怪物と英雄の狭間で 作:伝説の一般元ブロリスト
次回で職場体験編が終わりますね……
ヒーロー殺し・ステイン、並びに脳無の集団による保須事件から翌日。
ブロリーと緑谷と轟、この三人は治療のため入院している飯田のもとへとお見舞いの品を持ってやってきていた。
「『保須を救った見習いの英雄』『怪物から街を救った大英雄』……どこもかしこもこのネタで持ちきりだな」
病室の壁掛けテレビに映し出されているのは、保須の火災現場と、護送されるステインの姿。そしてブロリーが脳無を蹴散らし、人々を救助している様だった。
ベッドの脇の丸椅子に座るブロリーは、特大のフルーツバスケットを抱えながら、申し訳なさそうに大きな身体を縮こまらせる。
「オレは……ただ、目の前にあった車をどかしたり、怪我をした人を運んだりしただけだ……大通りを守り切ったのは、怪我をしながらも戦い続けたプロの人たちだ」
「謙遜するな。お前が瓦礫をどかして道を拓かなきゃ、救急車も消防も間に合ってなかった。……大通りにいたプロたちも、口を揃えてお前を称賛してる」
「でも……」
困ったように眉尻を下げるブロリーの横で、ベッドの端に腰掛けていた緑谷が包帯の巻かれた腕をさすりながら、小さく息を吐いた。
「何より……みんな生きてて、本当によかったよ」
「…………」
だが、ベッドの上で両腕を固く包帯で固定された飯田は、ずっと俯いたまま口を開かなかった。
白く清潔なシーツを握りしめる拳が、悔しさと情けなさに小刻みに震えている。
「……僕は、取り返しのつかないことをした」
絞り出すような、掠れた声だった。
「私怨に目を曇らせ、兄の名を汚し、マニュアルさんの忠告を無視して……緑谷くんを死線に立たせ、ブロリーくんにまで背負わせてしまった。……あの時、僕が復讐に囚われず、正しく通報していれば……こんな危険に、君たちを晒すことはなかったんだ」
「飯田……」
「君たちは僕を許してくれるかもしれない。だが……僕は、自分を許すことができないんだ……ッ」
その時だった。
コン、コン――。
静かなノックの音が響き、病室の扉が開いた。
「怪我人の容態はどうじゃ、小僧ども」
「グラントリノ……! それに、マニュアルさんも……!」
「お前達にお客さんじゃ」
姿を現したのは、グラントリノとマニュアル。
そして――彼らの後ろから、長身でスーツを着こなした、犬の顔を持つ厳格な男が静かに足を踏み入れてきた。
「保須警察署署長・面構犬慶さんだ」
(面構…犬…!!)
(犬の……お巡りさんだ)
「あー、楽にしてくれて大丈夫だワン。君たちが、昨晩の現場にいた雄英の生徒たちだな。……単刀直入に、昨晩の件について話をさせてもらうワン」
面構署長は鋭い瞳で少年たちを見渡し、厳かに言葉を紡ぎ出した。
「本来、ヒーローの資格を持たない未成年が、『個性』を用いてヴィランと交戦し、傷害を負わせる行為は、厳格に法で禁じられている。超常社会の秩序を守るため、例外は認められんのが警察の建前だ」
病室の空気が張り詰める中、署長は言葉を続けた。
「だが――今回の件に関し、緑谷少年と八木少年。君たち二人は、同行していたプロヒーローであるグラントリノの監督下、緊急避難における『指示と許可』を得た上での行動であったと確認が取れた。大通りでの市民救助、そして路地裏での交戦も、目の前の生命の危機を救うための正当な行動と判断し、君たち二人に処分は下されない、ワン」
「……っ!」
緑谷がホッと息を呑む。署長は続けて轟に視線を向けた。
「そして轟少年。君は位置情報を受けて駆けつけたものの、現場に到着した時点で交戦はすでに終結していた。戦闘に一切関与していない以上、当然ながら君にも何の処分もない」
