クラリスと別れたレントは、ダンジョン棟の一階受付に来ていた。
このダンジョンというのは天道魔塔の大賢者が修行場として作ったものらしい。
だが同時に素材の産地としても、薬草やモンスターが繁殖しやすい環境が整えられている。
受付の女性職員にレントが学生証を提示すると、職員が入場記録を付けながら、当然のように尋ねてくる。
「一人? 同行者はいないの?」
「いません」
とはいえレント以外にランクニとなったのはジークだけで、他の新入生はダンジョンに行ける実力に達してなかった。けっしてレントがただぼっちなだけというわけではないのである。
それにレントにはクラリスとエリシアがいる。
例えクラリスに普通科の新入生全員と関わりがあっても、エリシアが新入生でなくても、ぽっちと言ってはいけない。
「……単独入場は推奨されないのだけど」
「一階だけですので」
「まあ、規則上は問題ないけどね……」
職員は何か言いたげな顔をしたが、そのまま注意事項の説明に切り替えた。
「――あと日没までに戻って来てください。戻らなければ捜索隊が出ます。捜索費用は本人持ちですよ」
「いくらかかるのですか?」
「金貨五枚です」
絶対に日没までに戻ろう、とレントは固く誓った。ただでさえ演習室の修理費が払えてないのだ。そんな金はない。
受付を済ませたレントはダンジョンの入り口の結界を抜けた。
その先に見えたのは、地平の彼方まで続く草原だった。見上げても天井はなく、透き通る空から柔らかな光が降ってくる。
空間拡張魔法によって想像もつかない広さになっているが、ここまでくると、もはやダンジョンの中とは思えない。
のどかな風景をレントが眺めていると、遠くに白いもこもこした群れが見えた。羊である。
……ダンジョンというより、牧場だな。
もっとも普通の羊ではない。額から左右に、灰色がかった金属のような角が伸びていた。
鉄角羊。調子に乗ってランク一なのにダンジョンに来た学生が鉄角羊の角に腹を突き上げられ治療室送りにされてしまうほど狂暴な羊である。
といってもランク二の魔力防御膜なら鉄角羊に突進されても転んでしまう程度だ。今のレントにとって鉄角羊はそれほど危険な相手ではなかった。
だがレントに狩りの経験など前世を含めてもあるはずがなかった。
そんなレントが何の考えもなく鉄角羊を狩ろうとしたところで上手くいくわけがない。
だから予めどう動くか決めていた。それが間違ったものだとしても鉄角羊の前で頭が真っ白になって動けなくなるのは避けられるだろう。
それに演習室の的とは違って鉄角羊は動くのだ。狙い通り魔法を当てられないかもしれない。
攻撃魔法のトラディネートはまだまだ練習不足で立ち止まって使うしかなく、射程距離も短い。
ほんとはもっと遠くから鉄角羊を狙撃したかったが、残念ながらそこまでトラディネートを使いこなせてなかった。
魔法が届く距離まで鉄角羊に歩み寄るレントだが、その手に杖はない。
レントの杖は演習室でトラディネートを試し撃ちしてひびが入り、いつ壊れてもおかしくないので部屋に置いてきたのである。
もちろんレントに杖を買い替える金なんてあるわけがない。杖なしの手ぶらでレントはダンジョンに来ていた。
――素手⁉ 買い替えたんじゃなかったの……。
当然ながら杖がないと魔法の威力や精度が一段と下がるが、ダンジョンの一階層ならそれで十分である。
レントが鉄角羊の群れの横から悟られぬようひっそり近づいていく。
トラディネートの射程に入ったところで、群れの一頭がレントに気づいて顔を上げた。
つぶらな瞳。ふかふかの毛並み。なんて可愛いらしい姿をしているのだろうか。
そう思った瞬間、鉄角羊は地面を蹴ってレントへ突進してきた。可愛さが台無しである。
レントは慌てることなく立ち止まって右手を鉄角羊に向ける。
狙いは額の一点。なるべく傷つけないように、しかし威力も保ったままに。
必要以上の損傷は買取金額を減らしてしまう。
一階のモンスターなら魔法の威力はランク二程度に落としていい。そうして魔力圧縮の時間を減らせばもっと早く魔法を使える。収束もあえて甘くすることで攻撃範囲を指一本分から二本分にまで拡大し確実に仕留めようとしていた。
「トラディネート!」
放たれた光線が大気を切り裂いて走り、猛然と突っ込んできていた鉄角羊の魔力防御膜を破り、頭を貫いた。
鉄角羊は突進の勢いのままつんのめるように倒れてそのまま動かなくなった。しばらく様子を見てもそれに変わりはなく致命傷なのに生きてるということはないだろう。
杖がなくとも鉄角羊を一撃で倒せるほどの魔法だった。
だが消費した魔力はほんのわずかに過ぎない。これなら一日中ダンジョンでモンスターを倒せそうである。
とはいえ、必要以上にモンスターを倒すつもりはない。
めったにないが欲張って乱獲すれば買取相場が崩れてモンスターを安売りする羽目になるし、何より読書の時間が削れてしまう。
壁の修理費と杖の購入資金さえ確保できればいいのだ。
鉄角羊の一頭がレントにやられて残りの群れは逃げ去ったが、まだ問題は残っていた。
解体と運搬である。
モンスターを倒したからといってそれで終わりではない。仕留めた鉄角羊を持ち帰って売らないと金にならないのだ。ここに置いて帰るわけにはいかない。
その解体手順は図書館でモンスターを解体する手引きを読んで把握していた。
だがレントが実際にナイフを入れようと鉄角羊の前に来たときにその額から流れ出る血を間近で見たせいか、レントの顔色が悪くなっていく。
そして生気のない鉄角羊のつぶらな瞳とレントの目が合ってしまった。もはやレントの頭からそれが離れることはない。
……あ、無理だ。
そう思ったレントは解体を諦めてしまう。
とはいえ鉄角羊を解体せずに持って帰るのは難しい。無論この大きさと重量ではレントが担いで運ぶことなどできない。
だがレントは持ってくるのを忘れていた。
鉄角羊を引っ張って運ぶための木製の浅いソリを。
――それ、どうやって持って帰るの?
