ようこそ未知を探求する教室へ 作:フワンテ
竜崎正の独白。
窓から入り込む太陽の光、暑さから逃げるために室内に逃げ込んだのにまだ熱さを感じる猛暑であった。
「大丈夫か竜崎」
「えぇ。心配なくて良いですよ」
照りつける日差しと、暑さを乗せている波風に吹かれ、私は船のデッキいる事を諦めた。
その環境のせいか、それともこれから暫く船上での生活を強制されている事への憂いなのか私は心の中で溜息をついた。
私は今豪華客船に居る。
船が進むことで造られる高い波はまるで街に立ち並ぶ建物群のようで、そして誰かの造る模型みたいに不規則だ。その不完全さは私の心を躍らせる美しさがあった。
先日夏休みが始まり、多くの学生はその休暇を満喫しているだろう。
そんな中、何故客船に居るのか。
それは中間試験後に言われていた通りにバカンスが始まったからだ。
予定では最初の1週間は無人島に建てられているペンションで自然を満喫し、1週間は客船内での宿泊という流れらしい。
そして、今乗っている豪華客船には様々な施設がある。
景色を楽しむため、多くの人が過ごす広いデッキ。
船上での空き時間を埋めれるシアターや高級スパ等の娯楽施設。
そして複数プールがあり、どの時間帯でも自由に利用が可能。
これ以外にも色々なサービスがあるが、すべて無償だと説明していた。
このVIP扱いは、試験だと疑えと暗に言っているようなものだった。
この高度育成高等学校でただのバカンスなど在り得ない。
これから二週間、私はバカンスという名目で外部での生活を余儀なくされる事が確定しているのだ。
だからこそ、私は良い思いをしていない。いや他にも理由がある。CクラスとDクラスの紛争の結末があまりにも残念だったからだ。
少し前にCクラスがDクラス相手に罠を仕掛けた。
その名目はDクラスの生徒である須藤健が起こした暴力事件。
内容はCクラスの生徒が一方的に暴行を受けたと申告し、退学とポイントはく奪を画策するといったものだ。
確かに狙いは悪くは無かった。須藤という生徒は短気で挑発により手を出させやすい。
訴えをする際に須藤により付けられた傷こそが証拠だと言っていたが、私はそれだけでは足りないと断言する。状況的証拠としては提出出来るだろうが、判決を下すには弱い。その甘さから負けたのだから。
例えば証拠として録画を残すべきだった。
須藤に殴られた際に録画して置き、その挑発した音声を消せば暴行されたシーンの映像が残る訳だ。
今回は同じDクラスの生徒が撮影した須藤が呼び出される様子の写った写真により、翌日に審議が持ち越されたせいで破綻した。それを別日の出来事だと咄嗟に言い訳した事が唯一評価できる点だろう。
Dクラスはお人好しであるBクラスの一之瀬帆波の協力を仰ぎ、嘘に嘘で対抗するといった荒業を取った。
彼女に詳細な内容を聞いたが、偽の防犯カメラを設置し、防犯カメラに犯行の映像が写されていると脅したらしい。それにまんまと騙されたCクラスは訴えを撤回してしまった。
行動を起こす際に下見はしていた筈だが、その日は猛暑日。特別棟は灼熱で蒸し暑かった。そのせいかCクラスの人間は正常な判断が出来ずに失言をした。その隙をDクラスに付けいられ敗北。
──これが事件の顛末で、本当につまらないものだった。
犯行役が幼稚だと評していたが予想以上だった。何故騙されてしまうのか?そして仮に防犯カメラにより映像が残されていたとしてもCクラスの行動は挑発のみ。暴行したDクラスの方が罰の重い。
仮に監視カメラの確認をしたと失言してもそれは変わらない筈だ。一方的な暴力から過過失相殺はされ一部認容、一部棄却でDクラスの方が傷の深い痛み分けで終われたはずだ。
確かに当初の目的であるDクラスから退学者を出す事は叶わないだろうが、やるからには傷をつけるべきだった。
…所詮は過ぎた話か。
今はこの状況について考えるべきだ。
「…それで聞きたい事があるのでしょう?」
「分かるのか」
「はい、貴方は他の生徒達を押しのけて私の介助しました。露骨すぎますよ」
神崎隆二は私にクラスのリーダーになれと言った以降、私の動向を注視している。
恐らく私の行動へのフォロー等の補佐が目的だろう。彼は私が断ると予知しつつも納得はしていない。だからこそ私の評価を出来るだけ高く維持できるように手助けを行い続けている。
まるでワタリを思いだすかのようなサポートだった。
「確かにな。…質問だが、今回のこの船旅はただのバカンスでは無いだろう?」
