怪物と英雄の狭間で 作:伝説の一般元ブロリスト
スッゲェところで切っちゃいました……すみません。
期末試験・実技……それはまさしく、プロの実力をこれ以上ないというくらいに示された物だった。
期末試験・実技――それはまさしく、プロの実力をこれ以上ないというくらいに見せつけられたものだった。
生徒たちの弱点を正確に突くマッチメイク。手加減という名の重りを身につけてなお、プロヒーローという壁はあまりにも高く、険しかった。
エクトプラズムの無尽蔵の分身に包囲されながらも、機転と信頼で逆転の手錠をかけた蛙吹と常闇。
パワーローダーの掘削トラップに対し、尾白を背負った飯田が『レシプロバースト』で頭上を駆け抜けた第2試合。
相澤の冷徹な奇襲に追い詰められながらも、轟の言葉で自信を取り戻した八百万が、特製の捕縛布トラップで見事に担任を出し抜いた心理戦。
13号のブラックホールに吸い寄せられながらも、恋心への激しい動揺を武術の突進へと変えて組み伏せた麗日と青山。
プレゼント・マイクの鼓膜を破る爆音の中、自らのトラウマを乗り越えて無数の虫を従えた口田と耳郎の覚醒。
スナイプの百発百中の銃撃を障子が盾となって防ぎ、死角から忍び寄った葉隠が手錠を嵌めた索敵戦。
ミッドナイトの眠り香で瀬呂が瞬時に倒される絶望の中、逃げ腰だった峰田が意地を見せ、粘着玉でプロを封じ込めてゲートへ滑り込んだ執念の突破。
それぞれが血と汗を流し、自らの限界と向き合う中――ひときわ異彩を放ったのが、唯一の3人編成となった対セメントス戦だった。
見渡す限りの視界を埋め尽くす、幾重もの巨大なコンクリートの壁。セメントスは一切の隙を見せず、地面に手を触れたまま無尽蔵に質量兵器を生成し続けていた。
本来の彼らであれば、焦りから力任せに突っ込み、スタミナ切れを起こして圧殺されていたかもしれない。あるいは、上鳴が無計画に広範囲放電をぶっ放し、脳をショートさせて使い物にならなくなっていたはずだった。
長期の消耗戦に弱い切島、大技を使い続ければ即ショートする上鳴、そして直感型ゆえに盤面を支配する戦略家との戦いに脆い芦戸。本来であれば最も相性の悪い絶望的マッチメイクだったが、3人は互いの弱点を自覚し、冷静に戦況を俯瞰していた。
押し寄せるセメントの波を切島が弾き、芦戸が退路を確保して好機を待つ。そして包囲の防壁が立ち上がった瞬間――芦戸が両手をぴったりと合わせ、一点集中の高濃度溶解液を放って何層もの壁に一直線の穴を穿った。
その射線へ、切島が上鳴を弾丸のようにぶん投げる。
一気に肉薄した上鳴が放電を放ち、セメントスが即座に新たな壁を隆起させて電撃を遮断した――その意識が逸れた一瞬の隙を見逃さず、追走した芦戸が土台を溶かし、切島が壁ごと粉砕して突入。
体勢を崩したセメントスへ3人が同時に組み付き、全体重で押さえ込んで捕縛用手錠をガチリと嵌め込んだ。
己の限界を理解し、役割を全うした完全なる知性と連携の勝利。
ブザーとともに3人の歓声が轟き、最難関と思われた3人チームは見事に合格を勝ち取った。
――そして、オールマイト戦。
通常試験のトリを飾った第9試合。
モニター室に集まった生徒たち全員が、息を呑み、言葉を失ってその惨状を見つめていた。
立ちはだかったのは、重りを身につけてなお天地を揺るがす絶対の巨神――オールマイト。
吹き飛ぶ街並み、叩きつけられる肉体。
確実に覚醒した緑谷の動き、他の者なら確実に翻弄できる、確実にできるそんな動きだったがオールマイトの前では意味が無かった。爆豪は『逃げずに戦う』というのに徹底し、無茶な戦闘をしまくっていた。
いわば完全にバラバラな2人……しかし、互いの意地と劣等感を剥き出しにして激突しながらも、最後には血反吐を吐きながら手を取り合った緑谷と爆豪。
自らを囮にして吹き飛ばされながら道をこじ開けた爆豪の狂気と、ボロボロの幼馴染を担ぎ上げ、泣き叫びながら脱出ゲートへと雪崩れ込んだ緑谷の執念。
『オールマイトを突破! 緑谷出久、爆豪勝己――合格!!』
