世界が滅びても、俺の安全とスローライフが最優先だ 作:最高司祭アドミニストレータ
私は不良のアレックス。まあ、親しみを込めて、美少女のアレックスちゃんとでも呼んでくれたまえ。
この荒廃した世界においておそらく最もビューティフルで、最も頼りになる美少女アレックスちゃん。自分で言うのもなんだけど、このブレザーを着崩したスタイルといい、肩に担いだ手製の釘バットといい、我ながら絵になりすぎていると思う。
そんな私が今、どこにいるのかというと。私たちは夜の静寂に沈んだ市街地外れ、ぽつんと明かりを落としたガソリンスタンドに到着したところだ。
いやぁ、ここに来るまでにも本当に色々なことがあった。思い返してみるだけでも、私の頭痛が激しくなりそうなくらい、濃密で理不尽な時間の連続だった。
まず、あの学校から脱出するためのマイクロバスの中での出来事だ。
常識的に考えて、この極限状態において未成年の学生がリーダーシップを執るなんて自殺行為だと私は思う。
だからあの身なりのいいメガネ先生──紫藤先生が「私がリーダーを引き受けましょう」と言い出した時、私はてっきりまともな大人が指揮を執ってくれるのだと安心しかけた。
けど次の光景が本当に意味不明だった。
「シドー先生!」
「シドー先生!!」
紫藤が「多数決を取りましょう」と促した途端、彼に助けられた生徒たちが、まるで何か怪しい新興宗教の信者のように、一斉に目を輝かせて拍手を送り始めたのだ。
おいおい、お前ら正気か。どこにそんなに惹かれる要素があったんだ。私から見れば、あれは民主主義の名を借りたただの狂信的なカルト集団にしか見えなかった。本当に意味が分からない。
そして、その後の決裂だ。紫藤のやり口に耐えかねた槍使いの少女・麗が、走行中のバスから飛び降りた。私はその勢いに釣られるようにして、麗に続いてバスを降りた。
「麗! アレックス!」
金属バットの少年・孝も、慌てて後を追って飛び降りてきた。
そこまでは良かったのだが、私たちの行く手を阻むように、トンネルに入る手前で別の大型車両が激しく横転し、大爆発を起こした。轟音と共に巻き起こった紅蓮の炎の壁。
それによって、私たちはバスに残った冴子先輩たちと物理的に完全に分断されてしまったのだ。
「東署で落ち合いましょう! 午後七時に!」
すぐに合流するのは難しいから、私たちはその約束を頼りにこの死の街を歩くことにしたわけだが。
そこからの幼馴染二人の行動が、これまた私の常識を木端微塵に打ち砕くものだった。
「おい、このバイク、直結すれば動かせそうだぞ」
「パトカーのドアが開いてるわ。あった! 拳銃よ、孝!」
おいおいおい、待て待て待て。
これが普通の高校生のやることかよォォォ!! そう叫んだね私。
気がつけば孝は慣れた手つきでバイクの配線を弄ってエンジンを始動させ、麗は血まみれの警官の遺体から躊躇なくリボルバーを回収して孝に預けている。お前ら普段からどんな教育を受けてたら、そんなに手際よくルパン三世みたいな挙動ができるんだ。
しかもバイクの二人乗りの最中、なんだか「きゃっきゃうふふ」とでも言いたげな、年相応の甘酸っぱい空気を漂わせている。ああ、
私はそれを見ながら、つくづく世界が終わった日なのだと思い知らされる。常識のネジが一本どころか、全部吹き飛んでしまっている。ちなみに私は自転車でだ…つ、疲れる。
そして現在。私たちはガソリンスタンドに到着し、麗を外のバイクの傍で待機させたまま孝と私の二人──いや、正確には「三人」で、薄暗い店内に侵入し、物資を漁っている。
「何か使えそうなものは…」
孝が、スマートフォンのライトを頼りに棚の奥をのぞき込む。
「食料はあらかた奪われてるね。でも、この奥の棚に少しだけ缶詰が残ってるぞ」
私が釘バットで棚を小突きながら言うと、背後から聞き覚えのある、しかし絶対に聞こえてはいけない声が響いた。
「流石アレックス。目がいいね。それ、賞味期限も大丈夫そうだぞ」
「うん、最後がおかしい」