「そうですね。今回の豪華客船は実力を精査するための試験の一環です。そしてその目的とは無人島でのサバイバル。その後の一週間でもう一つ試験はあると予想しています。ですが内容は現段階では情報が無いので分かりません」
無人島のペンションで過ごす等あり得る筈がない。それならば水泳が必要という話は冗談という事になる。だが、それはないだろう。あの体育教師は冗談を言うタイプではなかった。
海での水泳大会説も無くは無いが、今後体育祭があると予想しているため可能性は低い。
同じような試験をする意味は無いからだ。
「…運動に関する事か?」
「はい、そしていいえ。それだけではないと思います、学生を無人島に放り出し、サバイバルを強制するだけでは彼らの心は一週間も持たない」
何人かはサバイバルの知識があり、無人島での生活を楽しむことも不可能ではないだろう。だが、クラス単位での生活となればそれは難しい。男女混合での不自由な生活はクラス内の関係性を悪くするだけだ。
特に一年生の八月などただの顔見知り程度の関係性も居るような脆い結束力だ。それはこの国力を上げ多額の資金が投入された学校で許容できる話ではない。
「成程。おまえの考察は理解した。だが気になる事がある。お前は今回の試験において動く気か?」
「そうするつもりですよ。貴方たちもそろそろ戦果が欲しい筈だ」
「そうだな…、だが良いのか?お前が戦果を出せば一之瀬をリーダーにしにくくなるぞ」
確かに私の方がリーダーとして相応しいと思われてしまえば、彼女をトップに置くといった発言は実現しにくくなる。
「それについては考えがあります。そして提案です、今回私がする事を貴方たちはサポートしてください」
「ふむ。それは内容を聞けるのか?」
「いえ、今は言えません。ですが今決めてください」
「…仮にその策が失敗したら?」
「貴方に以前言った通りにしますよ」
私の作戦が失敗するとは思わないが、仮に失敗したならばリーダーになる事を許容しよう。
「分かった。他の生徒にもそう言っておく」
「そうですか」
そう言い残し私は憂鬱な気持ちになった。
この後に訪れる衛生的ではない生活を予想したからだ。
学生の中のどの程度がこのバカンスを楽観視しているかは知らないが、天国から地獄に叩き落とされる時、彼ら彼女らはどう思うのだろうか。
──そう考えている時、室内にも関わらず人の騒ぎ声が聞こえた。
「どうやら始まるようです。神崎君も付いて来てください」
「何…?分かった」
外へと出ると身体を包み込むような熱気が私を襲った。それに不快感が覚えるが許容しつつ、景色を眺められるデッキへと向かって行く。
到着すれば多くの生徒がそこに居た。こちらに手を振るBクラスの生徒に手を振り返す神崎隆二を横目に見つつ、目の前の景色に目を凝らす。
「成程、あれが目的地ですか」
もう見える位置にある島。
どうやら到着するらしい、案外あっという間だった。
これから何が成されるのか軽く予想をしていると隣から困惑の声が聞こえた。
「船が、回り始めている?」
直ぐに島に付けられると思っていた船が島の周囲を回るように旋回し始めたからだ。
「成程。やはり戦略性ゲームに近いものでしょう」
島の全容の把握をしろと暗に訴えているのだろう。
単にこれから過ごす島を紹介しているだけかもしれないが、懐疑的になるべきだ。疑う事は損ではない。
表面上は手つかずの島といった見た目だが人工物であると、自然を否定する矛盾点がある。
適度に間引きされたように規則性のある森、その隙間に見える不自然な岩盤に出来ている空洞。
手入れのされていそうな小屋。そして漂流物の一つも無い掃除されているビーチ。
そして予想通り存在しないペンション。
宿泊施設らしい建物もない事から本当にサバイバル生活らしい。
「本当に最悪な気分です」
衛生面に期待できないことが確定したため、先程よりも気分が下がるがやむを得ないと気持ちを切り替える。
『これより、当学校が所有する孤島に上陸します。
生徒の皆さんは30分後にジャージに着替え、学校より指示された荷物をお持ちになり、デッキに集合してください。
それ以外の私物は全て部屋に置いてくるようお願いします。また暫くお手洗いに行けない可能性がありますので、きちんと済ませておいてください』
そうして上陸を知らせるアナウンスが流れた。
「成程な。おまえの予想は当たりのようだ」
「そうですね」
私の考えを疑う気なんて無いにも関わらず、白々しく感心した態度を見せる神崎隆二の様子に少し呆れた。
誰に似たのだか、そう考えつつも作戦をシュミレーションし不備はないか考えている。
