フィンレーベン 千年図書館の魔法使い   作:魔宮ことな

7 / 9
第七話 ダンジョン棟一階

「あなた一人で行くつもり? 友達はいないの?」

 

 ダンジョン棟一階で受付をしていた女性職員にレントが学生証を差し出すと、その女性が入場記録をつけながら何気なく尋ねてきた。

 ぐさっと心を抉るような言葉がレントを襲う。

 

「……いません」

 

 なんとか平静を装ってそう口にしたレント。

 とはいえ新入生でこれほど早い時期にランクニとなってダンジョンに行ける実力を身につけたのはレントとジークしかいない。

 いずれにせよジークを誘わない限りレント一人で来るしかなかった。

 

「……単独入場は推奨されてないのよ」

「一階だけですので」

「規則上は問題ないわ。でも……」

 

 職員は何か言いたげな顔をしたが、レントの説得を諦めて注意事項の説明に切り替える。

 

「――あと日没までに戻って来てください。戻らなければ捜索隊が出ます。捜索費用は本人持ちですよ」

「いくらかかるのですか?」

「金貨五枚です」

 

 そんな金はない。絶対日没までに戻ろう、とレントは思った。演習室の修理費も払えてないのだ。

 

 

 

 受付を済ませたレントはダンジョンの入り口の結界を抜けた。

 その先に見えたのは、地平の彼方まで続く草原だった。見上げても天井はなく、透き通る空から柔らかな光が降ってくる。

 空間拡張魔法によって想像もつかない広さになっているが、ここまでくると、もはやダンジョンの中とは思えない。

 ダンジョンは天道魔塔の大賢者が修行場として作ったようだが、素材の産地としても利用され薬草やモンスターの繁殖しやすい環境となっている。

 

 のどかな風景をレントが眺めていると、遠くに白いもこもこした群れが見えた。羊である。

 ……ダンジョンというより、牧場だな。

 しかし普通の羊ではなかった。額から左右に、灰色がかった金属のような角が伸びている。

 鉄角羊。調子に乗ってランク一なのにダンジョンに来た学生が鉄角羊の角に腹を突き上げられ治療室送りにされてしまうほど狂暴な羊である。

 といってもランク二の魔力防御膜があれば、鉄角羊に突進されてもその鉄角は体に刺さらず衝撃で転ぶ程度だ。今のレントにとって鉄角羊はそれほど危険な相手ではないのである。

 だがレントに狩りの経験などあるはずがない。

 そんなレントが何の考えもなく鉄角羊を狩ろうとしたところで上手くいくわけがなかった。

 だから予めどう動くか決めていた。それが間違っていたとしても、鉄角羊の前で頭が真っ白になるよりましだろう。

 ほんとはもっと遠くから鉄角羊を狙いたかったが、残念ながらそこまでトラディネートを使いこなせてなかった。

 ――あそこまで行けば魔法が届く。あと少しだ。

 鉄角羊に気取られぬよう足音を殺し、レントは群れの横から距離を詰めていく。

 トラディネートの射程に入ったところで、群れの一頭がレントに気づいて顔を上げた。

 つぶらな瞳。ふかふかの毛並み。なんて可愛いらしい姿をしているのだろうか。

 そう思った瞬間、鉄角羊は地面を蹴ってレントへ突進してきた。可愛さが台無しである。

 今の自分では立ち止まらないとトラディネートが使えず、射程も短い。しかも演習室の的と違ってこいつは動くのだ。

 それでもレントは慌てることなく足を止め、右手を鉄角羊に向けた。

 狙いは額の一点。

 必要以上の損傷は買取金額を減らされてしまうかもしれない。

 なるべく傷つけないようにしつつ必要な威力は残さなければ。

 一階のモンスターなら魔法の威力はランク二程度に落としていいはずだ。

 そうすれば魔力圧縮の時間を減らしてもっと早く魔法を使えるし、収束もあえて甘くすることで攻撃範囲を指一本分から二本分にまで拡大。確実に仕留めることができる!

 

 「トラディネート!」

 

 放たれた光線が大気を切り裂いて走り、猛然と突っ込んできていた鉄角羊の魔力防御膜を破り、頭を貫いた。

 鉄角羊は突進の勢いのままよろけるように倒れて動かなくなった。一撃である。

 しばらく様子を見てもそれに変わりはなく致命傷なのに生きてるということはないだろう。

 鉄角羊を倒せるほどの魔法だったが消費した魔力はほんのわずかに過ぎない。これなら一日中ダンジョンでモンスターを狩れそうである。

 とはいえ乱獲するつもりはなかった。

 買取相場が崩れたら一頭あたりの価格が下がるし、何より本を読む時間が少なくなってしまう。本来なら今頃、図書館にいたはずなのに……。

 ダンジョンで壁の修理費さえ確保できればいいのである。

 

 鉄角羊の一頭がレントにやられて残りの群れは逃げ去ったが、まだ問題は残っていた。

 解体と運搬である。

 モンスターを倒したからといってそれで終わりではない。仕留めた鉄角羊を持ち帰って売る。そのとき初めてお金になるのだ。

 モンスターを解体する手順は図書館の手引きを読んで理解していた。

 だがレントが実際にナイフを入れようと鉄角羊の前に来たときにその額から流れ出る血を間近で見てしまいレントの顔色が悪くなっていく。

 そればかりか生気のない鉄角羊と目が合ってしまった。そのつぶらな瞳がレントの脳裏に焼きついて離れない。

 ……あ、無理だ。と思ったレントはその手を止めてしまう。解体なんてもう一生しない!

