「急に勝負しろと言われても……。理由を聞かせてもらえますか?」
結界に囲まれた廊下で緑髪の少年に戦いを挑まれたレントは眉を寄せ困惑の色を隠せずにいた。
……何でそうなったのかわからなくて怖いんだが。
「お前がランク三になったからだ! お前さえいなければ、ジーク様が新入生で一番早くランク三になれたはずなのに……!」
緑髪の少年が右手の杖を固く握り締めた。
つまり、八つ当たりで勝負を挑まれたのか。しょうもない理由で良かった。
いつの間にか相手の気に障るような事をしてしまったわけではなかったようだ。
ジークは……赤い髪の少年の名前だったはず。
この緑髪の少年はジーク様と言ってるし、ジークの取り巻きでいいのだろうか。
たしか、ジークとの話を遮ってきた取り巻きの一人が緑色の髪をしていた気がするのだ。
「……それで、殺しに来たんですか?」
「物騒だな!? そんなわけないだろ! ちょっと怪我をして休んでもらうだけだ!」
レントが呆れた目を向けると、緑髪の少年は食い気味に否定した。
それにしても、ちょっとの怪我とはどのくらいだろうか。
たとえかすり傷だったとしても、痛みがあるので避けたいものである。
「俺の名前はテオ。お前が今から負ける相手だ! 覚えておけ!!」
テオが杖を構えて、レントと無言で向かい合う。
「…………」
「…………」
「さっさと杖を構えろよ!!」
レントが杖を取り出すのをわざわざ待っていたテオは、一向に動こうとしないレントにしびれを切らして口を開いた。
決闘するなら杖を構えないといけない。
その通りではあるが、それでもレントは杖を取り出そうとしなかった。
「馬鹿にしやがってっ……!」
眉を吊り上げたテオが声を荒げた。
……そんなつもりはなかった。
とはいえそれを口にしないし、レントの表情も変わらないので、当然ながらテオの誤解は解けないままである。
レントはただ魔法で人を傷つけたくなかっただけだ。その覚悟がないとも言える。
ここ数カ月でダンジョンのモンスターなら攻撃できるようになったが、それと人に魔法を使うのは違うのである。
もしここで杖を抜いてしまえば、テオと戦うしかなくなる。
そう考えると、手足が鉛のように重くなって思うように動かせない。
レントはちらりと腰の杖に目をやる。
……まだ杖を取るべきではない。戦意を見せなければ、このまま戦わずに済むかも――
――燃え盛る火球が、レントのすぐ傍を通り過ぎる。
そんなレントの甘い考えをテオの魔法が断ち切った。
魔道具の結界があるとはいえ、廊下で火の魔法を使ってくるのか!?
「今のは警告だ! これ以上ぐずぐずするようなら、このまま攻撃したっていいんだぞ!」
テオがレントに鋭い視線を向けて告げた。
要するにさっきの魔法はわざと外してくれたわけだ。
さすがに戦いを避けられないと悟ったレントがようやく杖を取り出し、その杖先をテオへと向ける。
だがそれでも魔法で人を傷つけるつもりはなかった。
「ちっ、杖を出すのが遅いんだよ! いけ!」
テオの放った球状の炎がレントに襲いかかる。
咄嗟にレントは廊下の壁に身を寄せるように避けると、火球が後ろの結界に衝突して弾けた。
飛び散った火の粉が宙を舞う。
……あれは、火炎系の魔法で一番習得しやすいスブラマか?
