ようこそ未知を探求する教室へ 作:フワンテ
竜崎正の独白。
中間試験が終了し、一週間が経った。
先ほど試験が返却され、結果は赤点見当者無し。
予想通りだった。
勉強会をした際にクラスメイトの実力を確認したが、あの段階で赤点を取りそうな生徒はほぼ居なかった。その為、その生徒を集中的に指導する事を一之瀬帆波に指示し、私は勉強会には行くことを辞めた。私が教鞭を振るわずともクリアできるのならば参加する意味は無いからだ。
そしてそんな予想通りの結果発表の後に赤点の回避方法も見つかった。
中間試験は毎年同じ問題を使用しており、過去問を入手する事が解決の糸口だったらしい。
確かにそれならば学力の足りない生徒が居たとしても赤点を回避できるだろう。
が、取れる手段では無い。堀北学は私が取る手段に注目しており、恐らく私が正攻法で他クラスを薙ぎ倒していく事を望んでいる筈だ。彼の期待を裏切る事は好ましくなかった。
──ただそこで疑問が湧いた。Dクラスは何故気がつけたのか?
A及びCはその手段を取り得る人物に当たりをつけている。Dクラスは誰がこの考えを見つけ出したのか。あの実力を隠していた彼か?若しくはそれ以外の人間が偶然発見したか。Aクラスならば過去問など無くとも赤点は取らないだろう。
しかしDクラスならば死に物狂いで探していてもおかしくは無い。誰が見つけていても違和感はなかった。
──まぁそれは終わった話だ。
それよりも気になった事がある、担任の教師が言っていた夏休みにバカンスが待っているという言葉だ。そして点と点が繋がった。
以前、水泳の授業で話していた泳げるようになっておいて損をしないという言葉の意味はこれか。バカンス、リゾート地か?海若しくは川が近場にあるのは確実だな。
泳ぎを使うような場所で試験が行われる。結果によってはcpが増減し、最悪の場合は退学者が出る。
成程な、これならば学力だけでなく身体能力や機転等のペーパーテストでは量れない能力を同時に試験できる。
「竜崎君、櫛田さんが用あるらしいよ?」
「…今行きます」
今後行われる試験について考えていると櫛田桔梗から呼び出された。
テスト期間中にも電話やメール等の間接的な呼び出しはあったが、面倒だった為その全てを無視していた。
それでテスト期間中はやり過ごしていたが遂に堪忍袋の尾が切れたらしい。教室まで直々に足を運んで名指しで呼び出しを行ってきた
私が教室を出て、私を呼び出した人間を探してみる。すると表面上は笑っているが、演技の皮が剥がれ欠ける程度に怒りを溜め込んでいる彼女の姿があった。
「どうも、櫛田さん。それで何の用でしょうか」
「えっとね、ここでは話せない事なんだ。ちょっと場所を移せないかな?」
「えぇ。構いませんよ」
成程。彼女は思った以上に自らの本性を隠したがっていたらしい。
確信を得れないが嘘の匂いがしたので興味本位で確認をしただけだったが、あの時の私の行動は藪蛇だったようだった。
──
私達は監視カメラの少ない特別棟へと移動した。ここならば仮に本性を出したとしても問題はない、彼女はそう判断したようだ。
「ここで良いですか?」
「うん、大丈夫だよ」
「そうですか。では質問です、貴女は何故私に何度も連絡をし、挙句の果てには教室まで私を呼び出しに来たのですか?」
彼女は少し考えているのか、私の言葉から少し間を開けてから話し始めた。
「…あのね、図書室で言ってた話って覚えてるかな?」
「あぁ、覚えてますよ。貴女のその性格が演技って話ですよね?」
「うん。あのね、あれって冗談だよね?」
「何故冗談だと?」
「…私はね、皆んなと本当に友達になろうとしてるんだ」
「そうですか、壮大な夢ですね」
「うん、だからねこの言葉が嘘だなんて、演技だなんて言わないで欲しいんだ」
「確かに貴女の演技は真に迫っていますね」
「何で信じてくれないの、私は本気で…」
「おー、では頑張ってくださいね」