サイレンの音とともに、気絶した二人が担架で運ばれていく。
これで、全ての生徒の試験が終了した。
――だが、まだ終わりではない。
静まり返るモニター室。
アナウンスの電子音が、これまでにない異様な緊張感を伴って響き渡った。
『――これより、期末演習最終特別試験を開始します。受験者、八木蕗利。グラウンドβへ入場してください』
モニターに映し出されたのは、広大な演習場の入り口にただ一人佇む、山のような巨漢の姿。
そして、そんな彼の相手をするのは――オールマイトを除く、手加減の重りを外した『雄英高校教員チーム全員』だった。
時は戻り、期末演習試験のチームアップが決定する数日前――雄英高校、職員会議室。
大型モニターに映し出されたA組生徒たちの顔写真とデータ。
机を囲む教師陣の視線は、最後に残された一枚の画面――『八木蕗利』の文字と、そこに記録された規格外の数値へと注がれていた。
「……さて。他の生徒たちの組み合わせはおおむね固まったが、問題は彼だね」
ティーカップをソーサーに置いた根津校長が、静かに切り出した。会議室に重苦しい沈黙が落ちる。椅子に深く腰掛けた相澤が、眉間を指先で強く揉みほぐしながら口を開いた。
「俺からの意見ですが……大前提として、八木に他の生徒を組ませるのは論外だと思っています。体育祭でも見せた通り、あいつの最大の課題は『自らの出力への恐怖』にある。横に同級生がいれば、巻き込むのを恐れて過剰に萎縮し、試験どころではなくなる。更に言えば、隣にいる生徒はブロリーの力に甘んじてしまう可能性があります」
「私も、同じ意見です」
ミッドナイトが険しい表情で頷く。
「……でもそうなると八木くんは単独での受験……つまり、教師一人と一対一(タイマン)ということになるけれど……誰がその相手を務めるの? 轟君や爆豪君の攻撃をまともに受けてもほぼ無傷、保須では大量のヴィランと交戦し圧倒的な力で勝利。プロが何人も負けているステインを相手に素手で完封した……そんな子に」
「……」
教師陣の誰一人として、即座に手を挙げる者はいなかった。
セメントスが腕を組み、静かに首を横に振る。
「私の個性でどれほど幾重に防壁を築こうと、彼の純粋な質量と突進力の前では、発泡スチロールの板を重ねるのと大差ありません。純粋な押し合いになれば、私の体が持ちませんね」
「俺の個性も響くかもわかんねぇしなぁ〜」
プレゼント・マイクが苦笑いを浮かべ、肩をすくめる。
「イレイザー、お前の『抹消』ならどうだ?」
「まだ確定はしていないが……おそらく俺の個性で消せるのは、あいつの体から溢れる『エネルギーの発光や放出』だけだ。あの岩山のような骨格、異常な筋密度、常軌を逸した肺活量……それら生体スペックそのものは一切消せない。故に、俺1人だと…無理だ」
プロヒーローとしての誇りや経験を否定するわけではない。だが、八木蕗利という存在が持つフィジカルの絶対値は、人間という枠組みをあまりにも逸脱していた。
「……やはり、私が相手をするべきだろうか」
会議室の隅で腕を組み、ずっと押し黙っていたオールマイトが、低く絞り出すような声で呟いた。
その顔には、実の息子を見つめる父親としての苦悩と、偉大な師としての責任感が濃く滲んでいた。
「あの子の力の天井を知っているのは私だけだ。私が直接拳を交え、限界まで受け止めてやるのが、最も安全かつ――」
「駄目だよ、オールマイト」
遮ったのは根津校長だった。
校長は小さく首を横に振り、つぶらな瞳を真っ直ぐにオールマイトへ向けた。
「君には、緑谷くんと爆豪くんという、決して逃げられない大きな壁として立ちはだかる役目がある。それにね……君が相手をしてしまっては、試験にならない」
「……それは」
「あの子は君を父親として、そして誰よりも憧れる絶対の存在として敬愛している。君と戦えば、あの子は『父親を傷つけまい』とブレーキを踏み続けるか、あるいは君の強大さに甘えてしまう。……彼がこれから現場で直面するのは、君という絶対の庇護者がいない世界で現れる、未知の悪意と理不尽な状況なんだよ」
