ようこそ未知を探求する教室へ 作:フワンテ
竜崎正の独白。
特別試験2日目。
蒸し暑い環境により、私は最悪の起き方を更新した。
怒りを隠しつつも、テントから出ると光が差し込んでくる。テントの中をちらりと確認すればまだ彼らは睡眠を謳歌しているらしい。
昨日の夜、彼らははしゃいでいた。恐らく都会で育ってきた為、無人島という極限環境によりストレスが溜まっていたのだろう。誰もが羽目を外すほどの大騒ぎだった。
「…面倒だが必要か」
糖分の不足を感じた為、保管されていた果物を一つ貰い、貪りながら少しだけ明るく なった森の中を歩いていく。食べ進めると濁っていた思考が消えていく感覚が広がった。
昨夜も一度森の中を歩く機会があったが、それとは異なる風景に少し気分を躍らせつつ私は今後の予定を考える。
これから私は毎日スポットを確保し続ける。
先日考えていた机上の空論を実現したいからだ。現在スポット確保によるポイントは6×2の12。スポットを六ケ所しか見つけられなかったのと、時間的にも難しい為このスコアになってしまったが、これからペースを上げれば100ポイント近く集める事も可能だった
その場合、Aクラスは明日以降Bに落ちるだろう。
そして私のクラスがAとなる。それを目指すためにここまでの労働を行っているのだ。
「はぁ…本当に対価が無ければ、やっていない」
そう零しつつも歩を進めると、目的の場所に辿り着いた。
そして昨日見つけていた無人島には不自然な機械に持っていたカードを翳す。
ピッ。何回聞いたのか分からない音が聞こえ、次の目的地を目指す。
──そう考えていると、背後で葉が擦れるような音が聞こえた。
「おや?朝早くからご苦労だねぇ」
声が聞こえる方へ身体を向けると、背丈の高い金髪の男性。高円寺六助、彼が木陰から私の様子を見ていた。
スポットを確保しているところを他クラスのリーダーが見られた場合は大きな動揺でも見せるのだろうが、あいにく私は既にリーダーを公表している身だ。気にせず、彼の話に乗った。
「どうも。高円寺さんですか」
「君も大変だねぇ、私ならすぐに飽きてしまうぐらいにつまらない事をしている」
「確かに。良い感情を抱く事は出来ないでしょう」
「私は完璧な人間だ。この世で最も輝いているのは私、これは分かるかな」
「そうなんですね」
人の話を相変わらず聞く気も無い男だった。しかしその態度は溢れんばかりの自信によって裏付けられているのだろう。話していくうちにそれを感じられた。
高円寺六助。
日本有数の資産家である「高円寺コンツェルン」の御曹司。頭脳、身体能力共に学校全体で上澄みも上澄みの高水準を記録し、個人としてのポテンシャルのは桁外れ。
だが、性格は協調性を感じさせない唯我独尊。
話せば話すほど、少し前に調べていた通りの人間性と確信できた。
「そうだとも。ならそれに並ぶかもしれない君は何故そうも惨めに働く?」
「貴方と同じですよ」
「成程ねぇ。つまり昨日聞かれた『勝利』が関係していると」
「良く分かりましたね」
「それは勿論この私だからだよ。凡人なら君の言う通り到底理解できない事さ」
高円寺六助はそう話しながら髪を手櫛で整えた。己の美しさを高める事に余念のない姿勢は並大抵の人間なら痛々しいという評価を下されるのだろうが、この男がやると何故か腑に落ちた。
「あぁ言い忘れていたよ。今度食事でもどうだい?君の事を知りたいからね」
「構いませんよ。ただ次の試験が終わるまで待ってください」
「グゥッド、分かった。それで良いよ」
彼と話すのも興味があるが、今は目先の利益を考えるべきだ。その楽しみは後に残しておこう。
「んー、実にエクセレントだねぇ。その才能をどう活かすのかもう見ることが出来ないのは惜しいが楽しみにしているよ」
「…リタイアですか?」
「そうさ、君と話せてもう満足したのでね。丁度体調が悪くなりそうなんだ」
「分かりました、では」
「あぁ、また会おう。アデュー!!」
朝方の森に彼の笑い声が響く。小鳥の鳴き声が囁かれていた爽やかな朝とは異なるが、これもまた興味深かった。
私が彼に興味を抱いていたように、彼も私を認識していたらしい。それをあの宣言が後押しし、今回のコンタクトを取るに至ったといったところだろう。彼が他クラスである以上、表立った接触は避けるべきだと考えているからだ。