「こんなところで火炎系の魔法を使うなんて、何を考えているんですか?」
「うるさい!」
眉間にしわを寄せたテオが怒気を滲ませて、スブラマを撃ち出す。
……また火の魔法か。
周囲の被害なんてどうでもいいと思っているのだろうか。それとも――
――この魔法しか使えないのだろうか。
それは……悪いことを言ってしまった。怒るのも無理はない。
灼熱の火球を今度は反対側の壁に転がり込んで躱したレント。
とはいえこの狭い廊下で相手の魔法を避け続けてもいずれ限界がきてしまう。
幸いスブラマの速さはトラディネートほどではない。
そのおかげで、なんとか今のところスブラマを避けられているが、どうしたものか。
こんな事になるなら、魔力防御膜だけに頼らず、障壁魔法も練習しておくべきだった。
「外したか! だがいつまでも避けられると思うな!」
テオの杖先から炎が生まれ、レントが横へ飛びのく。
迫りくる熱の塊がレントから少し離れたところを通り過ぎた――そのとき。
テオが口を吊り上げる。
……しまった。見落としていた!
――火球が炸裂!
波のように押し寄せた爆炎が瞬く間に広がる。
対人戦の経験がなく直前まで予測できなかったレントは為すすべなく飲み込まれてしまう。
「油断しすぎだ。避けられるなら、お前の近くでスブラマを爆発させてしまえばいい」
テオは勝ち誇った笑みを浮かべていた。
こんな奴、ジーク様が出るまでもない、とでも言いたげな顔であった。
白煙が徐々に薄れ、レントの姿が見えてくる。
しかし、そこにはほんの僅かな傷さえもなかった。
テオの魔法はレントの魔力防御膜に完全に防がれていたのだ。
「くそっ! ……ランク一の俺では、ランク三のお前に届かないというのか!」
唇を強く結んだテオが俯いた。
煙の焦げ臭さに顔をしかめていたレントが杖を下ろす。
「もう、終わりにしませんか? あなたの魔法が当たったとしても効かないのですから」
だが相手の魔法が効かなくても炎の塊が自分に迫り爆発するのは怖すぎる。
しかも相手が本当にちょっとの怪我で済むように加減してくれるかわからないのだ。
さっさと諦めて帰ってほしい。
「っ……これを使うしかないか」
ローブの内側から小瓶を取り出したテオがその中身を一気に飲み干した。
さっきよりテオの魔力が二段くらい上がった感じがする。
いったい何を飲んだんだ? まさか金貨数十枚の――
「――ランクアップする魔法薬、ですか?」
「そうだ! これで俺も一時的とはいえお前と同じランク三になったわけだ。この力があればさっきの魔法だって……!」
その言葉通り、テオの放つスブラマは今までとまるで違っていた。
燃え盛る火炎の大きさと速さがかなり増している。
それを避けきれなかったレントは、かろうじて左手を前に出して身を守るが、魔力防御膜があってもその衝撃と炎の熱がひしひしと伝わってくる。
このまま食らい続けたら、魔力防御膜が壊れてしまうかもしれない。
だが、魔法で人を攻撃するのは……。
――そうか、何もあいつを直接傷つける必要はないんだ。
自分の身を守りつつ、相手が降参するような魔法を使えばいい。
あとは、この結界がどの程度の魔法まで耐えられるかわかれば……!