私は手に持った缶詰を見つめたまま、静かに突っ込んだ。なぜなら私のすぐ隣で半透明の姿をした足のない少年が、フワフワと宙に浮きながら缶詰を覗き込んでいるからだ。
彼の名は井豪永。孝の手によって天文台で介錯されたはずの、孝の親友である。
「永、お前は缶詰を食べられないだろ」
孝がごく自然に、宙に浮く幽霊の永に向かって話しかける。
「そうだけどさ。雰囲気って大事だろ? ほら、外で待ってる麗も退屈そうだし」
永が透き通った手で「うらめしや〜」のポーズをしながらへらへらと笑う。
怖いわ、この幼馴染たちの精神構造。
私と、この幼馴染の2人には、どういうわけかこの永の幽霊がはっきりと見えている。おそらく他の生存者が見たら、ただの精神異常者にしか見えないだろう。
それをこれほどまでに平然と受け入れている彼らを見ていると、私のほうが頭がおかしくなりそうだった。
「よし、電力がないから給油機を動かすために、レジを壊して直結させるぞ」
孝が金属バットを構える。
「ま、待てって! レジを壊すのは犯罪だろ! ほら、私が千円札を出すから、ちゃんとレジの上にお金を置いていこう!」
私は慌ててポケットからなけなしの千円札を取り出し、孝を止めようとした。世界が滅びかけているとはいえ、不良の私にだって最低限の「万引きはしない」というプライドがある。
「アレックス。もうお金なんてただの紙切れだよ。それに、この状況で綺麗事を言ってる場合じゃない」
「…」
孝の冷めたツッコミに、遠くからその様子を「頑張れー」と応援するようにサムズアップしている幽霊の永。
うん、やはり心が病んでるよ、この3人とも。私は大きくため息をつきながら、千円札をポケットに仕舞い込んだ。
「ガシャーン!」と小気味よい破壊音が店内に響き渡り、レジスターが物理的に粉砕される。男ども、妙にウキウキしないでくれよ。
「きゃあああああっ!!」
店の外から、待機していたはずの麗の悲鳴が夜の闇を切り裂いた。な、何ごと?
「麗!?」
孝が弾かれたように走り出す。私も釘バットを握り直した。
「ま、まさか! 背後から汚い男が忍び寄って、麗のあの無防備な姿をいいことに、豊満な胸元を揉みしだいているとでもいうのか!? なにそれ羨まけしからん! 私を差し置いてそんなハプニングを! 親愛なる隣人として、絶対に成敗してくれるわ!」
私は孝の後を追って店の外へと飛び出した。
「すぅ…」
目の前に広がる光景を前に、大きく息を吸い込んで静止した。
これは、いったいどういう状況なのだろうか。
「痛い、痛い! 頼む、やめてくれ! 悪かった! 俺が悪かったから!」
地面に倒れ伏し、涙目でのたうち回っているバンダナを巻いた男。その前に手製の槍を構えた麗が、恐ろしいほどに冷たい瞳で見下ろしていた。
男は背後から麗に襲いかかろうとしたものの、県警幹部直伝の槍術を持つ麗にあっさりと返り討ちにされ、急所を打たれて悶絶しているようだった。
ちぇ、期待させやがって。もう既に完璧に成敗されているじゃないか。
「次、変な動きをしたら本当にそこを突き通すわよ」
「麗、落ち着け! 去勢はさすがにやりすぎだ!」
孝が青ざめた顔で店から飛び出し、麗の肩を掴んで必死に止めている。その横では、幽霊の永までもが「ヒェッ…」と自分の股間を押さえながら、顔を真っ青にしてガタガタと震えていた。
「や、やめてあげて。さすがに去勢は可哀想だし、冷酷すぎるよ、麗ちゃん。ほら見て、男どもは全員、自分のことのように顔を真っ青にして震えてるから」
私が少し引いた声で声をかけると、バンダナの男は救世主を見るような目で私を見上げた。
麗が槍を少しだけ下げ、冷たく問いかける。
「どうしてあたしを襲ったの? 答えなさい」
男は地面に頭を擦り付けるようにして、泣きながら語り始めた。
「俺だって…俺だってまともでいられるわけねえだろ! 目の前で、親父もお袋も、ばあちゃんも弟も…小学生の妹までも、皆あいつらと同じ化け物になっちまったんだよ! だから、俺が…俺のこの手で、全員の頭をぶち割ってやったんだ! まともな奴なんているかよ、この世界に!」
男の叫びは、魂を掻きむしるような絶望に満ちていた。
「…」
