怪物と英雄の狭間で 作:伝説の一般元ブロリスト
現在、緑谷のステインが路地裏にて交戦中。
「―お前達ではない、お前達ではないのだぁ!!!」
「―っ!」
「緑谷君!」
ステインの咆哮が、血生臭い路地裏の空気をビリビリと震わせた。
振るわれる白刃の嵐。一本、また一本と、まるで影そのものが刃に化けたかのような神速の太刀筋が、四方八方から緑谷へと殺到する。
緑谷は狭い壁面を蹴り、5パーセントのフルカウルを維持しながら辛うじてその刃筋を紙一重で見切り、躱し、時に足裏で刀の腹を蹴り上げて受け流していた。
だが――その息遣いは、すでに尋常ではない荒さに達していた。
(身体が……重い……っ!)
全身の筋肉が、焼けるような熱を帯びて軋みを上げている。
まだ体に馴染みきっていないOFAの力を、極限の緊張感の中で1秒の途切れもなく全身に巡らせ続ける負担。グラントリノとの修行で掴んだとはいえ、実戦での長時間の連続稼働は、確実に緑谷の未熟な肉体を内側から削り取っていた。
(ダメだ、速度が落ちてる……! 思考の回転に、足がついてこなくなってる……!!)
緑谷の体から、OFAの力が一瞬消える。
それは、常人であれば瞬きほどの誤差。だが、数多のプロを屠り、死線の隙間を縫うように生きてきた殺人鬼にとって、そのコンマ数秒の遅れは致命的な隙でしかなかった。
「そこだ」
「――しまっ……!?」
退路を塞ぐように突き出された、もう一振りの短刀。緑谷は咄嗟に首を捻って急所を逸らしたが、冷たい刃の切っ先が、浅く、だが確実に緑谷の右頬の皮膚を切り裂いた。
ピシャリと、赤い鮮血が宙に散る。
ステインはその刃の腹についた血を、吸い付くように自らの舌先で舐め取った。
「ぁ……っ!?」
全身の神経伝達が、根こそぎ遮断されたような感覚。発動していたフルカウルの光がプツリと掻き消え、宙に浮いていた緑谷の身体は、重力に引かれるまま無様にアスファルトへと叩きつけられた。指先ひとつ、視線ひとつ動かすことすら叶わない。
「身体が……動か、ない……っ!?」
「緑谷君ッ!! やめろ……! もうやめてくれェッ!!」
床に縫い止められた飯田が、喉を破かんばかりに絶叫する。だが、ステインはその叫びを歯牙にもかけず、ゆっくりと長刀を逆手に持ち替えた。濁った双眸に宿るのは、一切の躊躇もない冷徹な光。
「貴様の信念、覚悟の片鱗……確かに見せてもらった。だが、肉体が意志に追いつかぬならば、それはただの無力だ」
切っ先が、倒れ伏す緑谷の胸元へと向けられる。
「本物を待つ露払いとして――まずは貴様から逝け」
死の刃が、無慈悲に振り下ろされた――その刹那、ステインは何かを感じ取った。空を切り裂き、何かとてつもない物がここへくるのを何かを、確かに感じ取った。
「――来たか…!!!」
「―ブロリー君!!」
「ブロリー君……まで……!」
「あの子……確か……体育祭の時の…!」
その正体は勿論ブロリー。
「―ぐぅぅ…!!」
元いた現場からここまで、とんでもないスピードで飛んできたのだ。ステインはすぐさま刃を緑谷から離し、自分自身も倒れている者たちから距離を取る。
ブロリーは地面へと降りると、すぐさま緑谷達の安否を確認。
「―っ飯田!緑谷!血が…!他の、人たちも!」
「ブロリー君…!来てくれてありがとう!でも、脳無達は…」
「全部、制圧してきた。救急隊も来たし、市民のみんなも全員助けた……だから、大丈夫だ」
緑谷達の呼吸と脈を確かめ、命に別状がないことを確認する。
だが、刃物による切り傷や刺し傷は深く、出血が止まっていない。ブロリーは自らのコスチュームの頑丈な布地を迷わず素手で引き裂くと、出血の酷いネイティブと飯田の傷口に手際よく巻きつけ、体重をかけてしっかりと止血を施した。
その間――ステインは、凶刃を構えたまま一歩も動かなかった。
(オレを警戒しつつも、怪我を負った者達を最優先に動き、応急処置を施す――…やはり、この少年は…!!)
