怪物と英雄の狭間で 作:伝説の一般元ブロリスト
「これで…よし」
静寂が、荒れ果てた路地裏を支配していた。すり鉢状に砕け散ったアスファルト。壁に深く刻まれた放射状の亀裂。
その瓦礫の山に埋もれるようにして、『ヒーロー殺し・ステイン』は白目を剥き、完全に意識を断たれて沈黙していた。
ブロリーは身につけていた無数の刃物はすべて没収し、ゴミ捨て場にあったロープでガッチガチに拘束した。
「……っ、ふ……動ける、ようになった……」
緑谷が恐る恐る指先を動かし、壁に手をついてゆっくりと上体を起こした。血液型による麻痺時間の差か、ネイティブと緑谷、そして飯田の身体の自由もようやく戻りつつあった。
「みんな……怪我は、大丈夫……?」
ブロリーが振り返る。
その顔には、先ほど殺人犯を圧倒した凄まじい威圧感など微塵も残っていなかった。いつものように眉を下げ、心底心配そうに、大きな身体を屈めて仲間たちを覗き込んでいる。
「ブロリーくん……僕たちなら、平気だよ。君が……全部、止めてくれたんだね」
緑谷が肩で息をしながら、折れた刀の破片を見つめて呟く。その横で、麻痺が解けた飯田は――立ち上がることができずにいた。
両膝を地面につき、俯いたまま、小刻みに肩を震わせている。
「……飯田」
ブロリーがそっと声をかけた。
飯田は顔を上げられないまま、アスファルトに爪を立て、掠れた声で言葉を絞り出した。
「すま……ない……ッ。僕は……君の言葉を、あんなにも真剣に止めてくれた君の手を振り払って……こんな、取り返しのつかないことを……ッ!!」
震える声。滲み出る後悔と自己嫌悪。
そんな飯田の前に、ブロリーは静かに膝をついた。目線を合わせ、その大きくて温かな掌を、飯田の強張った肩へそっと乗せる。
「……いいんだ、飯田」
「っ……!」
「怪我、痛かったろ。きっと、怖かったはずだ……でも……生きててくれて、よかった」
怒るでもなく、責めるでもなく、ただ友が無事であったことを心から安堵する、静かな声。その優しさに、飯田の瞳から再び大粒の涙が零れ落ち、地面を濡らした。
そして路地裏を抜けた場所へ移動した――その時だった。
凍りつくような冷気とともに、路地の入り口から凄まじい勢いで氷結の道が滑り込んできた。氷を纏い、荒い息を吐きながら駆け込んできたのは――。
「緑谷ッ!! 無事――」
轟焦凍だった。
緑谷からの一斉送信された位置情報を受け取り、エンデヴァーの制止すら振り切って最短ルートを氷で滑走してきたのだろう。
しかし――轟の叫びは、目の前の光景を捉えた瞬間にピタリと止まった。
「…………」
轟のオッドアイが、信じられないものを見るように見開かれる。
目に飛び込んできたのは、無惨に砕け散った無数の凶刃。
爆撃でも受けたかのように陥没した壁と、そこでミノムシのようにガチガチに拘束されて転がっている『ヒーロー殺し』。
そして――血を流しながらも肩を寄せ合う緑谷と飯田、その二人を包み込むようにしゃがみ込んでいる、巨大なブロリーの背中だった。
「あー……」
普段は冷静沈着な轟が、呆然と息を漏らした。
「緑谷、位置情報をもらって急いで来たが……これ、は……」
視線を拘束されたステインと、巨大な拳を擦り合わせているブロリーへと交互に向けながら、轟は乾いた声で呟いた。
「……もう、全部……終わったのか……?」
「うん…」
「轟くん……来てくれたんだね。ありがとう」
緑谷が壁に寄りかかり、痛む身体を抑えながら力なく微笑んだ。
「ああ、緑谷からの位置情報を見て飛んできたんだが……」
轟はステインの様子と、ブロリーの様子を見比べる。ステインは死んではいないがかなりのダメージを負っており、近距離で爆破でもされたのかと思うレベル……対してブロリーは煤に汚れている程度、轟は驚く……のではなく、何故か少し自慢げだった。
「プロが何人もやられている相手を一人で倒すだなんて……流石だなブロリー」
「本当に、すごいよ君は……それに比べて俺たちなんて……情けないなぁ」
「そんなことは…」
ブロリーがプロのヒーローに対して何かフォローを入れようとした、その瞬間。
シュウゥゥッ――パパパパァンッ!!
