世界が滅びても、俺の安全とスローライフが最優先だ 作:最高司祭アドミニストレータ
水深数千メートルの漆黒の海底。
分厚い強化アクリルガラスの向こう側には、太陽の光が一切届かない静寂の深海世界が広がっている。時折、巨大な深海魚が青白い照明の光を横切る以外、そこにはいかなる狂騒も存在しない。
その絶対安全の要塞「パナソル深海本部」の一角に新設された、広大なインドア・レクリエーションホール。
青々と敷き詰められた最高級の人工芝の上で、タチバナ・ケイイチはドライバークラブを構えていた。
「フゥ…」
静かに息を吐き出し、腰を落とす。
彼が着用しているのは、上質な素材で立て立てられた特注のスポーティーなスラックスと、胸元にパナソルの刺繍が入ったポロシャツ。
しなるカーボンシャフト。綺麗なフォームで振り抜かれたクラブヘッドが、白いゴルフボールを鋭く弾き飛ばす。
スパァァンッ!!
快音とともに放たれたボールは、ホール奥の超大型ハイスピード・シミュレーションスクリーンへと吸い込まれ、見事な放物線を描いてフェアウェイの中央へと着弾した。
「ナイスショットです、マスター!」
弾むような明るい声が、ホール内に響く。
声をかけたのは、タチバナの専属キャディ兼サポートを務める『作戦司令オペレーター』の少女たちであった。
彼女たちの今日の装いは、いつものタイトスカートの制服ではない。タチバナの個人的な趣味と、レクリエーションの概念が完璧に融合された「特製ゴルフウェア」である。
体にぴったりとフィットしたノースリーブのミニ丈ポロシャツは、彼女たちが身にまとわせる「規格外に豊満な双丘」の圧倒的な質量を強調し、動きに合わせて生地が悲鳴をあげるように引き伸ばされている。
ボトムスは、動きやすさを重視した超ミニ丈のフリル付きゴルフスカート。そこから伸びる白く滑らかな太ももと、黒いハイソックスとの間に形成された「絶対領域」が、薄暗い深海基地の中で眩いほどの健康的な艶やかさを放っていた。
頭には可憐なサンバイザーを戴き、汗ばんだうなじから漂う甘い香りが、空間全体を芳しい空気で満たしている。
「冷たいお飲み物をお持ちいたしました」
銀髪をショートカットにしたオペレーターが、かがみ込むような姿勢でペットボトルを差し出す。彼女が深々と一礼するたび、ポロシャツの胸元から覗く深い谷間のラインが視界に飛込み、タチバナの理性を心地よく揺さぶった。
「あぁ、ありがとう。ふぅ、実に気持ちのいい汗だ」
タチバナは冷えたミネラルウォーターを喉に流し込み、至福の吐息をついた。
彼の背後では、全身を黒い複合装甲で固めた『汎用執行兵』が完璧な姿勢で直立し待機していた。無機質なフルフェイス・ヘルメットの奥から、主人の見事なスイングに対する感心が伝わってくるかのようだった。
「マスター、スイングデータの解析が完了いたしました。ヘッドスピード、打ち出し角ともにプロレベルの数値です」
サンバイザーから栗色の髪を覗かせた別のオペレーターが、タブレット端末を胸に抱えながら弾む声で報告する。彼女が呼吸を整えるたび、豊満な胸元が上下に大きく揺れ、タチバナの目を楽しませた。
「そうか。ふむ、前世の警察学校時代に少し嗜んだ程度だったが…体のブレがなくなったのは、マインクラフターとして体幹が強化されたおかげかもしれないな」
タチバナは、キャディを務めるオペレーターたちの甲斐甲斐しい奉仕を受けながら、優雅にパターを受け取った。
前世では、血生臭い日常を生きていた。だが今の自分は水深数千メートルの絶対安全圏にいる。死者たちが溢れる地上からは完全に隔離され、自分だけに忠誠を誓う美しい部下たちに囲まれ、好きな時にゴルフを楽しみ、おいしい酒を飲む。