「では、用を済ませに行くか」
去って言った彼とは違う方向へ、私も進んでいった。
──
森を抜ける直前の茂みの隙間から、浜辺が見えた。
草木を掻き分けると何もない浜辺が広がって──いなかった。
浜辺には本来は無い人工物が点在していた。
陽射し対策のターフ、バーベキューセットにパラソル。マニュアルに書かれている娯楽の設備の全てが揃えられていた。
先日の龍園翔の言葉をそのまま受け取るならば、この場には300ポイントに匹敵する物資がある筈だったが、目算するに150ポイント程度の物しかない。
どうやら、彼は策を練っていたようだ。
しかしこの状況を見た人物は彼の策略に不安感を感じるだろう。効果を踏まえると狙いは悪くないと評せる。
「よう。こんな早くから俺に何の用だ?」
彼は、龍園翔はまだ昼前にも拘らず、水着姿でビーチチェアに寝そべり寛いでいた。
「いえ、貴方が本当に満喫しているのか確認をしたかったので」
「なら、良い。お前も楽しむか?」
そう言って手を広げ、歓迎といった態度を披露する。
「この後用があるので少し休んだら出ていきますよ。なので安心してください」
「…チッ」
しかし、年相応の警戒心が滲んでいた、私を良く見ているらしい。
彼はこのBクラスの実質的なリーダーである一之瀬帆波よりも私を危険視している。
他のBクラスの面々が小さな嫌がらせをされている中、私には被害が無かった。
あまりにも露骨だった。だが彼の観察眼を保証する結果であった。
そしてそんな彼は警戒心がバレたからか、早々に帰れと目で訴える作戦に変えたらしい。
だが、彼に用がある私はその眼を無視した。
「…なにをしに来た」
「あぁ少し尋ねたい事がありまして」
彼ならばこの試験リーダーを当てる事を目標に動くはずだ。
このポイントを使い切っているように見せる設備の数々を見るに、リーダーを当てる事を本筋に動く。彼は何も得ない事を許容する無欲な人間ではない、貪欲に肉を貪る補足者なのだから。
つまり、他クラスにスパイを送り込むはずだ。
「1人送りましたよね」
目に見える範囲で計算し、予測した150ポイント程度の価値の設備、この情報から導き出される事は契約。残りのポイント分の物資をどこかのクラスに渡している可能性が考えられる。
だからこその断定、私のクラスを除くとA、Dクラスが残り、スパイが2人ならば契約しているという前提が崩れるだけだ。
これ以上の質問をする必要もなくなる為、この答えで全てが分かる。
「…知らねぇな、何の話だ」
「成程、理解しました。目的はスパイですか」
確信めいた言葉に、龍園翔はもうお手上げだといった様子で姿勢を崩した。
「ハッ、確かに一人居ねぇよ。だがスパイじゃない、彼奴は俺の方針に逆らった。だから制裁を加えた、それだけだ」
「へぇ。大変ですね」
成功。
スパイの存在を確認できたうえに、人数を把握できた。
1人、つまりはB以外のAかDに送っているという事だ。
リーダーを当てるために他クラスに除け者にされた生徒を送り込み、その人物が何らかの手段によって龍園翔に伝達する。これが作戦だろう。
だからその伝達先である本試験のリーダーである人物は龍園翔、彼だと予測する。
多くのポイントを使用した状態で試験を感想は難しい、その作戦を取る以上は誰かが残らなければならない。
つまり、彼がその役を引き受けるのだろう。
そんな地獄のような時間を彼以外に願えば反乱の火種になりかねない。彼は今Cクラスの王を自称している筈、それを崩すような策を立てる筈は無い。クラスは夏を満喫し、士気が向上。そして自分は楽をせず潜伏。
その結果、自らを苦しめつつもクラスを勝たせようとする姿勢を持った王の姿が残る訳だ。
「後何日程度、この島に居る予定なんですか?」
「…お前に隠しても意味がねぇか。明日だ、もう食料が無いからな」
答えはしないと思っていたが、思いのほかあっさりと答えてくれた。
300ポイント使っても一週間は持つはずが無いが、マニュアルの価格を見るに食料もう少しの日数は持つはずだ。
明日と言ってしまった時点で結論は出ていた。
他クラスに物品を提供する代わりに見返り、恐らくポイントを渡す契約を結んだ。