路地裏の狭い空間を、目にも留まらぬ速度で黄色いマントが反射し、突風とともに小柄な影が滑り込んできた。
「――おいッ! 無事か二人共!!」
「グラントリノ……!」
「おじいちゃん!」
(おじいちゃん!?)
(…ブロリーの、おじいちゃん……似てない…けど、そう言うこともあるか)
緑谷が顔を上げ、ブロリーは嬉しそうな笑みを浮かべる。
飛び込んできたグラントリノは、鋭い眼光で一瞬にして路地裏の状況を把握した。
壁にめり込み、白目を剥いて縄で縛り上げられている『ヒーロー殺し』。そして、血を流しながらも立っている緑谷と飯田にプロ……そして無傷のブロリー。
「……やれやれ。大通りにいたヒーロー達から話をきて飛んできて見れば……とんでもねぇ獲物を仕留めおったな」
「緑谷が頑張って飯田達を守ってたんだ、オレは途中から来ただけで、頑張ったのは緑谷だ」
「でも、僕は途中で危なくなって…そこをブロリー君が助けてくれたんです!」
「そうか……とりあえず二人とも」
グラントリノは緑谷とブロリーに向けて笑みを浮かべ、素直に誉めの言葉を送った。
「よくやったな、二人とも」
『……っ!』
プロからの真っ直ぐな称賛に、緑谷の瞳が潤み、ブロリーもホッとしたように胸を撫で下ろす。現場で多くの命を救い、凶悪な殺人鬼から仲間を守り抜いた。その事実は、紛れもなく誇るべき武功だった。
――だが。
「……ま、それはそれとしてじゃ…坊主!」
「は、はい!」
「フルカウルを掴んだまでは良かったが……見ろ、そのザマを! ペース配分も実戦での呼吸の整え方もまるでなっておらん! 感情に任せて力を振り回し、息切れして刃物を掠められとるようじゃ、一人前には程遠いわい!!」
「はいっ!!」
「事務所に戻ったら基礎からみっちり鍛え直しじゃ! 職場体験が終わる頃には、今の三倍は動けるように叩き直してやるから覚悟しとけ!!」
「はぃぃぃぃ!!」
先ほどまでの慈父のような空気はどこへやら、鬼教官の顔に戻ったグラントリノに、緑谷は青ざめながら震え上がった。
そのやり取りを見て、ピリピリと張り詰めていた路地裏の空気が、ふっと和らぐ。
「……ふっ」
轟が口元に微かな笑みを浮かべ、ブロリーも大きな目を細めて困ったように笑った。過酷な死線を乗り越えた少年たちの間に、ようやく夜の安らぎが戻りつつあった。
「さあ、いつまでも油断しとらんで大通りへ出るぞ。怪我人を救急隊に――」
グラントリノがそう言いかけ、ブロリーが仲間たちを気遣いながら一歩を踏み出した――その刹那だった。
大気そのものが悲鳴を上げるような、不気味な風切り音。路地裏の細い空を仰ぎ見た全員の顔から、一瞬にして血の気が引いた。
「な……んだ……あれは……!?」
轟の声が、信じられないものを見たように上擦る。
夜空を埋め尽くしていたのは――黒い異形の群れだった。
一体や二体ではない。10は軽く超える……街の炎を背に受けて飛翔する翼の怪異、ビルの屋上を跳梁跋扈する巨漢の異形。先ほど大通りでブロリーが撃退した脳無とは違う、数十体もの『脳無』の群れが、突如として出現した。
「嘘だろ……こんなことって…!?」
「まだ、隠れていたのか…!!」
そして、群れの中から外れた一際巨大な飛翔型脳無が、空気を切り裂く超音速で路地裏へと急降下してきた。
狙いは――消耗した緑谷でも、動けないプロでも飯田でもない。
この場で最も強大で、最も規格外のエネルギーをその身に宿す存在――八木蕗利。怪物は本能的な敵意のままに、アスファルトすら抉り取る鋭利な鉤爪をブロリー目掛けて真っ直ぐに突き出していた。
「みんな、下がって……!!」
ブロリーは咄嗟に緑谷たちを巨大な背中で庇い、深く腰を落とした。突進してくる怪異を正面から叩き落とすべく、その巨大な拳を振り上げた――その、コンマ数秒前のことだった。
ブロリーの剛腕が振り抜かれるよりも、さらに早く。常人の動体視力では捉えきれない漆黒の『影』が、地面から弾丸のように爆ぜた。
足元で鳴った、極小の金属音。
ゴミ捨て場の頑丈なロープで手足も胴体もミノムシのように縛り上げられ、完全に沈黙していたはずの男
――ステインの濁った双眸が、すでにカッと見開かれていた。
「ハァ―…ァァア…!!!」
常人なら即死、あるいは数日意識が戻らないはずの打撃を受けてなお、男の狂気の執念は死んでいなかった。
ステインは縛られた全身の筋肉を蛇のように波打たせて跳ね起きると、靴底の隙間に仕込まれていた予備のナイフを、器用に爪先で宙へと弾き飛ばした。
一筋の銀光。
それを、ステインは自らの口先だけでガチリと噛み止める。
「ステイン…ッ!?」
ブロリーが目を見張る。
振り抜こうとした拳のさらに先、手足を完全に拘束されたままのステインが、驚異的な体幹のバネだけで路地裏の壁を蹴り上げたのだ。
(―偽物が、蔓延る…!この……社会も!!)