そういえば、あいつがランク三になっても結界はスブラマに耐えていたな。
念のため魔法の威力はランク二程度にして様子を見るか。
「そのまま何もしないでいるつもりか!?」
テオがレントにスブラマを撃とうとしたとき、テオの足元に向かって白い輝きを纏った光線が襲ってきた。
「うわっ!」
今まで一度も魔法で反撃してこなかったレントの不意の一撃にテオが慌てて後ずさった。
一筋の閃光――トラディネートが廊下の床に着弾するが、結界は床にも作用しているので、ランク二の魔法でそこに穴が開くことはない。
「さっきの魔法はあなたの魔法よりも速かったですよね? 魔法の撃ち合いになったらあなたに勝ち目はありません。降参してくれませんか?」
「……だ、だが、その威力ではランク三になった俺の魔力防御膜は貫けないはずだ! お前は、俺の魔法があと数回当たれば壊れそうだな!」
額に汗を浮かべたテオがスブラマを繰り出すが、今のレントに迷いはない。
迫り来る火球をじっと見つめ、トラディネートで撃ち抜いた。
「はあっ!? 魔法で魔法を撃ち抜くだと!? 新入生にできることじゃないだろ! ……偶然に決まってる!」
表情を強張らせたテオが懲りずに火球を放つが、それもすぐさまレントの白閃に射貫かれる。
「もう慣れました。あなたの魔法の速さが毎回同じなので、一度見てしまえば迎え撃つのもそんなに難しくはありません」
「クソ、クソ、クソッーー!!」
息を荒げるテオはやけくそになってスブラマを放ち続け、レントはトラディネートで応戦する。
魔法と魔法が次々に衝突して爆炎が立ちこめるが、そのたびに魔法のぶつかり合う音がテオの方へ近づいていく。
そしてついにはテオの火球が生じた瞬間、レントのトラディネートにたやすく貫かれ、霧散してしまった。
「もう勝負は明らかでしょう。あなたの負けです」
「…………いや、まだだ! この魔法を見ても、そう言えるか!?」
杖を掲げたテオが使おうとしている魔法はスブラマではなかった。
スブラマより習得が難しい火炎系魔法、デナージオだ。
テオは魔法薬で一時的にランク三へ到達しただけで、魔力操作の技量はランク一の未熟な新入生のままであった。
それにもかかわらず無理に高度な魔法を使おうとして、今にも暴走しそうなほど荒れ狂う炎がテオの杖先で巨大な火球を形成しようとしていた。
「すぐにその魔法をやめてください! あなたにデナージオは制御できません!」
「うるさい!!」
レントの忠告を聞き入れず、テオはデナージオを必死に制御するが、いつ爆発してもおかしくなかった。
手遅れになる前に何とかしなくてはテオの命が危ない。
少なくともテオ自身があれをどうにかできる段階はとっくに超えている。
しかし、これまでのようにレントがトラディネートで撃ち抜いてしまえば、その瞬間に爆発が起こりテオがどうなるかわからない。
それにテオのデナージオが運悪くこちらに飛来したらレントに逃げ場はない。
これ以上火球が膨らまぬよう早めにトラディネートで貫いて、テオの生存を信じるしかないか!?
――いや、この方法ならきっと上手くいくはず……!
「トラディネート!」
レントの杖から一条の光が放たれ、デナージオを維持するだけで精一杯なテオの杖に直撃する!
爆弾付きの杖とでも言うべきものがテオの右手から強く弾き飛ばされる。
あえて魔力を収束させなかったレントによってトラディネートは細く鋭い光線から鈍器のように太い魔法へと変わっていた。
つまり、貫通力ではなく衝撃を与えることを目的とした一撃だったのだ。
「あっ、俺の杖が……」
「いいから早く逃げてください!」
テオは思わず遠ざかっていく杖を目で追っていたが、レントの急かす声で我に返った。
しかし、もう一刻の猶予もなかった。
テオの杖と共に遠くへ離れた巨大な火球が限界を迎えて爆発!