私のクラスと同様にC以外のクラスも消費ポイントをなるべく節約するような生活を心がける筈だ。
それに目を付けた彼は物とポイントの取引を画策した、そんなところだろうか。
この結論は、彼は試験の内容を聞いた後の少しの時間で、リーダー当てのボーナスと試験後の保険という計画を立てていたという事の証明だった。
──本当に面白い人間だった。
「返答、感謝します」
残っているクラスの様子も見に行くか、そう考えたところで喉の渇きに気が付いた。
朝から今までの行動の中、水を飲んでいなかったのだ。この暑さにより発汗も増えている筈。余計に脱水症状へ近づきやすい危険な状態だった。
「あ、すみません水を一つください。喉が渇きました」
「……そこにある、勝手に取れ」
「どうも」
その言葉に少し呆れた様子だったが、彼は寛容にも水をくれるようだった。
少し休憩するのもありか、その好意を素直に受け、私は暫く彼との対談を行う事にした。
──
「こんにちは」
Aクラスの拠点へ、向かうと葛城ともう1人の男子生徒が洞窟前に立っていた。
私がその姿に呼ぶ手間が省けたと考えていると、2人分の視線が向けられた。
「おいおいリーダーをバラしたバカじゃねーか。そんな奴がAクラスに何の用があるんだよ?」
反応したのは葛城ではなく隣の男だった。葛城に話を聞きたかったがこれから聞く事を考えれば彼の方が都合は良い。
「そうですね、ではリーダーを教えてくれません?」
「…気でも狂ったのかよ。言う訳ないだろ」
頬を伝わる汗、目に見えて発汗量が増えている。
そして少しだけ葛城という男に意識を向けていた。どうやらリーダーに関する情報を知っているらしい。
…鎌を掛ける必要性すらない、それぐらいの露骨さだった。
「戸塚言い過ぎだ。だが、考えは同じだ。俺も言う気は無い」
「何故ですか?」
「リーダーを宣言するお前と違い、俺たちは隠す事を作戦として選んでいる」
「へぇ、今ブラフを掛け放題ですよ?リーダーを自由に変えれる試験で堅実に行こうとするのですか」
「どう言葉で言われようとも俺は口を割る気はない。リーダーが変えられるとしてもお前のような人間に情報を与える訳はないだろう」
何処までも保守的だった。
冷静な判断力、仮に隣の男が居なければリーダーの捜索は容易では無かったとも言えた。
しかし、随分と実直だ。今は居ないもう一人の派閥の長とも考え方の傾向が真反対だった。リーダーというよりもまとめ役として動くならば花咲きそうな人間性で少し残念に思った。
「成程、それは分かりました。もう一つ質問があります」
「…質問の内容によるな」
「Aクラスで今回の試験に欠席した生徒、それはどういった方ですか?」
「その質問に答える気はないぞ」
成程、本当に慎重だ。確かに坂柳という生徒と派閥争いをしている状況で彼女が欠席していると明言すれば葛城に近しい人物がリーダーであるという事の明言に繋がる。沈黙は正解だった。
そこまで派閥間の溝が深まっているという事実、彼女が居ない状況で結果を出さなければ不安定な均衡は瓦解する。
「そうですか、大変そうですね」
「…なに?」
「いえ。坂柳さんの事ですよ」
「お前、知っている上で質問したのか?」
「特別試験の説明をしている時に、彼女の姿が見えなかったので確認しただけですよ」
現状Aクラスは葛城と坂柳という生徒の派閥にクラスが二分されている。
そして今回の試験には坂柳という生徒が居ない、つまり葛城がこの試験を仕切っている筈だ。
リーダーは葛城派閥の誰か。そして葛城当人でも無いだろう、彼の性格を見るにリーダーには目立たない人物をと定石通りの考えをする筈だ。
つまり葛城と多く共に行動し、信用に値する人間。ポジションは忠臣といった感じか。
クラス内で派閥争いが起きている以上、信頼できる人物を選びたいはずだ。
──この試験のリーダーは戸塚で正解だろう。
この男はAクラスを見ると毎回のように葛城に付いて回っていた。相当可愛がられている人物であることは推測できる。
仮にリーダーが変更されようとも、葛城の派閥内だけで変更先を決める以上特定は容易だろう。
「色々とありがとうございました。では、ご武運を」
そう言い残し、私は葛城達に背を向けた。
