クラリスがレントを連れてきたのは、工房棟一階にある杖職人の店だった。
壁を埋め尽くす棚に大小様々な杖が置かれ、店の天井に吊るされた乾燥中の木材から削りたての木の香りが漂ってくる。
棚に並んだ杖を眺めるレントだが、どれも似たようなものにしか見えない。
とはいえクラリスによるとその差は歴然としているらしい。
「杖の性能はね、魔法石の質でほとんど決まるの。魔法石に使ってるモンスターのランクが上がるほど魔法の威力が増したり、制御が安定したりするわ」
それを聞いたレントは手に取って杖を確認したくなったが、杖のある棚には結界が張られていた。
「それは盗難防止の結界ね。気になる杖があったら店主に取り出してもらうのよ」
結界に手を伸ばしかけたレントを見て、クラリスがそう言う。
ショーケースみたいなものだろうか。
それによく見れば杖は価格順に並んでいるようだ。
その値段が上がるにつれ、レントの目からみるみる光が消えていった。
まさかこれを買わせるつもりでは、とレントが怯えた目でクラリスを見るが、「何よ?」とでも言わんばかりに怪訝そうな視線を返された。心配しすぎである。
「いらっしゃい。……なんだ、クラリスじゃないか」
店の奥から出てきたのは、白髪交じりの巨漢だった。前掛けは木くずを浴びて白く染まり、まくった袖から太く逞しい腕が覗いている。
「こんにちは、ドータフ。この馬鹿はレントっていうんだけど、こいつの杖を選んでほしいの。予算は――」
「――銀貨八枚で」
「安すぎるでしょ!!」
即答したレントの脇腹に、クラリスの肘が突き刺さる。なんて鋭い一撃だ。魔力防御膜はあるのだが、思わずレントは脇腹を押さえてしまう。
とはいえレントも銀貨八枚は安すぎると思っていた。しかしそう言うしかなかったのである。
クラリスに腕を掴まれて、ずるずるとこの店まで連れてこられたレントは、ダンジョンで得た銀貨八枚しか持ってきてなかったのだ。
しかも来月には演習室の修理費、金貨十二枚の返済が待っている。
しばらく杖がなくても困らないと思ってたレントからすれば、それこそ壊れた杖より性能が劣る杖でも良かったのである。
「それで、その杖はどうした? ランク一の標準的な杖は、新入生が多少無茶したくらいじゃヒビも入らんはずだ。まったく、何をしたらこうなる?」
レントの杖に目を留めた店主が眉をひそめて尋ねた。
「……攻撃魔法のトラディネートを一回使ったら杖にヒビが……意外と壊れやすかったです」
「そう簡単に壊れるわけないでしょ! アンタの使い方がおかしかったの!!」
だがクラリスに突っ込まれたレントはまるで理不尽な言いがかりをつけられたかのような顔をしていた。
もし命の危険があるダンジョンに行くなら、その前に誰だって自分が今どれほどの実力なのか確かめようとするはずだ。
だから、演習室でどれだけ本気の魔法を使おうと問題ないのだ。
例え演習室の的を壁ごと貫いても、杖に亀裂が入ったとしても、ダンジョンのモンスターさえ無事に倒せればそれでいいのである。お金には困ってしまうが。
「……レント、店の奥で杖の試し撃ちをさせてやる。そこでそのおかしさとやらを見せてくれ」
クラリスのせいで店主におかしな奴だと思われてしまった。……そんなことないのに。
「……あの、試し撃ちにお金は……?」
「気にすんじゃねぇ。ちょっと杖を試すだけなんだ」
つまり、無料である。
レントは迷わず店主の後を追いかけた。
店の奥は、レントが初めてトラディネートを使った演習室のような場所だった。
といっても、石柱の的に施された障壁魔法が演習室のものと違うようだが。
「俺の店は一階にあるが、的は演習室三階の高性能なもんでな、ランク七の魔法まで防いでくれるんだ」
「……どうして三階の的なんですか?」
学生はランクアップするほど上の階で生活するので、この店にはランク一、あるいはランク二の学生しか来ないはずだ。
そこまで高性能な的が必要になるとは思えなかった。
一階の演習室と同じランク五の的で十分ではなかろうか。
「いまだに十年生のランク三の連中がここで杖を買ったりするからな。だがそのおかげで六十年使ってるが一度も壊れたことないぞ」
学生はランク十で卒業して助教となるが、そこまでいくのに果たして何年かかるのか。
もしかしたら百年生とかいるのかもしれない。もはやおじいちゃんである。
「レント、お前のランクはいくつだ?」
「ランク二です」
「それなら、あそこの棚を見てこい」
店主は振り返りもせず背後の棚に指を向けた。