拘束されていることなど微塵も感じさせない、神速の三角跳び。左右の壁を猛烈な勢いで反射し、ブロリーの頭上わずか数センチの空間へと割り込んだステインは、空中で体をエビ反りにし――首の筋力と落下の全体重だけを乗せて、口にくわえたナイフを振り下ろした。
狙うは、ブロリーを屠らんと迫っていた怪物の頭頂部。
(いたずらに力を振り撒く犯罪者もっ!!!)
剥き出しの黒ずんだ脳髄の、ど真ん中。
「――ギャアァァァァァッッッ!!!!」
耳を劈く断末魔とともに、飛翔型脳無が激しく痙攣した。ブロリーの目の前わずか数十センチで怪物の全身から完全に力が抜け落ち、重力に引かれるままアスファルトへと叩きつけられる。
肉片と黒い体液を撒き散らし、二度と動かなくなった脳無の亡骸。その巨体の上へ、手足を縛られたままのステインが音もなく着地した。
「ッ!」
拳を振り抜く寸前で制動をかけたブロリーが、呆然と息を呑む。谷も、グラントリノも、轟も、あまりの神速と異様な光景に言葉を失っていた。
ステインは首を僅かに傾げ、口にくわえていた血塗れのナイフを、首の反動だけで足元の肉塊へと突き立てた、そしてそのまま、それを地面へと吐き捨てる。
手足はロープで固く縛られたまま。
全身は血に塗れ、満身創痍のはずのその身体。
だが、男が濁った眼光を頭上の夜空へと向けた瞬間――その全身から噴き上がったのは、路地裏の空気すら凍りつかせる、底知れぬ本物の殺気だった。
「粛清……対象だ……!!!」
喉の奥から絞り出された、低く濁った怨嗟の声。
自らが認めた唯一無二の『本物』たる少年に、薄汚れた怪異が触れることすら許さないという、狂気じみた絶対の意志。
その禍々しいまでの威圧感は、頭上を埋め尽くしていた数十体の脳無の群れすら一瞬にして硬直させ、保須の夜の支配権を力ずくで奪い去っていた。
「…………」
他の脳無達は、少しの間ブロリーを見ていた後……スイッチでも入ったかのように、ブロリーから目を一斉に逸らし、その場から立ち去っていった。
「おいッ!! こっちだ、路地裏にヴィランが――!!」
大通りの方角から、激しい足音と怒号が響いてきた。
駆けつけてきたのは、救援のプロヒーローたち、そして――全身から烈火の如き業火を噴き上げている男、No.2ヒーロー・エンデヴァーだった。
「焦凍! 無事か――」
エンデヴァーが路地裏へ踏み込もうとした、その瞬間。駆けつけたプロたち全員の足が、氷漬けにされたかのようにピタリと止まった。
「な……ッ!?」
視線の先、息絶えた脳無の死骸のに仁王立つ、血塗れの男。全身を縛っていたはずの頑丈なロープが、男の膨れ上がる筋肉と異様な気迫に耐えかね、ブチ、ブチチッ! と音を立てて千切れ飛んでいく。
顔を覆っていたボロボロのマスクが剥がれ落ち、露わになったのは――鼻を削ぎ落とした異形の相貌と、狂気と信念に燃え盛る剥き出しの眼光。
ゾワリッ……!!