彼は成果を出す事に生き急ぎ、契約に乗る筈だ。慣れない派閥争い、険悪になるクラス内の環境、そして、無人島での我慢の連続。
この悪条件で、彼の気質が保てるのか見物だ。
──
綾小路清隆の独白。
腕時計が5時を回った頃、櫛田たちのグループが帰ってきた。
平田も櫛田たちと行動を共にしていたようで、クラスの中心人物の帰還に多くの生徒が集まり始めていた。
そして会話を盗み聞きすると、池が冷静になったのか女子たちへ謝り、女子側も折れたらしい。
Dクラスに蔓延していた不和が解消されるのは良い事だ。オレはその行為を素直に称賛しつつもチラリと視線をズラした。
Cクラスの生徒、伊吹。
彼女はクラスで揉めたらしく、怪我をしていた。そして山内が助けようとオレたちを説得したため保護をした。
然し疑惑がある、スパイの可能性だ。
頬が赤紫に変色する程に腫れあがっており、どこからどう見ても殴られた事は事実だろう。
…だが、過去を振り返れば似たような出来事は合った。
中間試験の少し後の暴行事件だ。あの時、須藤がCクラスの生徒に対し暴行したという内容で訴えを起こされた。
結果として訴えを撤回させることは出来たが、審議が行われた時に彼らは重傷だった。確かに須藤も殴りはしたがあそこまでの傷を負わせてはいないと証言していた。
つまりだ、Cクラスは他クラスを落とすためには暴力すらも厭わないという事になる。
考えるほどに伊吹という生徒のスパイ疑惑は、より濃くなる。
現在はクラスの迷惑になりたくないと話し、キャンプの中心から離れた位置に座っているが、クラスの動向を見ているのか拠点全体が視界に入る位置に居る。
証拠は無いが、疑いは持つべきだろう。
何せBクラスの生徒、竜崎正。彼の言葉のせいでどう勝つべきか決めかねている。
そしてより状況を悪化させている人間が居る、高円寺六助だ。彼は体調不良と言葉を残し、早々にリタイアしていった。そのせいで既に30ポイントの無駄な支出が出てしまっている。
現状のクラスの雰囲気は明るいが他クラスと比べれば出遅れているのは事実だった。
「大丈夫だった?綾小路くん」
「あぁ。池が良く働いてくれた」
どう証拠を見つけるかを悩んでいると平田が話し掛けてきた。
池はキャンプ経験があるらしく、この無人島の試験で頼れる存在だ。集めてきた枝ですら彼が指示していたから集めたのだから。
「それであの子は?」
「クラスで問題があったらしい、森で座り込んでいたところを保護した」
「成程ね、じゃあ詳しい事情を彼女に聞いてどうするかって事だね」
「そうだな」
スパイの疑惑を平田も考えてはいるだろう、だが過程はどうあれ保護するという結果は変わらない筈だ。彼は正義感の強い仲間思いな性格なのだから。
…だからオレは表立って疑う事はやめる事にした。
あまり事を大きくし過ぎると面倒な事になりそうだ。
「うん、彼女に話を聞いてくるよ。綾小路君、いいかな?」
「あぁ、分かった」
その言葉で立ち上がり、伊吹の元へ向かおうとすると新たな来客が来た。
「Dクラスの皆さん、こんにちは」
声の方へ視線を向けると、猫背気味で男にしては長い黒髪の人物が立っていた。
竜崎正。
彼の第一印象は変人だった。
四月の段階で既に上級生へ話し掛け、休み時間や放課後に自クラスに居る事は殆ど無かったらしい。友達を作ろうと動いていたオレとは真逆だった。
…だが、警戒する人物へと変わる出来事があった。
一之瀬帆波、彼女の言葉だ。須藤の暴行事件の時に彼女と少し話す機会があった。
その時に言っていた、竜崎が初日でポイントの仕組みについて仮定し、上級生のところに行っている。その言葉がきっかけだった。
オレですら疑惑程度だった、だが彼は確信を持って行動しているようだ。
いや、ただ単に行動力に長けているのか?分からないが、警戒すべきという事実は変わらない。
そう考えていると竜崎に平田が向かって行った。
「なんだか和やかな雰囲気ですね」
「…キミは?」
「私は竜崎正、Bクラスの人間です」
「え、僕は平田洋介だよ」
「そうですか、知っていますよ」
噂通りの遠慮のなさに平田が撃沈していると加勢が来た、櫛田だ。
彼女は学年のアイドル的存在、それならば竜崎の態度も軟化する筈だ、そうオレは考えた。
「竜崎くんはこのクラスになんで来たのかな?」