「…そう、ですね」
「活動限界の話もあるのし――あと君たちが戦ったら、流石のグランドβも耐えられずに更地になりそうな気がするんだよね!!」
「うぐっ……それは……その……」
(可能性あんのかよ)
(親子揃ってヤッベェ…)
「―故に」
校長は全員の顔をぐるりと見渡し、両手を胸の前で合わせた。
「一人で受け止められないのなら、答えは極めて単純さ」
校長の声に、冷徹なまでの知性と、教育者としての確固たる覚悟が宿る。
「オールマイトを除く、ここにいる教員チーム『全員』で当たる。そして――我々にはハンデ用の重りは一切つけない。全員が本気で、搦め手、状態異常、地形制圧のすべてを駆使して、彼を完全にハメ倒しにかかる」
『っ……!!』
会議室の空気が、ピリリと凍りついた。
「校長、それはいくらなんでも……!」
ミッドナイトが息を呑むが、相澤は逆に鋭く目を細めた。
「……なるほど。力任せの破壊では絶対に突破できないような、プロの連携による完全包囲網ですか」
「そうとも」
根津校長は不敵に微笑んだ。
「八木蕗利くんに与える課題は二つ。『理不尽な連携の中で、自制心を失わずに己を御しきれるか』。そして、『プロ相手であっても誰も殺さず、怪我をさせずに制動し、脱出または手錠をかけられるか』だ。それができて初めて、彼は『災害』ではなく、真の『平和の守り手』になれる」
校長の言葉に、教師陣の瞳から迷いが消え、プロヒーローとしての獰猛な光が宿っていく。そして相澤が、担任として口を開く。
「それに……これはアイツのための試験であると同時に、俺たち自身の鍛錬にもなる」
相澤は鋭利な瞳で同僚たちを見渡した。
「USJの一件を見れば分かる通り、これからのヴィランは今までの常識じゃ測れません。俺たちは長年、オールマイトという絶対の看板に甘え、無意識のうちに限界のフタをしてきた気がするんです――八木蕗利という、オールマイトに匹敵する……下手をすればそれを凌駕しかねない規格外の逸材を相手に、プロの技術と連携の限界をぶつけ合う。それは、俺たち自身が『平和の象徴に頼らない戦い方』を体に刻み直すための、絶好の強化機会だと思います…生徒を相手にこんなことを言うのは、違う気もしますが」
相澤の言葉は冷静でありながら、プロヒーローとしての本質を容赦なく突いていた。
守られる側の生徒を測るだけではない。
未知の暴力が台頭しつつあるこの時代において、自分たちプロがどこまで通用し、どこまで抗えるのか。その極限の試金石として、八木蕗利以上の相手など存在しないのだ。
「生徒を育てるのと同時に、プロとしての錆を落とし、限界を超えてみせる。……極めて合理的だ」
「フッ……相変わらず手厳しいね、イレイザー」
スナイプが銃身を指先で弄びながら、不敵な笑みを漏らす。
セメントスも静かに拳を握り締め、ミッドナイトは妖艶な瞳に冷たい闘志を宿らせた。
彼らもまた、最前線を走り続けてきたプロヒーローなのだ。生徒に壁として立ちはだかるだけでなく、己の命と矜持を懸けてその壁をさらに高く、厚く鍛え直す覚悟が、会議室の空気を研ぎ澄ましていく。
「でもいいね、その意気だ!」
根津校長が満足そうに手を打った。
「では決まりだ。八木蕗利くんの試験は、全生徒の演習が終了した後の最終特別試験とする。我々も全力で彼を追い詰め、そして彼から学び、共に強くなろうじゃないか!」
口々に覚悟を決め、席を立つ同僚たちの背中を見つめながら、オールマイトは深く息を吐き出し、胸の内でそっと呟いた。
(……頑張れ蕗利。君のその優しさを失わず、真に前を向いて歩き出すための……そして、これからの世界を背負っていくための、最大の試練だ)
かくして、雄英史上前代未聞となる「教員9名対生徒1名」の特別実技試験が、密かに決定された。
――――そして
『――期末演習最終特別試験・スタートです』
「………ぅぅぅう…!!!!」
ついにそれは、始まったのだった。