…念の為、保険を張っておくか。
「あぁ忘れていました、”彼女”にも伝えておいてください。上手くやれと」
そう言い残し、私は準備をしに自室へと向かった。
──
普段の体育の授業で使用しているジャージに身を包み、Aクラスから順番に下船していく。
一年生全員が砂浜に集合し、各クラスの担任が出席確認を始めた。
「んー、Bクラスは皆いるかな?」
「はい。星之宮先生、皆いますよ」
「よーし。じゃあそろそろ説明があるから整列して待っててね~?」
その言葉を受けBクラスの生徒は列を成し待機した。
徐々に各クラスの教師による話が終了したのか、多種多様な人間が集まってきた。
「これから何が起こるんだろうね」
「なんだか嫌な予感がするな」
これが試験だと気が付かない、能天気すぎる生徒だ。
いやそんな事は関係ない、今は情報を集めるべきだ。
暑さからか汗を流しつつ立っている教員たち。その中にBクラスの担任の教師と目があった気がしたが、年相応の態度ではない人間の知り合いなど居ない為無視した。
作業着に身を包んだ大人たちが船から荷物を降ろし、特設テントの中に運び入れている。
恐らくあそこが試験の本部として不測の事態には対応をするのだろう。
そう観察していると1人の教師が壇上に上がった。
高身長で英語を担当しているAクラスの教師、彼は軽く咳をし、声を整えると話始めた。
「まずはこの場所に無事に付けた事を嬉しく思う。しかしその一方で一名ではあるが、病欠により参加できなかった事はとても残念でならない」
その一名とは坂柳という名前の女子生徒だろう。彼女は先天性の疾患がありこの試験に参加する事は出来なかったと予想する。
「ではこれより本年度最初の特別試験を行いと思う」
場に満たされるのは疑心、多くの人間が未だに現実を理解していないようだった。
その際に周囲を確認し、警戒すべき人間を探す。予想通り、Aクラス、Cクラスはマークしていた生徒が落ち着いていた。そしてDクラス、ほぼ全員が現実を受け入れていないようだったが、独りだけ違った。高円寺六助、現段階のDクラスにおいて最も警戒すべき生徒だった。
「君たちには今から一週間この無人島で生活をしてもらう。つまり終了は七日後の八月七日の午後だ」
周りの生徒の様子を気にせずAクラスの担任は話を続けた。
「この特別試験のテーマは『自由』だ。それではルールを説明する。まず、各クラスには300ポイントが与えられる。そして、一週間後の試験終了時に残っていたポイントがcpに加算され、夏休み明けに反映される。尚、後にペナルティについて説明するが欠席者がいるAクラスは270ポイントからのスタートとなる」
その言葉に生徒の誰かが息を飲んだ。
仮に全額残せるのならば300cpが貰えるわけだ。出遅れているクラスにとっては下剋上のチャンスだ。浮かれる気持ちになるのは当然なのかもしれない。
──だが、良い機会だった。
早い話、これはクラス間の闘争が熾烈になるのだ。Aクラスだけが与れる恩恵に惹かれ、これが争いだと気がつく者がいる一方、まだ平和ボケしている能天気な者も居た。
この試験の中で、改めさせる事は容易だろう。
「スタートの際の支給品はクラスごとにテントを二つ、懐中電灯、そして衛生用品だけだ。特例として女子の場合に限り生理用品は無制限で許可している、必要な者は担任の教師に願い出るように。
だが安心しろ、与えられたポイントを使用し飲食物や娯楽道具を購入する事も可能だ。そのためのマニュアルも用意している」
そう話しつつ、手に持っているマニュアルと思わしき本を掲げた。
テーマは自由?そうか。クラスポイントに換える事が出来るポイントをどう活かすかで戦略性を作る気か。
ポイントを堅実に節約し、不便ながらも他クラスと差を作るのか。
大胆にポイントを使用し快適さを確保する事でクラスの団結力を優先するのか。
どちらをある程度満たせる器用貧乏を選ぶのか、これはクラスの方針次第といったところか。
順当に考えるのならば、Aは堅実、Cは大胆、Dが器用貧乏か。
そして私の所属するBも”本来”は堅実寄りで動くだろう。
「この島にはスポットと呼ばれる地点が幾つか存在する。
このスポットを占有する事で一度につき1ポイントを得る。スポットを占有するには専用のキーカードが必要だ。占有権は8時間しか効力を持たず、更新しないと自動的に権利が切れる。
そして、このキーカードを使用できるのは各クラスで事前に決めたリーダーだけだ。正当な理由なくリーダーを変更することはできない」