そこにはレントが今まで使っていたランク一の杖と変わらないような杖が並んでいたが、値段は銀貨二十枚前後という倍の金額だった。なんてお財布に優しくない棚であろうか。
「――ちょっと待って。それじゃあ駄目なのよ」
「……なぜだ? ランク二のレントには、当然ランク二の杖を渡すしかないだろう」
レントにランク二の杖を見せようとしたのにクラリスに止められて店主は納得がいかないとでも言いたげな顔をしていた。
「レントはランク一の杖で演習室の的を壊してるの。そんな魔法を使ったらランク二の杖なんかすぐに壊れてしまうわ」
「ほお、そこまでなのか」
事実ではあるが、どうして店主が期待するようなことを口にしてしまうのか。
レントとしては、黙っていて欲しかった。
そんなことは知らない店主が、棚から使い込まれた一本の杖を持ってくる。
「これは魔法の試し打ちによく使ってるランク二の杖だ。もし学生が使うなら十年くらい保つ。これで全力の魔法を撃ってみろ」
「全力、ですか……?」
レントは店主に渡された杖と、的の石柱を見比べた。
何となく嫌な予感がする。前回、全力を出した結果が金貨十二枚の修理費になったからだろうか。
「……もし壊れたらいくらするんですか?」
「心配すんな、壊れても困らんぐらい古い杖だ。つべこべ言わず撃ってこい」
そこまで言うなら、何かあっても店主が責任をとってくれるはずである。
レントは的の前に立って杖を構えた。
そして魔力を流し込み――圧縮。杖先に光の粒が集まり、透き通るような輝きが増していく。
今いるのはダンジョンではないのだから、どれだけ魔法を使うのが遅くなろうと構わない。
時間の感覚がなくなる――それほどの集中を経て、ついに光が一点に収束し……それを解き放つ!
「――トラディネート!」
一筋の閃光が瞬時に駆け抜け、的の障壁へと衝突する。
ランク七の障壁魔法が激しく波打ち、光線に抵抗するが、それでも受け止めきれず――砕け散った。無数の障壁魔法の破片が星屑のようにきらめいて宙を舞う。
トラディネートが石柱の的を貫くことこそなかったものの、そこには深い傷跡が残されていた。
そして、レントの握る杖からピシッと乾いた音が響いて瞬く間にひびが広がってしまった。
「あっ」
「あっ、じゃないわよ!! どうすんのよ、それ……」
クラリスが壊れた杖に頭を悩ませていたが、レントは振り返ってそっと店主を見ていた。弁償しなくていいよね?
自分の杖ではないとはいえ、レントが杖を壊したのはこれで二度目である。
……そういえば、赤髪の少年にも似たようなことを言われていた。
どうせそんな杖ではお前の力に耐えきれん、と。
レントは気にせず後回しにしたが、さすがに杖が壊れたからには買い替えるしかないと思っていた。
しかしランク二の杖でもあの魔法に耐え切れないのか。
店主は壊れた的には目もくれず、レントが手に持つ杖に生じたヒビを見つめていた。
「レント! 今の、もう一回できないか?」
「……できますけど」
「待ってろ」
店主がすぐに別の棚から汚れひとつない新品のような杖を持ってくる。
「ランク三の杖だ。これを使ってみろ!」
「……はあ」
促されるまま杖を受け取ったレントが別の的にトラディネートを撃つと、今度は障壁に加えて的の石柱まで貫いた。
ああ、壁に穴が……。店主がやらせるから。
それにとどまらずランク三の杖に亀裂が走る。とはいえさっきの杖よりヒビが酷くない。
だが、さすがにこれ以上魔法を使わせるなんてことはないだろう。
「――次の杖だ!」
……やっぱり、そうですよね……。
レントが諦めの表情で店主を見送ると、店の奥から鍵付きの箱を抱えた店主が戻ってきた。
そうして箱から取り出されたのは、黒々とした艶やかな光を宿す杖だった。
「ランク四の逸品だ。俺の二十年前の会心作でな。これほどの杖なら四階に行かないと手に入らないはずだ」
「あの、そろそろ怖いんですが……」
「俺が使えと言ってるんだ! いいから撃て!」
すっかり店主の目の色が変わってしまった。
……やるしかない。
レントはどうにでもなれとばかりにトラディネートを放った。
白い閃光が障壁魔法と石柱をあっさり撃ち抜いて消えていく。その先の壁には当然、深い穴が開いていた。
それほどの威力にもかかわらず、この黒い杖にひび割れはなく無傷に見えた。
そればかりかこれまでの杖より魔法の威力が上がるし操作もしやすかった。
「杖はどうなった!? 耐えたか? ――耐えたな! がっはっは、見たかクソ弟子ども! 俺の杖は砕けんぞ!!」
店主が振り返って高笑いしたその向こうには、いつの間にかこの店の弟子達が集まっていた。
しかも店先の客までいるではないか!