背中を向ければ、一瞬で首を刈り取られるかもしれない死線の只中。にもかかわらず、少年の意識は己の生存や敵の排除ではなく、ただ純粋に『目の前の命を繋ぐこと』だけに注がれていた。
ステインの濁った双眸が、歓喜と興奮に微かに見開かれる。処置を終えたブロリーは、倒れている三人を用心深く抱え上げ、壁際へと静かに横たえた。
それから――ゆっくりと、ステインの方へと向き直る。
「…………どうして、こんなことをするんだ」
低く、重い声だった。
荒れ狂うような怒号ではない。だが、言葉が発せられるたびに路地裏の湿った空気がピリピリと張り詰め、肌を刺すような重圧となってステインの全身へ圧しかかる。
「何が、目的なんだ」
「偽物を排除するためだ」
ステインは淀みなく、平然と言い放った。
「偽物……?」
「そうだ。今の社会に蔓延る『ヒーロー』と持て囃される連中を見ろ」
ステインは長刀の切っ先を夜空へと向け、吐き捨てるように言葉を紡ぎ出す。
「金のため、名声のため、ちやほやされるため……己の承認欲求や生活のために力を振るう俗物ども。見返りを求め、安全圏から綺麗事を並べ立てる連中が、我が物顔で『正義』を名乗っている。……そんなもの、ヒーローなどではない! ただの力を持っただけの『贋物』だ!!」
男の瞳に、狂気と純粋さが入り混じった異様な光が灯る。
「本来、ヒーローとは見返りを求めてはならない。己を犠牲にし、ただ他者のために命を捧げる果てにのみ得られる尊称でなければならんのだ! だが、今の世界はどうだ? 贋物が蔓延り、本物の精神は腐敗し、社会全体が歪みきっている!!」
路地裏の壁を背に倒れる飯田が、悔しさと怒りに唇を噛み締め、血を滲ませる。ステインはその歪んだ信念を、熱狂を帯びた声でブロリーへと突きつけた。
「だからこそ、俺が血に染まり、この刃で粛清せねばならん! 偽りを屠り、人々の目を覚まさせ、この腐りきった世界を正しき姿へと作り変えるのだ!!」
男の言葉は、常軌を逸していた。
だが、そこには一切の私利私欲も、嘘偽りもなかった。自らの命すらその思想の薪にする覚悟を持った、純粋すぎるがゆえの狂気。
それを、ブロリーは最後まで静かに聞いていた。
激昂することもなく、否定して怒鳴り散らすこともなく、ただ岩盤のように重く、深い沈黙を保ったまま。
そして――ブロリーは視線をわずかに落とし、床で涙を流しながら震えている友の姿を、その瞳に映した。
誰よりも真面目で、誰よりも真っ直ぐで……そんな友が、どれほど誇らしげに、どれほど眩しそうに自慢していたか。
多くの人々を笑顔で救い、弟にとって道標そのものだった、あの偉大な兄の背中を。ブロリーは再び顔を上げ、ステインを静かに見据えた。
その瞳の奥底で、かつてないほど濃密で、冷たく張り詰めた怒りの焔が灯っていた。
「……お前の言う偽物に」
路地裏の空気が、凍りつくように冷え切る。
「…………飯田のお兄さんも、入っているのか」
「そうだ」
ステインは眉ひとつ動かさず、乾いた声で即答した。
「インゲニウム……あの男もまた、大勢のサイドキックを従え、己の知名度と安定の上にあぐらをかいていた『弱者』に過ぎん。真に命を賭して他者に殉じる覚悟なき者が、看板を背負って街を闊歩する。……だからこそ、俺が淘汰した」
「に、兄さんを……っ」
壁際で床に縫い止められた飯田の喉から、血を吐くような嗚咽が漏れた。奥歯が砕けんばかりに噛み締められ、アスファルトに滴る涙が血と混ざり合っていく。
「兄さんを……侮辱するなァッ!! 兄さんは……たくさんの人を救って、誰からも愛されて……僕の、僕の憧れだったんだぞッッ!!」
動かない身体。叫ぶことしかできない己の無力さ。
兄の人生を奪い、その生き様すら泥靴で踏み躪る殺人鬼への憎悪が、飯田の心を焼き千切ろうとしていた。
だが、ステインはその叫びを一瞥すらしない。濁った眼光は、ただひたすらに八木蕗利だけを射抜いていた。
「他人の憧れになったところで何だ。見返りを求め、制度に守られ、安全圏で笑う連中に、本物の正義など宿りはしない。……お前なら分かるはずだ、八木蕗利。規格外の力を持ちながら、世界の歪みを肌で感じてきたお前ならば」
ステインの言葉に、ブロリーはゆっくりと拳を握り込んだ。
ギチ、ギチッ……
