期に知り合い、そして私がBクラスでもっとも警戒する人間の1人となった人物だ。
「こんにちは竜崎くん。盗み聞きみたいで感じが悪いと思いますが、貴方の声が聞こえたものですから」
白石飛鳥は人当たりの良い笑顔を浮かべながら、こちらの様子を窺ってきた。
「奇妙とは心外ですね。私と白石飛鳥はマブダチで『甘味探索同盟』を結んだ正当なパートナーですよ?」
「はい、森下さんとは同盟関係なんです。最近関わりを持ち始めたんですが、思いのほか相性が良くて仲良くなりました」
彼女は穏やかに微笑みながらそれに同意した。
「…それにしてもこんな日中から女を侍らせて、良い御身分ですね?竜崎正」
「え、そんなこと無いよ!?竜崎くんとは偶然予定が空いてたから雑談してただけ。やましいことはしてないから」
身に覚えのない揶揄に、一之瀬が慌てて身を乗り出して否定する。その焦りようが逆に森下藍の興味を惹く事には気づけてないようだった。
「おや図星ですか?それとも竜崎正、本当に違うんですか?」
「はい。それに要らぬ疑いをしない方が良いですよ、森下さん。なぜか敵を増やした貴女では、私まで相手にする余裕はないでしょう?」
「なら、ラップで勝負しましょう。竜崎正程度、私なら片手間で相手できます」
「ふふっ、やっぱり面白いですね森下さんは」
白石はふっと息を漏らすように笑った。彼女のその余裕に、わずかな警戒を抱かされる。
「でも、今日は私の番です。竜崎くんとは一度ゆっくりお話をしたかったんです。森下さんも少しお時間いただいても良いですか?」
「ウェルカムです、私は友人の頼みを断る程薄情ではありません」
その言葉に頷くと、私の前の席に2人は自然な動作で腰を下ろした。
そして白石飛鳥は小さく目を細め、隣に座る一之瀬帆波へと物珍しそうな視線を滑らせる。
「あ、すみません。そちらの方の許可を取っていませんでした」
形だけの謝罪を口に、一之瀬帆波は戸惑いながらも首を横に振った。
「あ、私かな?一之瀬帆波です、よろしくね?」
「ご丁寧にありがとうございます、私は白石飛鳥、こちらは森下藍です。宜しくお願いしますね?」
「宜しくしてくれなくても良いですよ」
森下藍のトゲのある返答を意に返さず、白石飛鳥は話を続けた。
「それにしても竜崎くん、森下さんと交流があるなら言ってくれても良かったんですよ?」
「それはすみません、白石さんなら言わなくても分かると思ってました」
直接的な揺さぶりにも彼女は微笑むだけで動揺の色すら見せない。
それは櫛田桔梗と似ているが違うもの。
距離感や言葉の節々から親しみ、優しさが滲んでいるからこそ、その本性が濁って見えてこない。
「あまり白石飛鳥を虐めないでください。それとも幼気な少女を虐める狼さんのような精神を持っているみたいですね」
「貴女は自分の立場を理解していますか?私のスパイを嵌め、退学させた。それを私が許容するとでも言いたいんですか?」
私は彼女に協力を申し出たが、信じる気はなかった。
橋本正義を退学させた首謀者はほぼ森下藍に違いないだろう。
彼女が大人しく他人に従う人間性でないのも根拠の一つだ。
「そ、そんな酷いですよ竜崎正。私はただ…、生き残るために必死だったんです。そう、川の中みたいに。それに、私は正義なので悪である橋本正義を討伐しただけですよ」
「なら、名前が正義である橋本さんの方が勝つべきでは?」
「酷いです、竜崎正。私の好感度パラメーターはマックスを振り切っているのに……、私と竜崎正は心からの友で前世はきっとナメクジです」
その言葉の意味が分からず首を傾げると、白石飛鳥が口を挟んだ。
「どちらかと言えばカタツムリでは無いでしょうか?貝があるわけですから、一心同体という意味でしたらそちらが適切かと」
「くっ、私もここまでですか…このまま竜崎正の良いように扱われてしまうんです……」
わざとらしく肩を落とす森下藍の芝居に、私は間を空けず言葉を投げた。
「そうですね、なら退学してください」
私が即答したのがツボに入ったのか白石飛鳥は口元を隠しながら笑った。
「ふふふ、相変わらず可愛いですね」
「まさか…ひょっとして…スキ?」
「確かに隙しかない態度ですね。森下さんは可愛いんですから、気をつけないとダメですよ?」
指で森下藍を突きながら、白石飛鳥は上目使いをした。
「フ、流石ですね白石飛鳥。私を褒めつつ、竜崎正の悪辣さを指摘する。素晴らしい手際でした」
「いえいえ、それほどでもありません」
彼女たちがここに足を運んだ本当の理由へと話を強制的に引き戻すため私は声のトーンを少しだけ落として話に割り込む。
「そんな漫才を見せるために、話しかけてきたんですか?早く本題を話してください」
その言葉でようやく2人のじゃれ合いが止まった。
彼女たちは、わざとふざけている。
特に森下藍。彼女は飄々としているが実力は確かだ。言及を避けるように会話を流している事は明白だった。
「本題…ですか?」
「貴女は私に話がある、そう推測しているだけですよ」
迷いのない返答に、白石飛鳥は一瞬驚いたように眉を顰めた。
「そうですね。私が聞きたいのは……」
カップをソーサーに置く乾いた音が店内に微かに響く。
騒がしい一幕が遠ざかったかのように、白石飛鳥は和やかな表情を引き締めた。
その瞳には、好奇心が揺らめいている。
