世界が滅びても、俺の安全とスローライフが最優先だ 作:最高司祭アドミニストレータ
オッケー、じゃあもう一度だけ説明するね。
えっ、初めましてだから違うって?
ハハッそうだね。それじゃあ順番が逆になっちゃう。まずは自己紹介から始めなきゃ失礼ってやつだ。
私は不良のアレックス。まあ、美少女のアレックスとでも呼んでくれて構わない。いや、この次元でたったひとりの、世界一ビューティフルな美少女アレックスちゃんでも可としよう。うん、それが一番しっくりくる。
もしくは、間一髪だったねアレックス、とでも呼んでくれてもいい。
いやぁ、マジで死ぬかと思ったんだから。
気持ちよく建物の屋上で昼寝をしていて、ふと目を覚ましたら、周りが真っ赤な血に染まった「奴ら」にぐるりと囲まれていたわけだからね。
あいつら、焦点の合わない白濁した目でよだれを垂らしながら、ジリジリと距離を詰めてきやがって。寝起きのドッキリにしては趣味が悪すぎるにも程がある。
私はすぐさま立ち上がり、近くのフェンスの隅でガタガタと震えていた見知らぬ生徒たちに向かって声をかけた。
「おいガキども、これはいったいどういう状況だ」
我ながら惚れ惚れするくらい冷静で、隙のないクールな第一声だったと思う。
すると、震えていた男子生徒の一人が、涙目で私を指差して叫んだのだ。
「ひいぃっ! な、なんでこんな時に不良が!?」
「不良じゃない、美少女だ。それより、あの血まみれの集団は何なんだ? 朝礼のやり直しでもしてるのか?」
「ひと喰い鬼です! 噛まれたら終わりなんです! 逃げないと殺される!」
彼らの悲痛な叫びを聞いて、私は瞬時に事態を理解した。つまり、ぶっ飛ばしていい連中ってことだ。
「なるほどね。じゃあ、道を開けな」
私はその場にあった都合のいい木材と釘を即席でクラフトし、手製の釘バットを作り上げると、群がってくる奴らの頭をフルスイングで吹き飛ばした。
なんとかその場を切り抜け、血と悲鳴が入り混じる地獄の街を駆け抜けた。どこかに安全な場所はないかと探し回り、バリケードが築けそうな高いフェンスと頑丈な門を持つ大きな建物、つまりはこの学園に辿り着いた訳だが。
全然安全じゃなかった。
学園の正門もフェンスも、すでに奴らの群れに突破されていたのか、敷地内は歩く死体だらけだったのだ。
砂漠のど真ん中でオアシスを見つけたと思ったら、そこはさらに巨大な地獄のテーマパークだったという笑えないオチだ。
「奴らが1体! 奴らが2体! そぉい、奴らが3体!」
何も考えず走ったのが悪かったのかもしれない。釘バットを振り回して、声に出してカウントしながらウキウキで撃滅して走ってたもんだから、余計に奴らの気を引いてしまったのだろう。
音に反応して集まってくるなんて、まるで深夜のコンビニの駐車場に集まるヤンキーみたいじゃないか。
でもね、私は何も悪くないのだ。悪いのは、テンションが上がって周囲の確認を怠った過去の私だ。反省はしているが後悔はしていない。
「ハァ…ハァ…しつこい連中だね」
現在地は学園裏の駐車場。私の後ろには、緑色のマイクロバスがドカッと停まっている。そして私の正面には、先ほどまでの私の快音に引き寄せられたのか、奴らがこれでもかというほどに群れを成して押し寄せてきている。
はい、お疲れ様でした。見渡す限り、腐臭を放つ死者の壁だ。
せっかくバスというナイスな逃走用アイテムを見つけたのに、ドアは閉まっているし、キーが無いから運転できない。
「どうしたものかな…窓ガラスをぶち破って直結させるか?」
私が釘バットを肩にトントンと叩きつけながら打開策を練っていた、その時だった。
「そこのあんた! 大丈夫か!」
おや? 校舎の非常口のほうから、こちらに向かって全速力で走ってくる人間たちがいるぞ。