「ん?貴女には用が無いです」
だが、現実は甘くない。彼女も敗れた。そうなるともう残されている戦力はこのクラス には多くない。
ちらりとこちらに視線を向けられ、眼があった。無表情だったその顔に喜色が浮かんだところで彼は話を切り出す。
「堀北って生徒は居ますか?」
堀北に用があるのか?彼女はこの試験のリーダーだ。
そんな彼女に用がある、嫌な予感が拭えなかった。だが、彼女を選んだのも櫛田でそれも目立たず責任感のある人物というその場の考えで決めたようなものだ。
偶然だ、そう思いたい状況だった。
「…何かしら」
「体調はいかがですか」
「あなた、突然何を言っているの?」
「いえ、少し気になっただけです。随分と無理をしているようなので」
「…気のせいよ」
「成程。なら櫛田さん、彼女の額を触ってください」
「え、私?」
「はい、早くしてください」
突然指名されて、困惑する櫛田を他所に竜崎は早くしろと目で訴えている。
…その確認に彼女が指名されるのは不運だった。なにせ櫛田は堀北を嫌っている、表面上は聖人だが『裏』の顔は違う。
だからだろう、櫛田は少し拒絶の色を見せた。
いくら堀北の事を嫌っていても、すぐに行動する筈だった。どうやら身体の接触は自分の地位よりも嫌悪が勝つらしい。
「わ、わかった」
少しの逡巡の後。この場で拒絶する事は難しいと判断したのか堀北の額を触った。
迫りくる手から逃げようとはしていたが、いつもより堀北の動きは鈍かった。
「…熱い」
そしてバレた。
彼女の体調不良がこの公の場で公表されてしまった。確かに彼女は体調不良だった。
船のデッキで顔を合わせた時に髪が乱れ、暑い気温にも拘らず寒そうにしていた。
堀北は体調不良を申告しリタイアした際に受けるペナルティを恐れたのだろう。最後まで我慢する姿勢を貫こうとしていた。だから隠すのは自然だった。
しかし、可笑しい事がある。
竜崎が堀北の体調不良を明かす理由はなんだ。その意図が分からなかった。
確かにこのクラスのポイントを減らすことは出来るが、今言う意味はなんだ?
「そうですか。ならリタイアすべきですよ、Dクラスのリーダーさん」
「え、?」
その言葉で場が凍った。
流れるように、彼はリーダーだと断言したのだ。
「ですからリタイアすべきって──」
「違う!そうじゃない、なんで私がリーダーだって」
「…成程。ですが言う気は無いですよ」
「ふざけないで、幾ら何でも可笑しいわ!!私は貴女にカードなんて見せていないし分かるはずがないっ」
「感情的にならない方が良いですよ。悪化します」
あくまでも善意。無表情で話しているため冷たく感じるが、相手を思いやっているような返答だった。
「平田さん、彼女は熱がある訳ですから教師の下へ連れて行くべきでは?」
「う、うん」
平田は話しかけた事に若干動揺しつつも言われた言葉は正論だった為、堀北をリタイアさせるべく動き出す。堀北も抵抗はしようとしたが、状況的に抗えないことを悟ったのだろう。顔を俯かせて抵抗を辞めた。
「あぁ、一つ忠告です。早くした方が良いですよ」
「何を言って…?」
「その怠慢のせいで私に気が付かれたんです」
怠慢、意味はなんだ?堀北は別にサボっていたわけでは無い。
他のクラスをオレと共に偵察していただけだ。
リーダーは目立つべきではない。そう考えるのが一般的だ。現に堀北を指名した理由は目立たない人物だからだ。それを欺くためにも偵察に同行させたのだから。
…もしかしてオレか?
実力を隠している事に気が付いて、堀北を隠れ蓑に使っていたからバレたとでもアイツは言っているのか?
「な、何を言って」
「これ以上、失望させないでください」
困惑している堀北を平田は連れて行く。
森の中へ消えていく二人の姿を少し見た後、竜崎はこちらへ振り返った。
「彼女も悪気があったわけじゃない、これは仕方がない事です」
「そ、それはそうだけど…」
「あぁリーダーの方ですか?それは心配する必要が無い、変更できますから」
最後に助言らしい言葉を残して、彼も元来た道へと歩いていく。
「では、用が終わったので失礼しますね。皆さん頑張ってください」
そのまま茂みの中へと曲がり、後姿が見えなくなった。
残されたのは静寂だった。