『魔力放射攻撃魔法――トラディネート』
図書館棟二階でその魔法書を見つけてから三日、レントは寮の自室で本の内容を思い返して魔力を操っていた。
とはいえここで魔法を使ってしまえば部屋が壊れるし危なすぎる。実際にこの魔法を使うなら専用の設備がある演習室に行くしかない。
トラディネートという攻撃魔法は、細く鋭く圧縮した魔力を放射し、光線のように攻撃対象を貫くのだが、その威力と魔力効率は、術者の魔力操作の精度に大きく依存するようだ。
例えば、魔力操作の下手な初心者がこの魔法を使うと魔力の大半が空中に霧散してしまい搾りかすのような微かな光しか残らない。
しかし、魔力の扱いに長けた者なら僅かな魔力量で格上相手の魔法さえも打ち破る力を秘めていた。
つまり、魔法使いとしての腕が誤魔化しようもなく現れる魔法である。
だからこそ魔力量頼りの高ランク魔法使いが避けたがる魔法なのは言うまでもない。
……みなぎるっ! 魔力量こそパワー!
演習室で魔法を試そうとレントが杖を手に先を急ぐように歩いていると、通路の向こうから見覚えのある集団がやってきた。皆を引き連れるように先頭を進んでいるのはどうやら赤髪の少年ジークのようだ。
何事もなくその横を通り過ぎるかと思えば、ジークがレントの杖に目を止めた。
「おい。その手に持ってるのは何だ?」
「杖ですが?」
どう見ても杖なのになぜ聞いてくるのだろう、とレントは小さく首を傾げた。目が悪いのだろうか。
「……いや、そんなもの杖ではない。ただの棒にしか見えん」
ジークは心底気の毒そうな顔をして、レントの銀貨十枚で買った杖を見下ろした。
杖は魔法の出力を増幅して魔力の制御も安定させるのだが、性能が上がるほどそれだけ値段も上がるので懐に余裕のないレントはランク一の初心者向けの杖しか買えなかった。
ジークの取り巻き達がその安物の杖を見て笑い声を漏らしていたが、使う分には問題ないとレントはさほど気にしてなかった。ちなみに取り巻き達はレントより下のランク一である。
「特進科は、これから実習で教員の引率のもとダンジョンの三階まで行く」
「そうですか。……いいですね」
「お前もランク二ならダンジョンに行けるだろ。それでも羨ましいのか?」
「はい」
レントにあっさり肯定されてジークは鼻白んだ顔になった。
どうやら意地でも認めない、という反応を期待していたらしい。
だが実際に羨ましいのでレントとしては嘘をつく理由がない。普通科と違って教員が引率してくれるのだ。命の危険はないだろうしダンジョンの勝手がわかるなんて羨ましいに決まっている。
「ジーク様、こいつなんかダンジョンで野垂れ死にしますよ」
取り巻き達が話を遮るように口を挟んだ。
「……レントがこの程度のダンジョンで死ぬはずないだろ……まあいい、だがもう少しマシな杖を決闘までに用意しておくんだな。どうせそんな杖ではお前の力には耐えきれん」
「……はい」
ジークの独り言は聞こえなかったが、レントは決闘を拒否できずに返事を返してしまった。
とはいえまだ使えるのに杖を買い換えるなんてもったいない。
少なくともさらにランクアップしてから、あるいは杖が壊れてから考えよう。
……でもさすがにお金があれば買い換えるよね?
レントが事務窓口で教室棟一階演習室の利用を申請すると、あっさり使用許可が出た。ランク二以上なら誰でも借りられるらしい。
攻撃魔法用の演習室は、羽根の魔道具を借りた演習室とは造りが違っていた。窓のない石造りの広間で、部屋の奥に並んでいるのは、人の胸ほどの高さの石柱である。その表面には淡く光る障壁魔法が展開されていた。モンスターや魔法使いが無意識に纏っている魔力防御膜を模したもので、ランク五相当の魔法にも耐えられる強度だという。
あくび交じりの声でそう説明してくれたのは、この演習室を管理している中年の職員だった。
「新入生か。まあ、最初の一年は魔法が的の石柱まで届けば上出来だ」
「魔法が的に当たらないのは、狙いが逸れて思った通りに飛ばないってことですか?」
「そもそも魔法に慣れてないせいか、ほとんど途中で消えるんだよ」
職員が苦笑しながらレントに教えてくれた。
ランク二の魔法使いなら、まだ一つも魔法が使えなくてもおかしくない。
それこそレント自身もトラディネートという攻撃魔法を習得しようとしていた。
的の前に立ったレントは、深く息を吸って右手の杖を構えた。
そして魔力を杖に流し込み――圧縮。
杖先に光の粒が寄り集まっていくが、ほんの僅かな魔力であっても制御を失ってしまいそうになる。
例えるなら、水の入ったコップを慎重に傾けて、ストローの中に水を通していく感じだろうか。
魔力操作の精度が低いのに魔力量を増やすと、水の入ったバケツを一気に傾けてストローの中に水を通そうとして、ほとんどの水がこぼれて無駄になってしまうような感覚がある。
多少時間をかけてでも、魔力をもっと細く、もっと鋭く、圧縮するしかない。
……どれくらい経ったのだろうか。
たった一つの魔法を使うとは思えないほど集中するあまり時間を忘れていた。
そして、ついに杖先の光が一点に収束する。
その白く濁っていた光は、もはや透き通るような色をしていた。
ここまでは寮の自室で練習していたが、問題はそれを放つ瞬間だった。
限界まで圧縮された魔力を維持したまま前へと押し出す。少しでも制御が乱れたらそこから魔力が抜けて霧散し、本に書かれていた通りの典型的な失敗になってしまう。
そんな迷いを振り払ってレントは的に狙いを定め、圧縮した魔力を一気に解放した。
「――トラディネート」
白い光線が走った。
その解き放たれた光は空気を裂くように一直線に伸び、的の障壁魔法が抵抗する間もなく貫かれた。
障壁魔法を破ってもその勢いは衰えず、的の石柱に直撃してようやく魔法が消えた。
あまりの威力に呆然としていたレントが我に返って自分の杖を見下ろすと、無数の亀裂が生じていた。
ランク一の杖ではランク五の魔法を防ぐ障壁魔法を軽々と破壊する今の魔法の出力に耐えられなかったのだろう。
だがあの威力の割に消費した魔力量は五十分の一ほどで、たいして魔力を使ってなかったのにどうして的を貫通できたのだろうか。
いや、そういえば魔力を自分の限界まで細く鋭くしていた。
例え同じ力でも、掌で押すのと針で突くのとでは、話がまるで違う。
つまり、魔力を圧縮しすぎてしまったのだ。
レントがそう結論付けたところで、的の奥にある演習室の壁に、指一本分の穴が開いているのが目に入った。
……どう見ても壁が壊れている。
冷や汗がレントの背中を伝った。
……もしかしたら元から壁に穴が空いてる古めかしくも味わい深いデザインなのかもしれない。そんなわけないでしょ!
