生存者たち(七日目)
男に先導されるままやって来たスーパーで、見知らぬ男の子と鉢合わせた私達。
「……こっ、殺さないで下さい!」
敵意がないことを伝える意思表示として、両手を頭上高く上げた男の子。その瞳は髪の毛と同じ淡い茶色で、光を含んだ瞳は小さく揺らいでいる。年齢は、おそらく私と同じくらいだろうか。怯えきったその姿を見ていると、なんだか気の毒に思えてくる。
チラリと銀髪の男を見上げると、その袖を軽く引っ張ってみる。
「…………」
「…………」
どうやら刀を収める気はないらしい。もう一度男の子の方へと視線を移してみると、今にも泣き出しそうな顔をしている。
そんな状況の中、ただ黙って静観しているだけだなんてできなかった私は、勇気を振り絞って口を開いた。
「あの──」
「その刀を収めてくれないか? こちらに敵意はない」
そんな私の声を遮って現れたのは、薄紫色の髪をした若い男性だった。その突然の登場に驚いた私は、咄嗟に銀髪の男の背後に身を隠す。
チラリと顔を覗かせて見てみると、そんな私に向けて一瞬だけ視線を寄せた男性。知的な雰囲気を醸し出しているのは、おそらく掛けている眼鏡のおかげなんかではなく、その端正な顔立ちのせいだろう。
「俺の名前はイリス。食料品と医薬品を集めに来ただけだ。そちらに危害を加えるつもりはない」
「……お前達二人だけか?」
「いや、あと他に三人いる。一人は店の奥、二人はあっちだ」
そう言って店内を指差した男性は、慎重に銀髪の男の様子を
「──おい、何やってんだよ」
そんな言葉とともに現れたのは、赤毛がツンツンと無造作に跳ね上がった男の子。不機嫌そうな顔を浮かべながら、私達に向けて警戒する素振りを見せる。この状況を考えると無理もないとはいえ、少し威圧的で吊り上がったその瞳に萎縮する。
「……っ、」
そんな私の様子を知ってか知らずか、その矛先を赤毛の男の子に向けた銀髪の男。無言のまま刀の矛先を変えたのを見て、イリスと名乗った男性は慌てたような声を上げる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! さっき言ってた仲間だ!」
「…………」
「なんなんだよ、コイツ。こんな物騒なもん向けやがって」
「……っ。悪気はないんだ、許してくれ」
「はぁ? なんで謝ってんだよ、悪いのはあっちだろ」
「いいから少し黙っててくれ……」
「…………」
無言のまま刃を向ける銀髪の男と、それを睨みつける赤毛の男の子。そんな二人をどうにか宥めようと仲裁するイリスという男性に、そんな三人の様子を見ておろおろとする茶髪の男の子。……よく分からないけど、無害そうな人達に見える。
さっきは思わず萎縮してしまったものの、きっとこれが赤毛の男の子の通常運転なんだろう。そう思えば、多少態度が大きくて口が悪いのもなんてことはない。そう感じたのは私だけではなかったようで、銀髪の男の空気も少しだけ柔らかくなったような気がする。
「──なんだか騒がしいな」
その声が聞こえてきた瞬間、一瞬にしてその場に訪れた静寂。背中に緊張が走った私とは対照的に、相変わらず無表情のまま何を考えているのか分からない銀髪の男。棚の影から姿を現した男性を静かに見つめている。
鍛え上げられた体躯の三十代ほどの男性は、ガッシリとした身体ながらもどこか優しげな雰囲気を
「仲間が何か迷惑をかけたならすまない。俺はこの隊のリーダーのユリオプスだ」
「…………」
「迷惑ってなんだよ、俺はなんもしてねぇぞ」
「いいから今は黙ってろ。ユリさんが話してる最中だ」
そんな騒がしい背後にバツの悪そうな表情を浮かべた男性は、もう一度しっかりとした眼差しで銀髪の男を見つめ直す。
「見ての通り、ちょっと口は悪いが君達に危害を加える気はない。だからその刀はしまってくれないか? それに……外にはあのバケモノがいる。今ここで争うより、お互いが協力し合った方がいいと思うんだ」
「…………わかった」
言葉少なげにそう答えると、素直に背中に背負った
「ありがとう。さっきも言ったが、俺はこの隊のリーダーのユリオプスだ。皆からは“ユリさん”て呼ばれてる。……君達は?」
そう告げたユリさんは、私達に向けて交互に視線を送ると優しく微笑む。
「……エヴァ、です」
「……ノアだ」
促されるようにしてそう答えると、銀髪の男をチラリと見上げる。
(ノアっていうのね……)
よくよく考えてみたら、私達はお互いの素性どころか名前さえも知らなかった。それも当然と言えば当然だ。出会い方からして少し特殊な関係だったせいか、自己紹介をしようなんて発想すら思い浮かばなかった。なにより、私はこの男に殺してもらうために付いてきたのだから。
だけど──いざこうして名前を知ってしまうと、なんだか不思議な感情が芽生える。
「ここで出会ったのも何かの縁だ、二人ともよろしくな。それと、そこにいるのはイリスとニッピーとカミーユ。……それからツバキだ」
(ツバキ……?)