幸いにもレントが鉄角羊を倒したのはダンジョンの入り口からそう離れた場所ではなかった。
鉄角羊を残したままその場を離れたレントはダンジョン棟一階の受付にいた職員から浮遊するソリの魔道具を借りて戻ってきた。
どうやらレント以外にもソリを忘れる学生がいるらしく受付に数多くのソリが用意されていたのである。
レントは練習不足の浮遊魔法で鉄角羊を少し浮かせてどうにかそのソリへと積み込み、工房棟一階の素材倉庫まで運んだ。倉庫には天井まで届くほどの棚がいくつも並び、乾いた薬草の青臭さと、獣の皮特有の匂いが入り混じっていた。
レントが倉庫の職員にソリごと鉄角羊を渡すと、職員はそれを浮遊魔法で浮かせて隅々まで確認した。
「……ほう、鉄角羊の頭を正面から貫いて一撃で仕留めるとは……。他に傷もなさそうだし解体費用を差し引いたら銀貨八枚ってとこだな」
鉄角羊は、毛が衣類や寝具、皮が靴や羊皮紙、肉が食料、骨が魔法薬、鉄角が包丁などの金属製品の材料となりその前身が無駄なく活用される。
下手にモンスターを解体しようとせず余計な傷のないまま素材倉庫まで持ってきた方が高く売れるのでこれからもそうしよう、とレントは思った。そもそも解体できないが。
これなら修理費の金貨十二枚の返済どころか新しい杖も一か月で買える。
来月末の返済に間に合わなければどうしようかと悩んでいたがなんとかなりそうである。
「はぁー!? アンタ今日はダンジョンの下見だけって言ったわよね!! なんでモンスターを倒してんのよ!?」
「いえ、もとから下見で鉄角羊を一頭だけ倒すつもりでした」
青髪の少女、クラリスが眉を吊り上げてレントを問い詰めるが、レントは何食わぬ顔で答える。しかしレントの視線は逸れていた。クラリスの圧に負けたのだ。
それにまさか伝わってなかったとは思わなかったのである。
「……もういいわ。それでどうやってモンスターを倒したの? 杖は壊れたばかりで買い替えるお金もなかったでしょ?」
レントが言葉足らずなのは今に始まったことではないとでも言うように、クラリスは呆れた顔をしてレントに尋ねる。
「どうって、普通にトラディネートで倒しましたけど?」
「……ま、まさかあんた、ダンジョンに杖も持たずに行ったんじゃないでしょうね!?」
「そうですよ。杖は壊れてたので置いて行きました」
さらりと答えたレントにクラリスは驚愕して目を見開いた。
そして、クラリスは肩を震わせながら声を絞り出した。
「ばっかじゃないの⁉ ここまで常識がないとは思わなかったわ…………」
「えっ」
レントは思わずクラリスを見るが、少女は頭を抱えて机に突っ伏していた。
それもそのはず魔法使いが杖を持たずにダンジョンに行くのは、言うなれば兵士が戦場で自主的に武装解除してるようなものである。
なんて命知らずな真似をしてるんだと怒鳴られるのはまだ良い方で、死にたがりなんか見捨てられるものであろう。
レントにとってみれば魔法という十分な武器があるのではと言いたくなりそうだが、そんなレントにもわかる例えをするなら、狙撃銃から遠くの標的を拡大して見やすくするスコープを取り外すことであろうか。本来の長距離狙撃は難しくなるが、銃が使えなくなるわけではない。同様に杖を持たずとも魔法が使えないわけではない。本来の性能は発揮しなくなるが。
――なかなか常識の差が縮まらないね……。
「このままほっとけないし、今から杖見に行くわよ!!」
「……あのお金ないんですが」
「そんなのいいから早く来なさい!!」
「えー」
クラリスに腕を掴まれたレントは引きずられるように連れていかれるのだった。
設定変更のお知らせです。
決闘ができるランクを五から三に変更しました。
なのでジークとレントの決闘が早まります!
なぜかというと、もっと面白いプロットが出てきて終盤の章を書き直してたら序盤の盛り上がりに欠けることに気づいてしまい、小説全体の半分くらいプロットを修正してました……。
当然ながら今回の第七話を全然書けてなくて……。
そしていざ書こうと猟師さんについて検索したりAIに聞いたりしてたら、あっという間に時間がなくなって今週も短いお話になってしまいました。
もう25時半過ぎてる……。まだ金曜だし締め切りは守れてますね!
書き終わってすぐに投稿しているので明日(22日土曜)見直して修正しておきます。
意外と短いお話の方が面白く書けてる気がしてきました。それか単に文章力がレベルアップしたのかも。
それに今回のお話で初投稿から一か月経ちます。こんなに続けられたのは皆様の応援のおかげです!
あと更新のたびに感想を書いてくれる人がいてとても嬉しかったです!
評価とお気に入り、感想、ここすき、誤字報告ありがとうございました!