怪物と英雄の狭間で 作:伝説の一般元ブロリスト
「ハイ!私が来た!。――ってな訳で久し振りだね少年少女! 早速だけど始めるよヒーロー基礎学!」
午後から始まったヒーロー基礎学は、オールマイトのぬるりとした登場から始まった。今回する訓練は職場体験明け初日ということもあってか、やや遊びを含めた訓練――『救助訓練レース』。
内容は5人4組分かれて一組ずつ開始。
どこかにいるオールマイトが救助要請したら、五人は外側から一斉にスタートし、レースと言うだけあって最初にゴールした人の勝ち。
使う場所は運動場γ
複雑な迷路と言える『密集工業地帯』をイメージした場所であり、配管・貯水タンク・冷却塔等が存在し、クレーンや煙突が木々の様に存在を示している密集地帯。
一見だけすれば、どこから入れるのか考えるのも馬鹿らしくなる狭さ……しかしヒーローであるのならば、そういう場所すらも制覇し救助をしなければいけない。
緑谷・芦戸・尾白・瀬呂・飯田。
それ以外は近くのビルの上、そこにあるモニターで彼等の見学をして自分の番を待つ事となる。
そして待っている間誰が一位になるという予測を立て合うのだが、その中で瀬呂や芦戸、飯田などの声が上がる。
しかしその結果は全て外れ。
「―もう大丈夫です!ヒーローが、来ました!!」
「一緑谷少年が!!来た!!」
「はい!来ました!!」
緑谷が堂々と一位を勝ち取った。職場体験前の力を暴発させることもなければ、怪我をすることもなく、その力を全身に纏いながらの超移動、さらにそこに爆豪に似た動きも加わり、まさしく覚醒と言ってもいい動き。
「あの…やろう…!!!」
無個性で、ずっと自分の後ろを追いかけて来ていた男が、自分を模倣し、自分を追い越さんとする速度で進化している。
手のひらからパチパチと苛立ちの火花が爆ぜ、奥歯が軋みを上げる。
そんな中、スピーカーからオールマイトの陽気な声が運動場γ全域へと響き渡った。
『さあさあ、素晴らしい滑り出しを見せてくれた第1組に続き、第2組の諸君! 所定のスタート位置へついてくれ!!』
第2組。
モニターを見上げていた生徒たちの視線が、一斉にこれからスタートラインへと向かう4人へと集まった。
爆豪勝己、八百万百、青山優雅――そして、八木蕗利。
スタートの合図と同時に、四者の動きは完全に二分された。
開始数秒で腹筋の限界を迎えて失速した青山と、機転を利かせてワイヤーアンカーを創造し堅実に進む八百万。その二人を、先頭の二人は初動の瞬発力だけで置き去りにしていた。
緑谷への苛立ちと、遥か先を行く巨躯への焦燥を燃料にした『爆速ターボ』。複雑怪奇に入り組んだ配管の隙間を縫い、煙突を蹴り、爆炎の反動だけで最短ルートを強引に切り拓いていく。その三次元立体機動は、間違いなく学年でもトップクラスの精度と速度を誇っていた。
だが――その猛進を、巨大な影が音もなく追い抜いていく。
八木蕗利。
狭隘な工業地帯では不利と見られていたその巨躯……しかしそもそもブロリーは『空を飛べる』。周りの建物や障害物なんて気にせず、ただ純粋な飛行能力で爆豪を追い越した。
並ぶ間すらなかった。
爆豪の頭上をかすめた緑の影は、爆炎の轟音を置き去りにし、瞬く間に点となって遠ざかっていく。
届かない距離。埋まらない差。どれだけ両掌から限界を超えた爆風を噴射させようとも、その背中は二度と近づいてはこなかった。
中央の貯水タンクの上に、そっと小石を置くような静けさで巨影が着地した瞬間――勝負は決していた。
1位、八木蕗利。
2位、爆豪勝己。
破壊の痕跡一つ残さず息の乱れもないブロリーと、手すりをへし折って着地し、肩で息をしながら奥歯を噛み締める爆豪。
(―――こいつ…!!なんで……また…!!!また…強くなって…!!)