金属バットを持った黒髪の少年が、私に向かって叫んでいた。これは良かった、探す手間が完全に省けた。
「見ての通り、全然大丈夫じゃない! このバスのキー、誰か持ってないのか!」
私が大声で問い返すと、少年の後ろを走っていた、やけに胸の大きな金髪の女先生が手を高く挙げた。
「あ、持ってるわよぉ! 職員室にあったの!」
「ナイスだ金髪の先生! 早く開けてくれ! もたもたしてると全員おやつにされるぞ!」
それにしても、なんとも個性豊かなメンバーだなァ。
金属バットの少年に、手製の槍を持った少女。さらに木刀を構える長髪の剣士に、ガス式のネイルガンを抱えた丸眼鏡のぽっちゃり少年。ツインテールの少女までいる。
武器のチョイスもバラバラなら、制服の汚れ具合もバラバラ。ただ一つ共通しているのは、全員の瞳の奥に絶対に生き残ってやるという剥き出しの意志が燃えていることだ。
彼らがバスに向かって駆け込んでくる最中、少し離れた場所で別の生徒たちが奴らに囲まれているのが見えた。
「タクト!」
少女が叫び、ネイルガンの少年がすかさずトリガーを引く。プシュッという空気音と共に奴らの頭に釘が撃ち込まれた。
危ないところだった。タクトとやらが助かってよかった。本当に前後左右を完全に囲まれていたからな。
タクトに駆け寄ったカオリという彼女さんが、安堵のあまり大泣きし
ながら彼を強く抱きしめ始めた。
「タクトぉぉ! よかった、無事でぇぇ!」
「カオリ…俺は大丈夫だ」
二人の間に流れる甘い空気。だが、ここは死線が交錯する地獄のど真ん中だ。
「あのぅ、イチャイチャしないでもろていいですか? リア充爆発しろ末永くお幸せに!」
私が釘バットを突きつけて声を張り上げると、カオリと呼ばれた少女がビクッと肩を揺らした。
「えっ、あ、すみません!」
「謝るくらいなら早く乗れ! 奴らが来てるだろ!」
「開いたわよぉ!」
女先生の声と共にバスのドアが開き、生存者たちは次々と車内へと転がり込んでいく。よし、バスは問題なく動くらしい。私もこのまま乗り込むか。
おおん? あれは誰だ?
校舎の入り口から、さらに別の集団がこちらに向かって走ってくるのが見えた。紫色のスーツを綺麗に着こなした、やけに身なりのいい男だ。
あれは…紫藤の息子さんか? 生徒たちからは紫藤先生と呼ばれているらしい。
「皆、急いでください! 立ち止まらないで!」
彼は、怯える生徒たちを連れて必死に走り、途中で立ち止まって遅れている生徒を誘導している。あれ? 政治家の嫌味な親父とは違って、生徒思いの良い奴では?
この極限状態において、教師としての職務を全うしようとする、立派な大人の鑑のような行動じゃないか。
しかし、バスの中からその姿を見た槍使いの少女──麗と呼ばれていた少女が、紫藤先生を激しく拒絶し始めたのだ。
「いやっ! あいつだけは乗せないで!」
「麗!?」
金属バットの少年が驚いて彼女を見る。麗はまるで親の仇でも見るかのような憎悪の目で、紫藤先生を睨みつけていた。
「あんな奴は死んじゃえばいいのよ!」
ちょっと待て少女、それは違うぞ! いくら何でも、あんなに一生懸命生徒を助けようとしている先生に向かって、死ねはないだろう。
「おいおい少女、そりゃ言い過ぎだ! 待ってろ先生、今助けに行くからな! おおおー!!!」
私は正義の不良少女として、彼らを救出すべく気合いの雄叫びを上げ、バスから身を乗り出そうとした。が、私の足はピタリと止まってしまった。
無理みたいですね。
私の視界の中で、信じられない光景が繰り広げられていた。
逃げ遅れて地面に転倒したメガネ男子の生徒。彼は足を挫いたのか、立ち上がることができずに紫藤先生に助けを求めて必死に腕を伸ばしていた。
「先生、助け…!」