「……なら」
轟が視線を向けた先――ベッドの上で、飯田がさらに深く頭を垂れていた。
「……問題は、飯田少年だ、ワン」
署長の声が、わずかに低く沈んだ。
「職場体験の指導役であるマニュアルの指示を無視し、私怨によって単独でステインを探し出し、無許可で『個性』を用いて交戦した。これは明白な逸脱行為であり、本来ならば厳しい処罰が下されるべき事案だ」
「……はい。どのような処分も、謹んで受け入れます……!」
震える声で答える飯田。それに対して署長は少し息を吐いた後、告げる。
「―しかし、その処罰が降るのは、あくまでも、世間に公表すればの話だワン。あの場でステインを制圧したところを見たのは少数……そのため、たまたまその現場にいたエンデヴァーがステインを制圧したと公表すれば、君に処罰は下らない」
「!!」
「しかし…エンデヴァーはこう言っていた。『手柄は全て、あの少年のものだ。俺はいらん』――とな」
「……あの、親父が……」
轟が目を見開き、信じられないといった様子で呟いた。
No.1の座に異常なまでに執着していたエンデヴァーが、他人の功績を掠め取ることを拒絶した。No.2としての誇りが許さなかったのか、あるいは――路地裏に駆けつけた際、ブロリーが放っていた規格外の気迫と、ステインを粉砕した圧倒的な実力を前にして、嘘で塗り固めた勝利を名乗るなどという泥棒じみた真似ができなかったのか。
「あの男にも、プロとしての頑固な矜持があったということだワン。……だが、それでは飯田少年を不問にする口実が立たん。そこでだ」
面構署長は手帳を閉じ、穏やかに目を細めた。
「グラントリノ、そして現場にいたマニュアルとも協議した結果――今回はこう処理させてもらった。『飯田少年は、パトロール中にステインの急襲を受けた『被害者』。そして緑谷出久と八木蕗利の両名はグラントリノの指示のもと、窮地に陥った友とプロを救うために動き、結果八木蕗利の力によって制圧された』……と言う結論に至った」
「……っ!」
緑谷と飯田が、息を呑んだ。
「これならば、飯田少年の『私怨による単独行動と無許可交戦』という事実は表に出ず、処罰の対象にはならん。大通りの脳無を片付けた八木少年の活躍はあまりに目立ちすぎて隠しようがなかったからな。……結果として、八木少年には過剰な注目が集まってしまうかもしれんが……許してほしい、ワン」
「いえ……! オレは、全然平気です」
ブロリーは慌てて首を横に振った。
「飯田が無事で……みんなが処罰されないなら、オレはどう言われても構いません。助けてくださって、ありがとうございます」
自分の名声など欠片も気にせず、ただ友が守られたことに胸を撫で下ろす。そのどこまでも純粋な少年の姿に、面構署長は目を細め、それから俯く飯田へと視線を戻した。
「……というわけでだ、飯田少年。大人の都合と屁理屈で、君の犯した罪は世間から隠された。君に下る法的な処罰は何もない」
「…………っ、ぅ……」
飯田の肩が、激しく震えた。
許されたのではない。
大人たちが、プロが、友が――自分の身勝手な過ちを庇うために、必死に嘘を編み上げ、自分を守ってくれたのだ。その優しさが、重みが、飯田の胸を容赦なく締め付ける。
「……ですが、僕は……僕の犯した罪は、消えません……!」
シーツを握りしめる飯田の拳から、血が滲むほど力が込められる。
「兄の誇りを泥で汚し、マニュアルさんの教えを裏切り、緑谷くんやブロリーくんを死線に晒した……! この過ちは……僕の一生をかけて、償わなければならない罪です……!!」
大粒の涙が、ポロポロとシーツを濡らしていく。