「……あの新入生、ほんとにランク二? なんでランク七の的が壊れるんだよ……」
「あの人、お店の杖と的を三つずつ壊してったらしいよ」
「ねぇ、聞いた? あれが素手でダンジョンに行ったって噂の――」
「あいつが図書館の教授の弟子なんだ……っ! 間違いない!」
ひそひそと交わされる客の声が、レントの耳にもしっかり届いていた。
なんてツッコミどころの多い会話であろうか。
……お店の杖は二本しか壊れてないし、最後の杖は無傷に見えたのに三本の杖が壊れたらしい。
他にも訂正したいことが多すぎて、どこから手をつければいいのか分からなかった。一部は事実である。
とはいえお店の杖や的をわざと壊したわけではない。店主に撃てと言われて撃った魔法でそれが壊れてしまっただけに過ぎないのだ。
しかし周囲の目にはどう映ったか。新入生がお店の杖を次々に壊して、試射に使う的や壁を貫いて、最後には店主の会心作を引っ張り出したのである。
この翌日には「ドータフの店に杖殺しが現れた」という噂が塔内を駆け巡ることになるだろう。
……杖を買いに来るんじゃなかったと思うレントだが、いずれにせよレントがクラリスに連れてこられるのは避けられなかったのである。
試射場の隅で作業台に座った店主が壊れた石柱の的を眺めながら静かに口を開く。
「……六十年か。まあ、そろそろだったのかもしれん……」
的の寿命のことだろうか。
レントが尋ねる前に、深いため息を吐いた店主が話を切り出す。
「……つまり、な。どんな杖でも限界以上の魔法を使うと、壊れてしまうんだ。見たところレントの全力の魔法はランク七……さっきの無傷に見えたランク四の杖ですらそう何度も使えん。……六十年やってるが、ランク二でここまでおかしな魔法を使うやつは見たことがない」
なるほど、とレントは頷くが、クラリスはぐったりと作業台に身を伏せていた。なぜかお疲れのようである。
「一階にランク七の杖がない以上、解決策は二つしかない。一つは、ランク四の杖を買って常にランク四以下の魔法しか使わんことだ」
「ランク四の杖はいくらするんですか?」
「まあ、金貨五十枚ってとこか」
「――無理ですね」
それを聞いたレントの判断は早かった。
さすがに毎日ダンジョンに行くような生活を数か月もしていられない。
その間ずっと本を読む時間が削られてしまうのだから。
「それか、トラディネートに特化した杖を作ってしまえばいい。たった一つの魔法しか使えんが、安い素材でもトラディネートだけならランク七の威力でも耐えられるんじゃないか? だが、杖に組み込む魔法石は特注になるし、俺は魔法石が作れねぇから値段もわからん。もし魔法石を持ってこれたら金貨五枚で杖に取り付けてやるぞ」
「……もっと安く済む方法はないんですか?」
「杖を使わんことだな。がっはっは」
「では、それで――」
「アンタ、なんで私がこの店に連れてきたか忘れたわけ!?」
作業台に突っ伏していたクラリスが跳ね起きてレントに叫んだ。
クラリスにみっちり説教されたばかりのレントは気まずそうに視線を逸らした。……なんだ、寝てなかったのか。
クラリスはしばらく唸っていたが、やがて意を決したように顔を上げてレントを見る。
「……特注の魔法石が必要なんでしょ? 私が作ってあげる」
「ほう?」
店主が感心したような声を上げ、レントは目を丸くしていた。
「な、なによその顔。これでも魔道具を作るために入学したんだから。魔法石の構造なら本で覚えたし、あと半年くらい勉強すれば何とかなると思う。や、やったことは、まだないけど……」
クラリスの声が尻すぼみに小さくなった。
「クラリス、魔法石の材料はどうする? 素材倉庫で買うと値が張ると聞くが」
「それは…………アンタが取ってくるのよ! ダンジョンで!」
ピシッとレントに指を突きつけるクラリス。