どんなに情に訴えかけようとも私には意味が無い。それが嘘だと確信を持つ私にはただの大衆演劇の一幕と同じにしか見えなかった。
その気持ちの篭っていない言葉の数々は彼女の逆鱗に触れたらしい。演技を忘れたのか大声で怒声を上げた。
「ふざけないでッ!!」
煽るだけで簡単に現れた本性に私は少し落胆しつつも攻め立てる事にする。
「おや?お得意の演技はどうしましたか櫛田さん」
「…それは竜崎くんが」
「まだシラを切るのですか?もう手遅れだと思いますが」
確信めいた言葉にもう演技をする意味などないと理解したのか、溜息を吐きつつも彼女は本音で話し始めた。
「…本当に気が付いてたのね」
「はい、ただ演技自体は素晴らしいと思いますよ」
「今更褒めたって皮肉にしか聞こえない!!」
「そう受け取っても構いませんよ」
確かに同レベルの相手を騙せるほど演技力はあるようだ。しかしプロと比べればまだ成長の余地があると言える。
「あぁ言うべきことがあるのを忘れてました」
「何?もうあんたの言うことなんか聞く気も無いんだけど。また乗せられるかもしれないんだし」
「…人は嘘をつく生き物です。だから私は貴女の在り方を否定しませんよ」
「なに?今更御託並べても無駄。あんたは絶対に許さない!!」
「それでも良いですよ。貴女が何故演技を続けているのか、そしてそれを隠すために何故そこまでの熱意を持つのかは分かりません」
「私の勝手でしょ!!」
「そうですね、勝手です。ですが何故そこまで焦る必要があるのでしょうか」
「…何が言いたいの?」
そこまでして、演技についてバラされたのが嫌だったのか?だが、お世辞にも私の言葉には信頼があるとは言えない。
虚言、狂言なんでもいいが本当だと信じる人は少数だろう。
彼女とは信頼度の差があり過ぎるからだ、私が幾ら言葉を並べようとも勝ちようが無い。
「単に意味がないと言っています」
「あんたが演技してるって言い続けたら私の立場は終わる。だから絶対に止めなきゃいけない」
「それはあり得ない仮定だ。私の評判など貴女は既に知っている筈だ」
変人。
そう私は評されている。それは私の言動への信用性の無さと同時に何をしても許容されるという免罪符でもある。
だからこそ自由に動いたとしても、変人という言葉だけで片付けられる状況はとても好ましかった。
「だからもう一度聞きます。貴女は何故そこまで私がバラす事に意固地になっているのですか?」
「…言えない」
クラスの人気者というキャラクターを演じる理由。
例えば、承認欲求、達成感、世間体、劣等感などが考えられる。
演技をする度にある程度の嫌悪が溢れ出ていた為、演技自体が目的というよりも外付けの燃料がある筈だ。
嫌悪という感情を持ちつつも、執着する。
ならば世間体を気にしているタイプか?周りの外聞を気にし過ぎるがあまり意固地になっている、あるな。
承認欲求もあるにはあるが、嫌悪してまで偶像の演技を続ける必要はない。
ただこれは、今回の場合どれでも良い。
本題は、何故ここまで隠蔽する事に熱を持っているのか。それさえ分かれば彼女を自由に利用できるようになる。
理由。
これまでの出来事で思い当たる節はあったか?櫛田桔梗に関する出来事か。
……今思えば、堀北学の妹、彼女には他の人間よりも強い嫌悪を向けていた。
あの時は堀北妹の他人を突き放すような態度によるものだと考えていたが、本命は演技により起きた出来事の目撃者か?態度だけならばあそこまで露骨に嫌う必要はない。Dクラスは櫛田桔梗にとって、偶像を騙る彼女にとっては地獄のような場所なのだから。
よって関係は”ある”と推測する。
しかし彼女らがどの程度の関係性かを知る由が無い為、可能性としては5%程度。
だが、直感は真に迫っていると訴えている。
── 少し鎌を掛けてみるか。
「あぁ、そうですか。言えないのなら仕方がないですね」
「……」
「では、貴女の演技により引き起こされた事件、これが関係していると思っておきますね」
