世界が滅びても、俺の安全とスローライフが最優先だ 作:最高司祭アドミニストレータ
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カンッカンッという規則正しく乾いた打撃音が、松明のオレンジ色の微かな明かりだけが頼りの薄暗い地下空間に延々と反響していた。
湿り気を帯びた土の匂いと、鉱石の無機質な香りが混ざり合う深い地底。無機質な灰色の石壁に向かって、タチバナ・ケイイチは黙々と鉄のツルハシを振るい続けていた。
ツルハシの先端がそれを砕いた瞬間、ポンッという軽快な音と共に重力を無視して宙に浮いた。
タチバナが一歩近づくと、その小さなブロックは見えない引力に引かれるように彼自身の身体──正確には、彼にしか認識できない四次元的な保管空間『インベントリ』へと吸い込まれていく。
「ふぅ。鉄鉱石にレッドストーン、それに火薬か。今日のノルマはこんなところだな」
タチバナは深くため息をついた。
ここは、地球上のどの座標にも存在しない隔離空間。技術開発部のワールド生成技術によって構築された、タチバナ専用のシングルプレイ用次元『オーバーワールド』である。
彼がこのようなクラフト能力を持つに至ったのには、明確な理由があった。
かつて彼は「橘 圭一」として、警視庁特殊凶悪犯対策課・第四係の隊長という、常に死と隣り合わせの血生臭い職務に就いていた。
エリートとしての矜持を持ち、日々凶悪犯と対峙していた彼だったが、ある極秘任務の中で「なんやかんや」あって、呆気なく命を落としたのだ。
真っ暗な死の淵を漂い、すべてが終わったと諦めかけた彼を掬い上げたのは明るいオレンジ色の髪をした少女、『統括のアレックス』だった。
『君のその執念、〈くらふたーのせかい〉でクラフトしてみないか?』
彼女からの魅力的な勧誘を受け、さらに『技術開発部のアレックス03』がもたらしたオーバーテクノロジーによる肉体と魂の改造手術を経た結果。
タチバナは『マインクラフター』という新たな知覚種族へと進化し、転生を果たしたのである。
初めから創造主として生誕した者もいるようだが、そんなことはどうでもよかった。
「前世は命懸けの公務員だったが…転生してまで、こんな薄暗い地下でツルハシを振るう土方作業をやらされるとは思わなかったぜ」
タチバナは愚痴をこぼしながら、使い込んだ鉄のツルハシをインベントリに収納した。
彼がこれほど熱心に、毎日地下に潜って素材を集めているのには理由がある。それは世界を救うというような高尚な使命感でも、強大な帝国を築いて覇王になるためでもない。
すべては「自分が絶対に安全に、かつ一切のストレスなく快適に生きるため」の布石であった。
『ヴゥゥゥゥ…』
ピタリと、タチバナの肩が跳ねる。背筋に冷たい水が流れ落ちたような感覚。
「うわっ、湧いた! 嘘だろ、松明の湧き潰しが甘かったのか!?」
先ほどまでの元エリート隊長らしき威厳ある態度はどこへやら。タチバナの端正な顔立ちからは一瞬で血の気が引いた。
暗闇の奥で揺れる、腐肉を纏った人型のシルエット──Minecraft特有の『ゾンビ』の姿を確認するや否や、彼はインベントリから丸石のブロックを取り出し、目にも留まらぬ凄まじい速度で自身の目の前に「防壁」を建築し始めた。
空間を埋めるようにブロックが積まれ、僅か数秒で床から天井までを完全に塞ぐ石の防波堤が完成する。
「怖い怖い怖い! ゾンビとかマジで無理だから! 近寄るな! こっち来んな!」
物理攻撃を完全にシャットアウトした分厚い壁の向こう側で、奴らが虚しく石を叩くドスン、ドスンという音を聞きながら、タチバナは心底ホッとしたように荒い息を吐き出した。