それなのに、紫藤先生はあろうことか、その生徒の顔面に向かって無慈悲な足踏みをしたのだ。思い切り蹴り飛ばされたメガネ男子は、そのまま階段の下、奴らの群れのど真ん中へと無惨に転げ落ちていった。
そこにヒトの心はあるんか? 自分の身の安全を確保するために、教え子を囮にするなんて。
可哀想に。群れに飲まれたメガネ男子が、目が目がァァァっと絶叫を上げているのが聞こえる。あれはもう助かるまい。群がる奴らの数が多すぎる。くそう。
メガネ男子の断末魔を背に聞きながら、紫藤先生は何事もなかったかのように、優雅にスーツの襟を直しながらこちらに向かって歩いて来る。
その姿を見た瞬間、私の胸の奥底でドス黒い感情が燃え上がった。
「あの野郎…」
こんな気持ちは生まれて初めてだ。さっきまで立派な教師だと思っていた自分の目が節穴だったことが悔しい。良い奴じゃなくて、最低最悪の悪い奴じゃん。詐欺だ詐欺。立派な教育者のフリをした悪魔だ。訴えてやる。
紫藤先生がバスの入り口に辿り着き、爽やかな笑顔を浮かべて息を吐いた。
「いやあ、間一髪でした。助かりましたよ」
「あんた、教え子を蹴り落としといてよく優雅に服を直せるね。そのふざけた頭、釘バットでカチ割ってあげようか?」
私が殺気を込めて睨みつけると、紫藤先生は一瞬だけ表情を強張らせたが、すぐに鼻で笑った。
「…不良生徒の戯言に耳を貸す暇はありませんよ。さあ先生、早くバスを出してください」
不良生徒の戯言とは失礼な。この次元でたったひとりの世界一ビューティフルな美少女アレックスちゃんに向かって、なんて暴言を吐くんだこのクソメガネは。
そもそもテメェが教え子を蹴り落とした非道な行いを棚に上げて、よくもまあそんな澄ました顔でいられるものだ。私の美貌と正義感が断じて許さない。その歪みきった性根ごと、この愛用の釘バットで物理的に叩き直してやろうか。
私が全身に殺気をみなぎらせて彼に殴りかかろうとバットを大きく振り上げた、まさにその時だった。
バスが動いて十数秒後、フロントガラスの向こう側に絶望的な光景が広がっていたからだ。
校門へと続く通路を埋め尽くすほどの死者の大群──かつて生徒や教師だった「奴ら」が、津波のような勢いでバスめがけて押し寄せてきた。
「って前ェェェ!?」
バスのフロントガラス一面に、いつの間にか信じられない数の奴らがびっしりと群がってきているではないか。
クソメガネによそ見をして怒りに打ち震えているほんの数秒の間に、バスの進行方向は完全に腐臭を放つ肉の壁によって塞がれていたのだ。
フロントガラスに押し付けられた無数の白濁した瞳と、血に染まった口が、生者の肉を求めて蠢いている。
「もう…人間じゃない!」
運転席の女先生が涙声で叫び、アクセルを力任せに踏み込んだ。
緑色の重い車体が猛然と唸りを上げ、群がる奴らをボーリングのピンのように撥ね飛ばしていく。肉が弾け飛ぶ鈍い音が車体に連続して響き渡った。
ああ、危なかった。
頼りないと思っていた女先生の、その決死の覚悟のおかげで、バスは鉄の校門を強引に突き破り、無事に学園の敷地外へと脱出することができたのだ。
窓の外を流れる景色は、オレンジ色から深い紫色へと変わりつつある夕闇の街並み。だが、そこにはもう平和な日常の欠片も残っていない。あちこちで燃え上がる炎、ひしゃげた車、そして群れを成して歩く死者たち。
バスの車内では、紫藤先生が芝居がかった口調で生徒たちに語りかけ始めている。その声を聞くたびに、私の手の中の釘バットがピクピクと怒りに反応してしまう。
さて、これからどうしたものかな。
この最悪の同乗者を抱えたまま、この先どう動くべきか。私は釘バットの柄をトントンと肩に当てながら、流れる地獄の風景をぼんやりと見つめ続けた。
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