「ッ!?何でそれを知って…?」
当たりか。
今日も直感が冴えているようだ。彼女が親切で助かったとも言える。夏の暑さからか、それとも冷や汗なのかは判別できないが、彼女の頬を一滴の汗が滴り落ちた。
「最近、知る機会がありました」
「白々しい!!知ってて私を揶揄ってたんでしょ?」
「それでも良いですよ」
内容について言及されれば、私の嘘などすぐにバレるのだが彼女は触れずに話を始める。余程、言いたくない出来事らしい。
「はぁ。それで、私をどうするつもり?」
「そうですね……、あぁ良い案を思いつきました。私の協力者になってください」
「…馬鹿にしてる?私がそんな事するわけ無いでしょ、こんな事をしておいてタダで済むと思ってるの?」
「いいえ、確かに最初は異なる答えを用意していました。貴女は私を嫌っており協力など出来る筈がない。しかし話していくうちに貴女の事が欲しくなりました」
その言葉に疑問を浮かべてはいたものの、彼女は私の元へと走り距離を詰めた。
秘密を握る私への対抗手段が無いかを話しながらに模索しているとは想定していたが、取った手法はあまりにも粗末だった。
男性を犯人に仕立て上げる際の典型的な常套句だ。
確かに指紋を衣服に着けさせ、それを証拠として訴えを上げれば私の方も多大な打撃を受ける。ただし、それはこの学校の外で同様のトラブルが発生した場合の話だ。
この学校は、退学までの判断を生徒会が取り仕切ると聞いている。つまり指紋検査自体が不可能となり、証拠となり得るのか疑問だ。
仮に犯罪行為として学校外の警察による検証と調査が行われるとしよう。生徒会の判断出来る範疇ないならばその可能性もあるからだ。
ただどちらにしろ、彼女の嘘はバレるだろう。
本当に性的暴行をしているのならば一箇所だけ指紋が残るはずが無い。強引に誘致しようとしているのならば抵抗により複数箇所に照合はできなくとも指紋は残る筈だ。
そして期限付きである事。
これも知識不足としか言えない。指紋が付着した物品の材質、指紋を残した人物の体質等で残存期間が変化する。一般的に、乾燥した表面で数日から数週間程度だ。
つまり時間制限のある証拠に過ぎない。
すぐに訴え出るのならば証拠として認定されるかもしれないが、彼女にその気は無いだろう。
お互いに脅しあうための道具としての意味しか頭に血の昇った彼女は見出していないためだ。
「辞めておいた方が良いですよ」
「うるさい!あんたを私を襲ったレイプ犯として仕立て上げてやるッ!」
「…これを見てもまだ言えますか?」
「スマホ、何を…?」
ただ、念には念を入れておく。私は櫛田桔梗へとスマホの画面を見せた。
「それは、録音画面ッ!?」
先ほどの話は規則通りに警察が動いた場合に過ぎない。担当者によっては感情というブレが混ざり違う結果にもなり得る。
だからこそそんな確率の不安定の行動を取る必要はない。
その為の録音。
私が何の保険も掛けずにこの場に立っていれば結果は違っていたのかもしれないが、執拗に呼ばれていた事から準備は怠っていなかった。
「はい。貴女と話すという事で最初から録音をしていました」
「成程ね。全部あんたの掌の上だったって事かな?」
「そう言う事です」
会話を最初から録音する事で相手が取る行動を無意味にする。誰でも考え得る案だ、幼稚なものだが今回はそれで事足りた。
彼女が予想を凌駕する才を持つ場合も想定し、他の策も用意していたのだが、仕掛ける気も起きない程度の頭脳だった。
「さて、ではこれから宜しくお願いしますね?櫛田さん」
朝日の光が室内入り込む。
眩しい日差しに少し不快な気持ちを感じつつも、私は体を起こした。
近くにある窓は曇っていた。外の様子を知りたかったので寝起きで体温の低い右手を使い、窓ガラスを擦る。
まだ日は出始めたばかりで、今日はいつもより早く起きたようだった。
「相変らず平和だ」
独り言を言った後、後ろを見るとベッドには少しの皺しか残されていなかった。