どう見ても合わない人数に、不思議に思った私は小さく首を傾げる。
確かに先程、イリスと名乗った男性は他に仲間が三人いると言っていた。そう思ってよくよく見てみるも、この場にいるのは私達を含めても六人だけ。
「あの……そういえば、ツバキさんは……?」
まるで私の言葉を代弁するかのように発言したのは、今しがたカミーユと紹介された茶髪の男の子。
「さぁ?」
「さぁって……一緒に行動してたはずだが?」
素知らぬ顔でそう答えたニッピーに対して、静かに詰め寄るイリスさん。
「俺のせーじゃねぇし。いつの間にかいなくなってたんだよ。……で、探してたらここに遭遇したってわけ」
「……だ、だったら今すぐ探しに行った方がいいんじゃないですか?」
「そうだな、二手に分かれて──」
「ん? ツバキならずっとあそこにいるぞ」
「「「……え?」」」
クイッと親指で近くの棚を指差したユリさん。その棚を見てみると、物陰からひょっこりと顔を出したピンク色の髪の女性。その顔立ちこそよく分からないものの、ゴツめのビン底眼鏡に白衣姿と、中々に個性的なビジュアルをしている。
「……え!? ず、ずっとそこにいたんですか?」
そんな驚きの声を上げるカミーユに対して、ヘラヘラと笑ってみせるビン底眼鏡の女性。よくよく見てみると、無造作に束ねられた髪の毛はボサボサだ。
「私、逃げる専門なんで……あはは。あ、ツバキです。よろしくお願いします。私、戦えないので」
それを見て、呆れたようなほっとしたような表情を浮かべるイリスさん。こうして改めて見てみると、かなり個性的な面々の集まりのようだ。
「ところで、ノア達は何しにここへ来たんだ? やっぱり食料の調達か?」
「……ああ、そうだ」
「そうか。拠点はこの近くにあるのか? もし行く当てがないなら、もうすぐ陽も落ちるし俺達と一緒に来ないか?」
「…………」
「子供からお年寄りまで三十人ほどが集まったコミュニティで、地下鉄を拠点に避難生活を送っているんだ。そこにはバケモノだって来ないし、外にいるより安全だ。……ノアだって、その方がなにかと安心なんじゃないか?」
そう告げながらチラリと私に視線を向けたユリさん。そんな彼を追いかけるようにして、一瞬だけ私の方へと視線を送ったノア。
「…………わかった、世話になる」
「よしっ。じゃあ、早速で悪いんだが食料品を集めるのを手伝ってくれないか? なんせ三十人分だからな」
「ああ」
そんな二人の会話を見送ると、先程から気になっていたツバキさんの元へと近付く。
「あの……」
戸惑いがちにそう小さく声を掛けると、ゆっくりとこちらを振り返ったツバキさん。
「もしかして……お医者さんですか?」
「へ……? あ〜、白衣! いやいや、私はただの生物学者ですよ。と言っても、ものすご〜く末端の! あはは」
「そう、お医者さんじゃないのね……」
俯きながら独りごちると、そんな私の様子に気付いたツバキさんは真剣な表情を浮かべる。
「どこか具合でも悪いんですか? 医者ではありませんが、多少の医学の知識ならありますよ」
こうして近くで見てみると、ビン底眼鏡の奥の素顔が美人だということがよく分かる。
「……本当ですか?」
「はい。どんな症状ですか? 熱や痛みは?」
「あ……えっと、怪我なんですけど……」
「怪我!? 大変! どこですか?」
真剣な顔のままグイグイと詰め寄るツバキさん。
「あ、その……。私じゃなくて、ノアが……」
昨夜から熱っぽくはあるのものの、今は自分のことよりノアが優先だ。
「あの人、怪我してるんですか?」
そう言いながら少し離れた場所にいるノアを見たツバキさんは、その視線を再び私に向けると口を開く。
「元気そうですが」
傍目には確かにそう見えるだろう。なにせ、どんなことがあっても表情一つ変えないのだから。
「……実は、バケモノを倒した時に右手を怪我してるんです」
そう告げるや否や、横から急に割り込んで来たのはすぐ近くにいたニッピーだった。
「おい、バケモノを倒したって本当か!?」
「……え? う、うん」
「どうやって!?」
「え、えっと……口の中から刀を刺して……」
「──! そうか、口の中から……。おい、おっさん!」
慌ただしく立ち去ってゆくニッピーの背中を見送ると、なにやらブツブツと呟いているツバキさんへと視線を向ける。
「なるほど……外は硬い鱗で覆われているから、柔らかい内側から攻撃をしたってことね」
「あの……」