Aクラスの担任は、鋭い視線で生徒たちを見渡した。
「そして最終日、お前たちには他クラスのリーダーを言い当てる権利が与えられる。他クラスのリーダーを的中させることができた場合、一クラスにつき50ポイントが得られる。ただしリーダーを間違えた場合、マイナス50ポイントされる」
「「……ッ!!」」
その今回の試験において重要なルールに、多くの生徒が息を呑んだ。
これが自クラスのリーダーを隠し通す情報戦だと理解したのだろう。スポット占有による1ポイントなど塵に等しい破格のポイントだった。
「最後に、ペナルティについてだ。
体調を崩したり、大怪我により続行不可能と判断された生徒が出た場合、所有するポイントからマイナス30ポイントとなり、対象者はリタイアとなる。
他クラスが占有しているスポットを許可なく使用した場合はマイナス50ポイント。
毎日朝8時と夜8時の点呼に不在の場合は、一人につきマイナス5ポイントだ。
そして他クラスへの暴力行為、略奪などを行った場合は、対象者の所属するクラスを即失格とし、対象者のプライベートポイントを全て没収する。ルール説明は以上だ」
どれもマイナスとしては重いが通常通りに試験に取り組むのであれば、お目にかかる機会はないだろう。
「では、質問がある者はいるか?」
拡声器から発せられる質問の有無を問う声に、私は手をゆっくりと上げた。
「Bクラスのキミ、質問を許可する」
今、全クラスの生徒と教師の目線が私に集まっている。本来であればこの場で質問する事は愚かでしかない。他クラスに無駄な情報を与えるだけであり、不必要な行動だからだ。
だが今回はそれでいい、この作戦ではそれこそが重要なのだから。
「はい。質問もありますがまずは宣言したいと思います」
この試験で取る作戦はもう決めている。
今BクラスはAクラスに王手を掛けている状態だ。だからこそ一之瀬帆波は守りを固めようとする。
…だがそれでは足りない、私は一度トップに躍り出るべきだと考える。
それならば各クラスからの攻撃も熾烈になり、良い成長の機会となるからだ。
「私はBクラスのリーダーになります。なので最後の指名には私の名前を書くと良いですよ」
その言葉に周りの生徒は怪訝な視線を向けた。それはそうだろう、各クラスのリーダーを探し当てるゲームを根本から破壊する言葉だったのだ。
それこそがこの作戦の肝だった。現に他クラスの何人かも意図に気が付き始めている。
この宣言により、この特別試験は情報戦よりも心理戦へシフトする事となった。
私のクラスは未だ未熟だ、情報量の勝負になれば分が悪い為これが最善だろう。
「ほう?随分と面白い事を言うねぇ。この退屈な試験も少しは楽しめそうだ。ただねぇ、君がリーダーになるなんて口では何とでも言える事だよ」
そして気がついた1人が釣れた、この言葉に面白さを見出した男が。太陽を反射する黄金色の髪を靡かせ、不敵な笑みを浮かべる高円寺六助が釣れたのだ。
彼こそこの試験において最も予想のしにくい生徒だ、作戦を乱されると困る。その為、私自身が気を惹く事で作戦通しやすくする事にした。
「確かにそうですね。ではこうしましょう、私は今日各クラスでの作戦会議の終了後に皆さんの目の前でスポットを確保します。これで証明になるでしょう?」
「それなら君がリーダーであると保証される、と。すまないねぇ、話の邪魔をしたよ」
「いえ、構いませんよ。ただ、各クラスで代表者を2人程度決めてから来てくださいね?大人数で来られても困まるので」
他生徒の様子を確認するが、意図が分からないようで首を傾げる生徒。
そうだろう、リーダーと宣言し、実は嘘だったということも出来なくなる自分の首を絞める行為だ。
そのせいか道化を見るように馬鹿にした視線を向ける生徒が見受けられた。
「では話を続けます。仮にリーダーが体調不良になりリタイアした場合、リーダーは変更できるのでしょうか?」
「…そうだ。体調不良等の正当な理由がある場合はリーダーである生徒も同様に処理される。そしてリーダーが不在となる為、新たに指名しなければならない」
「そうですか。返答ありがとうございます」
Aクラスの担任は私の言葉に真面目に答えた。
この質問には目的がある、退路を絶っているように見せる為だ。
リーダーである事を証明した上で、そこから取れる手段の一つを潰す。
それにより私の意図を読む事はほぼ不可能となるだろう。
「もう質問はないな?では、クラス毎に解散してくれ」
その言葉を皮切りに、各クラスが円を描くように集まりだした。