骨が軋む重い音が、静まり返った路地に響く。かつてのように荒れ狂う緑の火花は散らない。だが、その巨躯の周囲の空気が、目に見えて陽炎のように歪み始めていた。
「……飯田は、言っていた」
ブロリーの声は、驚くほど静かだった。
だがその底には、海底のマグマのように熱く、重く、決して揺るがない怒りが沈んでいた。
「『兄さんは、誰よりも早く現場に駆けつけて、困っている人に一番最初に手を差し伸べるんだ』って。すごく嬉しそうに……誇らしそうに、笑ってた」
ブロリーは一歩、ステインへ向けて足を踏み出した。踏み出された足元のアスファルトが、その存在の質量に耐えかねて微かに沈み込む。
「たくさんの人を助けて、笑顔にして、誰かの、目標になって……弟に『かっこいい』って胸を張れる人が――偽物なわけがない」
「――――」
飯田は、泣いていた。
冷たいアスファルトに、血と混ざり合う大粒の雫が落ちる。
その涙は、傷の痛みでも死への恐怖でもなかった。
飯田の胸を激しく締め付けたのは『救い』と、逃れようのない『恥辱』だ。誰よりも憧れた兄を『偽物』と否定され、張り裂けそうだった心を、ブロリーが真っ直ぐに肯定し救ってくれた。
だが――だからこそ、己の浅ましさが胸を容赦なく抉る。目の前の怪我人を放置し、復讐心だけで力を振るった自分。あれほど必死に止めてくれたブロリーの忠告を無視し、緑谷まで死線に立たせてしまった己の愚かさ。
(兄さんの名を語りながら……一番その生き様に泥を塗っていたのは、僕じゃないか……!)
兄の誇れる弟でありたかった。
その純粋だったはずの憧れを、自らの憎悪で汚してしまった情けなさに、飯田は動かぬ身体のまま、声もなく涙を零し続けていた。
「お前は、何も見てない。お前の見てる……世界は……お前の身勝手な、思い込みだ…!!」
ブロリーの双眸が、ステインの瞳を真正面から貫いた。
「どんな理由があっても……!どんな正義があっても……!!人を、傷つけて……人を、殺して……!!大切な人を泣かすだなんて――許されるわけがない!!!!」
路地裏の空気が、爆発寸前の静寂に達する。
「お前がやっているのは世直し、なんかじゃ、ない!!!――ただの……人殺しだ!!」
その言葉が落ちた瞬間、ステインの双眸に宿ったのは、怒りではなかった。
ぞっとするほどの歓喜。狂気を孕んだ純粋な高揚が、男の顔を激しく歪ませた。
「……いい。素晴らしいぞ、八木蕗利……!!」
ステインは長刀を構え直し、爛々と輝く瞳で笑った。
「他者の痛みを背負い、己の言葉で俺を否定するか! そうだ……そうでなくてはならん! 語るな、偽善を拒絶するならば、その拳で俺をねじ伏せてみせろッ!!」
直後、ステインの身体が掻き消えた。
神速の踏み込み。路地裏の左右の壁を跳弾のように蹴りつけ、四方八方から無数の残像を生み出しながら、必殺の切っ先がブロリーの喉元へと一直線に肉薄する。
「お前の魂が本物か……我が刃で確かめる!!!」
迫る白刃の切っ先。
虚空を切り裂き、必殺の角度で突き出されたステインの長刀。
数多のプロヒーローの血を吸い、その命を絶ってきた凶刃の切っ先が、寸分の狂いもなくブロリーの喉元へと直撃した。
しかし路地裏に響き渡ったのは、肉を裂く音ではなかった。金属と、それ以上の超硬質な『何か』が衝突した、耳を劈くような甲高い破砕音。
「!」
手応えがない。刺さらない。皮膚に一筋の傷をつけることすら叶わず、自慢の刃がまるで分厚い隕石の塊を突いたかのように、完全に静止していた。
そして――。
長刀の刀身が、ブロリーの首元から根本へ向けて、蜘蛛の巣のように走った亀裂とともに粉々に砕け散った。
飛び散る無数の鋼の破片。凶刃は、ブロリーの体内を滑らかに巡る濃密なエネルギーの障壁と、鍛え上げられた規格外の肉体強度に耐えきれず、自壊するように弾け飛んだのだ。
「――なんと言う、素晴らしき肉体…!」
ステインは自分の刃が届かなかったのにも関わらず、笑顔を保ったまま次の一手に出ようとする……だがブロリーの前で、最初の一撃が通らなく、隙を見せた時――その者はすでに敗北している。
「――っっ!!」
ブロリーが見せたのは、これまでの穏やかさを完全に脱ぎ捨てた――友の痛みを背負い、理不尽な悪意へ向けられた少年の、剥き出しの形相だった。
憎悪に呑まれて暴走しているのではない。