空気が、軋んだ。
ただそこに立っているだけで、呼吸をすることすら許されないような、肌を削り取るほどの濃密な殺気。
「……贋物どもめ」
低く、地獄の底から響くような怨嗟の声。
「正さねばならん……! 誰かが血に染まらねばならん……!! 『ヒーロー』を取り戻さねばならん……!!」
男の喉から絞り出される言葉は、もはや叫びですらなく、この世界を呪いながらも、この世界を愛した者による血の祈祷だった。
「来い……! 来いよ、贋物ども!!」
ステインは天を仰ぎ、牙を剥き出しにして咆哮した。
「すべてを正す! 俺を殺していいのは……!!」
その濁った眼光が、最後に路地裏の少年たち――己が求めた眩しすぎる光をその身に宿す、八木蕗利と緑谷出久の姿を一瞬だけ捉え、そして世界の理へと叩きつけられた。
「俺を殺していいのは……本物のヒーロー…オールマイト!!そして……
路地裏の空気が爆散したかのような、凄まじい威圧の余波。No.2であるエンデヴァーの炎が一瞬掻き消えそうになるほどの、純粋にして絶対の狂気。
誰も動けない。
誰も、その男に向かって一歩を踏み出すことすらできない。
ザッ……。
静まり返った路地裏に、ただ一つ、迷いのない足音が響いた。
この場にいる誰もが動けない中、ただ一人。
恐怖も、竦みも、その瞳に微塵も宿さず、静かにステインへと向かって歩みを進める巨躯――八木蕗利。
「…………」
自分へと真っ直ぐに近づいてくるブロリーの姿を捉えた瞬間、ステインの血塗れの口元が、耳元まで裂けんばかりに吊り上がった。
いつ意識を失ってもおかしくない状況の中……男の濁った瞳に宿ったのは、この世の何よりも尊い奇跡に出逢えた信徒のような、歓喜と狂気の笑顔だった。
「カハッ……ハハッ……!」
ステインは口から血塊を零しながら、最後の力を振り絞って胸を震わせた。狂気の殺人鬼でもなく、世界を呪う狂人でもない。ただ一人の男として、己の魂を真っ向から打ち砕いた少年へと、血を吐くような問いを投げかける。
「八木……蕗利……! 答えろ……ッ!!」
喉を激しく軋ませ、肺を貫く激痛を意志の力だけでねじ伏せながら、ステインは血走った眼光でブロリーを射抜いた。
「天災の如き力をその身に宿しながら……力に溺れず、勝利に驕らず、他者の痛みを己が怒りとした少年よ……!! 何故……何故、貴様はヒーローを目指したッッ!」
名声のためか、富のためか、それとも己を縛る世間への復讐か。
偽物どもの言い繕う綺麗事ではない、その魂の根源にある『真実』を求め、ステインは命を削りながら叫んだ。
ステインの目前、わずか数歩の距離で、ブロリーは足を止めた。
吹き荒れる狂気にも、威圧にも動じず。
ブロリーはその大きな双眸を伏せることも逸らすこともなく、満身創痍の殺人鬼を真正面から見つめ返し――静かに、だが岩盤のように揺るぎない声で答えた。
「――大切な物や、人の命を守るためだ」
飾り気のない、たった一つの言葉。
制度の正義でも、高尚な理念でもない。
ただ、大切な居場所と人々を守るためだけに、自分はこの力を使うのだという、純粋で絶対の誓い。
「――――」
その言葉を聞いた瞬間、ステインの瞳が見開かれた。
一切の私欲を捨て、ただ『他者への愛と感謝』のためだけに振るわれる、真の力。
己が追い求め、この腐りきった社会のどこにも見出すことのできなかった、純度百パーセントの『本物の光』が、目の前の少年の魂に確かに息づいていた。
「……フ……フハッ……」
ステインの顔から、狂気がふっと消え失せた。
そこに浮かんだのは、満ち足りたような、穏やかですらある笑みだった。
「……そうか……。やはり、貴様は…………」
――ステインの身体が、完全に硬直した。
白目を剥き、男の意識は完全に闇の中へと落ちていた。
だが、その膝が折れることはなかった。
倒れず、膝をつかず、ただ己の信念と、目の前の少年の答えに満足しきった笑みを口元に刻んだまま――『ヒーロー殺し』ステインは、仁王立ちの姿勢を崩すことなく、立ったまま静かに気絶していた。
死柄木君は楽しいゲームが始まってすぐにぶっつぶれた挙句、コンテニューしようとした瞬間に邪魔が入ったのでイライラしまくって萎えまくってます。