「だからって、口の中からだなんて……そんな至近距離からの攻撃なんて、常人にできる芸当じゃないわ」
「……ツバキさん?」
「それ以前に、普通は近づいただけで即死よっ!」
「…………」
両手で頬を挟みながら悲壮感漂う顔を浮かべたツバキさんは、私と視線を合わせるとハッとしたような顔を見せる。
「あはは……私、戦えないので」
「……私も戦えません」
「一緒ですね」
そう言ってヘラリと笑ったツバキさん。なんだか少し変わった人だけど、素直でとても良い人のようだ。
「えっと……。それで、あの人……ノアくんが怪我したんですね?」
「はい。あのバケモノの牙が少し刺さったみたいで……。本人は大丈夫だって言ってるんですけど、怪我の具合を見てもらいたくて」
「牙が刺さっただけで済んだなんて凄いですね……普通なら腕一本失っててもおかしくないですよ。わかりました、見てみます」
そう告げるなり、包帯や消毒液などといった医薬品片手にノアの元へと近づいてゆくツバキさん。そんな光景を眺めながら安堵の息を吐くと、今度はカミーユの元へと移動する。
「私にも手伝わせて。何を集めればいいの?」
「……っ、え……あ、日持ちのする食べ物とか、缶詰などの保存食品です」
「……例えばこういうの?」
目の前の棚から適当な栄養補助食品を選ぶと、それを掴んでカミーユの前に差し出す。
「あ……は、はい」
「…………」
「……?」
「どうして敬語なの?」
「え? えっと……」
「あなたと私はそんなに年も変わらないでしょ?」
「あ、すみま…………ご、ごめん」
ジッと茶色い瞳を見つめると、困ったように視線を逸らしたカミーユ。
「私のことが怖い? それとも嫌い?」
「そ、そんなんじゃ……!」
「じゃあ敬語はやめて」
「……う、うん」
そんな言葉を交わしながら食料品を物色していると、様子を見に来たユリさんが声を上げる。
「あと五分ほどしたらここを出る。次にまたここに来れる保証はない。皆、各自必要なものの最終確認は忘れないように」
その声を聞いて立ち上がったイリスさんは、こちらに顔を向けると口を開いた。
「ここは二人に任せてもいいか?」
「……あ、はい」
カミーユがそう答えると、そのまま奥にある生活用品売り場へと消えていったイリスさん。おそらく、何か必要なものでも取りに行ったのだろう。
特に気にすることもなく食料品を詰め込むと、そんな私の元に近付いて来たツバキさん。
「彼の傷、見てきましたよ。あのバケモノ相手に擦り傷程度でしたよ。ノアくん、相当強いんですね」
「……そうですか。ありがとうございます」
「いえいえ。……あっ。チョコバーだ!」
途端に瞳を輝かせたツバキさんは、
「こ、こんなにチョコバーばっかり持ち帰っていいんですか……?」
「大丈夫、大丈夫〜。では、私は医薬品コーナーに行ってくるので、まだまだチョコバーよろしくお願いしますね」
「怒られちゃいますって……」
そんなちぐはぐな二人のやり取りを眺めながら、なんだか心が温かくなるような不思議なむず痒さを感じる。一体どうしたというのだろうか? 自分でもよく分からないその感情に少しだけ戸惑う。
何はともあれ、ノアの傷は大したことがないようで良かった。それを聞いて安心したせいか、今度は急激に身体の怠さを感じる。今朝からずっと歩き続けているのだから、まあ無理もない。
「ねぇ、カミーユ。拠点までは歩いてどれくらいなの?」
「えっと……、確かここに来るまでに四十分以上はかかりま──かかった、かな。バケモノに遭遇するたびに迂回してたから」
「そう……」
それならなんとか頑張れそうだ。そんなことを考えながらフーッと軽く息を吐く。
「……大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「…………」
「……ごめん、嘘。全然大丈夫なんかじゃない。……本当は、あのバケモノが怖くてたまらないの」
「……うん」
途端に深刻な表情へと変わったカミーユは、ただ一言だけそう答えると黙々と食料品を詰め込んでゆく。それに
バケモノが怖いのは誰だって同じだ。そんなこと分かっていたはずなのに──。
「……ごめんね」
「……ううん、大丈夫」
そんな言葉を交わしながら薄く微笑み返してくれたカミーユ。微妙な空気が流れる中、ただ黙々と詰め込み作業を進めてゆく。
その後ユリさんが呼びに来るまでの数分間、私達は一言も言葉を交わすことはなかった。