 とはいえ鉄角羊を解体せずに持って帰るのは難しい。この大きさと重量ではレントが担いで運ぶこともできない。

 そう、レントは大事なものを忘れていたのである。

 鉄角羊を引っ張って運ぶ木製のソリを。

 一体どうやって持ち帰るつもりだったのだろうか。

 

 

 

 幸いにもレントが鉄角羊を倒したのはダンジョンの入り口からそう離れた場所ではなかった。

 鉄角羊を残したままその場を離れたレントはダンジョン棟一階の受付にいた職員から浮遊するソリの魔道具を借りて戻ってきた。

 どうやらレント以外にもソリを忘れる学生がいるらしく受付に数多くのソリが用意されていたのである。

 レントは練習不足の浮遊魔法で鉄角羊を少し浮かせてどうにかそのソリへと積み込み、工房棟一階の素材倉庫まで運んだ。倉庫には天井まで届くほどの棚がいくつも並び、乾いた薬草の青臭さと、獣の皮特有の匂いが入り混じっていた。

 レントが倉庫の職員にソリごと鉄角羊を渡すと、職員はそれを浮遊魔法で浮かせて隅々まで確認した。

 

「……ほう、鉄角羊の頭を正面から貫いて一撃で仕留めるとは……。他に傷もなさそうだし解体費用を差し引いたら銀貨八枚ってとこだな」

 

 鉄角羊は、毛が衣類や寝具、皮が靴や羊皮紙、肉が食料、骨が魔法薬、鉄角が包丁などの金属製品の材料となりその全身が無駄なく活用される。

 下手にモンスターを解体しようとせず余計な傷のないまま素材倉庫まで持ってきた方が高く売れるのでこれからもそうしよう、とレントは思った。そもそも解体できないが。

 銀貨十枚で金貨一枚だ。この調子なら修理費の金貨十二枚を返すのに一か月もかからないだろう。

 来月末の返済に間に合わなければどうしようかと悩んでいたがなんとかなりそうである。

 

 

 

「はぁー!? アンタ今日はダンジョンの下見だけって言ったわよね!! なんでモンスターを倒してんのよ!?」

「いえ、もとから下見で鉄角羊を一頭だけ倒すつもりでした」

 

 青髪の少女、クラリスが眉を吊り上げてレントを問い詰めるが、レントは何食わぬ顔で答える。しかしレントの視線は逸れていた。クラリスの圧に負けたのだ。

 それにまさかクラリスに自分の意図が伝わってないとは思わなかったのである。

 

「……もういいわ。それでどうやってモンスターを倒したの? 杖は壊れたばかりで買い替えるお金もなかったでしょ?」

 

 レントが言葉足らずなのは今に始まったことではないとでも言うように、クラリスは呆れた顔をしてレントに尋ねる。

 

「どうって、普通にトラディネートで倒しましたけど?」

「……ま、まさか……ダンジョンに杖も持たずに行ったんじゃないでしょうね!?」

「そうですよ。杖は壊れてたので置いて行きました」

 

 さらりと答えたレントにクラリスは目を見開いて驚愕する。

 素手⁉ 買い替えたんじゃなかったの……。

 クラリスが肩を震わせながら声を絞り出す。

 

「ばっかじゃないの⁉ ここまで常識がないと思わなかったわ…………」

「えっ」

 

 レントは思わずクラリスを見るが、少女は頭を抱えて机に突っ伏していた。

 それもそのはず魔法使いが杖を持たずにダンジョンに行くのは、言うなれば兵士が戦場で自主的に武装解除してるようなものである。

 レントにとってみれば魔法という十分な武器があるのではと思うところだが、そんなレントにもわかる例えをするなら、狙撃銃から遠くの標的を拡大して見やすくするスコープを取り外すことであろうか。本来の長距離狙撃は難しくなるが、銃が使えなくなるわけではない。同様に杖を持たずとも魔法が使えないわけではない。本来の性能は発揮できなくなるが。

 

「このままほっとけないし、今から杖見に行くわよ!!」

 

 クラリスはレントに代わりの杖を買わせようとするが、少年の腰は重かった。

 杖がないと魔法の威力も精度も下がってしまうのだが、ダンジョンの一階なら問題ない、と思っていたのである。

 

「……あの、お金ないんですが」

「そんなのいいから早く来なさい!!」

「えー」

 

 クラリスに腕を掴まれたレントは引きずられるように連れていかれるのだった。

 ……銀貨八枚しか持ってきてないのに。




設定変更のお知らせです。
決闘ができるランクを五から三に変更しました。
なのでジークとレントの決闘が早まります!

なぜかというと、もっと面白いプロットが出てきて終盤の章を書き直してたら序盤の盛り上がりに欠けることに気づいてしまい、小説全体の半分くらいプロットを修正してました……。

当然ながら今回の第七話を全然書けてなくて……。
そしていざ書こうと猟師さんについて検索したりAIに聞いたりしてたら、あっという間に時間がなくなって今週も短いお話になってしまいました。
もう25時半過ぎてる……。まだ金曜だし締め切りは守れてますね!
書き終わってすぐに投稿しているので明日(22日土曜)見直して修正しておきます。
意外と短いお話の方が面白く書けてる気がしてきました。それか単に文章力がレベルアップしたのかも。

それに今回のお話で初投稿から一か月経ちます。こんなに続けられたのは皆様の応援のおかげです!
あと更新のたびに感想を書いてくれる人がいてとても嬉しかったです!
評価とお気に入り、感想、ここすき、誤字報告ありがとうございました!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。