一ヶ月半ほど前、私は警察権力の切り札として多くの事件を解決してきた。
『L』として数多くの難事件を解決し、そして法律においては悪と判断されるであろう行為を行ってきた。
その時間と比較して、今はそのような事は起きない。この学校は正に平穏だ。命のやり取りなど起こり得ない箱庭。
ぐっと背を伸ばし、冷え切った地面を足裏で擦ると気持ちが少し冷静になった気がした。
そして私はリビングに鎮座しているチープなソファに腰を下ろす。
座面と変わらない机の上には、昨日の夜に考えていた痕跡が置いてあり、それを手に取り記憶を呼び起こすために読み直した。
私は負けず嫌いだ。些細な事でも勝ちたいと思ってしまう幼稚な性格だ。
それは、この子供のままごとのような仕組みを持つ学校でも変わらない。
「Aクラスでの卒業、これがこの学校の最も完全な勝利」
その為にはまずBクラスの内部改革。
手始めに一之瀬帆波を矯正する。彼女の長所である平等な優しさはそのままにしつつ、他クラスへの善意を向けにくい環境を作る。最初は心が乱れるだろうが免罪符を作ればいい。
また、反一之瀬帆波派の統一。彼女への不信感を募らせる生徒が出始めている。Bクラスの朗らかで気楽な空気感や団結力の高さへの鬱陶しさを感じ始めている。人間には相性がある。だからこそこれは予想の範囲内だ。
もうそろそろ私に接触しようとするだろう。一之瀬帆波以外でリーダーに向く人間は私しかいない、といった具合か?
そして他クラスへのスパイ。
少し前に弱みを握れた櫛田桔梗、彼女はもしもの為の保険として利用できる。
一之瀬帆波と同様に彼女も多くの人間の信頼を得ている。ただ私に対して敵意を持っているようで、指示をしたとしても裏切れる機会を虎視眈々狙い続けるだろ。
しかし、それは心配していない。
あの様子だとそのうちボロを出す。彼女の演技は確かに強固だ。私が気付けたのは直感によるもので、それが彼女の実力の高さを証明しているだろう。ただ、弱点として煽りへの耐性が無さ過ぎる。それさえ無ければ彼女はより一つ段差を昇るだろう。
人間の感情とは未知の結晶だ。合理的では無い判断を他者への感情により捻じ曲げ、予想もしない結末を迎えることもある無限の道筋だ。あの歪さも人であるから生まれたものだ、機械ならばこうはならない。
「──ッ、少し思考が鈍っているな」
朝起きたばかりで糖分が足りていない為、机に置いていた瓶を取る。そして中に入っていた角砂糖を一つ口の中に放り込んだ。
「これは確かに平凡だな。ただそれを望んでいる私が居る」
『青春』それが何かを私は知る為にこの学校に入った。
そして少しその意味を知れた気がする。人間が生み出した概念の一つであるそれは、夢を追いかけている最中の若人たちの軌跡なのかもしれない。
少し残っていた眠気を飛ばすために、冷蔵庫にストックしていた缶コーヒーを取りだし、飲み口を開けた。そして近くに置いていた瓶から角砂糖を数個口の中に入れてぐっと流し込んだ。
カフェインと糖分が頭を巡っていき、眠気に塗れた頭を少しさっぱりさせた。
口いっぱいに広がる珈琲の苦さを、砂糖の甘さが塗り替えていく感覚が私の脳を支配した。
「認めよう。これもまた『青春』の一つだと」
───
現在、私はケヤキモールに来ている。
この学校に来てから約三ヶ月経った。少し前までは新入生たちも最初はこの学校の空気感に気圧されていたが、人間は適応する生き物。次第に落ち着きを取り戻し、今では日常の一部として溶け込んでいた。
「竜崎?どうかしたのか」
「いえ、ただ景色を眺めていただけです」
「そうか、なら良い。だがモタモタしていると置いていくぞ?」
私は最近まで下準備の為色々と手を尽くしていた為、片手で数えられる程度しかクラスメイトと交流をしていなかった。人間を信頼はしていない、しかし交流の重要性は理解している。
だからこそ、久しぶりに誘いに乗ったのだ。