麗も孝も言葉を失った。親友である永を自らの手で殺した孝には、その男の苦しみが痛いほど分かったのだろう。幽霊の永も、少し悲しそうな顔をして俯いている。
重く息苦しい沈黙が夜のガソリンスタンドを支配した。
私は男の顔を見つめ、ふっと肩の力を抜いた。
「…気持ち、分かるわァ」
「えっ?」
バンダナの男が呆然と私を見る。
「私は一応女だけど、もしこんなクソみたいな地獄で、麗ちゃんみたいな可愛い子が目の前を無防備に歩いてたら、精神を安定させるためにちょっとちょっかいを出したくなる気持ちは分からなくもない。男ならなおさらだよね」
「ア、アレックス…何言ってるのよ」
麗が少し離れた場所から、ジト目で私を睨みつける。孝も、永も、怪訝な表情で私を見ていた。よかったねバンダナ君、君の背後で透き通った男の幽霊が、君の頭の上でドン引きした顔をしているのが見えなくて。
「しかし…そうだな」
私は、釘バットを肩に担ぎ直した。
「いくら悲しい過去があろうと、こんな凶器を持った不安定な男をこのまま野放しにしてしまったら、またどこかで可憐な女性に被害を与えてしまうかもしれない…それは不良としての美学に反する。避けたいよね」
「どうする気だ、アレックス?」
孝が警戒したように尋ねる。
「ふふん、バンダナ君。怖がることはないよ」
私は、不良ドラマの熱血教師のような、無駄に暑苦しい笑みを浮かべて男の前にしゃがみ込んだ。
「お前のその腐りきった性根と、悲しみに逃げる甘ったれた根性。この不良少女アレックス様が、今日ここできっちりと叩き直してやる! 悲しいなら泣け! 苦しいなら叫べ! だが、それを無関係な他人にぶつけて発散しようとするな!」
私は男の胸ぐらをガシッと掴み、無理やり立たせた。
「いいか! お前の罰はこれだ! 今すぐここで、腕立て伏せとスクワットを百回ずつやれ! 肉体を極限まで追い込んで、邪念を汗と共に流し尽くすんだよォォォ!!」
「…は?」
バンダナの男が、完全に理解不能な言葉を聞いたという顔でポカンとしている。
「なんだその間抜けな顔は! ほら、早く姿勢をとれ! イチ、ニ、サン! 声が小せぇぞ! 家族の分まで生きるんだろうが! 気合いを入れろォォォ!」
私が大声で檄を飛ばし、男の背中をバシバシと叩き始める。
男は「えっ? ええっ!?」と戸惑いながらも、半泣きになりながらアスファルトの上で腕立て伏せを始めさせられていた。
「よーし、いいぞ! その調子だ! 悪の心は筋肉痛と共に滅びるのだ!」
私は一人で満足げに腕を組み、大きく頷いた。これで彼も更生し、立派なサバイバーとして立ち直るだろう。我ながら、完璧で平和的な成敗であった。
「ねえ、孝」
「ああ、麗」
「…」
ふと背後に視線を向けると、そこには信じられないほど冷え切った空気が流れていた。
孝も少し離れた場所にいる麗も、そして宙に浮いている幽霊の永までもが、まるで「見てはいけない汚物」を見るような表情で私を見つめていた。
「えっ…? なに、このスゥーッと潮が引くような空気」
私は思わず、笑顔をピクつかせた。
「あのさ、アレックス…」
「お前、本当に色々と…空気読めないっていうか、台無しにする天才だな」
「はあ!? ちょ、ちょっと待ってよ! 私、すごくいいこと言ったよね!? 熱血指導で悪を更生させる、感動のシーンだったよね!? なんでそんな、道端のゴミを見るような目で私を見るの!?」
「もういいわ孝。放っておいて早くガソリン入れましょ。関わるとこっちまでバカになりそう」
麗が、心底呆れたように冷たい声で言い放ち、バイクの方へと戻っていく。
「そうだね」
永は私に向かって、気の毒そうな顔で無言で首を振っていた。どうしてだァ。
「ま、待ってよ! 嘘でしょ!? なんで私がハブられてるの!? アタシは正義の不良少女だよ!? ちょっと、誰か褒めてよォォォ!」
夜のガソリンスタンドは私の虚しい叫び声と、バンダナ男の「キュウ! ジュウ!」という涙声の腕立て伏せのカウントだけが響き渡っていた。うるさい! 静かに出来ないのか!
さぁて、次回もサービスサービスゥ!