壁まで駆け寄ったレントが周囲を見回すと、椅子を蹴倒して立ち上がった職員と目が合ってしまい、ばつが悪そうにレントは視線を逸らした。
……まずい。これは非常にまずい。
「すみません。演習室の壁に穴を開けてしまったんですが……弁償は――」
「――そんなこと気にしてる場合か⁉ どんな魔法使えば障壁魔法を貫通するんだよ!?」
気にするに決まっている。金が足りなかったらどうするんだ。なにしろ羊皮紙代に頭を悩ませる普通科なのだ。
幸い、的の石柱は消耗品扱いで弁償しなくて済んだが、演習室の壁は修理するしかないらしい。
「……お前、名前は……ああ、いい。分かった。図書館のアレか」
なんで分かるんだ。
まさかこの魔塔に通信手段でもあるのだろうか。
もはや観念してレントが頷くと、職員は石柱の穴を指でなぞりながら、しみじみと言った。
「魔力の量そのものはランク二のひよっこなのに、ランク五の石柱を軽々と壊しやがる。……いい師匠に習ったな」
「……そうですね」
……誰か訂正してくれよ。
「それで、怒られたの?」
「いえ。……修理費は請求されましたが」
「あー……いくらだったの?」
「金貨十二枚です」
「高っ!」
レントが憂鬱そうな顔で答えると、クラリスは思わず声を上ずらせた。
「修理費は結局いつまでに払うわけ?」
「来月末までに持ってこい、と」
「あんた、お金あるの?」
「ありません」
きっぱりと言い切ったレントに、クラリスがぐっと言葉を詰まらせた。
とりあえずノートと写本の売上でしばらく生活に困らないくらいの蓄えはあるが、金貨十二枚を払うと数か月分の生活費が消えてしまうので演習室の修理費を早く稼がないといけない。
「クラリスにこの前教えてもらったダンジョンに行って稼いできます」
「あ、そう。……って、待ちなさいよ! あんた昨日の今日でダンジョン行くの!?」
クラリスが慌てて立ち上がり、席を離れたレントを呼び止めた。
だがレントも儲かるからといって何の考えもなくダンジョンに行くわけではない。
ダンジョンの素材が高く売れるとはいえ、モンスターがいる。
今までは攻撃魔法が使えずに諦めていたが、攻撃手段は手に入った。
それにランク二の魔力防御膜なら一階のモンスターの攻撃なんて通らない。
安全に稼げるのであれば、あとはダンジョンに行くだけである。
――杖、壊れてなかった? 買い替えるお金あったんだ。
「一応言っとくけど、ダンジョンは死人が出るところなのよ。一階層でも、ランク一なのに油断して行った学生が毎年何人か治療室に運ばれてくるんだから」
「知っています。だから今日はまず、下見だけにしようと思います」
「そう、下見だけなのね……」
クラリスは唇を尖らせて、そっぽを向いた。
彼女はまだランク一で、ダンジョン棟一階に入るのは推奨されない。
心配そうな表情も浮かんでいるが、四か月前まで同じ試験を受けていた相手に置いて行かれることにも思うところがありそうである。
「あ。そうだ、苔喰い虫って知ってる? 一階層の奥に出るんだけど」
「知りません」
「甲殻が魔法石の材料になるから、そこそこ高く売れるのよ。大きさは……このくらいね」
クラリスが猫ほどの大きさを両手で表した。
彼女の指先は、かすかに震えている。
「……虫、苦手ですよね、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫よ! 話してるだけだもの!」
「でも試験のとき――」
「――あれは忘れなさい!!」
なかなか人の顔と名前を覚えられないレントにとって、その出来事はクラリスのことをすぐに思い出すほど強く印象的なものだったのである。
……そんなことがあっても忘れちゃうんだね。重症だよ……。
お待たせしました!
第六話も書き終わってすぐに投稿したので、明日(8/15)の土曜日に見直して修正します!
毎週締め切りぎりぎりですが、なんとか更新を続けられているのは皆様の応援のおかげです!
今回、ようやく主人公が魔法を使うのですが、私が魔法を書くのも初めてだったので時間がかかってしまいました。なのでちょっと短いお話です。
第七話の下書きは日曜に作ろうと思います。
次はきっとダンジョンに行く話です!
評価とお気に入り、感想、ここすき、誤字報告ありがとうございました!