彼は創造能力を持ちながらも、本質的には「極度のビビリ」であり、痛いことや怖いこと、そしてホラー的な存在を何よりも嫌悪する究極の小心者なのだ。
「もういい! 今日は帰る! これ以上こんな心臓に悪い場所にいられるか、帰らせてもらう!」
タチバナはそそくさと背を向け、安全な地上へと通じる帰還用ゲートへと急ぎ足で向かった。
空間の歪み──ネザーゲートの紫色膜──を抜け、タチバナが足を踏み入れたのは、ブロックで構成された四角い世界から一転、滑らかな大理石の床と洗練された間接照明に彩られた、床主市の高級高層マンションの一室だった。
「嗚呼、やっぱり我が家が一番だ。文明の利器、最高」
彼は泥と煤に塗れた鉄の防具をインベントリへと瞬時に収納し、シャワールームへと直行した。
最新式のミストシャワーで採掘作業の冷や汗と疲労を念入りに洗い流す。後天的マインクラフターは先天的と同じく汗は出ないはずだが、個体に寄るらしい。
肌触りの良い最高級シルクのルームウェアに着替える。
広々としたリビングに戻ると、タチバナは作り付けのワインセラーからよく冷えたミネラルウォーターを取り出し、身体が深く沈み込むようなイタリア製のレザーソファに身を預けた。
背中を包み込む柔らかな感触と適温に保たれた室内の空気が、先ほどまでの地下での恐怖を心地よく溶かしていく。
タチバナはグラスを片手に、空中に自身のインベントリ画面を展開した。
空間に浮かび上がる半透明のスロットには、今日命懸けで掘り出してきた鉄インゴット、レッドストーン、火薬。そして、現実世界のスーパーマーケットで買い集めた大量の「鶏の卵」が整然と格納されている。
「素材は順調に集まってきたな。卵と鉄とレッドストーンがあれば、アレックス03から教わったレシピで、俺に絶対の忠誠を誓う『人間』をいくらでもクラフトできる」
タチバナは口角を上げて、一人ほくそ笑んだ。
前世での警察官人生で他人は平気で裏切…ることはなかったが、法やシステムは肝心な時に自分を守ってくれな…いことはなかったが、それでも彼は「もしも」を骨の髄まで理解していた。
だからこそ今世ではこのチート能力をフル活用し、自分だけの絶対的な防衛網と、己の生活の質を限界まで高めてくれる「完璧に従順な部下とメイドたち」を生み出すのだ。
「公務員としての過酷で理不尽な人生はもう終わった。これからは、誰にも脅かされることのない、俺だけの完璧で安全なスローライフを築き上げるんだ。危険な連中との交渉も、厄介な戦闘も、全部俺が作った『駒』にやらせればいい」
己の保身と怠惰、そして少々のスケベ妄想を満たすための壮大な計画。それを思い描きながらタチバナは立ち上がり、リビングの大きなガラス戸を開けてバルコニーへと出た。
生温かい夜風が、心地よく彼の頬を撫でていく。
眼下には床主市の美しい夜景が果てしなく広がっていた。規則正しく並んだ街灯のオレンジ色の明かりと、幹線道路を流れる車のテールランプが、まるで光の川のように街の動脈を彩っている。
高層ビル群の窓には、そこに住む人々の平穏な生活の灯りがともっている。
有象無象どもが今日も汗を流しているのだろうと考えながらも、そこに参加しなくて済む自分の特権的な立場に、タチバナは優越感を抱いていた。
「今日も平和で何よりだ」
タチバナはグラスを高く掲げ、煌めく街の光に向かって乾杯した。
作者、最高司祭アドミニストレータでございます。
コラボ、ゲーム、イラストに二次創作に至るまで、学園黙示録は愛されております。
わたしはこの原作の二次創作を執筆し、本日投稿させていただきました。これからもお付き合いいただけると、幸いです。
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