凄まじい炎の奔流が巻き起こり、空気を震わせる轟音が響き渡った。
「うわああああ!!」
逃げられず爆風に捕まってしまったテオが大きく弧を描いて宙を舞う。
そして廊下の床に叩きつけられ、レントのところまで転がってくる。
随分と痛そうだが、あの程度の衝撃なら魔力防御膜があるし怪我もないだろう。
それまで張り詰めていた糸がぷつりと切れたかのようにレントの肩から力が抜けた。
壁沿いの結界にもたれて座り込むテオが弱々しく口を開く。
「……どうしてお前はこんなに強いんだ? いったい俺と何が違う?」
「あなたがどんな修行をしてるのか知りませんが、それほど特別なことはしてないですよ。毎日、本を読んで魔法を使ったり魔力を育成したりして学び続けただけです」
正直、朝から晩まで図書館に引きこもって過ごしたい気持ちはあるが、ただ本を読むだけでは駄目なのだ。
もしあまりわかっていない事があっても実際にやってみると、なぜか後になって理解できてしまえるような事が世の中には多いのだから。
つまり、目標に向かって行動する量を増やしていけば成長するのではないだろうか。たぶん。
もっとも、そう思うレント自身が本に夢中となるあまり行動できてないので、他人に言える立場ではないと自覚していた。
だからテオには何をすれば良いのかという話をせず、自分が何をしたか伝えるだけにしたのだ。
「――結局、強くなるのに手っ取り早い近道なんてなかったのか」
テオはまるで憑き物が落ちたように穏やかな顔をしていた。
「お前が現れるまで、ジーク様の目に適うほど才能がある奴は誰もいなかった。だから、どんな手を使ったとしてもお前に勝ちさえすれば、俺も……ジーク様に認めてもらえると思ったんだ」
「……もう分かっていそうですが、たとえ他人を蹴落としたとしても、あなたの能力は変わりません」
「ああ、ジーク様に認められるまで修行して強くなるべきだったな」
座り込んだまま俯くテオの前で屈んだレントが、テオにそっと手を差し伸べた。
「今から修行しても遅くないと思いますよ。これから先、何十年、何百年と続くほど魔法使いの道は長いのですから」
「…………悪い。さっき使った魔法薬の副作用で体が動かないんだ。このまましばらく休ませてくれないか?」
レントが差し出した手を取れず、テオは気まずそうな顔をしていた。
「……」
やはり慣れない事はしない方が良かっただろうか。
どうすればいいかわからなくなったレントは、それとなくテオから距離を取った。
「何をやっているのですか!?」
お待たせしました!
前回のお話で最後に現れた人物は、ちょっと意外でしたか?
いきなりボス戦ではなく、まずは手下から倒すのがお約束です!
今回のお話で初めて戦闘シーンを書いたのですが、いざ書き始めようとしたら手が止まったまま動きませんでした……。
こんなにバトルものが難しいなんてっ……!
慌ててバトル冒険ジャンルの小説などをいくつか読ませていただいて、なんとか仕上げました!
とはいえ、まだまだ未熟なところが多いです。
ジークとの決闘はもう少し先ですが、それまで勉強させていただきます!
えっ? 勉強前の実力?
ジークが攻撃した。レントは躱した。みたいな所謂ターン制バトルのような感じだったかな……。
お見せしなくて済んだので安心してます。
ここからはどうでもいいのですが、私も執筆中にあるものと戦っていたのです。
それは――腰の痛み。
お仕事で肩こりはあったけど、執筆してたら初めて腰が痛くなりました……。意外と急に来るんですね。
たった二ヶ月、お仕事以外の時間を執筆に充てただけなのに、私の体、弱すぎない!?
私が目標にしている方は筋トレをされているようですが、他の作者様はどうなんでしょうか。
そもそも私の姿勢が悪かったり座りすぎだったりするのかもしれませんが、ストレッチなどの対策はしてました。
そして偶々、病院でレントゲンを撮ったらお医者さんに背骨が曲がってますって言われてしまいました……。どうりで腰が痛いわけです。
ちょうどシルバーウィークで一週間くらい寝込んでましたが、今は良くなりました!
でも座ってパソコンで小説を書けなくなったので、横になってほとんどスマホで書いてました!
執筆しながら類語を検索するのが大変だし、そのまま寝てしまいそうです。
なので今回のお話は二回しか書き直せてないです。いつもは四回直しているのに……。腰痛、なんて手強い敵なんだ!
まあ私の執筆が遅いだけですが、投稿ペースを上げられるように頑張ります!
自分で書いたお話を読むと、どうしてもそれを修正したくなって、全然続きが書けません! 完成度は上がる気がするんですけど。
最初からそのクオリティが出せればいいのに、なかなか難しくて時間がかかってしまいます!
もっと楽しんでもらえる小説をもっと早く書けるように頑張ります!
評価とお気に入り、感想、ここすき、誤字報告ありがとうございました!