世界が滅びても、俺の安全とスローライフが最優先だ   作:最高司祭アドミニストレータ

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Isolation Protocol

 強化アクリルガラスと鉄ブロックで構築された、『文明復興財団パナソル』の総本部。その最深部に位置するコマンドセンターは、外界の喧騒が嘘のような静寂と、適切な温度に管理された冷涼な空気に満たされていた。

 

 青白い光を放つ無数の計器類と、壁面を覆い尽くす巨大なマルチモニター。その中央に鎮座する重厚な革張りの司令席に、タチバナ・ケイイチは深く身を沈めていた。

 

 彼の左右には、漆黒の複合装甲タクティカル・アーマーを身に纏い、表情のないフルフェイス・ヘルメットを被った二名の『P.S.F.スタンダード・トルーパー』が、彫像のように直立不動で控えている。

 

 ここは、地上を覆い尽くす死者の群れから完全に隔絶された、地球上で最も安全な場所である。物理的な侵入ルートは皆無であり、外部の脅威がこの深海まで到達することは、どのような確率論を用いてもあり得ない。

 

 それにもかかわらず、タチバナが自らのパーソナルスペースに完全武装の護衛を配置しているのは、ひとえに彼自身の「極度の小心者気質」ゆえであった。

 

 前世で血生臭い凶悪犯罪と対峙し、理不尽な暴力によって呆気なく命を散らした記憶。それが、彼の中に「絶対的な安全など存在しない」という強迫観念を植え付けている。

 

 護衛のトルーパーたちは、タチバナの些細な動揺や呼吸の乱れすらも「警備対象の異常」として即座に検知し、いかなる脅威に対しても一秒の遅れもなく引き金を引くようプログラムされている。

 この冷徹で完璧な「盾」が傍らにあることではじめて、タチバナは精神の均衡を保つことができるのだ。

 

 

「さて、と」

 

 

 タチバナは作戦司令オペレーターから手渡された、湯気を立てるコーヒーのカップをサイドテーブルに置いた。

 そして、目の前に展開されたホログラム・キーボードに指を這わせ、システム内に蓄積された膨大なデータへのアクセスを開始した。

 

 彼が今行っているのは、世界を救うための高尚な研究ではない。地上の監視ドローンが収集してきた「奴ら」の活動データや、大気中の成分変化。そして感染者たちの行動パターンを用いた、極めて個人的な『隔離シミュレーション』である。

 

 なぜ、平和だった世界に突如として死者が蘇るバイオハザードが発生したのか。

 タチバナは、その発生源やウイルスのメカニズムを自らの手で徹底的に解析し、確認しておかなければ気が済まなかった。

 

 そもそもタチバナ・ケイイチという存在自体は、このウイルスの脅威から完全に蚊帳の外にいる。

 

 彼は統括の美少女アレックスの手によって、この世界に『マインクラフター』という別次元の知覚種族として転生・進化した。

 以前好奇心から検証した通り「奴ら」に噛まれたとしても、ウイルスの感染による肉体の変異や死は引き起こされない。

 ただマイクラ特有の「ダメージ判定」が現実の激痛として直撃するだけだ。痛いのは絶対に嫌だが、彼は生物学的にゾンビ化することはない「規格外の存在」なのである。

 

 問題は、彼自身ではなく、彼が卵と素材からクラフトした『製造人間』たち──すなわち、彼の生活の質を限界まで高めてくれる美しいメイドやオペレーター、そして護衛の兵士たちへの影響である。

 

 

「俺が生成した存在は、あくまでマイクラのシステムに依存した『被造物』だ。現世の人間のDNA構造とは根本的に異なる…だから、この世界のウイルスには感染しない…はずだ」

 

 

 タチバナは、モニターを睨みつけながら低く呟いた。

 

 理論上はそうだ。彼らは「レッドストーン」と「鉄」と「卵」の集合体であり、生物学的な病原体が入り込む余地はない。しかし、「はず」という不確定要素を残したまま安眠できるほど、タチバナの肝は太くなかった。