自分の意志で、自分の心で、目の前で友を愚弄した男を拒絶する、純粋で強烈な怒り。
「オレは――――ッッ!!!!」
ブロリーの喉から、路地裏のビル全体をビリビリと震わせる咆哮が爆発した。握り締められた巨大な拳が、腰だめから前へと引き絞られる。
暴発するようなエネルギーはない。だが、その拳の周囲の空間そのものが、押し潰されるように軋んでいた。
「お前が、大嫌いだァァァァァッッッッ!!!!」
魂の底からの叫びとともに、渾身の掌打がステインの無防備な腹部へと叩き込まれた。
内臓を破裂させんばかりの、重低音の衝撃。ステインの肺からすべての空気が強制的に吐き出され、眼球が飛び出さんばかりに見開かれた。
相手を殺めない程度と威力――にもかかわらず、叩き込まれた運動エネルギーそのものは、軽トラックの直撃すら遥かに凌駕していた。
「ガ……ッ、ハッ……!?」
ステインの身体がくの字に折れ曲がり、足元のアスファルトを大きくめくり上げながら、路地裏の奥へと弾丸のように吹き飛んでいく。
路地裏の突き当たり、頑丈なコンクリートの防護壁に背中から激突し、クレーターを作りながら瓦礫の山へとへたり込んだ。
瓦礫の崩れる乾いた音が、静まり返った路地裏に響いた。
壁に深々と刻まれたクレーター。
粉塵が晴れていく中、へたり込んでいたステインが、咳き込みながら血塊をアスファルトへと吐き捨てた。
あの一撃だ。常人なら腹部を貫通されて即死していてもおかしくない衝撃。内臓を激しく打ち据えられ、肋骨にも罅が入っているはずだった。
だが――その口元は、耳元まで裂けんばかりに吊り上がっていた。
「……カハッ……ハハッ……!」
手元に残った、無残に砕け散り柄だけとなった長刀の残骸。それを一瞥したステインは、震える足取りでゆっくりと、何事もなかったかのように瓦礫を踏み越えて立ち上がった。
「折れた……俺が長年、数多の偽物の肉を切り裂いてきたこの刃が……皮膚に傷一つつけられず、ただ突いただけで砕け散った……!」
ステインの濁った瞳が、爛々と狂気の輝きを放ちながらブロリーを捉える。その顔に浮かんでいたのは、敗北の屈辱などでは微塵もなかった。
求めてやまなかった奇跡を目の当たりにした、信徒のような恍惚と狂喜。
「なんと言う……なんと言う素晴らしき肉体……ッッ!!!!」
血まみれの口から、歓喜の咆哮が迸った。
「鍛え抜かれた鋼の如き硬度! 刃を容易く拒絶する濃密な気迫!!今のが拳だったのならば、俺の体は今頃、穴が空いていただろう…!そうだ……! それだ八木蕗利!!」
ステインは折れた刀を無造作に投げ捨て、両手を天へと広げた。全身から吹き荒れるのは、痛みを完全に超越した狂熱のオーラ。
「ただ暴威を誇る獣ではない! 怒りに身を焦がしながらも、己が振るう力を一寸の狂いもなく律し、友のために、弱者のためにその身を壁とする……!!」
ステインの視線が、ブロリーの揺るぎない眼光と正面から激突する。
「『大嫌いだ』と吐き捨てたな! 素晴らしい……それでいい!! 貴様のその純粋な拒絶、他人の痛みを己の怒りとして背負うその魂……やはり貴様は、我が刃が試すまでもない……正真正銘の『本物』だァッッ!!!!」
全身を切り裂かれそうなほどの殺気と、吐き気を催すほどの熱狂。だが、その狂気を一身に浴びながらも、ブロリーの眉ひとつ動かさず、告げる。
「その体じゃ、まともに戦えない……諦めろ、ステイン」
「はぁ…は…ハハ……確かに、俺ではお前にはもう勝てん――だが、俺は……お前のような存在をずっと待ち望んでいた……そして今日――貴様の手で、終わりにきたのだ…!!!」ダッ!!
「!!」
ステインは姿勢を低くしたまま、足を壊す勢いの踏み込みを行い、真っ直ぐにブロリーの後ろ……動けない緑谷へと突撃する。
「―――――っ……この……このっ!!!」
ブロリーはすぐさま右手を出し、ステインの顔に向かって、手のひらを思いっきり放つ。
「大馬鹿やろぉぉっ!!!!!!」
ステインは再度、ブロリーの攻撃をくらい吹き飛び……そのまま完全に意識を失ってしまう。ブロリーは自分の手をギュッと握りしめながら、何かを堪え……ステインを身柄を確保。
(……勝ったのに、みんなを守ったのに――変な、気分だ)
ブロリーはそんなことを考えながら、ステインの体を持ったまま緑谷達のところへと向かうのだった。
次回
ステイン・吠える!!!