ブロリーがまだ強くなったと実感し、彼はさらに強く拳を握りしめる。――やはりまだ、まだ届かない。
(ぜってぇ……追い抜かす…!!!)
(……圧が、凄いな、爆豪)
その後八百万や青山も到着し、二組目も終わり。そのまま授業は順調に進んでいき、その日のヒーロー基礎学は終了した。
救助訓練レースが終わり、汗を流すためにやってきた男子更衣室。
脱いだコスチュームをロッカーに放り込み、それぞれが今日の訓練の反省や雑談で盛り上がっていた――その時だった。
「おっっっっも!!? 緑谷、おま、こんなの着て動いてんの!?」
更衣室に上鳴の絶叫が響き渡った。
床に転がった緑谷のインナーシャツを何気なく片付けようと持ち上げた上鳴が、手首をいわしかけてその場にへたり込んでいる。
「な、なんだよ上鳴、大げさな――うおっ!? マッッッジで重ぇ!! なんだこれ、鉛の塊でも縫い付けてあんのか!?」
笑いながら拾い上げようとした切島までもが、両手で踏ん張って『硬化』をうっすら発動させる始末。
力自慢の障子が『重いな…これ』という反応をし、常闇のダークシャドウが『服ノ重サジャネエ!!』とリアクションをしていた。
「職場体験の時にもらって、それからお風呂や寝る時以外はこれを着て過ごしてるんだ。隠しててごめん」
「いや、別に隠してたのはいいけどよ……」
「むしろすげぇって感心するぞ、これ着ながらあんな動きしてたんだからさ」
「緑谷…お前、ほんとどんな特訓してたんだよ」
「えーと……とりあえず、キツイやつ…かな。今までに無いくらいの………ホントに」
緑谷の思い衣服の話題で盛り上がっていたその時、やはりというべきか、この男が声を荒げながら近づいて来ていた。
「あ、あのねかっちゃん!これは『よこせ…!!』えぇ!?」
「俺にも、その!クソ重え服をよこせって言ってんだよ!!」
「これは体験先のヒーローからもらったもので、特注らしくて販売は…」
「じゃあそのヒーローが誰か教えろ!!」
「いやぁ、その!」
「お前に着れて!俺に着れねえわけがねぇんだよ!!!」
『お、おい爆豪落ち着けって!』『そうカッカすんなって!な!』と切島や上鳴が慌てて割って入り、暴れる爆豪を必死に羽交い締めにして引き剥がす。
そんな更衣室の嵐のような騒ぎの中。
ふと、タオルで首筋を拭いていた瀬呂が、顎に手を当てて首を傾げた。
「……あれ? そういえばさ……ブロリーと緑谷って、同じ体験先だったよな?」
「…………あ」
切島も、障子も、更には暴れていた爆豪までもが眉をピクリと動かし、更衣室にいた男子全員の視線が――スッと、部屋の隅で特大のロッカーに荷物をしまっていた巨漢へと一斉に集まった。
「ブロリーも……着てんの?」
「ああ、緑谷よりも、重いやつだ」
「その重さに勝ちながら飛んでたってこと…?」
「ああ」
「……一旦脱いでさ、それ、地面に置いてみてくれ」
「それくらいな―あっ」
ブロリーの手汗によって滑った衣服が、地面に真っ直ぐに落ちる。しかもそこそこの速さで落ち、床に落ちた瞬間に更衣室の硬い床タイルがピシリと音を立てて放射状にひび割れた。
「マジかブロリーマジか!!!」
「でも冷静に考えたら…ブロリーだから、これくらいの重さのやつを着ながら動けるのは……まあ、当たり前といえば…当たり前か」
「…ビクともしないなこれ」
「あ、ごめん……!みんな、怪我しなかった……?」
ブロリーが慌てて床にめり込んだその超重量のシャツを――親指と人差し指の二本だけで、ひょいっと軽やかに摘まみ上げた。
―――静寂。
完全なる静寂が、更衣室を支配した。
床に刻まれたリアルな亀裂。
力自慢の生徒たちが束になっても持ち上がらなかった謎の超質量。