そんな飯田の頭に、そっと大きな手が置かれた……その手の正体は、見守っていたマニュアル。
「反省したなら、もう十分だよ。……飯田君が今日までどれだけ苦しんで、どれだけ兄貴を想っていたか、俺も少しは分かってるつもりだ。……でもね。二度とあんな無茶はしちゃいけないよ?君が死んだら、誰よりも君のお兄さんが悲しむんだから」
「っ……はい……! はい……ッ!!」
「―まあ僕は、監督不行届で減給やらいろんな処罰が下っちゃうんだけど……それも、全部気にしなくてもいいからね」
「はい…!!申し訳、ありませんでした!!」
「わかればよし!」
飯田は両手で顔を覆い、子供のように声を上げて泣いた。病室に響くすすり泣きを静かに聞き届けたあと、面構署長は帽子を深く被り直した。
そして――直立不動の姿勢のまま、少年たちに向かって深々と腰を折って頭を下げた。
「――ここまでは、警察の『建前』だワン。一人の人間として、一人の警察官として言わせてもらおう。君たちが命を賭して立ち向かってくれなければ、飯田少年も、プロのネイティブも確実に命を落としていた。……保須の街を救い、友の命を繋ぎ止めてくれたこと、心より感謝する。ありがとう」
「署長さん……」
ブロリーが目を丸くしながらも頭を下げ、緑谷と轟も静かに頭を下げた。
署長とマニュアル、グラントリノが病室を後にし、再び訪れた静かな時間の中――飯田は、包帯に巻かれた自らの左手をじっと見つめた。
「……腕の神経が、少し傷ついているらしい」
「え……?」
「手術をすれば治るかもしれないと言われたが……僕は、このままにしておくつもりだ」
飯田は顔を上げ、緑谷、轟、そしてブロリーの顔を真っ直ぐに見つめた。
その瞳から先ほどまでの暗い復讐の影は完全に消え去り、自らの未熟さを受け止め、前へ進もうとする静かな光が宿っていた。
「この傷は……僕が憎しみに呑まれ、ヒーローの本質を見失っていた愚かさの証だ。真のヒーローになれたと、胸を張って言えるその日まで……戒めとして、残しておきたい」
「……飯田――なろう、一緒に、最高のヒーローに」
「―ああ…!!ありがとう、みんな……本当に、ありがとう……!!」
緑谷と轟もまた、力強い笑みを浮かべて頷いた。窓から差し込む柔らかな光が、固い絆を結び直した少年たちの姿を、優しく照らし出していた
―――一方その頃。
「クソが……ッ! クソがクソがクソがあああああッッ!!」
「なんでだよ……ッ!? なんでアイツなんだよ、八木蕗利ィッ!!」
「せっかく脳無を何体も投入してやったってのに……ニュースもネットも、どいつもこいつも『ステイン』! それに『街を救った見習い英雄・八木蕗利』!! 脳無の『の』の字も話題に残ってねえじゃねえか!! 俺の用意したイベントを全部横取りしやがって!!」
「あの説教垂れのクソ殺人鬼が!!何満足して終わってんだよ!!なんなんだよあのバケモン……! 体育祭の時より力の手綱握ってやがったぞ!? ただでさえステータス完ストしてるクソチートキャラが、アップデートで隙までなくしてんじゃねえよ!! クソゲーかよッ!!」
「アイツを怒らせて終わりだっただろ!!なんで…なんで普通に…してられんだよ!!!」
「ふざけんな……ふざけんなよ……ッ! なんでアイツばっかり……!! 俺の脳無を、俺のステージを、全部アイツの武勇伝の餌にしやがって……ッ!!」
「ああもう……痒い……ッ! 痒い痒い痒い痒いッッ!!」
「許さねえ……絶対に許さねえぞ……八木蕗利ィィィッッ!!!! 次は……次は絶対に…絶対にお前の全部を!!!塵一つ残さず崩してやる……ッッッ!!!!」
一つの悪意がさらに、さらに強くなっているのだった。