「わかりました。自分の杖ですからね。まだランク二で一階にしか行けませんが、そこにある素材でしょうか?」
「ダンジョンの二階にあるわ。アンタなら、あと半年もあればランク三になりそうだし、きっと大丈夫なはずよ。だから、素材はアンタ、魔法石は私。それなら金貨五枚でドータフが杖を作ってくれるわ」
クラリスの提案通りトラディネートに特化した杖を作るなら、ランクアップしてダンジョンに素材を取りに行く必要はあるが、金貨五枚で本気の魔法が使えるようになる。
演習室の修理費が金貨十二枚なのでそれと合わせると金貨十七枚になる。
ダンジョンで鉄角羊を二十二頭も倒さないといけないが一ヶ月くらいで稼げそうだ。
早くお金に追われる日々から抜け出したいものである。
夢の図書館での引きこもり生活まで、あと少しなのだ。
どう考えても、断る理由が見当たらなかった。
「ありがとうございます」
「……べ、別にアンタのためじゃないんだから。特化型の杖に使う魔法石なんて普通は何年も修行しないと作らせてもらえないの。アンタみたいな規格外の魔法使いは練習台にちょうどいいってわけ。それだけよ」
クラリスは早口でそう言い切って、照れたように髪先を指で弄る。
「杖の制作費とは別にお礼をしたいのですが、何か欲しいものはありますか?」
クラリスに助けてもらってばかりの自覚があったレントは少しでも何か役に立てないか考えていた。
といってもすぐに思いつかなかったので、とりあえず欲しいものがないかクラリスに思い切って尋ねてみた。
「い、いらないわよ、そんなの。私がやりたいだけなの」
そうやって遠慮されたり、何でもいいと言われたりするのが、一番何を贈るべきか迷うのだが。
……そういえばどこかでクラリスは甘いものが好きだと聞いた気がする。
たしか、この店に来る途中にあった――
「では、焼き菓子はどうですか? 蜂蜜がけの」
「……杖が完成したらね! ――約束よ?」
レントの一言で一瞬にして絆されたクラリスが目を輝かせて身を乗り出した。
そのやり取りを眺めながら店主は、にやにやと笑っていた。
「レント、杖ができるまでこれを使うといい」
店主から投げ渡されたのは、棚の隅で埃を被っていた杖だった。その杖はあっさり折れてしまいそうなほど細く、装飾もなかった。
「それは銀貨八枚の中古の杖だ。性能は期待できないが、ランク一の杖にしては頑丈で、出力を抑えて使う分には問題ないだろう」
「銀貨八枚……!」
今の予算にぴたりと収まった。最初は冗談で口にした金額だったが、自分の見立ては正しかったんだ。レントは満足して銀貨八枚を支払った。
店主さん、ありがとうございます。
とはいえ、杖の性能が低すぎて素手と変わらない。
早くトラディネートに特化した杖を手にしたいと思うレントだが、それにはまだ時間が必要だった。
クラリスが魔法石を勉強し、レントはランク三になってダンジョンに行かないと杖は作れないのである。
お待たせしました!
毎週投稿していたのに締め切り間に合わなかったよ……。
今までは締め切りに追われて書いてすぐ投稿していたので、投稿後に二日くらいかけて修正している間、しばらく未完成なままお見せすることになっていました。
今回から投稿は遅くなってしまいますが、今の自分にできる限りの完成度で投稿させていただきます!
さすがに一か月半経てばわたしも成長してるはず……っ!
きっと、今までの話で一番面白いと思ってもらえますように。
……あ、七夕過ぎてました。
それはさておき、初投稿なのに一か月半も続けてこれたのは皆様の応援のおかげです!
まさかここまで執筆を続けられるとは思ってもみませんでした。
完結まで、まだまだ先は長いですが頑張りたいと思います!
お気に入り、評価、感想、ここすき、誤字報告ありがとうございました!