 もし万が一にもメイドたちがウイルスに感染し、彼が最も愛する甘美な聖域が肉を喰らう地獄へと変貌してしまったら。

 

 …想像するだけで悪寒が背筋を駆け抜ける。

 

 タチバナは演算機をフル稼働させ、ウイルスの性質を徹底的に丸裸にしていった。画面に流れる無数の解析データを追いながら、一つの確信へと至る。

 

 

「なるほど。こいつは単なる生物学的な感染症という枠組みに収まるものじゃない。人間の脳神経のシステムに直接介入し、生命活動を別のルールで上書きする『現実改変型のプログラム』…いわば世界そのものを強制終了させるための『バグ』に近い性質を持っているのか」

 

 

 タチバナはインベントリから仮想のブロックを取り出し、手の中で転がすような仕草をした。

 

 この世界を構成するプログラムのバグであるならば、マイクラのシステムによって構築されているパナソルの構成員たちには、干渉する互換性すら存在しない。

 

 彼らが「奴ら」に噛みちぎられてロストすることはあっても、ウイルスに感染して同化することは、システム構造上100パーセントあり得ないということが、シミュレーションによって完全に証明されたのだ。

 

 

「…ふっ」

 

 

 タチバナの口元から、安堵と、歪んだ優越感の混じった笑みが漏れた。

 

 

「俺の深海基地の空気循環システムに、こいつらが入り込む可能性はゼロだ。完璧な気密性、そしてシステム的な完全免疫。…よし、これで俺の箱庭は一生安泰だ」

 

 

 すべての懸念が払拭された瞬間、彼を覆っていた目に見えない重圧は霧散した。タチバナは再びソファに深く身を預け、すっかり冷めてしまったコーヒーを一口啜る。

 

 壁面のマルチモニターには、いまだに火の海と化した市街地や、生存者たちが血を流して逃げ惑う惨劇がリアルタイムで映し出されている。

 しかし自身の絶対的な安全が担保された今、それらの映像は、彼にとってただの「退屈しのぎの映画」以下のノイズでしかなかった。

 

 

「人間どもがどれだけ足掻こうが、この世界はもう終わっている。だが、俺は違う。俺が創り上げたこの『パナソル』という要塞は、人類の愚行を外側から眺めるための完璧な観客席だ」

 

 

 タチバナは両脇に立つ無言の護衛兵と、コンソールに向かう美しいオペレーターたちを眺めながら、自らの賢明な選択を心の底から自画自賛した。

 臆病者であることこそが、最強の生存戦略なのだ。痛い思いも怖い思いもせず、他者の悲劇を高みから観察し続ける。それこそが、彼が手に入れた『創造主』としての特権であった。

 

 静寂に包まれた司令室に、不意に電子音が鳴り響いた。

 通信コンソールを担当していた青髪でエメラルドの瞳を持つオペレーターが、ヘッドセットに手を当てて振り向く。

 

 

「マスター。前線に配置しておりました偵察兵より、帰還の通信が入りました」

 

 

 彼女が言う「偵察兵」とは、タチバナ自身が隠密行動と情報収集に特化させてクラフトした、パナソル固有のエリートユニットである。

 影に溶け込み、一切の痕跡を残さずに標的の動向を監視する、彼の優秀な「目」だ。

 

 

「報告させろ」

 

 

 タチバナが気怠げに視線を向けると、オペレーターは手元の端末を確認し、感情を交えない透き通るような声で読み上げた。

 

 

「偵察兵より報告がありました。一行は南リカの家に到着したとのことです」

 

 

 その簡潔な報告を聞き、タチバナは「ふむ」と短く頷いた。モニターの一角に、夜の帳に包まれた川沿いのマンションの映像が映し出される。どうやら、あの中で彼らは一時の避難場所を確保し、生き延びているらしい。

 

 

「そうか。ご苦労だったな」

 

 

 タチバナはそれ以上の興味を示すことなく、モニターの映像からスッと視線を外した。

 

 彼らがこれからどう足掻こうと、自分の安全な領域を脅かさない限りはどうでもいいことなのだから。

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