だからこそ私は、彼女が息を吸った瞬間──
「白石さんが聞きたいのは、同盟の話ですよね?」
言葉の先を読み、被せるように答えた。それに驚いたのか、白石飛鳥は少しだけ瞳を揺らしたものの、すぐにいつもの笑みを取り戻す。
「なるほど。竜崎くんのクラスと同盟を結ぶという話は冗談ではなく本気だったんですね?」
「はい」
白石飛鳥の言葉に、私は内心で息をつく。彼女は測れない人間だった
クラス内の不穏な空気から水面下で動く何かを察知し、関係者と予想した森下藍と近づき交流を深めたのだろう。
仲良くしていると言いつつも、森下藍を実験動物を見るような眼差しで見ているのが、何よりも証拠だった。
「しかし、それには難しい問題があります。私たちのクラスが上のクラスである竜崎くんに協力できるわけが無いです」
彼女は何故、私が同盟を出来るのかに気が付いたうえで話をしている。
現に悩むように俯きつつも、意識がこちらに向いているのが感じられた。
「白石さんは気が付いているんでしょう?私の手が広がっている事に」
Bクラスは一枚岩ではない。
坂柳有栖と葛城康平、2人をリーダーとする派閥はあるが、そのどちらも目立った成果を出せていない。
早々に見切りを付け別クラスに移籍する事を考えるのは当然だった。
それに、私はある未来を描いている。
「同盟を結ぼうとする人間は実在している。
Aクラスで卒業できるのが、1クラスだけとは限らないですよ」
その言葉に白石飛鳥は興味深そうに眼を細めた。
「……つまり、複数クラスをAクラスに?」
「どちらかといえば、40人だけがAクラスで卒業する事を崩せると竜崎正は言いたいんだと思います」
森下藍が私の側に置いてあるクッキーを摘まみながら、話に割り込んできた。
「森下さんはこの話、知ってたんですか?」
「はい、何度考えてもバカげているという結論しか出ませんね」
私は自分の資産だけで救済が行えるほどの財産を築いた。
そして一之瀬帆波の持つポイントはそれ以上ある。同盟は無条件とはいかないものの難しい話ではない。
「信用は私には無いでしょう。なら、隣に居る一之瀬さんはどうですか?」
私が隣に視線を移せばそれに釣られるように白石飛鳥たちも視線を動かした。
「彼女なら信じれる、そうは思いませんか?」
「え、私?」
一之瀬帆波が戸惑いの声をあげる間もなく、森下藍は即座に首を横に振った。
「思いませんね、なぜなら一之瀬帆波も竜崎正の手先。相当にあくどい事を考えているに違いありません。
今も嫌な目をしています、とても生意気で鬱陶しいです」
「そ、そこまで言うの!?」
あまりの直球な悪口に、一之瀬帆波は言葉を失い、なぜか酷く傷ついたような顔で胸を押さえて机に突っ伏した。
私はその反応を少しだけ残念に思い、小さく溜息を吐いた。
「そうですか。ただ、結ぶかの判断はそちらに任せますよ。
彼らが私に従ってくれているのは坂柳さんや葛城くんが成果を出せていないから。今後次第でこの話も白紙になるかもしれません」
「…信じられないですね」
「そう思うのも無理はありません。私が裏切る可能性を考えるのは自然な話です。だからこそ、短期間での同盟でも良いですよ」
白石飛鳥はここまでの話を聞いて、まだ拭えない疑問点があったのか、綺麗な眉を不思議そうに寄せた。
「……なぜ、この話を私たちにしたんでしょうか?坂柳さんや葛城くんにした方が有意義だと思ってしまいます」
「彼らは確かに優秀です。しかし、この提案を呑む人間ではない。それに比べて貴方たちは話が通じやすい、そう考えただけですよ」
「ですが、私は最近になってクラスに貢献し始めました。そんな人に何故期待をしているんですか?」
「期待?違いますよ。それに、話に乗るかも分からない人間にこれ以上言う気はありません」
しかし、私にとってこの会談は収穫があった。
『最近になって』良いヒントを貰ったからだ。
私が何度か圧力を掛けても動かなかった彼女が、今になって動いた理由。
それが白石飛鳥の本性に近づくきっかけになるはずだ。
「まあいいでしょう。
今日のところは美味しいアイスに免じて引き下がります。行きましょう、白石飛鳥。ここには少々毒気が強すぎます」
「ふふ、そうらしいです。すみません、お邪魔しました」
「いえ、また今度」
「はい、竜崎くん。
白石飛鳥は最後に意味深な視線を私へと残し、森下藍と共に静かに去っていった。
遠ざかる二人を見送った後、一之瀬帆波がぽつりと呟く。
「……ねぇ竜崎くん。今の話どこまでが本心かな?」
私を見上げてくる一之瀬の瞳には、かつてのような甘さはなく、疑念が宿っていた。
「最初から、最後まで本心ですよ」
彼女は私のその言葉を疑った。
私すらも疑う心を持ったのは良い意味で成長だった。
そして、彼女が私の心を理解できる事に期待しつつ、先ほどの事へ思考を巡らせる。
この学校は綾小路清隆、高円寺六助といった私ですら本心が見えない者が多い。
学生という年齢でありながら、完成しかけている彼らの存在は良い意味で私を悩ませる。
だからこそ、私は彼女の行動を観察しているわけなのだから。
『さぁ、どうする?白石飛鳥』
彼女が何を考えているのか、とても興味がある。しかし、それはすぐに分かることだ。
だからこそ、隠れ蓑を潰したのだから。
来年に向けた盤面は、着々と整いつつあった。