ケヤキモールの一角にあるカフェ。そこで私たちは休憩がてら小腹を満たす事にした。
「へ、変な持ち方ね?」
「あぁこれは癖です。あまり外で物に触れたくないので」
「もしかして竜崎くんって潔癖症?」
「そうとも言えます」
甘味を味わっている最中、何度か話し掛けられたが相手も会話を続ける気が無い私の態度に気まずそうに口を閉じた。
それを取り敢えず無視し、目の前に置かれたケーキを一口程度の大きさに切り分ける。
それを口へと運び、よく味わってから飲み込む。
いつであろうと、甘いものは良い。
脳を、思考を活性化されるとともに、味覚をも喜ばせてくれるのだから。
一頻り目の前の甘味を楽しんだ後、会話をするかと黙している人間に声を掛けた。
「無理に話しかけずとも良いですよ。私の事は気にしなくていいです」
「いやいや気にするって!!だって竜崎くんが一緒に出掛けてくれるなんて珍しすぎて天地が引っ繰り返るのかなって思っちゃった」
「大袈裟なうえに失礼ですね」
女子生徒の1人は私がこの場に居る光景に現実味を帯びてないようだった。
「それよりもそれ、食べないんですか?」
「最近ちょっと食べ過ぎてて…」
「そうなんですか。甘いものを食べても頭を使えば太らないんですけどね」
女子生徒の1人は私がケーキを食べているのを羨まし気に眺めつつも、手が伸びていなかった。
「勿体ない、甘いものを食べると頭が良くなる気がするんですけどね」
その言葉に免罪符を得たりと思ったのか、女子生徒は目の前に置かれていたケーキの一つに手を出した。
その光景に微笑しながらも、私をこの会に誘ってきた彼は話を始める。
「それで竜崎。お前が俺の誘いに乗るという事は何か言いたい事があるんじゃないか?」
「神崎くん、それは何故?」
「いや、竜崎が色々クラスの為に動いていることは理解している。だからそんなお前がこの場に居るという事は進展があったのだろう?」
神崎隆二。
彼は私と似た考えをしている。だから彼は私に好意的だ。大事な局面でAクラスよりもクラスメイトを優先しそうな一之瀬帆波を信用は置きつつも信頼はしていない。
だからこそ私の行動を抑制しない一之瀬帆波に彼は賛同し、時に擁護を行っている。
彼は現段階においてこのクラスのリーダーの右腕でありストッパー役だ。そのお蔭か、今のクラスは一之瀬帆波の発言に盲目的に従うカルト集団では無く、各々が頭脳を持ったチームへと変わり掛けている。
良い傾向だった。
当初は神崎隆二が消極的であり、いまいち信用が置けなかったため、保険として一之瀬帆波の矯正を早期の目的としていたが彼のお陰で期限が相当伸びた。
「はい。貴方の働きには目を見張るものがありました」
「俺は特別な事をしていないぞ」
「いえ。貴方は健気に、働きアリの様にクラスの為を考え、動いていますよ」
素直に受け入れられる例えでは無かったのだろう、神崎隆二は少し頬を痙攣させていた。
その乱れた精神を落ち着かせるためか、彼は目の前に置かれたコーヒーカップを口元に近づけ、中身を一気に飲み干した。
「改めて神崎くん、ありがとうございます。貴方のお陰でピンチにならずに済みました」
「いや、こちらこそありがとう。お前のお陰でこのクラスは悪い方向に進まなかった」
「そうですか、なら良かったです」
彼は私の行動の意味に薄々感づいているようだった。
手段を選ばない、これは善良な人間の多いBクラスならば批判される行いだ。
神崎隆二も最初は良くは思わなかっただろう。
が、しかしそれよりもAクラスを目指そうという思いが競り勝ったのだろう。それに尽力している私への好感度は相当高く、もしかしたら一之瀬帆波よりも私の方が高い可能性もある。
そこまで交流は無いのだが、考えが近しいからこそ親近感を覚えているのかもしれない。
そしてその隣に居る彼女にも少し興味があった。
姫野ユキ。
神崎隆二と同様に初期の一之瀬帆波の妄信政権が確立されそうなときに疑問を浮べていた生徒だ。クラスの輪を乱さない程度に空気を読むが、交流自体にストレスを感じている。だからこそ話が合うのだろう、良く共に行動しているのを見かけていた。