(これこそが俺の求めていたスローライフだ。地上の連中には悪いが、俺はこの安全な箱庭で過ごさせてもらうぞ)
タチバナは内心で不敵にほくそ笑み、人工芝のカップに向かって静かにパターを引いた。
心地よい音を立てて、ボールがカップへと吸い込まれる。
「素晴らしいです! パーフェクトです、マスター!」
オペレーターたちが一斉に拍手を送り、彼女たちの柔らかな胸が揺れる。タチバナは「フッ、これくらい当然さ」とばかりにスマートな笑みを浮かべ、汗を拭うためにバイザー姿のオペレーターから差し出されたタオルを受け取った。
「気分転換も済んだことだし、少し地上の様子でも確認しておくか」
タチバナがそう呟くと、オペレーターの一人が素早く壁面の大型サブモニターを操作した。
シミュレーション画面の横に、高高度ドローンやハッキングした防犯カメラが捉えた、地上のリアルタイム映像が次々と展開されていく。
画面に映し出されているのは、夜の闇に沈んだ市街地だ。街灯の明かりは途切れ途切れになり、炎上する車両や、無機質なすり足で彷徨う「奴ら」のシルエットが点在している。
「相変わらず、地上は大変なことになっているな」
タチバナはペットボトルを片手に、他人事のようにモニターを眺めた。
自分の選択は間違っていなかった。あの地獄へ戻るなど狂気の沙汰だ。孝や麗たちの安否は不明のままだが、自分にはどうすることもできないし、するつもりもない。自分の保身と安全こそが、この世界における絶対の正義なのだから。
そう思いながら、タチバナがいくつかのカメラ映像を切り替えていた時だった。
「ん?」
タチバナの視線が、ある一つのカメラ映像でピタリと止まった。
それは、市街地の郊外に位置する、ぽつんと光を放つ夜のガソリンスタンドの防犯カメラ映像だった。
給油機の前に、一台のバイクが停まっている。
そこに立っていた人物たちの姿を認識した瞬間、タチバナの思考が停止した。
画面に映っていたのは背中に金属バットを背負った、小室孝。そしてその隣に身を寄せる、宮本麗。
(生き伸びていたのか、孝くんたち。まあそれはいい)
画面の拡大映像に映し出された「3人目の人物」の姿を見て、タチバナの手がピクッと震えた。
孝と麗のすぐ後ろ。
制服を大胆に着崩し、オレンジ色のロングヘアを夜風に揺らしながら、ガラの悪い態度で立つ一人の少女。
藤美学園の周辺で「奴ら」を鉄パイプで撃滅していた、あの『不良少女のアレックス』だった。
タチバナは手に持っていたゴルフクラブを構えた姿勢のまま、完全に硬直した。
「はにゃ?」
タチバナの脳内で、疑問符がいくつも乱舞する。
学園の屋上からバスに乗って脱出したはずのアレックス。
なぜ、彼女がそこにいる?
というか、なぜ小室孝と宮本麗の二人に同行している?
二人はバスから降りたのか? アレックスもバスから降りたのか? なぜこの3人がグループを組んでいるんだ…??
一切の前後関係も、そこに至るまでの経緯も、深海基地にいるタチバナには知る由もなかった。画面の中の3人は、何やら真剣な表情でガソリンスタンドの設備や暗闇を見つめ、会話を交わしている。
タチバナは、セクシーなゴルフウェア姿のオペレーターたちが首を傾げるのも気に留めず、クラブを握りしめたまま、画面を二度見、三度見した。
冷房の効いた快適な室内に、タチバナの困惑した呟きだけが虚しく響き渡った。
「なんであの3人が、ガソリンスタンドにいるんだ?」
次話はアレックス視点でお送りします。
さぁて、次回もサービスサービスゥ!