それを指先で摘まみ、何事もなかったかのようにパパッと埃を払ってロッカーにしまうブロリー。
そして――。
さっきの救助訓練レースで、八木蕗利がこの異次元の重りを身につけたまま、爆豪を置き去りにしたという、残酷すぎる事実。
全員の視線が、ゆっくりと、恐る恐る爆豪勝己へと向けられた。
「………………」
爆豪の動きが、完全に停止していた。
見開かれた深紅の瞳の奥で、何かがパキィンと音を立てて粉々に砕け散り――。
「――着させろ」
「え?」
「俺にそれを着させろって言ってんだよ!!!」
「いやいやいやいや待てって爆豪!これだぞ!?これなんだぞ!?流石に無茶だって!!つかそれで怪我したらどうすんだよ!!」
「うるせぇ!!着るっていった俺が悪ぃんだから責任もクソもねぇだろうが!!」
「緑谷のとブロリーのは次元が違うって! さっき床割れたの見ただろ!?」
「マジで骨折れんぞ爆豪!!」
上鳴と切島が必死に両腕を掴んで羽交い締めにするが、プライドが沸点突破した爆豪の耳には何も届かない。
「ブロリーィィ! とっとと寄越せ!! 着せやがれェッッ!!」
「でも爆豪……これ、本当に危ない。怪我するぞ」
「舐めんじゃねェぞゴルァッ!! いいから早く寄越せェッッ!!」
ブロリーは困ったように眉を八の字に下げ、緑谷たちと顔を見合わせた。だが、今にも噛み付かんばかりの剥き出しの眼光で睨みつけられ、観念したように小さく溜息をつく。
「……わかった。無理だと思ったら、すぐに言ってくれ」
ブロリーは指先で摘まんでいた超重量の衣服を両手で持ち上げ、仁王立ちで待ち構える爆豪の頭の上から、そっと被せてあげた。
爆豪が荒々しく両腕を袖に通し、そのシャツの質量が両肩に完全に預けられた――その刹那。
「ぐべっ!?」
踏ん張るとか、耐えるとか、そんな次元ではなかった。
物理法則を力ずくでねじ伏せるような超質量が乗っかった瞬間、爆豪はそのまま顔面から更衣室の床へと一直線に叩きつけられた。
床のタイルが派手な音を立てて砕け散り、爆豪は床と完全に一体化するようにベタッと張り付いて微動だにしなくなった。
『爆豪ォォォォォッッッ!!!!』
男子更衣室に全員の悲鳴がハモった。
「ば、爆豪!? 生きてるか爆豪!?」
「だ、だから言ったじゃねえかァァッ!!」
切島と上鳴が血相を変えて駆け寄る。床にめり込んだ爆豪は、ピクピクと指先を震わせ、顔面を押し付けられたまま地獄の底から絞り出すような掠れ声を漏らした。
「ぐ……ご……ッ……!? ッ……身体が……浮、か……ねェ……ッッ!?」
全身の筋肉を極限まで軋ませても、首すら1ミリも持ち上がらない。まるで巨大なビルそのものを背負わされているかのような理不尽な重力に、爆豪の全身からブワッと脂汗が噴き出す。
「ば、爆豪! 今すぐ脱がせる!」
ブロリーが真っ青になって屈み込み、爆豪の背中に乗ったシャツの襟首を――ヒョイッと指先二本で軽やかに摘まみ上げた。
ふっと消える超質量。
「ゴハッッッ!!」
肺を圧迫されていた爆豪が、溺れた人間のように猛烈な勢いで酸素を吸い込んだ。
「…………」
床の冷たさを感じながら、爆豪の全身がカタカタと震える。見開かれた深紅の瞳から、屈辱とあまりの理不尽さに涙が零れ落ちそうになるのを、爆豪は床に顔を擦り付けながら必死に隠した。
「――次は、着るぞ!!!!!!」
「その根性……お前、ホントすげぇよ」
「すげぇけど、とりあえずは保健室だな…これ」
爆豪はその後保健室に運ばれ治療をされたが、彼はこの日から自分のトレーニングメニューをさらにキツくすることとなった。
「――シュワット!!」
「どうした?上鳴」
「いや、俺さ、サポート課に呼ばれててさ。今日の放課後来るようにって言われてたんだけど……それ今思い出してさ」