「それで私たちはなんで誘われたわけ?神崎は竜崎と2人で話したかったんじゃないの?」
「確かにそう思っていたが、おまえたちにも話を聞いて欲しかった」
「あっそ」
口では鬱陶し気にしつつも、そこに負の感情は無かった。言葉にしなくとも通じ合っている。予想以上に彼らのつながりは強いらしい。
「私の用は終わったので今度は貴方たちの番です。話は何でしょうか?私に目的を持ち接触していることは理解していますよ」
「……あぁ。単刀直入に言う、俺は一之瀬帆波に疑問を感じている」
「え。神崎くん、こんな場所でそれを言ったら駄目なんじゃ…!?」
「安心しろ。この場に居る者たちは想いの差はあるものの一之瀬帆波に疑問を感じている者たちだ」
神崎隆二の一言にざわつき始める周囲の人間を諫めるために、彼は弁明をした。
その言葉に生徒たちは、周囲を怖がりながら見回しつつも、一旦は納得したようで口を噤いだ。
確かに周りの人間に聞かれている可能性を考慮すれば正しい心配だ。しかし、問題は無いだろう。今いるカフェは思った以上に人の声が入り乱れている。今の声量だと周囲の人間に話している事は認識されたとしても、内容は聞き取れないだろう。
「成程。では神崎君はそんな生徒たちを集めて私に何の用なのでしょうか?」
その問いに対して、神崎隆二はこちら側に身体を向け、頭を下げた。
「頼む、竜崎。お前がクラスのリーダーになってくれ」
「……ッ!?」
誰かの息を飲む音が聞こえた。
神崎隆二は今触れるべきではない域へ踏み込んだ。確かに心の中で考えた事はあった。一之瀬帆波をリーダーから降ろす、確かにAクラスに上がる為には良い手だろう。
だが、今はまだ早すぎる。
「貴方の気持ちは分かりました」
「ならば…」
「ただ、お断りします」
その言葉に彼は残念そうにしつつも、納得したような表情だった。私が断る事を予想していたらしい。事実、この提案で直ぐに承諾するような人間性ならば、既に一之瀬帆波はリーダーでは無かっただろう。
「分かった。だが念のため、理由を聞いても良いか」
「はい。今の一之瀬さんならば貴方たちの目的であるAクラスでの卒業は可能性としては2%以下程度しかない。それが彼女が指揮するクラスの評価です」
「じゃあどうして?」
姫野ユキも口を挟む。私は話を途中で遮られるのに少し苛立ちつつも、冷静に言葉を選んだ。
「…彼女にはリーダーを続けさせる。そしてその布陣でAクラスを目指します」
「それは出来るのか?」
「はい。そして貴方ならば分かっている筈です、一之瀬さんはこのクラスに必要な人物だと。現にこの場に居るクラスメイトは10人、一クラス40人生徒が居るため四分の一しか居ません。これ以外は基本一之瀬帆波派閥でしょう?」
「…確かにそれはそうだな」
「それに私がリーダーになったところで受け入れられないですよ。私はクラスメイトと必要以上に交流をする気が無い。リーダーとしては不適格です」
その断言した否定に周囲の生徒は余計に混乱した。ならばどうする気なのか?一之瀬支持者が多い状況でどうやってクラスを変えるのかが分からない様子だった。
「だから、策は考えてあります」
「内容は教えてくれるのか?」
「いいえ、今は言う気はありません。ただその策を実行するのは遠くないです。結果を見れば分かると思いますよ」
「分かった。ただその策とやらが失敗したならばお前がリーダーになれ」
「私への挑戦ですか?面白いですね」
懐疑的な眼で私を見つつも、神崎隆二は私を信頼していた。
私の能力を疑う事の無い視線に内心驚きを隠せなかった。彼の心は分からない、ただここまでの信頼を向けられたことは今まで無かった。
「ですがどれだけ私に期待しようとも、一之瀬帆波がリーダーのままですよ」
「それは…?」
「──私の策は失敗しない、そういうことです」