「発目に、呼ばれたのか?」
「そうなんだよ、『上鳴さんのその放電をうまく操れるようなサポートアイテムを是非!!是非このわた気に作らせてください!!』って念入りにお願いされてさ…」
「そうなのか……オレも、発目に用があるし、一緒に行こう」
「おう!」
ブロリーは首のサポートアイテムの調整や、何か不具合が起きていないかを確かめてもらいに、上鳴は発目が作っているというサポートアイテムの件で、サポート課の方へと足を進める。
職場体験先での一件を色々と話したりして歩いていると――エンジンの音が聞こえ始めた、それもブロリー達の方へと近づいて来ていた。
「ブロリーさぁぁぁぁぁぁぁぁんッッ!!!!!」
「発目…⁉︎」
「なんかまっすぐ飛んできてね!?」
エンジン音の正体は発目、足にはサポートアイテムがついていて、そこからジェット噴射が発生しているようだが……どうも暴走や不具合が出ているのか、ブロリーへと真っ直ぐ直進してくる。
「うけとめてくださぁぁぁぁぁぁぁい!!!」
「上鳴、少し下がってろ」
「お、おう!」
ブロリーは両手を広げると、そのまま突撃してくる発目を、正面からしっかりと見据えた。
ジェット噴射の猛烈な風圧と黒煙が、廊下狭しと吹き荒れる。生身の人間が直撃すれば骨折どころでは済まない、砲弾のような超スピード。
だが、ブロリーは慌てることなく深く腰を落とすと、突っ込んできた小柄な身体を、まるで舞い落ちる木の葉を受け止めるかのように――その大きな両腕で、ふわりと優しく包み込んだ。
フッ――スゥ……。
激突の轟音など、どこにも鳴らなかった。
ブロリーは突進の凄まじい運動エネルギーを、腕の引きと体幹のしなやかな動きだけで完璧にいなし、足元の床に傷一つつけずに発目の勢いを完全にゼロにしてみせたのだ。
足元の小型ブースターが、役目を終えたようにプスン……と白い煙を吐いて停止する。
「……っと。大丈夫か、発目? 痛いところは、ないか……?」
ブロリーは安心させるように眉を八の字に下げ、お姫様抱っこのような体勢のまま、腕の中の少女を心底心配そうに覗き込んだ。
そのあまりに優しく、衝撃の欠片もないキャッチに、目を回しかけていた発目はパチパチと瞬きをした。
そして――至近距離にあるブロリーの顔を見上げるや否や、その十字の瞳をカッと輝かせた。
「……ワンダフル!! マーベラスですブロリーさんッッ!!」
「えっ?」
「時速七十キロ超えの突進を、衝撃ゼロで完全に無力化するその包容力と絶妙な力加減……! 素晴らしい! 私のベイビーのブレーキ不具合すらものともしない、まさに歩く衝撃吸収ダンパーです!!」
「わっ、ちょ、発目……!?」
怪我の心配などどこ吹く風。発目は抱きかかえられたままの体勢で、ブロリーの分厚い胸板や腕の筋肉をペタペタ、ムギュムギュと遠慮なく触りまくり、さらにはブロリーの首元に巻かれたチョーカー型のサポートアイテムへと顔をぐっと近づけた。
「首のデバイスも外傷なし……素晴らしいです、私のベイビーを大切に扱ってくださって製作者冥利に尽きますわ! あ、でも少し金属疲労が見られますね。今すぐ工房でバラしてメンテして差し上げます!!」
「あ、あの……発目、くすぐったい……。それに、足、下ろさなくて大丈夫なのか……?」
超至近距離でマシンガンのように喋り倒され、顔を真っ赤にしながら困り果てるブロリー。
「……いやブロリーのキャッチが神業すぎてビビったけどさ! 発目、お前マジで距離感どうなってんだよ!! あと俺の用件も忘れるなよな!?」
壁際へ避難していた上鳴が、呆気にとられた表情からようやく我に返り、頭を抱えながらそう叫ぶのであった。